久しぶりに会った彼女は昔と何か変わっているのだろうか。昔をほとんど覚えていないから変化が分からない。強いて挙げるならば少し態度が大きくなったか。
「お久しぶりねレミリア・スカーレット。何もお変わりないようで安心したわ」
「ああ久しぶりだなステラ・スコット。そちらは少々変わってしまったようだが」
少なくとも私に対しては丁寧な口調だったはず。スコット家の持っている領地の半分以上はスカーレット家から譲渡された物だ。上下関係をはっきりさせておくためなのかは知らないが常に丁寧な言葉遣いをしていた……ような気がする。
「……貴方は危機感が薄いようね。護衛を一人しか付けないなんて。しかも女。いざという時に助からないわよ?」
確かにスコットの周りには四人もの護衛がついている。しかも全員男。私ならむさくるしくてやってられないだろうと思う。
話も多分合わないし男は執事たちだけで間に合っている。
「私はむしろお前の方が心配だがね。お前はいざという時にそいつらに命を預けられるか?」
「そんな馬鹿な事できるわけないでしょう? 壁はただ壁としてあればいい。違って?」
「いいや。何も違わない。その通りだ。壁ならばただの壁としてあるべきだと私も思う」
ただの壁なら、ね。生憎自我を持っているスコットの護衛たちはその壁の役も担ってくれないと思う。スコットがそうであるように、彼らにとっても自分の命ほど大切なものは無いだろう。
自分たちの事を物として見るような主人のために懸ける命を持ち合わせているような酔狂な奴はそういまい。だからこそ四人いる護衛は皆が護衛として働いてくれないだろうと思ってしまう。
「まあ良い。今日は何の用があって来たのだ? まさかとは思うが、さらに領地が欲しいというわけではあるまいな?」
もう粗方減らし終わったから、あとは譲る気の無いイングランドしか残っていない。そのうちまた増えるだろうが。最近もアイルランド近辺の勢力が何処かの勢力に喰われたと聞いたし。
「いえいえ、その必要はないわ。既に私たちは領地の拡大に成功しているもの。このまま順調に行けばあと十年ほどで現在のスカーレット家の領地以外は平定できるはず」
ああこいつらだったのね。直接南下してくるわけではなく外堀から埋めてスカーレット家の領地を奪う気か? そうなると次はウェールズか。
少々予定が狂っている。領地を広げて調子に乗る奴が出てくるところまでは想定内だったが、三つ巴ではなく一つの勢力が飛びぬけているというのは流石に想定外だ。正直スコット家は一番初めに崩れそうだと思っていた家なのだが。
「そこでスカーレット家に一つ提案があるのだけれど。私たちスコット家と同盟を組まないかしら? いずれ私は貴方たちの隣のウェールズも平定するわ。その後の衝突を避けるためにも一つ同盟を結んでいた方が双方のためになると思いますわ」
「同盟? スカーレット家とスコット家が? ハハッ、フッ、ハハハハハ!」
思わず笑ってしまった。まったく、急な冗談はやめてもらいたいものだ。
「面白い冗談だな。ステラ・スコットと言えばもっと堅い奴だと思っていたぞ」
「冗談? この私が? それこそ冗談。私は本気で言っているのよ? 貴方のために」
冗談も休み休み言えと言いたいところだったが、どうやら大真面目に宣うていたらしい。阿保らしい。こんな幼稚な提案をするためだけにわざわざここまで来たというのか。
こんな護衛を付けてくるくらいなら使者の一人でも遣わせた方がよほど労力を使わずに済む。私が承諾すると思っているのがさらにスコットの馬鹿さを際立たせている。
「先輩として良いことを教えてやろうか。同盟とは互いに対等であって初めて結ばれ得るものだ。よもやスコット家がスカーレット家と同列だと思っているわけではあるまい? そうだとすればとんだお花畑だな。たとえお前が私の領地を奪おうとしてもできるはずがない」
「失礼な吸血鬼ね。何なら今から戦争を始めても構わないのよ? 領地を譲渡して恩だけ売っているようなぬるい連中が百年近くも戦い続けてきたスコット家を打ち倒せると、そう本気で思っているのなら。お花畑は貴方の方よ、スカーレット。権威に胡坐をかいているだけで全てが上手くいくと勘違いしているお間抜けさん」
「笑わせてくれるなよスコット。お望みなら戦争でもしてやろう。ただしあと十年待て。……あ? これはお前たちのためだ。ウェールズも獲るつもりなんだろう? さっさと行け。万全の状態のお前たちを打ち倒して力の差を見せつけてくれるわ」
「スコット家を侮っているの?」
「ああ。今こちら側にある強力な後ろ盾が無くともお前たちに勝つのは造作もないだろう」
「…………ふん、今に見ていなさい。貴方の言う通り十年後、四方から貴方を取り囲んで貴方の妹もろとも滅ぼしてやるわ」
そう言って憤りながら、それでも余裕の表情を浮かべたままでスコットと護衛たちは去っていく。拍子抜けだ。ここで何もしないのは、今の自分たちの力だけでは何もできないと言っているようなもの。本当にくだらない。
十年。私が定めた準備期間は何も彼女たちのためだけではない。紅魔館でも十分な準備をするための期間として設定したのだ。
私たちは勝たなければならない。領地のためではなく私たちの未来のために。
「どうしてレミリアはあのスコットってお嬢様をあんなに煽ったんだい? 同盟くらい結んでやればよかったじゃないか」
「こういう時は鈍いのねぇ。煽ったのはあいつの本心を露わにするため。あいつはもう過去の、土地を譲った時のあいつではないのよ」
記憶と言うのは不思議なもので、初めはほとんど忘れていたというのに話している間に色々と思い出した。そして理解した。ステラ・スコットが過去の彼女とは完全に別人のようになってしまっていることを。
昔彼女が来たのは、彼女が当主になったすぐ後のことだった。あの時は男女の護衛を二人付けていたはずだ。それが今では(私から見ればそこまでだったけど)屈強な男が四人である。
彼女は変わってしまった。否、変えられてしまった。
「スコットが本当に同盟を結びたがったと思う? あいつはね、紅魔館と仲良くして情報を抜き取ろうとしていたんだと思うわ。そもそも戦う前提だったってわけ」
「それは単にレミリアの憶測に過ぎないだろう? そうだという決定的な証拠は…………」
「あるわ。一番は彼女の性格の大幅な変化ね」
あれほどまでにスカーレット家に感謝していた吸血鬼もそういない。当主としての意地故か、当時あれほど丁寧に私に接してきた奴もいなかった。
だが今の彼女は不遜で無礼、おまけに傲慢になった。
途中はまでやや譲歩気味だったとはいえ、最後の方には私の煽りに乗っかって自ら戦争を匂わせる始末。この急変ぶりは自らの力に絶対的な自信を得たからに他ならない。
当主となり地位を得た。今度は何者かからの干渉と協力を得て領地を拡大した。誰しも上手くいっている時は何でもできるものだと夢想しがちだ。それが今の彼女。かつての私の後ろ盾は彼女へと寝返った。
「あとはそう、美鈴は気づいたかしら? スコットと裏で連携している何者かについて核心を突く発言があいつから飛び出したんだけど」
「いやぁすまない。レミリアたちの話はあまり聞いていなかったんだよ」
エカルラート以外の当主との会話は非常に珍しいのに何故無視して自分の思考を優先できるのだろうか。美鈴が私の従者ではないからかな。相手方の四人はそこそこ真面目に話を聞いている風だったけど。
「まあ良いわ。答えは一番最後の言葉ね。私に妹がいることを知っている奴はそういない。フランに会った人間は例外なく殺した。スカーレット家についている吸血鬼家にもフランの事は言ったことは無い。もうわかったでしょう?」
「まさか……あのエカルラート家が? でもスコットランドはフランスとは真逆のはず。この上空を飛んで行ったとでも言うのか?」
「ええ。まあ難しい事ではないでしょう。四六時中監視しているわけではないんだから」
なんなら歩いて横切ったとしても気づかれる事は無いかもしれない。結局武力衝突が起きなければ敵の侵攻にはなかなか気づけない。そんなものである。
とにかくスコット家がエカルラートと接触したというのは間違いない。あそこが後ろ盾として付けばそりゃ自信過剰にもなる。元が然して強くも無い吸血鬼家だというのならなおさらだ。
恐らくエカルラートはスコットに対して、スカーレット家を秘密裏に裏切っているという事実を伝えているだろう。その上で彼女をけしかけたのは全面戦争の構えを遂に示したのか、それとも私たちが気づいていないと思ってなめているのか。
とりあえず向こう十年間は私たちにとっても重要な準備期間。大陸側の大勢力であるエカルラート家と、私たちを囲むようにして領地を広げているスコット家。
勝たなければ私たちに未来は無い。勝利の運命を掴め。紅魔館のためだけではなく、私の領地を、スカーレット家に属する全ての人や魔物をも護るために。今の私はきっと、他人の運命さえ操れる。そんな気がする。
どちらかが悪者なのではなくどちらもが悪者ではないのです。それぞれ決して親和し得ない理由があって対立しているだけです。ちなみにスコットが調子に乗っているのはエカルラートが後ろにいるからという理由だけです。別にエカルラートが刷り込んだわけではないので誤解無きよう
前話で名前だけちょこっと出てましたが、スコットランドの吸血鬼だからスコット。エカルラートより酷いですね