いよいよあちらが動き出した。きっかり十年を使ってくるとは意外だったと言える。奇襲をする気も無し。真正面からぶつかっても確実にスカーレットに勝てると考えているが故の余裕だろう。
しかしそれこそ愚かな思考。油断大敵とはよく言ったもので、そんな余裕を見せているからこそ彼女らの奥の手が見え見えなのだ。
ここ数十年はさっぱりこちらにやってくる気配のないエカルラート。私たちの利益分だけは毎年送ってくれているがそれ以外はさっぱりだ。最近人間が市場を奪還しようと目論んでいることも知っているし、スカーレット家はそろそろ手を引いても良い頃かもしれない。
早いうちからエカルラート家に全責任を押し付ければ私たちもほとんどリスク無く撤退できる。方々に散らばらせている者たちを館に戻せば戦力増強にもなる。それにここ二百年で得た利益はどれほど豪遊しても困らないだろうと思われるほどになっている。
此度の戦争が一段落つけば一斉に撤退するのもアリだ。そもそもこの経済戦略は当主の勉強の一環として始めただけのもの。今となっては他の方法でも十分に館を保つことができる。
人間の反感を買い続けるだけなのならば無くても良い物だ。備品と食糧以外に金を使う事はほとんどないのだし。
「お嬢様、ヴィンセント家が崩されそうです」
「分かっている。
ここに来て意表を突いてきたか、スコット家は本拠地からではなくウェールズの方から同時に攻めてきている。スコット家の近くだからと多めに配備していたが北は不要だったかもしれない。
南は……まだ静かだな。不気味なほどに動きが無い。となると北を捨てたのは…………
「至急、ノリッジとリンカン、ケンブリッジ辺りに伝令を飛ばせ。警戒を怠るな、とな」
私はてっきり北、西、南の三方から攻め込んで来るものだと思っていた。そのためにウェールズを獲ってエカルラートと親交を結んだのだと思い込んでいた。
しかしスコットは北を完全に捨ててきた。手薄なウェールズ側と背後を北海で守られている東側に注力してくるつもりか。
だが相手にとっては真の意味で背水の陣。吸血鬼が海に落ちればまず助からない。しかもこちらの東側はそこそこ大きな吸血鬼家が揃っている。この十年で急激に鍛えたあいつたちに対してエカルラート家でも突破は困難を極めるはずだ。
「そりゃ悪手だろ。エカルラート…………クックック……」
エカルラートが南を捨てるならばもはやこちらの勝ちは決まったようなものだ。そも、始まる前から決まっていたがな。
今地下にいるから私には分からないがレミリアは玉座に鎮座して戦況を遠くから見つめているはずだ。危なくなれば出て行くだろうが今はまだ館に誰かが出入りした気配もない。
「お姉様の偵察用蝙蝠が全て移動している。北東へ? いったいお姉様は何を考えているの? そんなことをすれば南の戦況は……」
「レミリアが何を考えているのかは知らないけど少なくとも考え無しなはずはない。今は南よりも東の監視に徹した方が良いという判断なんだろうね」
地上にいるレミリアはもちろん、地下にいるフランちゃんも偵察用蝙蝠を飛ばしている。そもそもこのアイデアはフランちゃんがレミリアに与えたものだ。
飛ばしている蝙蝠も自分自身の一部である以上、タイムラグの無い完全リアルタイム監視ができるとかどうとか。何匹も飛ばしているけどどんな風に見えているのだろうか。長年生きていても決して理解できないような話だから聞かないでおくが。
「確かに今は北からの侵攻はない。全て怪しいくらいに西から」
「じゃあレミリアの判断も概ね間違っていないんじゃないかい? 西から来て挟むなら東からも来るだろう。南から来るのは些か非効率だと思うね」
「その全てがブラフだとしたら? 忘れたなんて言わせないよ、美鈴。あいつのはったりの才には一度騙されているんだから。しかもエカルラート家の持つ領地はスカーレット家よりもはるかに広い。東に少し回してもまだまだ兵は残っているはずよ」
確かにエカルラート家は大陸側のほとんどを持っている。半分を東にやってももう半分、おそらくスカーレット家配下よりも多いくらいの吸血鬼家は南から来ることができる。
「つまり三方を囲まれる可能性が高い、と?」
「いや、四方よ」
「四方?! でも北は……」
「そこも踏まえてのブラフだとすればどうよ。北から攻めてくるはずのスコット家が西から攻めてきたら当然北の警備は緩んで、それに伴って南も緩む。私たちは今、東西南北全ての方向から囲まれているかもしれないわ」
そんな……すべてが彼の手の上で転がされていたというのか? フランちゃんも半分以上は確信を持っていそうだし、これはレミリアに報告した方が良いかもしれない。
「レミリアにも言った方が良いかい?」
「そうだね。ついでに美鈴は門番に戻りなさい。エカルラートはきっと来る」
「それは……主人命令かい?」
「そう。おそらくするのもこれで最後だろうけどねー。じゃあお姉様のところに行ってきて紅魔館を護ってね?」
そんな顔をされたら誰でも断る術は無いだろう。レミリアが妹を自慢したがる気持ちも分かるというものだ。天使より天使な悪魔。その言葉の意味も分かる。
「仰せのままに、我が主」
レミリアは私伝いにフランちゃんの意見を聞いてなるほどと気を引き締めたようだった。油断しきっているよりは少しでも気を引き締めている方が望ましい。
スコット家の当主だって余裕ぶっている風だったが今日突然に奇策に出たくらいには慎重だ。油断した方が負ける。慢心している方が負ける戦いだ。王が慢心していてはならない。王の慢心は部下にもうつり悪循環を生むだろう。実力は上でも総力戦になれば分からない。幾度となく見てきた。それが戦というものだ。
レミリアの様子を見た限りでは、どうやら西側はほぼ完ぺきに抑えられているが東側は突破されそうな勢いらしい。あのあたりの吸血鬼も弱くはなかったはずだが流石に数で圧倒されたか。
しかしフランちゃんの危惧していた通り、エカルラート家の者はその中に一切いなかったらしい。慌てて蝙蝠をまた南に向かわせたレミリアだったが残念ながら遅すぎた。私たちの住むロンドンはあまりにも大陸に近すぎたのだ。
そしてすぐにレミリアにも命じられて門前に来た私は、満月を背にして飛んでくる黒い影を見た。一、二、三……九匹の夜の帝王たちがこの館に向かって一直線に降下してくる。
先頭はやはり貴様か。
「何をしに来た? 先ず要件を言うんだ」
「久しぶりにレミリア嬢に会いたいと思ってね。もう百年近くも会っていないのだよ」
「いつも来るときは身一つで従者すら連れていなかっただろうよ。いったい何のためにそんな物騒な奴らを引き連れてきたんだい?」
顔の僅かな歪み。気の乱れ。私が気づかないとでも思っているのか。貴様の嘘など全てお見通しだ。いや、レミリアに会いたいというのは嘘ではないかもしれない。
「お前こそいつもはそこまで強情ではなかっただろう? ここで何かあったのか?」
白々しいクソ蝙蝠が。どの立場でその発言をしていやがる。
この場でブチ殺してやりたいがどうにかして、必死にその衝動を抑える。こいつを殺すのは私の仕事ではない。私の仕事はここでこいつを止める事のみ。
「私は紅魔館門番。ここで怪しい者を引き留めるのが仕事だ。分かるか? 今日のお前は怪しいんだ。貴様の仲間には私に明確な敵意を向けている奴までいる。おっと、貴様程度の力では感知できなかったかな?」
「貴様……黙っていれば好き勝手に言いおって。ここで叩き潰しても良いんだぞ?」
思わず鼻で笑ってしまう。ここまで簡単に自分を見せるとは思ってもみなかったよ。ここまで慎重になりすぎて遂に緊張の糸が切れてしまったのかい。
哀れな吸血鬼。間違えて手が滑ったら殺してしまうかもしれないね。
「九対一で勝てるとでも? 慢心も大概にしろ」
「慢心しているのは貴様らの方だろう。多対一で心に隙があるのが丸わかりだ。その隙を突くなど武を極めた私からすれば…………」
「そこまでだ、美鈴。エカルラート
「……レミ、リア?」
どうしてここで出てきた。折角本性を見せたと思ったのに、折角正当な理由でボコボコにできると思っていたのに。
レミリアは知っているんだろう? 憎いんだろう? 何故……何故私を止めた。私なら油断でもしない限りこいつらには負けないのに。
「おおレミリア嬢、お久しぶりですな。どうやらお変わりも無く」
「良いからさっさと入れ。話は中で聞く。協定を結んでいるんだ。当然我らに協力してくれるんだろうな?」
「ああ勿論。協定を結んでいるのだからこの戦にも協力を惜しまないと約束しよう」
先ほどまで惚けていたくせに急に戦の話を出すなんて情緒不安定か。叩けば叩くほどボロが出てきそうだ。
それにしてもレミリアは本当に何を考えているのだろうか。わざわざ館の中に招き入れるという事は罠か何かが張ってあるのか、やけに自信満々なレミリアの様子からはそうとしか思えない。
流石に考え無しというわけではあるまいし相手方に操られているわけでもなさそうだ。
「ならばついてこい。美鈴、そこの八人は地下にでも連れて行きなさい。私たちが安心して話せるように、ね」
地下迷宮でひたすら彷徨わせる算段か。確かにそれは悪くない。
エカルラートさんは別にヘイトを集めるためのキャラではないです。なんだかんだ真面目ですし私は嫌いじゃあないですよ?
次回は名前だけ既出のオリキャラが出ます。最近名前ばかりのオリキャラが出過ぎですね