「そのカリスマで私を救ってよ、お姉様」   作:小鈴ともえ

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7月は頑張った
完結は8月中。意思が揺らがないようここで宣言しておきます


反則の狼煙を上げろ

「…………は?」

 

 目の前の光景に思わず情けない声が出てしまった。だがこの状況で声が出ない者などいないと断言できる。それほどに理不尽が形を持って現れたように感じた。

 有り余るパワーに加えてうざったいほどの不死性、しかも魔法にまで適性がある。一人だけでも十分理不尽となり得る存在。それが今、私の前で四人に分裂した。常人なら目を覆いたくなるだろう。だが戦場で目を背けるのは自殺行為だと知っているから私は彼女を観察する。

 

 かつて数十という若さにして欧州最強のエカルラート家に土を付けた吸血鬼姉妹。やつから聞いている。真に恐れるべきは姉ではなく、いくらでも危険な存在となり得る妹の方だと。それが四人に分裂するなどどんな冗談だと笑いそうになる。

 しかし恐るべき光景に驚いているのは私だけではない。メイリンと呼ばれた女性もまた目を瞬かせている。

 

「身内にすら見せていない奥の手か。それほどまでに私を買ってくれているのかしら?」

「当然よ。本当は戦いたくなんてないくらいに魔法使いとしての貴方を買っているわ」

「へぇ。それはどうも。でもね……魔法勝負で私に勝とうなんて百年は早い。貴方がいくら強力な吸血鬼でたくさん分身を作れたとしても私が負けることは無いわ」

 

 確かに吸血鬼は理不尽なほどに強いが細々とした弱点も多い。先ほどは咄嗟の事で忘れていたが流水。最も有名な物で言えば日光や銀、ニンニク、十字架まで、本当に多い。

 このうち私が得意とする魔法で弱点を突けるのは水と日と銀。これだけあれば手の打ちようもあるだろう。私は負けられない。曾祖父の魔導書を回収するために。もうこれ以上あの魔導書で死ぬ者を出さないために、私が、私だけがあれを封印できるのだから。

 

「来なさい、ウンディーネ」

「精霊魔法ね。私が吸血鬼だから水? 残念だったね。()に水は効かないわ。日光も銀も十字架もね。私を吸血鬼だと思って相手しない方が良いよ」

 

 私のように変装している風でもない。どこからどうみても吸血鬼の少女。だが確かに彼女は全身に水を浴びても何ともなっていない。そして周りにいる自分には私の攻撃を避けるよう指示を出している……なるほど。不可解だが重要な絡繰りの一つが分かった。

 

「そう。でも効かないのは()()()()のようね? どんな絡繰りなのかは知らないけれど」

「あら、バレちゃった? じゃあ仕方ないね。じゃあ作戦変更。もう貴方に精霊魔法なんて撃たせないわ。行くわよ!」

 

 そんなものはったりだと思った。魔法使いを除けば魔法において私の右に出る者などいない。単純な撃ち合いで私が押される事など無いのだ。

 だがそんなことを言おうとしたところですぐそばに迫る殺気を感じた。

 

 咄嗟の防護魔法。やはり構成が少し甘かったようで、蹴りの入った箇所には罅が生まれている。修復する間も無く、今度は別の方向からの追撃。完全に死角からの攻撃だ。

 魔法では敵わないと知ってか先ほどまでとは全く異なる戦い方をしてくる。これこそ吸血鬼の真骨頂とも言わんばかりに彼女の身体能力の高さを最大限に生かした戦い方。精霊召喚の詠唱を行う暇もない。完全に防戦一方となってしまった。

 

 そうだ、先ほどの水の盾ならば精霊の力も使わない。これで少なくともあの一人以外の物理攻撃は気にしなくてもよくなるはず…………。そう思って油断してしまった。あちらが攻めあぐねて戸惑ったこの数瞬の間に召喚の準備をしておくべきだった。

 

 ハッとした時にはすでに遅く、こうなれば無害だと思っていた三人が一斉に炎の大剣を薙いだ。シュウという音とともに私を覆っていた水のシールドが蒸発する。

 自分の頭の固さに参ってしまう。水は土によって無力化されるとばかり考えていた。水が負けるのは土剋水だけではなかった。火侮水を忘れていたのだ。神話の炎と精霊の力を借りていない水ではどちらが打ち克つかなど容易に想像できたはずだったのに。

 

 そんなことに気づいた直後、突如として足がふらついた。気分が悪くなり頭が真っ白になる。呪文の詠唱どころか呼吸すらできない……………………。

 

 

 

 

 

 

 目が覚めたのは全く見覚えのない場所だった。ただ最低限の物だけがある寂しい空間。だがよく観察するとそこかしこに魔道具が使われているのが分かる。見た目以上に本が詰まっている本棚。あれは基本的で汎用性も高い。

 周囲に誰もいない事を確認して棚に近寄る。魔法に囲まれたこの空間の本棚に入れられている本というものに興味を持ったからだ。

 

 しかし一体どんな魔導書が置いてあるのか、という私の期待はすぐさま裏切られることになった。なんと魔導書一冊置いていない。詰まっている本を全て取り出しても、そこから出てくるのは算術書や哲学書、古文書の類ばかり。

 上流階級の人間の部屋かとも疑いたくなるが、そこかしこに存在する魔道具がその憶測を打ち消す。人間は魔法を嫌う。怖がる。魔女狩りなんていう意味の無い事をしようとする。だからこそ私も人間の近寄らない吸血鬼の館で情報収集をしていたのだ。

 

 人間の部屋ではない。では魔法使いの部屋なのかと言えばそうでもない。魔法使いは少しの例外も無く貪欲に知識を求める存在。そんなモノの部屋に魔道具一冊置いていないわけがないのだ。

 基本的になるべく動かなくても良いように、手近なところに多くの物を置きたがるもの。魔道具やその他実験器具も例外ではない。ここまで物が少ない空間は魔法使いにとってはただ不便なだけだ。したがって魔法使いの部屋でもない。

 

 

 では誰の部屋なのか。私の頭が答えを導き出す前に答えの方から私を迎えに来た。

 

「ようやく目が覚めたのね。……それ、見たの?」

 

 心底気まずそうな顔をしてそう言うのは先ほどの吸血鬼。もしかして見てはまずいものだったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では聞こうか。本当に協定を守る気があるのかどうか」

 

 美鈴にエカルラートのお付きの八人を地下迷宮へ放り込ませた後、私はエカルラート本人を客間へ案内した。執事たちには決して入ってこないよう言いつけた。ここにいるのは私とエカルラートだけだ。

 敢えて客人として招く。私がこいつの裏切りに気づいていなかったように見せかけてこの部屋まで誘導する。そこまでは完璧だ。あとは本音で話し合うのみ。

 

「知っているぞ、エカルラート卿。そちらの兵の多くが我が領地を荒らしてくれたことも、我が愛しい妹を始末しようとしていたこともな。申し開きがあるか」

「全てそちらの勘違い…………というわけではない。確かに私は信用に値しない事をしてしまったのかもしれない。だが仕方のない事ではあったのだ。領地を荒らしたとは言うが、あれは正当防衛だ。こちら側はただ上空を飛んでいただけだったのに撃ち堕とされたのだ」

「言い訳か? そもそもあれほどの大群でスカーレットの領空を侵す理由は何だったんだ?」

「…………」

 

 答えないか。当然だろう。私に知られたら不味い事だろうから口を割らない。私は別に拷問をしたいわけでもないというのに。

 

「……信じてくれ。今回私が来たのはスカーレット家とスコット家の再併合を求めるためだ。その上で、スカーレット家がスコット家を吸収した後で新たな協定を締結しようと考えてきたのだ」

「それを私に…………いや何でもない。今回ばかりは信じるとしよう。その代わり、スコット家の鎮圧はエカルラート家ですることだ。さすればスコットのやつもスカーレットとエカルラートの協力関係が目に見えて理解できるだろう」

 

 この二百年で私とドニ・エカルラートの実力は逆転した。もうサシで戦っても私は負けないはずだ。何も恐れることは無い。

 こいつを信用する事などできない。できるはずが無いのだ。正真正銘の詐欺師。ならば私はそれを逆に利用する。スコット家にとってもこいつは詐欺師となる。その状態でスカーレットとスコットが併合されれば…………。

 

 私はお前を許さない。私の野望はお前を殺すことだ。そのための駒の一つとして、自らチェックメイトされに向かう愚かな王としてその名を歴史に刻むがいい。

 

「話は終わりだ。スコット家は概ね西側にいる。ステラ・スコットもまたそこにいるだろう。やつが倒される前に急いだほうが良い。玄関で待っていろ。八人の付き添いも連れ戻して来よう」

 

 地下に閉じ込めた八人だが、確かフランがいれば場所も特定できたはずだ。ただ迷うような魔法がかけられているだけで実際に広いわけでもない。あの子の部屋に向かっている間にも数人は見つかるかもしれない。

 

 

 

 そんな淡い期待を持って地下に向かった私が一番に出会ったのは件の八人の内の一人ではなくフランと美鈴だった。これは意外だった。美鈴と一緒なのはまだ予想できた内だが、そもそもフランがここまで上がってくる事はほとんどない。

 

「もうお話は終わったの? お姉様」

「えぇ。あいつ自身にスコット家と交渉させに行くことにしたわ」

「へぇ」

 

 一瞬考えるようなそぶりを見せたフランだったが特に何を言うわけでもないらしい。

 

「取り巻きの八人の場所は分かるかしら?」

「もちろん。一人はこの階段の下。もう一人は右手の部屋。二人は後ろの部屋。三人はここを降りた先の部屋にいるみたい」

 

 ふむ。全員遠い場所にいるわけではないと。ならば集めるのは然して難しくなさそうか。階段の下には部屋の中も含めて四人。右手の部屋で五人。後ろの部屋で七人……七人?

 

「もう一人は何処にいるの?」

「私の部屋。死んだことにしておいてちょうだい。このことをあいつに知られると厄介だからね」

 

 わざわざフランの部屋に、それも死んだことにしてまでこの館に留まらせたい誰か。理由は分からないが私がそれを止める事はしない。フランが他者に興味を持つことはかなり珍しいからだ。

 だがエカルラートに伝える際に死んだことにするのは無しだ。フランは知らないだろうがあいつはああ見えて身内は大切にする。死んだと言えば激昂する可能性さえある。ここは行方不明ということにする方がまだマシだろう。

 

 それにしてもフランの興味を引くような吸血鬼なんていったい…………。




ぱっちぇさんが倒れたのは貧血とかではなく酸素欠乏のつもりです。ぱっちぇさん視点の最後につながるのは次回になります

オリキャラをどこまで本編に絡ませるかという塩梅がなかなかに難しい
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