普段とはまた違った豪勢な料理が並ぶ小さなテーブル。席についているのは私とフランと美鈴の三人だけだ。本来ならば執事たちも集めて皆で食堂のテーブルを囲みたいところだった。
だが現実はフランの部屋で三人が小さなテーブルを囲んでいるだけ。それでもフランは特段気にしている様子も無い。昨日醸し出していた緊張感は鳴りを潜め、今はこの時間を楽しもうとしていることが見て取れる。
料理長が変に張り切ったのか、それとも特別な日だと言ったからか、食事に出されていた血の量はいつもの二倍くらいあった。それだけでかなりお腹が膨れてしまったのは少々残念である。
ちなみに料理はフランと美鈴で全部食べてくれた。残すのは勿体ないからね。食べてくれるならそれに越したことは無い。
本来ならば昨日してあげられたら良かったフランの誕生祝い。しかし昨日はあまりにも様々な事実が発覚したせいで精神的な疲れが出てしまった。それゆえ今日改めて行うことにしたのだ。
その方が料理も豪華になるからと自分に言い聞かせてはいたものの、やはり当日に行えなかったのは心底申し訳ないと思う。そんなことすら忘れていた私が何を言ってもあの子の心には響かないと思うが、今一度改めて謝っておく。
「全然気にしてないよ。私自身自分の誕生日なんて知らなかったんだからお姉様が知らなくても無理はないしね。それに私もお姉様の誕生日知らないし、祝うことすらできないんだから。ね、私はお姉様が祝ってくれるだけで嬉しいんだよ」
な……なんて良い子なの。自分の妹でもなければ惚れていたかもしれない。ま、そもそも自分の妹でなければこんな贔屓目で見ないかもしれないんだけども。
「どうせなら私も今日を誕生日に指定しようかしら」
「お、それも悪くないね。フランちゃんがレミリアに一日だけ近づくようにする。それは姉としての意地かい?」
別にそのような考えがあっての事ではない。というか普通に間違えただけだ。フランと同じ日にしようと思ったのに間違えて今日と言ってしまっただけなのだ。
だがフランと美鈴は何故か何のツッコミもしてくれない。それどころか勝手に勘違いして盛り上がり始めてしまったので訂正しようとしてももう遅い。
「流石お姉様。私が少し追いついたらまたすぐに引き離されるってわけね。じゃあはいこれ。私からのプレゼント」
そう言ってフランが魔法陣から取り出したのは真紅に染まった血を固めたかのような石が埋め込まれたリング。まるで私のためにあるようにさえ思える色彩だ。
「これは?」
「うーんと、確かジスパーとか言ったっけ。お姉様にはぴったりでしょ? 私が作ったんだ」
へぇ…………ん? 作った? いや確かに外に出ないフランがこんな綺麗な石を何処かで拾ってきたとは思わないが……作った? うーむよくわからない。
「あ、勘違いしないでね。別にそれを作るのはそんなに難しくないから、少なくとも錬金術よりは数千倍簡単だから。リングの方は結構手間がかかるけど、石の方はガラスさえあればいくらでも生み出せるからね」
ああ、魔法か。錬金術は賢者の石を作り出すことを目的とした魔法分野だっけか。そもそも錬金術の難しさが分からない私にとっては、その数千倍も簡単な魔法と言うのがどの程度の物なのかもいまいち分からない。
なんにせよフランにとってはそこまで難しい魔法ではないらしい。ただし石単体を生み出すことに限ればという事だ。それでも折角作ってくれたものだ。失くさないように指に嵌めておこう。
私が指に嵌めたのを見てから、フランはもう一度魔法陣を展開して私に渡したようなリングをもう一つ取り出した。ただ私の物と同じではないようだ。
「それは何なの?」
「これは私が自分用に作った物。お姉様がそれを身に付けてくれたら私もこれを出そうと思ってたんだ。お姉様が付けてくれないのに私だけが付けていたら恥ずかしいし」
そう言ってはにかむフラン。やっぱり色眼鏡無しに見ても可愛いわね。自慢できる相手がいないのが非常に残念だ。
「これはラピスラズリ。地獄の女神の名を冠する宝石だよ。真紅と対になる深い蒼。私とお姉様との対比には丁度良いと思うんだ。それにこれを付けていたら、いつか死んで地獄に行ってもまたお姉様と会えるような気がするし……」
地獄の女神の加護というやつか。まだまだ死ぬ気はないが、それでも生きていればいつかは死ぬ時が来る。その時には私たち姉妹は確実に地獄行きだ。地獄に行ってもフランとまた会えるならば悪くない。簡単に死を口に出してほしくない気持ちはあるのだが。
「私はどうなるんだい? それだと地獄に行っても二人に会えないじゃあないか」
「ふふ、美鈴は地獄になんか来ちゃ駄目よ。これは主人命令。だからこの指輪は私とお姉様の二人分で十分なの。美鈴はもっと気楽に生きてよ」
悪魔が地獄に堕ちるのは世の理。それに仕えている者もまた地獄に堕ちそうなものだけれど。しかしそれを言ってしまうのは野暮というものだ。フランは純粋に美鈴に対してお願いしているのだろうから。
そう言えばすっかり忘れかけていたが、私もフランへのプレゼントを用意していたのだった。とはいっても何をあげればいいのかはよくわからなかった。本は図書館にいくらでもあるし、魔導書の良し悪しは私には分からない。意外に贈り物というのは難しいものだった。
「これは栞?」
「ええ。ほら、フランはいつも本を読んでいるでしょう? その時にでも使ってくれると嬉しいわ。もちろん要らないなら捨てても構わないんだけど…………」
「そんなことないよ。これ、お姉様の手作りなんでしょ? とっても嬉しいよ。ありがとう!」
拙い出来の物でも心の底から喜んでくれているのが分かる。あの後一晩かけて作った甲斐があったというものだ。部屋に飾っていたアベンガネ? か何かの花びらを一枚挟んで綴じただけの栞。
栞と呼ぶには少々分厚く、フランのくれた物とは比べものにならない程素人感がひしひしと伝わってくるような、所謂駄作。渡すかどうかも少々迷ったが、結果として喜んでくれたのなら作って良かったと思える。
「ああ! レミリアだけ抜け駆けするなんて! 私だってフランちゃんのために準備してきたんだよ。レミリアの分は流石に用意できなかったけどね。はいこれ、フランちゃん」
吸血鬼相手だから血とはまた単純な理由だことで。だが美鈴が持っている瓶に入っている血はB型。確かフランが好きなのはA型の血……主人の好みくらい把握しなさいよ。
「あー、とても言いにくいんだけどさ、美鈴。その血はお姉様にあげてよ。私よりもきっとお姉様の方が喜ぶと思うよ?」
「? どうしてだい? フランちゃんって血が嫌いだっけ。それともレミリアに対する遠慮かい? それなら不要だよ。レミリアに遠慮なんてしていたら身体がもたないからね」
こいつ……! 怒るべき場面なのだが、縮まったとはいえ未だに美鈴と私の力量差はあるので軽くあしらわれてお終いだ。顔は引き攣っているだろうがここは我慢だ。
「あ、はは……まあお姉様に遠慮してるわけじゃないよ。単純にその血が好きなのは私じゃなくてお姉様だってだけ」
「え? 血に違いがあるのかい? そりゃ初耳だ。本当なのか? レミリア」
なんだかんだで八十年以上もここに住んでいるくせにそんなことも知らなかったのかい。確かに食事に出す血は料理長が管理しているから間違えることも無いし、美鈴がそのことを知らなかったとしても不思議ではないのだが。それでも吸血鬼の館で生活しているならば知っていて欲しかったというのが正直なところだ。
「ええ本当よ。人間には血液型というのがあってね、詳細は知らないけれど私が好きな血はB型の血液らしいわ。で、フランが好きなのはA型ね。その瓶の中身はB型というわけ」
「へぇ。味が違うんだ。でもどう見ても同じようにしか見えないけどねぇ」
「味だけじゃなく臭いも違うわ。尤もそれが分かるのは私たち吸血鬼くらいでしょうけど」
いくら私たちでも見た目ではその血の型を判別することはできない。先ず重要なのは臭い。これだけで大概は分類できる。それで分からなければ次に味だ。不思議な事に、相手がどんな生活をしている人間であっても同じ血液型ならば味は大差ない。
ドロドロだったりサラサラだったりの違いがあるくらいだ。私が好んでいるのはB型のサラサラな血液。フランもサラサラな血液の方が好きらしい。
「ふーん。じゃあこれはフランちゃん好みの血じゃないってわけだ。……仕方ないからレミリアにあげるよ。誕生日おめでとう」
素っ気ないな。フランへの対応とえらい違いだぞ。嫌われているってことは無いと思うのだが、どうにも腑に落ちない。
「……お姉様泣いちゃうよ?」
「ん? まあレミリアは強いから大丈夫だよ。それにもともとフランちゃんにあげようと思ってたものだったしねぇ。うーん。フランちゃんへのプレゼントはどうしようかなぁ」
「私は別に無理に貰う気はないよ。去年までは貰ってなかったんだしさ。それに私は今の生活が続けばそれで良いと思ってるから……本当に。お姉様と美鈴が私の傍に居続けてくれるのならそれ以上望むのはそれこそ罰当たりだよ」
フランは口ではいつだってこう言うし、私たちに弱みを見せることも無い。それでもこの手の話をする時にはどこか笑顔が陰っているように思えるのはどうしてなのだろうか。
相談に乗る事が秘密を暴く事になってしまうのを恐れているうちは聞くに聞けない。いつか、フランが笑顔さえ浮かべられなくなった時にはもう遅いのに。それでも私は踏み出せない。慎重なんて体のいい言葉では済まされない程、私は臆病だから。
こりゃ過去最高に明るい。でもなぜかほのぼのとした雰囲気にならないんですよねぇ。家族団欒でフランちゃんをはにかませてみたりレミリアの扱いを不憫にしてみたり色々試したはずなんですが
最後の方は仄暗い雰囲気を出したから良いとしても、説明が多すぎるのか、地の分が堅すぎるのか。これが分からないと文章が上手くなりっこないんで困ったもんです