やはりエカルラートはとんでもない野郎だった。やつはやはりと言うべきか、私たちのところに来る前に南側を攻撃していたらしい。元々数は少なかったらしいが、南側の防衛によってあの九人にまで削られたとか。パチュリー自身が言っているから嘘ではあるまい。
つまり初めは紅魔館を潰すつもりでスコット家と手を組んで攻め込んできたというわけだ。しかし急に路線を変更した。何故か。
「思惑が透けていたからでしょうね。あいつの本来の目的は知っての通り紅魔館を落としてこの王国を手中に収めること。作戦を変更したのはつい先ほどのことよ。スカーレットの手下が私たちを攻撃したことにより、あいつは裏切りが露呈していたことを知った。だから急遽和解方向に転換したのよ」
「それでも結局私が行けなければ美鈴と戦闘になっていた可能性があるわよ?」
「それは確かにそうね。でもあいつには勝算があったから煽り返した。門番一人を倒して精鋭九人で急襲すればスカーレットの周囲を潰さずとも本丸を潰せるのではないかと。もしあそこで貴方が出てきていなかったら、間違いなく私もこの館に攻め込んでいたでしょうね」
東ばかりを注視して南側の監視を疎かにしていたがゆえに気づけなかった別方向からの襲撃。防衛を任せていた者たち、エカルラートを迎撃した者たちはおそらく何も考えずに来た敵を攻撃しただけだろう。
彼らにエカルラートとの面識など無い。たまたまやって来た敵がエカルラート本人を含む部隊だっただけのことだ。それで誤解した彼が和平交渉を持ち掛けてきた、と。馬鹿らしい。初めに裏切ったような奴の言葉を誰が信じるというのだ。
私が交渉に乗るはずなど無い。やつはそれすら承知ではなかったという事なのか? そこまで耄碌しているとは思ってもみなかったがもしかしたらこれは良い兆候かもしれない。それでもやつを無害にするまでは油断などするつもりはないが。
それにしても下手に長年の付き合いがあるせいで少々心配にもなる。幾度となく見てきたはずの美鈴を相手に勝てると考えるなどどうしてしまったのだ。
「愚かね。あいつはスカーレット家を何一つ分かっていない。この館の戦闘員が少ないのは全てあの門番一人のおかげだというのに」
「へぇ。そんなに強いの? そうは見えなかったけれど」
確かに美鈴はしょっちゅう昼寝をしているみたいだし、穏やかな性格だからか強そうには見えないかもしれない。だがそれはあくまでも初見の時の感想だけだろう。既に何度も会っているはずのエカルラートが抱いて良い感想ではない。
エカルラートには美鈴の強さを教えていなかったか? あり得ない。もう二百年以上の付き合いになるというのにそんなことは無いはずだ……と思う。当たり前だと思っていたからこそあいつも知っていて当然だと考えていただけかもしれない。だがあいつが知っていようがいまいが美鈴の強さは絶対的なものだ。
「彼女はこの館で一番強い。私とフラン……フランドールの二人がかりでも彼女に勝てるとは思えないわ」
圧倒的な素早さや絶望的な大技があるわけではない。吸血鬼のように不死性を備えているわけでもない。特筆すべき特徴はないが全てを高いレベルで満遍なくこなす。美鈴の武はいわば人間の到達し得る最高点。妖怪的な身体能力をほとんど使わずとも私たち以上の強さを持つ。
私がいくら速さで翻弄しようとも、自慢のパワーで局部破壊を狙おうとも、彼女はその全てをいなす術を知っている。彼女がいるから人間を侮れないことも理解できる。
そもそも彼女には弱点と言えるような弱点も存在しない。彼女は人間ではなく妖怪だからだ。人間の持たない能力を彼女は持っている。小手先の魔法攻撃、能力による攻撃。それらは彼女の能力によって無効化されるのが目に見えている。
彼女を倒すならば彼女の気弾を超える威力の攻撃を撃つか、不意を打つか、それか格闘で彼女を超えるかだろう。
エカルラートはその昔に二つ目をやってのけた。気配のない夢魂を使って美鈴を眠らせる事に成功した。だがこれはそう簡単にできるような事ではない。夢魂を見失うような入り組んだ場所に誘導しなければならず、しかも途中で罠だとバレたとしても進ませるだけの理由を作らねばならないからだ。
真正面から戦って彼女を打ち倒すのはほぼ不可能だと言っていい。私だって二百年以上も鍛錬してきた。それでもその分美鈴も鍛錬を続けてきたのだ。差は縮まっただろうが無くなってはいない。私が彼女に追いつくのはまだまだ先だろう。
「貴方も気になるなら一度彼女に魔法でも撃ってみれば良いんじゃない? そうすれば嫌でも分かるでしょう。彼女が持っている人間の技術、妖怪のパワー、彼女固有の
「そう言われてもいまいちピンとこないわね。私にとっては私の変装に気づけた貴方の妹の方がよほど優秀に見えたけれど」
「私の妹は確かに優秀よ。エカルラートに命を狙われる程度にはね。貴方がフランを優秀だと認める理由の一つには魔法があるのでしょうね」
美鈴は確か魔法なんてよくわからないと言って学ぼうともしなかったんだったか。私は別にそれでも良いと思う。元々彼女には東方の術がある。わざわざ西方の魔法を新しく学ぶ必要もなかっただろう。適性も無いようだったし。
私も魔法は少しずつ学んでいるつもりだが、どうしてもなかなか上達しない。吸血鬼は魔法に適性があるという話を何処かで聞いた事があるような気もするがどこだったか忘れてしまった。魔法が使えればもっと強くなれるはずなのに。
そう考えると私とフランはまるで正反対だ。フランは体術を苦手とするが、時折見せるそのパワーは絶大。それだけを見れば私以上だろう。魔法の腕もおそらくは並みの魔法使い程度はある。惜しい事だ。もしフランが美鈴に体術を叩き込んでもらえば、その能力も相まって最強ともなれる可能性を秘めているのに。
『ずっと引き篭もっているから身体の動かし方なんて忘れちゃった』というのはフラン本人の談。おそらくはただの言い訳である。勉強は好きそうだが鍛錬は嫌いなのだろう。美鈴は懇切丁寧に教えてくれるというのに何が嫌なのだろうか。
「でもあの子、魔法の腕は悪くないのに身体能力はいまいちなのかしらねぇ」
「え……あれで身体能力がいまいちって…………吸血鬼が恐ろしいわね。私は彼女の魔法よりもその身体能力を前に敗れたというのに」
「それは貴方が魔法使いだからでしょうに」
元々身体が強くない魔法使いを基準に吸血鬼を語るならば当然フランも例に漏れず、高い身体能力を誇ると言えるだろう。しかし私の基準はあくまでも吸血鬼から見たもの。故に魔法使いとはほぼ真逆の評価になるのである。
大方予想できていたとはいえ、同じ対象を見てまったく逆の評価を付けるところに種族差が表れていて面白いと感じる。
「まあ美鈴の話に戻しましょう。彼女の身体能力は当然フランをも上回る。それに加えて巧さもある。勝てる気がしなくなってきたでしょう?」
「確かにそう言われるとそうね。でもまだ自分の目で確かめていないもの。確実な情報とは言えないわね」
「そう思うなら自分で確かめてみると良い。でもまた後にして頂戴。そろそろエカルラートが戻ってきてもおかしくない頃合いだわ」
机に置いてある時計をちらりと見てそう告げる。しかしパチュリーの方はその時計に少しばかり興味があるようで、その時計を凝視して何やら考え込んでいる。
「振り子もゼンマイも無い。人間製ではなさそうね」
「えぇその通り。それはもう百数十年も前にフランからもらった物。睡眠導入に目覚ましまでついているから便利よ」
「へぇ。そんなに前から…………いえ、こちらの話よ。それよりもエカルラートがそろそろ帰ってきそうなのだったわね。私は地下で彼女とお話してくるわ。より一層彼女に興味が湧いた」
フランと話してくれる人が増えるのは良い事だ。今までは基本的に私と美鈴だけだったのだし。パチュリーがいつまでここにいるのかは分からないができる限り仲良くしてあげてほしい。
唯一不安なのは夢が現実になりつつあるという事。遂に役者は残り一名というところにまで来てしまった。おそらくそれほど遠くない未来で夢は現実となって私の前に現れてしまう。それが私にはひどく恐ろしい。いったい何がフランをあそこまで絶望させるのか。今回ばかりは答えなんてできれば見たくない。
何となくお嬢様は能力を有効活用しきれないイメージで書いています