「そのカリスマで私を救ってよ、お姉様」   作:小鈴ともえ

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前編より少し長いです


U.N.オーエンは彼女なのか? ~後編

「ちょっと待ってくれ。全員を処刑するのは流石に不可能だ。私の館が廻らなくなるのが目に見えている」

「ではどうするおつもりなのです! 吸血鬼以外を皆殺しにすれば確実に犯人は消えるはずでしょう! それとも犯人がエカルラート様の最重要人物だったりするのですか!」

「よかろう。そこまで言うのなら執事長……こやつの首を斬る。それで文句はないだろう? あ? こやつこそ私にとって最も重大な任務を遂行してくれる従者であったのだからな。私は未練などというものに引っ張られたりはしない。そのことを貴様らにも示してくれよう」

 

 あまりにも安い挑発とあまりにも浅慮な返答。まるで子供の喧嘩のついでのような感覚で首を斬られそうな執事長には同情せざるを得ない。当の本人はといえばエカルラートのこの発言以降顔面蒼白なままで、放っておいても勝手に死んでしまいそうなくらいだ。

 逆にエカルラートに強く進言した者はこの予想外の展開に狼狽えるばかりである。当然だ。彼らは別に執事長でなくともその他大勢の木っ端使用人が始末されれば良いと考えていたはずだからだ。しかしエカルラート本人にとっては執事長一人の命はその他大勢の命よりも軽かった、それだけの話である。

 

「待て。それは些か浅慮が過ぎるのではないか? 売り言葉に買い言葉で他人の命を消すべきではないだろう」

 

 しかし流石に可哀想だとも思ったので、ここで一つ釘を刺しておく。命というモノはそう軽いものではない。だからこそこの命を軽視したような犯行を立て続けに行っている今回の愉快犯を許すことができない。エカルラートとその配下たちがしようとしていることは使用人たちの惨殺。つまり今回の犯人と何も変わらない事をしようというのだ。

 

「果たして本当にそうでしょうか? 一の犠牲を払って多数の利を得る。これは何処の世界でも当たり前に行われることですよ、お姉様」

 

 私の意見に真っ向から否定してきたのはフラン。確かにフランのいう事は尤もだ。少しの犠牲を払ってその他大勢が()()()助かるのならばそれが最善手となるだろう。しかしそうなる保証はどこにある?

 

「もしその執事長を処して本当にこの惨劇が終わりを迎えるのならば良い。最悪なのはそれを処して尚続く事といえる。その執事長はエカルラート卿が使用人たちの代表として選んだに過ぎない。絶対数を考えればそやつが犯人でない確率の方がはるかに高いだろうが」

「それでも私はその執事長が最も怪しい、犯行可能な唯一の人物だと考えますわ。先ず当然ながら吸血鬼ではないこと。彼ならば銀製の道具だって楽に扱えるはずです。次に、これが最も重要ですが執事長という立場にいること。彼ならば就寝中の者の部屋に勝手に入っても『見回りでございます』の一言で許される。そうでしょう? 執事長さん」

 

 話を振られた執事長は痛いところを突かれたように渋い顔をしながら首肯する。どうやら昼間お手洗いに行っていたフランの帰りと執事長の『見回り』の時間が合致してしまったらしい。

 

「最後に、これは起きてお姉様に教えてもらった後に違和感を覚えたことですが、執事長さんは完全に単独で行動していたこと。主から命令されていたはずなのにも拘わらず単独で行動していた、その理由はいったい何なのです?」

「わ……わ、私は何も存じ上げません。独りで行動していたのも普段からの癖でつい……。本当です! どうか信じてください、ドニ様! 私は貴方に尽くし続けたでしょう?! 今更貴方を殺そうなどと思うはずもないでしょう! どうか、どうか考え直してくださいよ!」

 

 可哀想。実に可哀想だ。先ほどまで早計だと思っていた私でさえ納得させるほどの理論を展開されて、逆に論理的に言い返すことはできず、ただ悲痛な叫びを上げる事しかできない彼が本当に哀れで見ていられない。

 

「…………誰か、こやつを始末するのに抵抗の無い奴はいるか?」

 

 既に執事長は泣き叫ぶような声ではなく、咽び泣くようにただ『どうか、どうか』と繰り返しているのみだ。もはや避けられない死。エカルラート自らの手で殺そうとしないのはやはり僅かばかりの気の迷いがあるからだろう。

 

「では私が一思いに楽にして差し上げましょう。そもそもそちら側の方に慈悲なく殺せ、と言うのは無理がありますゆえ。言い出したのは私でなくともその原因を作ったのは私ですし」

「そうか、ありがとう。……執事長よ、最期に言い遺したい事はあるか?」

 

 この中で今朝ここに来るまで執事長を全く知らなかったのはフランただ一人。赤の他人でしかない者に慈悲を与えるほどこの子が甘くないのは過去の件からよく理解できている。誰かを屠っても涙一つ零したところを見たことが無い。

 たとえ相手が泣き叫ぼうとも、命乞いをしようとも、フランは何も聞いていないような顔をして相手を始末できる。いや、できて()()が正解か。今のフランには少し悲痛の色が滲み出ているような気がする。何故だろうか。

 

「は、はは…………最期も何も……私はまだ死なないのでしょう? そうだ。そうに違いない……皆して私を揶揄おうと………………」

 

 それ以上の言葉が執事長の口から紡がれる事は無かった。フランが何処からか出した剣で脳天を串刺しにしたからだ。

 

「死の覚悟の無い者に遺言は語れない。これ以上彼に言葉を続けさせるのは、彼の恐怖を先延ばしにするだけでしかなかったでしょう」

 

 そう言った時には既に剣も跡形もなく霧散している。感じ取れた気配からしてこれも私のグングニルのような神器の類か。

 しかし先ほどまでの表情は何だったのかと思うほど今は普段と何一つ変わらない、底の読めない表情に戻っている。しかし見間違いだったとは思わない。あの時のフランは絶対にいつもと何かが違った。長年見てきたからこそ確信できる。何故今の一瞬だけその表情になったのか、それは分からない。聞く気も起きない。

 

 しかし意外だったのは、目を覆っている者もいた中でエカルラートはしっかりと彼の最期を見届けていたことだ。死を悼んで、心を痛めて目を瞑っていてもおかしくはないと思っていたのに。

 

「確かにそうだったろう。私はもう寝る。もはやペアで行動しても無駄だろう。食事も好きな時間にとっていい。こういう事は言いたくなかったが各自、館のメイドたちには気を付けておけ」

 

 やはり相当精神をやられてしまっていたらしい。もはや何もかもを諦めたような口調はまだ犯人が残っていることを確信しているようでもある。彼と長く共に行動してきた相棒のような存在の死。決定したのが彼であるとはいえ、自業自得だと笑う事は私にはできない。

 私だってあのような雰囲気になれば呑まれていたかもしれない。同調圧力とは違うだろうが誰か部下を切り捨てなければ自分が生き残れないような空気感。最低限の犠牲で切り抜けるために彼がとった行動のどこを責められよう。初めにその場の雰囲気に流されて執事長の首を斬ると言ったところだろうか。あぁ哀れなことだ。

 

「私ももう寝ますわ。他人を殺す感覚は未だに慣れることがありませんもの」

 

 そうだった。思えばお父様たちが死んだ日も、エカルラートが攻めて来た日も、いつでも他者を殺めたり傷つけた後すぐにこの子は寝てしまうのだった。本当に精神力が強いなら、本当に他者を殺しても平気でいられるのならこのような事にはならないだろう。

 三百年を生き、その生涯のほとんどでフランを見てきた。しかし私は未だにこの子を誤解し続けていたのかもしれない。この子は感情のある一人の娘なのだ。決して殺戮機械になど成り下がりはしないのだ。他人を殺せば心も傷ついていたのだ。そんなことも忘れて私は……。

 

「私も寝ることにするよ」

 

 せめて今のフランの傷心を癒してあげられるように、今夜はずっと傍らにいてあげよう。

 

 

 部屋を出ても私たち二人は特別何かを話すわけではない。むしろ今は黙っている方がフランにとっても良いだろうと思ったから私から話しかけていないのだ。

 結局私たちの寝室に着くまでは一言も話さなかった。そのまま寝るのかと思ったところで不意にフランがこちらを振り向いた。

 

「ありがとうお姉様、ごめんね。おやすみなさい」

 

『どうして謝るの。フランは悪くないはずでしょう』

 そう思ったのにそんな言葉は私の口から紡ぎ出されず、私はただ「おやすみなさい」と返すことしかできなかった。

 

 

 私はいつも言葉を迷う。本当に今出すべき言葉なのか、出してしまったことで相手の気分を害するのではないか。そんなことを考えると迂闊な事は言い出せない。臆病なのかもしれない。夜の帝王である私がいったい何に怯える必要があるというのか。

 それはきっと妹が私から離れて行ってしまう事なのだと思う。いつの間にかフランと美鈴の間で何かしらの秘密が共有されていることも知っている。最近、特にパチェが来てからは以前よりも距離を置かれているような感覚に陥ることが度々ある。本当に勝手だけれど、それが少し寂しい。

 

 

 蓋が閉じられている棺桶の中でフランが何を考えているかは分からないが、傍にいてあげると決めた以上はたとえ暇でも居続けてあげたい。

 

 ……と、不意に扉がノックされる音がした。同時に『私よ』とパチェの声がした。つい癖でそのまま開けてしまいそうになったがここは連続殺人現場。油断させて部屋に入り込まれるかもしれない。

 

「貴方の名前と研究課題、最近召喚した物が何か答えなさい」

『慎重ね……パチュリー・ノーレッジ。研究の課題はそうね、錬金術が一番近いかしら。賢者の石の完成もそう遠くないはずよ。最近召喚したのは悪魔。図書館を長期間留守にする可能性もあったからその管理役に。でもレミィたちが生まれるより前からの呪いのせいで予定よりも随分と弱っちい悪魔が召喚されたわ』

「いいわ…………で、何の用なのよ」

 

 およそパチェしか知り得ないであろうことまで知っているとなれば本人で間違いないだろう。安心して扉を開けるとパチェの後ろには美鈴も控えていた。

 美鈴もいたのならそう言ってくれればよかったのに。美鈴に成り代われるような者は滅多にいないのでそれだけで信用度がグッと上がる。

 

「先ほどの当主会議の結果が気になってね」

「死者が一気に四人も出たせいで会議にもならなかったわ」

「一気に四人? 随分と大胆な行動をする犯人なのね。……まぁ良いわ。あの長時間で進捗が無いのもおかしいと思うし少し話しましょう。私たちも知っておかなければならないわ」

「私たちの部屋においで、レミリア。ここだとフランちゃんの睡眠のノイズになってしまうだろうから」

 

 確かにパチェと美鈴は話の内容を知る権利がある。しかし肝心の内容を私が覚えていないのだ。だから何も話せそうにない。そうだ。どうせなら美鈴の意見を利用して誤魔化してみようか。この部屋で話はできない、という事はこの部屋に残れば話をせずに済みそうだもの。

 

「私はフランの精神が落ち着くまではここにいるつもりだから、だからその提案は今は断らないといけないわ」

「そう、なら仕方ないわね。美鈴」

「……分かったよ。これも仕方がないことだ。許してくれ、レミリア」

「えっ…………」

 

 何を尋ねる暇もなく、何を考える暇もなく、身体に強い衝撃が走った直後に意識は最奥へ沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 目が覚めて先ず見えたのは一面の暗闇だった。まだ夢の中なのかと思ったが、目が闇に慣れてくるとどうやら棺桶の中らしいことが分かった。しかし何やら違和感がある。いつもよりもかなり窮屈なのだ。

 私のような低身長な吸血鬼ならばまずどんな棺桶を使っても窮屈に感じる事は無い。では何故そう感じるのか、というのは隣を見てみればすぐに分かった。いやむしろ何故今の今まで気づかなかったのかというのが問題になりそうではあるのだが、フランが寝息をたてていたのだ。

 

 窮屈なのは辛いしこっそり出て行こうとも思ったが何故か蓋がいくら押してもびくともしない。何者かに閉じ込められているのだ。どうして私とフランが一つの棺桶に閉じ込められているのか、そもそも何故私たちを閉じ込めているのか、その辺りの事が全く分からない。

 私を閉じ込めたのは……美鈴とパチェ。奇しくも吸血鬼以外の二人。まさかあの二人が手を組んで今回の犯行に関わっていたというのか? 信じがたいが実際に私を昏倒させて閉じ込めているくらいだ。今から殺されるのかもしれない。とりあえずフランも起こしてあげなくては。

 

「ん……んん…………え? あれ? ど、どうして?!」

 

 揺り起こすと何故か急に慌てふためき始めた。

 

「落ち着きなさい、フラン。私たちは閉じ込められているけれどこれはきっと美鈴たちのせい……」

「違うの! 違うのよぉ! あの子がいないの! 早く……探さなきゃ」

 

 何が違うのかはよく分からないまま、フランの言うあの子についてもさっぱり分からないまま何故かひどく焦っているフランを宥めるのはおそらく無理だと判断した。

 そこからのフランの行動はあまりにも早く私の眼でも追うのがやっとだった。能力で蓋の一部を破壊すると同時に握ったままの右手で打ち砕く。未だかつて見たことが無いほどのパワーで打たれた蓋は呆気なく崩れ去った。

 

 棺桶から出てみれば、ここが遺体を安置している部屋であることが分かった。横には私が昏倒するまでには既に死んでいた執事長までの六人分の棺桶と三つの空の棺桶が置いてある。こんな不気味な場所にずっといるのも嫌なので私はさっさと退散させてもらおう。

 フランはおそらく最速で部屋に戻っただろう。私も早くそれを追いかけなければならない。確かこの廊下の突き当りを左に進んで次を右、だったかな。

 

 しかしここまでフラン以外を全く見ていない。メイドも執事も吸血鬼たちも誰一人として。不気味なほどに静まり返っている館を疾走してようやく部屋の扉が見えてきたが、肝心の扉は既にフランに破壊されているようで存在していなかった。

 

「はぁ、やっと追いついた。どうしたのよこんなに急いで…………! どうしてこんな……」

 

 扉のあった場所をくぐった瞬間からそれ以上の言葉は続かなかった。続けられなかった。目の前に広がった光景に私は声を出すこともできなかった。

 

 

 

 フランが首を吊っていたのだ。

 

 しかし私がそれと認識した直後、急にその首吊り死体が光だし、それに呼応するように床に魔法陣が現れた。完全に目つぶしを喰らったせいで何も見えない。

 一分ほどが経過しようやく光が収束したところで目を開けると随分と見覚えのある部屋に先ほどの死体など無かったかのようにロープだけが吊り下がっていた。

 

 私はホッとしたがしかし、フランはなおも泣きそうな顔で蹲っているし、美鈴は突っ伏したまま立ち上がろうともしない。パチェも虚ろにロープの先端を見つめているだけだ。

 だからロープの下にある紙束が落ちていることに私だけが気づいた。紅魔館の地下室に強制転移させてまで読ませたい物とはいったい何なのか。気になったのでふと開いてみた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

私が名無しの幻影殺人鬼本人であることを初めに記す。

 

 

 私は生まれた頃から、自分の中に同一でない人格が同居していることに気づいていた。私が生まれた直後に来た貴方を見てどれほど歓喜したか! 同時にどれほど絶望したか! レミリア、私の憧れたレミリア。私は貴方の前でなるべく涙を見せないように努めたつもりだった。いつもお母様に甘えて泣いていた私を抱き上げ、笑いかけてくれた。僅か五つだった貴方が私を抱き上げられたのも、おそらく貴方が吸血鬼だったからなのでしょう。とても温かく、とても嬉しかった。しかし同時に悲しくもあったし自分を責めたくもなった。私の中に眠っていたもう一つの人格はまだ意識すら芽生えていなかったのだから。私だけが貴方を堪能できた。私だけが優しい両親を知っている。そこにどれほどの罪悪感が生まれたことだろうか。今となっては思い出すことも難しい。

 私が私でない事を自覚した時、私の中に秘められた力もまた自覚することができた(しかしそのプロセスを説明するには私の語彙は乏しすぎるので割愛する)。私――正確にはフランドール・スカーレットが持っている『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』は使い方を誤れば非常に危険な能力になる。それを自覚していたのに、私が生まれてから数か月後(日記が正しければ二か月後)に私はその誤った使い方をしてしまった。あの時の事は300年経った今でもまだよく覚えている。あの日、私はいつも通りにお母様と寝ていた。いや、私は目が覚めていた。これは、あの頃の私はまだまだ昼型が抜けきっていなかったからに他ならない。油断していたであろう彼は、私が目覚めているとも知らずに、銀のナイフを持ってドアの前に立っていた。お母様もあの時、ドアの開く音で目を覚ましていた。でもお母様が何かを言う前に、私はやつの腕を破壊した。銀のナイフは吸血鬼にとって最も避けなければならない物だと判断したからだった。しかし当時の私に能力は理解できても、発揮できる力は想定をはるかに下回った。結果としてやつには悲鳴を上げる暇を与えることになった。お父様は正しかった。あんな緊急の状況下でもきちんと分析し、まだ生後二か月の私が犯人だと見事に当ててみせた。結果として私は地下に幽閉され、お父様たちの存命中は地上に出ることも叶わなかった。

 丁度その間、貴方が毎日一時間だけ会いに来てくれていた間に、もう一つの人格にも意識が宿った。それに伴って私も独自に勉強をするようになった。貴方が教えてくれること以外の、教養や魔法についてその人格、フランドールと共に学んだ。レミリア、貴方は姉としてフランドールをもっと褒めてやるといい。彼女は私の何倍も要領が良く、頭も回る。フランドールが初めてお姉様の前に姿を見せたのはいつだったか、お父様とお母様が殺された時だったと記憶している。あの頃のフランドールは感情が昂ると前面に出てきていた。私とフランドールでは瞳の色が異なった。紅が私。フランドールはさらに美しい真紅に塗り込められたような瞳になる。あの時がフランドールにとって初めての外だったと言えるだろう。貴方は鋭いからお父様とお母様の墓石の字体が異なっていたことに気づいていたかもしれない。お父様と使用人たちの墓石に字を刻んだのが私だ。フランドールは良い子だ。ほとんど接点の無かったお母様の墓石に字を刻んでくれた。どうにも字を書く事すら慣れてないから遅かったが、一生懸命に彫っていたことを思い出す。是非今一度見に行ってみてほしい。その後もフランドールはエカルラートやらの関係で度々出ていたはずだ。

 フランドールに学問を教えたのも私だ。レミリアから教わった知識、図書館の本で得た知識、その全てをフランドールに同じように与えた。読み上げれば普段会話をしないフランドールでも言語取得が可能だった。独り言のようで恥ずかしかったが、それもフランドールのためだと思って続けられた。フランドールに知識を与えられることは至上の喜びだった。私は彼女に強い負い目を感じていたからだ。

 

 私は自分のエゴで、自分がフランドール・スカーレットを名乗ってしまう事を嫌った。美鈴はそのあたりの事情も知っているだろう。だからこそ貴方は()を『フランちゃん』、フランドール自身を『妹様』と呼び分けたのでしょう。初対面時から私ともう一人の存在を認知し、私の共犯として長く歩いてくれた美鈴。たくさんの迷惑をかけてしまったけれど貴方には深く感謝している。

 ただその美鈴も知らない私とフランドールとの秘密がある。ここでネタバラシをしよう。私は元々人間だった。信じられないだろうと思う。私だって初めは夢かと疑ったくらいだ。しかしそうではなかった。この世に生を受けて300年、私は漸く、本当の意味でフランドールに身体を返すことができたのだろう(この手紙を読んでいるという事はすなわち私が完全に消えられたという証拠だ)。

 

 パチュリーはまだ出会って数十年、小悪魔に至っては数年も経っていないけれど、それでも言いたい事はある。ここでは敢えて一つの思い出だけを書こうと思う。パチュリーと初めて会った日の事だ。あの日狂気の魔導書を封印するために訪れた貴方を鮮明に覚えている。『The True Frenzy Doll of Cananga』。私にはどうも『Frenzy Doll』の部分がまさにフランドールを表しているような気がして(ちょっと響きも似ているからね)、不思議な親近感が湧いていた。ノーレッジという名前には聞き覚えがあった。私は愚かだからこれだけで運命を感じて、あの時の私は実はエカルラートにも感謝していたくらい。結局この魔導書がパチュリーと紅魔館を結び付ける事にもつながった。おかしな話だと思う。憎らしくて、最終的には私自らの手で殺めた者にも感謝するなんて。

 パチュリーに渡した三日月のアクセサリーがあったでしょう。実を言うとあれに月属性魔法を強化する効果なんて無いの。『能動と攻撃の日』、『受動と防御の月』のうち貴方に合うのは月だと思ったから月を(かたど)ったアクセサリーを渡した。貴方の本質は攻撃にあらず、その器用さゆえの鉄壁さにある。魔法は貴方にとって最も輝く者を支えるために使ってほしいと勝手に思った。つまるところあれは何の効果も無い、本当にただのアクセサリーでしかない。不要なら捨ててしまっても一向に構わない。死人に口なし。その事について今の私は何も言える立場に無いからね。

 

 絶対的な君主、レミリア。当然ながら貴方との思い出はフランドールを除いて一番多い。その中でも一番の思い出はやはり、私が幽閉された後も変わらず私に会いに来てくれた事だ。たった一時間という制限の中でもできる限りを教えてくれた。ありとあらゆる励ましをくれた。その励ましの先にいるのが私ではなくフランドールであることを分かっていて尚私は嬉しかった。

 一番の思い出はこれだが、一番思い出深いものは別にある。それは私が貴方の誕生日を祝って送ったリングだ。これにはパチュリーのアクセサリーとは違い、本当に効果があるように魔力が込められているはずだ。貴方に贈った赤のジャスパーとフランドールに奉げたラピスラズリ。今改めてフランドールの指に嵌っている宝石を見てみてほしい。私の遺した魔法が正しく機能していれば今頃ラピスラズリではなく、澄んだブルーサファイアに変わっているはずだ。先ほどの私は少し嘘を吐いた。ラピスラズリはフランドールではなく私のために生み出した物なのだ。ラピスラズリは魔除けの意味合いが強い。レミリアが私に情けをかけすぎないように、また私自身が魔族に殺されることのないようにと、敢えて相性の良くない物を選んだのだ。私は自分の手で消えるべきだと思っていたし、そのための方法もあの頃には大方分かっていたからね。ここまで語ればフランドールのリングの宝石がラピスラズリでなくなったのも分かるだろう。では何故ブルーサファイアに変えたのか。これは至極単純な理由だ。レミリアに贈ったジャスパーとフランドールに奉げたブルーサファイア、これらはどちらもが日本名で碧玉となるからだ(そう、私は元日本人なのである)。加えて紅と青の美しい対照性もある。パチュリーはもちろん知っているだろうがレミリアやフランドールは知っていた? 青いサファイアと血のように真っ赤なルビーにはほんのわずかな違いしかない。決して同じでなくとも二人の持つ色を重ねたいなら、フランドール、私への未練を全て取っ払いなさい。或いは真っ赤なルビーへと変じるかもしれないから。実はまだ細工をしていたのだが、これは後で語ることにしよう。もう予想はついているかもしれないけれど。

 思い出の裏にあるのがやはり後悔の念だ。貴方には本当に申し訳ない事をし続けてきた。それを自覚していながら私は貴方を欺き続けてきた。偽善者とはまさに私のような者のためにあるような言葉だ。私の姉ではないのに貴方をお姉様と呼び、貴方からの愛を感じることを何より嬉しく思っていた。最低だよ、私は。貴方の愛を最も享受すべきはフランドールだったはずなのに、彼女には損な役回りばかりをさせてしまった。貴方に喜んでもらいたくてフランドールも頑張っていたのに、私はあの子の存在を隠し続けた。私はただいい子を演じ続け、フランドールは狂気を演じ続けたのだ。結果的に貴方は今の今まで私の人格をフランドールとして認識してしまっていたはずだ。だが本当のフランドールの姿は昔から狂気の人格として見せてきた強い方だった。偽善。あぁ偽善。私は貴方に別人格への愛の有無を尋ねることで、フランドールも愛されているという事を彼女に伝えていた。そんなもの彼女が直接貴方に聞けば良かったというのに。レミリア、どうか私を恨んでくれ。私は蔑まれても侮辱されても良い。それだけの事をしたのだから。

 

 フランドール、我が悪友よ。君には本当に数えきれないほどの迷惑をかけた。君の存在が私に死ねない理由を作ってくれた。君がいたから私は心を壊すことも無かった。君が私に全てを与えてくれた。ありがとうなんて陳腐な言葉では言い表せないほどの感謝が溢れ出てくる。積み重なった罪から解放される気は無い。私は君に全ての力を返還する。四分の一を私に割くこともない、初めての十全の力でどうか幸せになってほしいと思う。私は『盛大に地獄で足掻く』。覚えているかい? 両親の墓石に君と一緒に刻んだ言葉だ。両親の待つ地獄で、私も一緒に待っている。何千、何万年の後、その場所で再び会うことができたなら、血の池を涸らすほど楽しんで語り合おう。たくさん生きて、楽しんで、私の知らない世界の話をたくさんしてほしい。

 君はもっと私を恨んでもよかったのに君はそうはしなかった。私がそれに如何に救われたか、君なら正しく理解してくれるでしょう。フランドール、君に伝えるべきことは既に伝えた。生きなさい。何があっても最後に前を向いて生きていれば良いことがあるはずだ。

 

 

 さて、ここからは今回の事件のカラクリを説明しようと思う。先ず目的から。大方の者が『エカルラートの死』だと思っていただろうが、実際は私の消滅が一番の目的だった。その上でレミリアたちの安泰のためにエカルラート家を崩壊させる。これがついでの目的としてあった。予告と言って良いのかもわからない不出来なメモにはエカルラートの名しか書いていなかったが、当然対象は初めから決定していた。エカルラート及び彼が紅魔館に率いてきた精鋭吸血鬼七人と、彼の右腕としてこの上なく重要な仕事をこなしていた執事長、そして私自身の計十人だ。私が外出に乗り気だったのはこの計画を実行したかったからである。

 一人目には一番老いている者を選んだ。仕掛けは簡単なものだ。皆の注意が散漫になっているところに小さな蝙蝠が一匹入りこんだところで誰がそれに気づけるだろうか。唾と反応してニンニクの臭いを放つようになる薬を一振りすればそれで終わりだ。口の中で急に広がったニンニク臭に嘔吐したが吐しゃ物が喉に詰まって窒息死。よく噛んで食べる事。食事のマナーの一つだ。

 二人目は特に決めていたわけではないが、エカルラートが二人一組にしてくれたおかげで選ぶ手間が省けたと言える。三人目は明確に決めていたからその者と同室になった一人を狙えば良かった。寝ているやつの心臓を銀のナイフで一突きすればそれだけで絶命した。悲鳴を上げても魔法で誰にも聞こえない。あとは苦手な精霊魔法によって銀の檻を作った。ここまでする必要はなかったかもしれない。

 三人目はかつてデヴォンに攻め入った者たちのリーダー格として指揮していたやつだ。名前は知らずとも監視していたおかげで顔だけは知っていた。デヴォンというのが私にとって何より重要だった。こいつは元から三人目でしかあり得ないと思っていたのだ。当然十字架の形の杭だけで死ぬようなものではない。銀のナイフは何度も使った。

 四人目はフランドールから借りたレーヴァテインで真っ二つに割った。そのせいで断面が少し焦げて黒ずんだからあの方法は失敗だったかもしれない。結局片割れは片割れを見つめられないらしいことが分かったがそれだけだ。

 五人目は銀のナイフの最後の活躍。細かく致命傷にならない程度の傷をたくさんつけることで死に至らしめた。ハチの毒のように、チクリとしただけのつもりで命を落とす。

 六人目が執事長となる事は決まり切っていたことだった。「銀のナイフが使われているから吸血鬼の仕業ではない」。パチュリーがいればこの意見にも真っ向から反対してきたのだろうと思う。もしあの場面でエカルラートが執事長を殺すのを渋ればこっそり能力で殺すつもりだった。法律は志さないけれど閻魔のように、然れども不当に断罪してやった。フロッティはレミリアのグングニルやフランドールのレーヴァテインと同じ、北欧神話の武器の一つだ。ちなみに召喚魔力はフランドール由来だが。

 七人目。ここからはレミリアもフランドールも知らないはずだ。実はあの後一日以上はあえて誰も殺さなかった。やはり執事長が犯人だったのだと思い込ませるためだ。これにより彼を断罪した私とその家族、美鈴とパチュリーへの疑いは完全に晴れることになった。そうなればもうあとは楽なものだ。七人目に選んだのは比較的若い吸血鬼。彼は罠とも知らずに私の散歩の誘いを甘んじて受け入れ、何の疑いもせずにバルコニーへ続く廊下を歩いていた。簡単な仕事だったよ。廊下に飾ってある絵が綺麗だなんだと言って注意を逸らしながらじりじりとバルコニーに近づき、ある程度の場所から雨中に押し飛ばすだけだから。もはや進むことも戻ることもできない彼は流水の中で立ち往生。九人目の時に一緒に死亡を確認できた。

 八人目もこれまた若い吸血鬼だ。これは小細工も何も無い。能力で頭を潰し、身体を潰し、足を潰して殺した。地獄に行く覚悟ができているからか、それとも既に何人も手にかけたからか、これ程惨い殺し方でも罪悪感一つ無かったのは自分でも怖かったくらいだ。

 そして九人目がエカルラート本人だ。こいつは精神を病んでいたのもあって思いのほか楽だった。館周りに降らせていた雨を止ませ、朝の日光が館に当たるようにすれば準備完了だ。例のバルコニーに外が暗く見えるような魔法をかければ日光が当たっていることも分からない。当然外が暗く見えるだけで、実際に暗いわけではない。バルコニーで語り合おうじゃないかという誘いに乗って来た、というよりは何も考えていなかったのだろう。哀れな事だ。そろそろ就寝の時間だったという事も忘れていたのだろう。

 そして締めの十人目が私。なんてことは無い。この手紙を書き終われば簡単な魔法陣を書いて首を吊るだけだ。なんて清々しい朝なのだろうか!

 

 この作戦に全面的に協力してくれたフランドール及び後半特に良い仕事をしてくれた美鈴とパチュリーに感謝する。

 何度も言うが私はフランドールでも何でもない部外者だ。貴方たちにとっては害でしかないだろう。

 

 今回使用した転移陣は今後誰も使ってはならない。この魔法陣の発動条件はレミリアとフランドールのリングが揃った時としている。この魔力を検知すれば、私の中に残っているフランドールの残留魔力と私の魂で以て強力な転移が成功するはずだ。魂を売る必要がある代わりに転移は安全で素早い。

 この魔法陣の発動を以て私の魂は完全に消滅し、フランドールが私へ割いていた四分の一の力も霧散することになる。時間経過による魔力の回復によってフランドールはフルパワーを扱えるようになるだろう。四半分の呪いもここで断ち切れるのだ。私の務めもようやく終わる。

 

 ありがとうレミリア

 ありがとうフランドール

 ありがとう美鈴

 ありがとうパチュリー

 ありがとう小悪魔

 ありがとう、その他大勢の使用人たち

 

 

                      最大限の感謝と愛をこめて U.N.Known

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




この二話分を書くためだけに『そして誰もいなくなった』を買って読みました。皆さまにも是非前知識なしで読んでいただきたいです

完結までは後二話の予定です。文字数は以前までと同じ程度かと
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