「そのカリスマで私を救ってよ、お姉様」   作:小鈴ともえ

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The HONOBONO


禁じざるをえない遊戯

 いつ来るかいつ来るかと身構えているにも拘わらず、エカルラートが手出しをしてこようという気配は一向にない。もうあれから百二十年も経ったというのに、相も変わらずな接し方しかしてこないのは少々薄気味悪くも思える。

 

 フランに言わせればあの時がおかしかっただけで、普通はあからさまに攻撃意思は見せてこないはずだとのこと。

 言われてみれば確かにそうなのだ。あの時の印象が強く残ってしまっているせいで彼を誤解してしまっているが、かつては私もまんまと騙されてしまったほど人に取り入るのが上手い。油断はできないということだ。

 

 

 そうは言っても本当に何もしてこない。美鈴なんかはもはや何故あいつを警戒すべきなのかさえも忘れてしまっているかもしれない。そのせいで偶に無意識的に警戒態勢に入っているように見受けられる。

 警戒し過ぎない程度に警戒する。これがなかなか難しい。多少の警戒であっても看破されればあちらが黙っている必要が無くなってしまう。

 

 大人しくする必要が無いと知れば次に行うのはきっとこちらへの侵略、と言うか攻撃。紅魔館と朱血館では元々勢力に差がありすぎる。

 それでなくても最近は勢力を縮小させているのに。まあ恐らくあと数十年、あるいは百数十年もすれば元の倍以上となって返ってくるのだろうが。

 だがそれでは遅すぎるかもしれない。今はまだ気づかれていないから平穏な生活と当たり障りのない言葉での遣り取りが続けられているが、気づかれればその時点で詰みなのだ。

 

「チェックメイト。詰みだね、お姉様」

「あらいつの間に。上手くなったのね、フラン」

「冗談言わないでよ。今日のお姉様はずっと考え事をしていて集中できてなかっただけでしょ? 折角息抜きにしてるのにその間も考え事なんてしてたら息がつまっちゃうよ?」

 

 確かに真面目にやれば十中八九私が勝つだろう。圧倒的な力で捻じ伏せても私もフランもきっと楽しくない。ということでちょっとしたハンディキャップとして少々考え事をしていたのだ。それを思いのほか深く考え込んでしまい、逆にチェスに全く集中できなかった。

 

「手加減してくれるのは良いんだよ。私もその方が長く楽しめるし。でも気が抜けてたのはちょっと嫌だったかな」

「気が抜けてた? 上の空だったとでも言うの?」

 

 実際そうだけど。でも顔には出さないようにしているはずなのだけど。真面目な顔は無意識でもしていられるくらいに結構得意なのだ。

 だから顔では判断できないはず。動かし方に違和感があったのだろうか。それとも私が負けた、すなわち気が抜けていたなのだろうか。

 

「お姉様、もう一回しましょ。今度は本気で。何も他に考えずにやってよ」

「でもそうすると…………」

「良いんだよ。今度はお姉様の本気と戦ってみたいんだ。だって一度勝ったんだもの。勝機が無い事は無いでしょ?」

 

 フランが良いというのならいいか。他に何も考えずに盤にだけ集中。フランの手にだけ注目。最適解は己の腕が導き出してくれる。

 

「チェックメイト。私の勝ちね」

 

 17手。フランを相手にした時では最速ではないだろうか。

 

「でもこれが気が抜けてたことの証明になるのかしら?」

「気づいてなかったの? お姉様っていつもはキングをかなり動かすんだよね。今回もそう。でもさっきは一度も動いてなかった」

 

 だからあっさりとられてしまったと。それにしても私はいつもキングばかり動かしていたかな。あまり身に覚えが無い。

 いつも最適解がキングなだけなのではないだろうか。それもそれで不自然な事だが。

 

「キングは取られたら即終了になる最重要な駒。多少は動かすにしてもここまで大胆に動かすことは普通はしないはず。何か意図があってのことなの?」

「別に……私は自分の勘を信じて動かしているだけよ。深く考えているわけではないわ」

 

 だからテンポもかなり速い。思考を挟む前に手が動くのだから当然なのだが、果たしてこれが私の実力なのかと聞かれると答えに困ってしまう。結局は運命の示すとおりに手を動かしているだけだから。

 卑怯だと罵られる覚悟はあるが、フランの方から本気で来いと言ってきたのだからこれくらいは許してくれるだろう。むしろ使わない方が失礼だと思ったのだ。

 

「それがお姉様の本質なのだとすれば説明はつく。でももしそうだとしたら……お願いお姉様。私はまだお姉様には死んでほしくないよ……」

「ちょ、ちょっと! どうしたのよ急に。私はまだ死ぬつもりもないわよ?」

 

 よくわからないが、フランの中でだけ話が進んでいるせいで私にはさっぱり理解できない。急に話が飛んだかと思えば私の命の心配をし始めた。

 チェスってそんなに命を張るような遊戯だっけ? 今までなんとなく遊んでいたが、何かしらの特殊な条件があったりするのか?

 

「ごめんねお姉様。お姉様は紅魔館のキングだから絶対に死んじゃダメなんだよ。(クイーン)が取られても紅魔館(ルーク)が取られても、美鈴(ナイト)執事たち(ポーン)が取られても当主(キング)がいる限りスカーレット家(ゲーム)は終わらない。キングって言うのはそれだけ重要なの」

「……そうは言っても私は誰も取らせる気はないわよ?」

「それなんだよ、お姉様。私が言いたいのはまさにそこ」

 

 少し悲しそうな、どこか疲れたような表情を見せてこう言うフラン。

 誰も取らせなければ負けない。そのためならば私は何だってする。そう思って今までもやってきたしこれからもそうするつもりなのだ。

 

「お姉様は自分がキングであるという自覚が足りていないってわけじゃない。ゲームの進め方を見てよくわかったよ。むしろキングだからこそ、人の上に立つ者だからこそ周りを引っ張らないといけないと思ってるんでしょ? 自分が率先して動くべきだと思ってるんでしょ?」

 

 そんな悲痛な顔をしないでよ。私はフランの、みんなの笑顔を守るために行動しているつもりなのに。笑顔でいてくれるなら私は何も文句はないのに。

 

「違うんだよ。お姉様はこの館の最重要人物。もっと周りを頼ってよ。そうしないとお姉様一人だけが潰れちゃうよ。いつか来る戦争はお姉様一人じゃ戦えない。戦力差を考えれば盤上の全ての駒を駆使して戦おうとしても勝つのは難しい。だから最初に最前線で戦ってくれる執事たちの事もよく知っていないといけないんだよ。

 私たち全員の命を以てしてもお姉様一人の命とは釣り合いもしない。そのくらいの思いをもって戦わなくちゃいけないかもしれない。お姉様がみんなを護ろうとするように、私たちだってお姉様を護りたいと思ってる。みんなが信用し合えるようにならなきゃいけない」

 

 何が起ころうとも間違いなく私を慕ってついてきてくれるフランや美鈴、執事長を信用できたとしても、他の執事たちを信用するのはなかなかに難しい。

 裏切られた過去を持つ者として、簡単に他人を信用することはできない。

 

 だがフランはそんなことを払拭して、互いに深く信用し合えるような関係にならなければならないと言っているのだ。信用できなければ相手の指示に従うことに対しても若干の躊躇いが混じる。戦場においては一瞬の躊躇も命取りになる。

 互いに信用できる関係を築くための手段は相手を深く知る事のみ。その者が何を思い、何を優先して、何のために行動するのか。

 

 

 執事たちの事について私はまだ何も知らない。私が館を引っ張れば皆がついてくると思っていた。上に立つ者こそ一番に行動するべきだと信じていた。

 だが違った。私がすべきだったのは引っ張る事ではなく歩み寄る事。上下の関係という心理的距離を縮めて心から相手を信じられるように。

 

「お姉様が『死ね』と言えば躊躇いなく死ねる。そんな関係でなくてはきっと勝てない。私は死ねるよ。お姉様が私に『死ね』という時はきっと何か意図がある時だろうから」

「何を馬鹿な事を。愛する妹に死ね、なんて言うわけないわ」

 

 あまりにも極端な例を出してくる。私が誰かに死を強要するような事はきっと無い。捨て駒同然だとしても、きっと生きることを願うはず。

 

「私は偶に平静を保てなくなるけど……あっちの私は嫌い?」

 

 少し心配そうな顔をして聞いてくるフラン。別に何も心配する必要はないのに。

 

「いいえ。私はどちらも好きよ。どちらのフランも頼りになるし愛しているわ」

「良かった。迷惑をかけてるんじゃないかと心配してたから、そう言ってくれて嬉しいよ。私もお姉様大好き! ずっと一緒にいようね!…………

 

 そう言って飛びついてくる。身長差もあまり無いので、ほとんど自分自身が飛び掛かってくるようなものだ。何とか受け止めきれたが。

 それにしても気になるのは最後の一言の後だ。何か言ったように思ったが、吸血鬼の耳をしても聞き取れないほど小さな声だった。何を言ったのか、聞いてもはぐらかされるのが関の山だ。聞かれたくないから小声で言ったのだろうし。

 

 頭を撫でてやると嬉しそうに、子供のように頭を押し付けてくる。

 

「お姉様あリがとう……」

「いいえ、フランは何も気にしなくて良いのよ」

 

 たった一人の妹だもの。今は存分に甘えてくれて構わない。こんなことは滅多にないのだから。




最終話とその前二話くらいは内容もサブタイトルも決まってるのにこの辺りはなかなかサブタイトルが決まらない
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