今日で十二度目の会合。あれから一年に二度か三度ずつこのような場を設けてきた。もう五年が経とうとしているということだ。早くも半分。迫る期限に焦ることも多くなってきた。
だが月日の経過は悪い事ばかりではない。私の考えの正しさが証明されたのも月日が経ったからこそ。
「ではスカーレット様、こういうのは如何でしょうか……」
過去十一回の会合の成果、誰一人として私の顔色を窺うことなく話せる空間が出来上がっていた。各々が自分の考えを自由に発言できる場。私の望んだフラットな関係がここに築かれているのだと思うと知らず二ヤけてしまいそうになる。
はじめの会合の時には微妙な雰囲気になっていたから少し心配していたが、やはり私は間違っていなかった。相変わらず食事の時は静かだがそれも些細な事だ。気にするほどの事ではない。
ただここ数回は皆が積極的に議論に参加してくれるせいでこの会合が長引いている。まる一夜潰れるのは当たり前。最悪昼頃まで話し込むこともある。
悪い事ではないのだが……なんというか複雑な気分だ。フランにも会いに行けなくなるし何より眠い。周囲の吸血鬼たちと比べれば私はまだまだ子供。大人共の基準で話し続けるのは勘弁してほしいのだ。
だが私はこの集まりのトップに居座る吸血鬼。如何なる理由があれ眠るわけにはいかない。本当に眠いけれども。
「…………とこういう事になるわけです。どうです? スカーレット様。お気に召しましたか?」
「ん? ああ悪くないね」
まずいぞまずいぞ。完全に聞き流していた。とりあえずあとで議事録見せてもらおう。眠いところに長話はいけませんよ、紳士諸君。半分も聞く気にならない。
紳士を名乗るなら
「今回もなかなかに有意義な話し合いになったと思う。次回の日程もまた調整して伝えるようにするよ。では解散だ。お疲れ」
今日の会議の最も重要な点は、ついにスコット家がウェールズに侵攻を開始したというものだ。予想よりは幾分か遅かったが、これからはより一層ヴィンセント家に監視を強化してもらわなければならない。
五年後という決戦開始時期をあちらが守ってくれる保証はない。最悪を想定するならばウェールズを獲った直後にこちらに攻めん込んでくるシナリオまである。
あと何度この会合が開けるか。どこまで互いを信用できるようになるか。期限が迫っていることへの緊張とそれに伴う興奮、大切な何かを失うかもしれない恐怖と焦躁、さらには何故か愉悦まで混じったおかしな心理状態になりつつある。
自分の心が一番自分には分からないとフランは言う。その時は分からなかったが今なら身に染みて理解できる。
怖い。楽しい。恐い。嬉しい。こわい。コワイ。面白い。
全てがごちゃ混ぜで何が何だかよく分からない。自分の気持ちが分からない。
でも一番は…………眠い。とりあえず誰かが起こしに来るまでは寝よう。目覚ましはセットしなくて良いだろうと寝床から退ける。どうせ数時間後には自然と目が覚める。
あまりにも不安定な精神状態で眠ったせいだろうか。それとも何か重要なヒントが隠されているのだろうか。実に約二百年ぶりに見る夢が私を出迎えた。そんな昔の夢の事をいつまでも覚えているのは、きっとその光景が脳裏に焼き付いて離れなかったからだろう。
美鈴と私とフランと、そして知らない誰か二人。あの日一度きりしか見なかったが鮮明に思い出せる。だからこそ今回の夢との差異にも気づいてしまった。
先ず美鈴と私とフランは変わらない。知らない人物の内の一人である紫の少女も変わらない。強いて言うならば本を持っていないことと帽子をかぶっていることくらいか。
しかし確かにいたはずの白を基調としたメイド姿の少女はいなくなり、代わりに赤い髪の、頭と背中に羽が生えた少女が佇んでいる。
これにどのような意味があるのかは分からない。あれから二百年近くが経過した今でもこの夢の真相は知れていない。
今まで二度以上見た夢が何の意味ももたない事はほとんどなかったように思うが、今回ばかりは信用しきれない。この間隔も気になる。
ただただ不安を煽るだけの夢から早く逃げたいと思った。早く目覚めてほしいと思った。
でも私は夢を操れるわけではない。そもそも操れるならばこんな憂鬱になりそうな夢は見ないようにするだろう。夢の中では自分の身体も自分の物とは思えない程に自由が利かない。
泣きながら
美鈴を含めた他の人たちもフランに何か言っているようだが、そっちの声はほとんど聞こえず、ただ口を動かしているようにしか見えない。生憎私は読唇術を心得ていないので彼女らの話の内容はさっぱり分からない。それでも当人同士は会話ができているようで、うなずいたり神妙な面持ちになっていたりする。
フランの声だけが大きく聞こえる空間。霧がかかったように霞んでいた中に、急にはっきりとした言葉が入った。
『ねぇ、悪いのは私だったの? それともお姉様? 私はどうすれば良かったの?』
運命の悪戯か、これだけ明瞭に聞こえる悲痛な嘆き。いったい何を嘆いているのか、それすらも分からない私が言えることは無い。
何も知らない私。完全な仲間外れのようにも思えてしまう。泣きたい。
泣いて真紅に染まったフランの瞳と指に付けている蒼の宝石がやけに対照的で、しかしどうしてか何よりも映えていた。
ふと見降ろした私の指に嵌っている宝石も青。真紅ではない。だが夢の中ではよくある事。起きた時手元にある宝石が青になっていたら少々へこむがそんなことはないだろう。
『悪いのはレミリアでも妹様でもない。全て私さ。だから特別気に病む必要はないよ』
そんなことを考えていると今度は美鈴の声がはっきりと聞こえた。どうやらフランを慰める言葉をかけているようだ。何故か何処かが気になったが恐らく気のせいだろう。
それにしてもフラン、美鈴ときて残りの二人はどうなるか……ピョーンピョロロロ……ピョロロロロ……ノイズが入ってなかなか聞こえない。
折角聞こえそうな雰囲気なのにノイズが入ってうるさいとイライラしていると、ふと手に当たる感触があった……と同時にノイズも止んだ。
ようやく、と思いながら周囲を見渡せばなんとも残念な事に、目に映るのは自室だけであった。何処かで聞いた音だと思っていたがどうやら目覚まし音だったらしい。そう言えば寝る前に触れてしまっていたか。数時間前の自分を呪いたい衝動に駆られる。
今更どうしようもないし、二百年越しだったあの夢を今寝てもう一度見られるとは思えない。惜しい事をした。せめて名前だけでも聞いておけばよかったと思う。次に見た時は忘れないようにしなければならない。
あぁー。本当にもったいない。ここまで悔しいのは久方ぶりだ。着替え終わっても未だに続きが気になって仕方がない。だがあの雰囲気を見るとあるいは続きを見なかった方が良かったのかとも思う。
知らぬが仏とは言うけれど、結局知らないうちはそれが鬼か仏かも分からない。後悔先に立たずとも言うけれど知らずに後悔するのと知ってから後悔するのでは後者の方が断然良いと私は思う。人間がどうなのかは知らないが。
きちんと真紅のままのリングを確認してほっとする。
と、こちらに近づいてくる足音が聞こえる。私がまだ寝ている可能性も踏まえて待っているのかな。律義で堅苦しい者たちだことで。執事ならば当然の事ではあるが。
「もう起きているよ」
「おはようございます」
「夕食はいつも通り、美鈴に運ばせておいて。私もすぐに出る」
「かしこまりました。ではすぐに準備いたします」
「あぁ、ちょっと待ちなさい。私が地下から帰ってくるまでに今日の議事録を机に出しておいてくれ。細々としたことは再確認しておきたいのでな」
まあ実際は聞いていなかったところの確認だが、『眠くて聞いていませんでした』なんて馬鹿正直に言うわけがない。
いつも美鈴に歯が立たないから忘れられているかもしれないが、私にだって吸血鬼として、館の当主としてのプライドというものがしっかりとあるのだ。
…………いつか美鈴にも正面から堂々と勝負して勝てるようになりたいものだ。
レミリアが見る夢は大概明晰夢として書いています。メタ的に捉えなければわけの分からない文章になるだけですし
明晰夢って夢の中だから何でもできる気がするのに実際はほとんど何もできずに終わるから見てもあまり楽しくないですね。今話のレミリアもそんな感じです