信じがたいが、言われてみれば確かにそのような気がするとも言える。
でも本当に?
「そう、言い切れるというの? フランは彼とまともに話したことも無いでしょう? 人となりも分からないのにそう断言できるとでも言うのかしら?」
「お姉様……そろそろ現実逃避はやめなよ。私はあいつとまともに接したことが無いからこそこう断言しているの。あいつは確かに人当たりが良いんだと思うよ。でもそれは上辺だけに過ぎないはず。お姉様も教えてくれたでしょう? あいつは肉親をも殺すような奴なんだよ」
余計なフィルターを通さずに本質だけを見る事ができると言いたいのだろう。だが実際にその人を判断するなら多少の付き合いは必要なはずだ。それにもう七十年以上も仕事を任せているが、こちらの不利益になるような事はしてきた事が無かった。
だからこそ私はエカルラート卿をかなり信頼しているつもりだった。それこそフランや美鈴、数人の執事たちの次くらいには。
「お姉様は忘れたの? あいつが何故紅魔館と関わることになったのか。私たちはあいつに殺されかけたんだよ? そんな奴が大人しく敵に従うなんてどう考えてもおかしいんじゃない?」
「でもフランちゃん、レミリアはエカルラート様の過去を見たんだ。その上で彼が兄殺しの罪を償う意志も…………」
「夢。誰があの夢を構成したか覚えてない?」
彼の配下のサキュバスか。確か獏ほどではなくとも多少は夢に干渉できると聞いた気がする。となるとあれは既に作られていた夢。確かに捕まって強制的に見せられたモノではある。
美鈴の言葉が尻すぼみになったのもそれを思い出したからだろう。それを言ったのが美鈴その人だったから。
確かにエカルラート家はスカーレット家を潰すために入念な計画を立てていた。あの夢が真実と虚構を織り交ぜたモノなのだとすれば、忘れもしない、胸糞の悪かった初めの場面は恐らく真実の部分だ。
お父様とお母様が死ぬ前どころか私の生まれるよりも前から刺客を送り込んできていたのだ。彼自身も否定してはいない。
「……殺されかけたとは言うけどさ、もし本当に今もスカーレット家を潰すつもりならこんなに長期間協力的に接していないんじゃないのかい? 実際に今回だってフランちゃんの誕生日にプレゼントをくれただけじゃないか」
確かに事の発端はフランへ届いた贈り物だったか。エカルラート卿が何を思ってこれを贈ってきたのかは分からないが、聞いている限りでは中に一緒に入っていた日記帳があまりにもおかしいから疑っているだけにも思えてくる。
同梱していたという魔導書がいわくつきの代物だったとかだろうか。
「そのプレゼントもおかしかったのよ。むしろこれが無ければあそこまで疑わなかったかもね。ほらこれ」
フランから手渡された本の表紙には『
「開けちゃ駄目。その魔導書の題名が読めないの?」
「でも所詮は本でしょう?」
そう言った途端にフランの目つきがきつくなった。……何か拙い事でも言ってしまったようだ。紅魔館の大図書館にも魔導書はたくさんある。今まで私も何冊も読んできたが何も問題は起こらなかった。
私の認識ではあくまでも『魔導書』は本の延長線上にある物。魔法の何たるかが書かれている本だという認識だったのだが、フランの反応を見るにそれほど単純な物ではないらしい。
「…………はぁ。お姉様がそう言うのも分かるよ。紅魔館にある魔導書はごく一部を除いて初歩的な物が多いから。でもね、魔導書っていうのはそれを読めるだけの力が無いと読めないし、とても危ない物なの。そこが普通の本とは決定的に違うところ。
ここの図書館にある強力な魔導書は封印が施してあって、それを解かない限りは読めないようになってるのよ。もう百年近くも魔法を勉強してる私でもほとんど解けたことは無いわ」
つまりその封印を解ける者だけがその魔導書を読む資格ありとされるという事か。逆にまともに封印を解けなければ無理矢理こじ開けても中身を理解できないと。
でもそれが本当ならばフランの意見はおかしいのではないか?
「お姉様の言いたい事は分かるよ。強力な魔導書には封印が施されるならばこれも解かなければ安全なはず。そう思ったんでしょう? でもさっきお姉様はこれの中身を見られそうだったでしょ? それはこの魔導書はとても危険だけど封印自体は解いてあるからなのよ」
「そんなことをすれば…………!」
魔導書を不当に利用して他人を傷つける奴がいるかもしれない。そもそもこの魔導書がどれほどの力を持っているのかは知らないが、フランが中を見る事すら注意するのだから相当のものなのだろう。最悪死ぬかもしれない。
「そう、この魔導書はいわば兵器。でも直接的な攻撃をされるわけじゃなくて、読んだ者の心を狂わせて最終的には死に至らしめる物なの。
初めの犠牲者は魔導書を書いた張本人、カナンガ・ノーレッジ。精神に作用する魔法の第一人者だけど完全に気が狂ってた魔法使い。彼自身も強力な魔法使いだったけど長期の魔法研究で心が荒んでいたのかもね」
「そんなことよく知っているわね。私はそのカナンガなんとかも知らなかったわ」
「こっちの界隈では有名だからね。それにこれは彼が最後に記した物で、あまりにも危険だから原本しか存在しないってことで伝説扱いされているの。読もうとした人は軒並み死んじゃったし、封印するにしても生半可ならば封印の方が喰われる。
普通は術者本人が封じるんだよ。でもこいつは封じるどころか自分で読んで自分で狂っちゃったからね。何人もこの魔導書に喰われてるよ」
私が知らなかっただけで既にたくさんの犠牲が出ているらしい。だが術者本人も死んでしまったために封じることは叶わず、読むことも叶わない。
たかが本だと思って処分しようにもできるものではないだろう。魔法に護られている本ならば燃やしても水に浸けても破いても落としても傷一つ付くまい。
「とまあこんな危険な物をあいつは贈ってきたわけ。これを持ってたあいつはもちろん今も生きてる。という事はどういう事か分かるでしょ?」
「もしかしてフランを殺すために危険を知っていて贈ってきたという事? 信じられないわ」
でもそれ以外考えられない。ただ日記帳に書かれていた文からの決めつけだと思っていたが、これはかなり認識を改めなければならなくなった。明らかな害意を持ってこれを紅魔館に贈りつけてきたという事だからだ。
美鈴も深く考え込んでいるようだ。それも当然だろう。美鈴は気を使うことで簡単な嘘ならば瞬時に分かるのだ。それを数十年も欺かれ続けたというのだから衝撃も大きいに違いない。
これだけ強力な証拠を前にすれば私たちが誤っていたことはもはや確定的に明らかだ。エカルラート卿……いや、エカルラートは今も間違いなく期を窺っている。
「でもどうしてこんなことを? 有名な魔導書ならばフランがそれに気づくのは確実。それじゃあからさまに敵対すると言っているようなものじゃないの?」
「……これは私の推測だけどエカルラート様本人はこの魔導書の知名度を知らなかったんじゃないのかい? レミリアが知らなかったようにさ」
「うん。私もそう思う。きっと部下に『読んだ者を殺すほど強力な魔導書』だとか伝えられてたんじゃないのかなぁ。伝説級の一冊でもあいつの財力があれば楽に手に入るはずだし」
なるほど。となるとエカルラートの意図としては
➀さもフランの誕生日を祝うかのようにプレゼントを贈る
➁魔導書を読んだフランが変死する。ここでは読んだ者の精神が狂うというのがポイントだ。その場合のフランの死はたまにある狂気的な状態の暴走という形になるだろう
➂フランの死によって消沈しているスカーレット家を慰めるふりをしてエカルラート家を頼りにさせる。ここでエカルラート家有利を作る算段か
➃十分油断させたら一気に攻め込んで滅ぼす。スカーレット家は四十年少し前から勢力の縮小を行っているがゆえに抗う力はないので滅亡は必至
というのが予想できる。フランに会いたがっていたのもこの魔導書の存在を知っているかどうか確かめるつもりだったからかもしれない。
「でもそれならば私から始末すれば良かったのではないの? 私ならまんまと引っかかったでしょうに」
「何のきっかけも無く贈り物をされたら不自然に思うからじゃないかな。あとはそう、私の場合お姉様絡みになると手が付けられなくなるからじゃない?」
ふむ、確かにそうか。フランならば誕生日の祝いと言っておけば急な贈り物でも全く不自然ではない。しかもその証拠となるような日記帳まで一緒に付けているのだから余計に。
私の場合はフランが死んでしまえば悲しむだろうが、フランの場合は私が死ぬと暴れ出すかもしれない。過去のエカルラートとの交戦のように。フランの能力も含めて警戒したうえでこの順序にしたというわけか。
「でも馬鹿だよね、あいつ。私が本気になってもお姉様の足元にも及ばないのにさ。所詮は紛い物の…………いや、何でもない」
フランが何を言おうとしたのかは分からないが、結果的に今フランは生きている。この時点でエカルラートの思惑は崩壊し始めているはずだ。
願わくばこれが奴に悟られないように事を進めたい。真っ向から敵対しても勢力に差がありすぎて勝てるわけがないからだ。
あいつが百年以上も待って来たのならば私はそれ以上でも待つ。全ては家族を護るため。
信じられないような急展開だがこの気分の悪さ、夢ではない。期を窺って、討つ。もはや和解などできそうにないと分かってしまった。
きっとお父様たちが死んだのも…………奴の罪は死を以てでしか償えない。
元ネタはイランイランの学名 Cananga odorataから。パチュリと同じくハーブの一種です。出てくるのは名前だけですが曾祖父くらいだと思ってください
frenzyは実は熱狂や狂喜などやや前向きな意味の方がよく使われると思うのですが、今回は後ろ向きな意味として使いました
伏線とも言えるか分からないものを回収しまくったのでここからまた張っていかなければ(使命感)