「そのカリスマで私を救ってよ、お姉様」   作:小鈴ともえ

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別に何をするわけでもないほのぼの平和回


亡き王女の為のセプテット

 あの日から誰もかれもが目に見えてやつれていった。私とフランが一緒に食事をとることも無くなり、それに伴って美鈴が地下に行く機会もめっきり減った。否、この言い方は正しくない。フランが、フラン自身が他者との接触を避けているようなのだ。

 最近食事を運んでいるのは私だが、持って行っても会ってくれる気配がない。ただ扉の前に置いておいてと言われるだけだ。しかも()()が張り巡らせた魔法を活用しているのだろう。私が部屋の前から退くそぶりを見せない限りはいつまで経っても皿を取ろうとしない。

 

 パチェにフランの部屋の監視を任せているが最近では見るのも聞くのも辛くなってきたとか何とか呟いていた。ほとんど毎日何口か食べては吐いてを繰り返しているらしい。特に人間の肉を使った料理の日はひどく、ほぼ口に入れるたびに戻しているらしい。

 血も最近まったく飲んでいないようだ。食べきれなかった料理や吐いた物、血液は全てあの子の部屋にある高性能すぎるゴミ箱に入れられていたらしい。綺麗な皿だけが部屋の前に置かれるから完食したものだとばかり思っていたが実際は全くの逆だったのだ。

 

 パチェの方はやつれる、というよりも疲れていると言った方がまだ適当か。元々食事をとらなくても問題ない魔法使いにとって断食など朝飯前であるが、明らかに昔よりも痩せたように見えるし表情も優れていない。美鈴にも小悪魔にも指摘されているようだが一向に変化する様子がない。

 何というか無気力なのだ。何をするにしてもノロノロと行動し、趣味だった読書や魔法の研究も滞っていると聞いている。

 

 変化があったのは当然フランやパチェだけではなく美鈴も同じだ。一時期は何かに取り憑かれたかのように朝から晩まで鍛錬に勤しんでいたこともあったが、一度それによって倒れてからは逆に燃え尽きてただ門前に立っているだけの置物のようになっている。

 それでも最近では少しずつ復調してきたのか、流石にこのままずっといるわけにもいかないと自分に喝を入れたのか、メイド代わりの事をやってくれるようになった。具体的には料理や洗濯などだ。掃除は嫌いらしい。

 

 

 あの日から全てが狂った。エカルラートとその精鋭たちが悉く死亡したためにエカルラート家は滅び、統率する者のいなくなった勢力は互いに戦力を削り合って最終的には人間に敗れた。

 スカーレット側も変わらない。あの日、悲しみのやり場を失って狂ったように暴走したフランが館の使用人たちを皆殺しにしてしまった。少し前まで家事をする者がいなくなっていた館は既に廃墟のようにもなっており、人間からはお化け屋敷とまで呼ばれるようになった。

 百年以上の時を経て、ここがかつて悪魔の館とまで呼ばれた恐ろしい場所だとは知らない世代になってしまっているのだ。面白半分で来た勇敢(愚か)な若者たちは当然見るも無残な姿となって食卓に並ぶことになるのだが、人間から見ればただの失踪事件である。

 

「あぁ忙しい忙しい。まったく掃除は嫌いだと言っているんだからパチュリーが手伝ってくれれば良いのに……おや、レミリアじゃないか。こんな時間に起きているなんて珍しいね」

 

 そう、今はまだ昼過ぎ。フランが起きるよりもまだ早いくらいの時間だ。まともな吸血鬼ならば起きているはずなど無い時間なのだから美鈴が不思議がるのも尤もだ。

 

「目が覚めただけよ。それよりも良いの? 門番は。最近は人間もよく娯楽として侵入してくるじゃない」

「良いの良いの。どうせスリルを求めるために夜にしか来ないのが分かってるし、最近は教会もこちらを注視しなくなったみたいだからね」

 

 あぁ、そう言えばそうだった。あまりにも急に外観が廃れてしまったからか、もはやここら一帯の吸血鬼は全滅したと思われている。いつの間にか館の周りは深い森になっているし、それこそ若者たちのような相当の物好きでもなければここに来る人間などいなくなった。

 確かにもう欧州全体で見ても残っている吸血鬼家は此処だけかもしれない。それほどまでに吸血鬼は急速に衰退し、逆に人間は急激に成長した。街中に灯された電球なるものによってもはや夜の闇を恐れる必要はなく、汽車という乗り物によって馬車よりもはるかに速い移動が実現した。私たちに残されている時間ももう僅かか。

 

「昼間の私がすべきことといえば洗濯と館内掃除くらいさ。外は普段見なくても中は毎日見るからね。綺麗にしておくに越したことは無い。でもちょいと面倒だからさ、パチュリーにも魔法で手伝ってくれるよう頼んでもらえるかい? どうせ今から会いに行くんだろう?」

「……ふっ、貴方にはまるっとお見通しってわけね。良いわ。言って来てあげる。その代わりあの子が手伝ってくれるかどうかは保証できないわよ?」

「まぁその時はその時。仕方がないから一人でやるさ」

 

 どうせあの子の事だから面倒がって手伝ってくれないと思うけれど。二百年弱の付き合いにもなれば流石に性格も分かってくる。

 

「掃除が終わり次第図書館に向かうと、そう伝えてくれないかい? そうすりゃ流石のパチュリーでも手伝ってくれるだろうからね」

 

 二百年弱の付き合いになれば相手の性格も分かってくる、か。扱いまで心得ているとは流石は美鈴だ。きっとパチェは手伝う事になるだろう。

 

 

 

「…………誰だ?」

 

 美鈴と別れて図書館へ向かっていた私だったが、ふと視線を感じて立ち止まった。姿は見えないが粘りつくようないやらしい視線。この気持ちの悪い感覚は絶対に勘違いなどではない。誰かが私を見ている。

 

 そのまましばらく膠着していたがあちらも我慢することに飽きたのだろう。不意に目の前の景色が歪んだかと思うと、そこには妙齢の金髪美女が既にいたかのように佇んでいた。

 思わずしりもちをつきそうになったがこれは仕方ないだろう。現れたのが数メートル先とかならまだしも、この少女は文字通り目と鼻の先に現れたのだから。

 

「こんにちは。貴方がレミリア・スカーレットで間違いないですね?」

 

 流暢とは言えないながらも何とか聞き取ることのできる程度の英語。顔からして東欧系か何かだろうか。異国人であることは確かだがどうやら私に用があって来たらしい。

 

「いかにも。私が紅魔館当主のレミリア・スカーレットだ。何か用ですかな?」

 

 相手が聞き取りやすいように少々ゆっくりとした言葉で返答する。相手の方は何かを考えていたようで、何やらブツブツ呟くと初めて笑顔を見せてこちらに向き直った。

 

「初めまして。私の言葉が分かりますか?」

「なんだ。えらく流暢に話せるじゃないか。私を揶揄っていたのか?」

 

 折角配慮してやったというのに私の苦労は何だったのか。

 

「いえいえ、違いますよ。私の拙い外来語では伝わりにくいと判断しましたので、言語の境界を取っ払ってみました。この空間では英語でも日本語でもない統一言語で話されるのです」

「? 訳が分からないのだけれど……」

「例えば今の私は自分では日本語を話しているつもりですが、貴方にはそうは聞こえないはずです。逆に貴方の言葉は私には日本語として聞こえる。この空間内では如何なる言語で話したとしても、それが単語として、文章として意味を持つならば相手に正確に伝わるのです」

 

 うーむ。またまた規格外の能力者の予感だ。つまりこれさえあれば私たちはフランス語を勉強する必要すらなかったわけだ。もう過去の話だけれど。

 というか目の前の女性は日本人か。およそそうは見えない、というか顔の造形はもう少し美鈴に近いものがあると思っていたのだが。人外ならばあてにはならんか。

 

「そりゃ素晴らしい能力をお持ちな事で。だがそれは不法侵入の言い訳にはならないよ」

「不法侵入? 不法? あっははは…………あぁおかしい。西洋の悪魔が人間の作った法に従っているつもりなのですか? 無法地帯に不法は通用しませんことよ」

 

 よく口の回る面倒なタイプの相手だ。私の苦手なタイプ。さっさと用を済ませて帰ってもらいたいところだがどうなるだろうか。

 

「もう何でもいい。用件を言え」

「つまらないですわ。……ではまあ手短に。日本に興味はありませんか? 私の管理する幻想郷は外界と隔離された忘れられた者たちの最後の楽園。貴女方も外は生きづらいでしょう?」

「何を言うかと思えば…………私たちはまだまだ現役だ。忘れられるつもりもない。それが分かったら疾く失せる事だ」

「そう。ではまた会いましょう。……ふふ。この威勢がどこまで続くか見ものですわね

 

 また現れた時のように突然消える彼女。最後の最後、能力を解除する間際に言われた言葉はよく聞き取れなかった。

 よくわからないやつに絡まれたがパチェの図書館まではもうすぐだ。こんな場所で時間が取られるとは思わなかったので美鈴には後で別に謝っておこう。

 

 

 

 普段なら図書館について一番に私を出迎えるのがパチェの使い魔として召喚された小悪魔だ。もう百年も経っているというのに相変わらず主人以外に対しては口をきこうとしない。緊張しているのか、それともそういう命令が刻み込まれているのか。パチェの話では前者だという事だがこうも長く続くとそうも思えなくなってくるというものだ。

 しかし今日は違った。小悪魔よりも私にとっての小悪魔である妹が開けた扉のすぐ後ろに立っていたのである。昨日まではまったく部屋から出る様子も無かったフランが扉を開けたすぐ先にいる。それが一瞬理解できなかった。

 

「お姉様…………久しぶりだね」

 

 ずっと声を出していなかった弊害だろう。随分と声が掠れている。監視はパチェに任せきりにしていたために、私がフランを見るのはあの日以来になる。私の記憶を頼りにすれば如何に痩せたかがよくわかる。

 その細い身体の線を見てもなお、思わず抱きしめてしまう事を抑えられはしなかった。私にとってこの子がいつまで経っても、中身が何であっても可愛い妹であることは変わりようもない事実なのだ。

 

「フラン………………あぁ良かった。本当に良かった」

「大げさだよ……でもありがとう。いつも心配してくれていたの、知ってたよ。ごめんね」

 

 存在を確かめるように抱きしめた私に対して、フランもまた私を抱きしめ返してくれた。だがそれもあまりにも弱弱しい。

 そこからはそのまま、絞り出すようにぽつぽつと今まで()()と過ごしていた時のこと、籠っていた間のことを話してくれた。

 

 

「あの子が死にたがってたなんて知らなかったんだ。私はいつでも喜んで力を貸してきたのに、迷惑だっただろうって……! 美鈴が私を昏倒させる直前にあの子がそう言ったんだ。それで私は気づいたの。気づいたら叫んでた『この裏切り者!』って。だってそうだよ。あの子は……死ぬなんて一言も…………。

 あの子は私の気持ちを裏切った。でも一番嫌だったのはあの子がいなくなってしまったこと。あの子に最後に伝えた言葉があんな言葉だったこと。私も死のうと思った。あの子と同じ場所に行けばまた会えるんじゃないかって、そう思ったんだ。でも無理だった。あの子の最後の願いは私に生きてもらう事だったのを知っていたから、私の身体は餓死を拒んだ。自傷もすぐに治ってしまった。ある種の呪いだよ。でも逆に考えればそう、この呪いがある限りはあの子と生きていけるって最近分かったんだ」

 

 だから部屋を出ることにしたと。簡単な事ではない。だからこそ百年もかかってしまったのだろう。

 

「塞いでいる間にも色々調べたんだ。あの子は自分の生の限界を知っていた。だからこそ全ての行動に意味を持たせたがったんだ。たとえばこのブルーサファイア」

 

 そう言って左手を掲げるフラン。確かに昔とは違った透き通った青が印象的な宝石へと変化している。逆に私の方は何も変化がない。だが今思えば赤すぎないこの色は()()の瞳の色にも近いような気がする。

 

「あの子の祖国日本で伝えられている石言葉には幸運、天命、智力、守護、誠実、冷静なんかがある。そしてお姉様が付けているジャスパーには自律や永遠の夢、勇気、聡明がある。あの子は名前だけを見て適当に変化するようにしたと言っていたけれど、実はジャスパーとラピスラズリを生成するときも何の宝石にするかはかなり迷っていた。適当なはずが無いんだよ。

 あの子の意志を引き継がなければならないならば、私はいつまでもクヨクヨしているわけにはいかない。それに今日は丁度百回目の命日。私は()()()献花するよ」

 

 ひそやかにお父様とお母様の墓の横に石だけを立てた簡素な墓。毎年この日には花だけ供えている。フランの参加は今回が初になるが既に三つの花束は用意してあるらしい。当然私、美鈴、パチェ、小悪魔は一つずつだ。

 フランが三人分なのはきっと、()()を入れて四人だった分身から彼女を除いたからだろう。四人のうち吸血鬼としての性質を保持していた三人、つまりフラン自身。

 

「夜になるのを待つ間に食事にしましょうね。パチェが美鈴の掃除を手伝ってくれれば……早く食事にもできるかもしれないわね?」

「あら、気づいていたの? フランドールに夢中で気づいていないと思っていたけれど」

「気づくわよ。もう何年の付き合いになると思っているのかしらね。で、美鈴の掃除を手伝ってあげてくれるの?」

「仕方ないわね。ちょっと待っていなさい」

 

 思いのほかあっさりとそう言って図書館を出て行ったパチェ。しかし五分もすると美鈴を連れて帰って来た。

 

「早くない? きちんと掃除はできたのかしら?」

「いやぁ……掃除なんてのは明日以降いつでもできるから別に今日じゃなくても良いかなぁと思ったのさ。今日は大事な日だからね」

 

 パチェに上手い事言いくるめられただけじゃないのよ。結局パチェは手伝う事もせずに美鈴の仕事を先延ばしにさせただけだったのか。そこまで面倒がるパチェもパチェだけどそれで言いくるめられる美鈴もどうかと思う。

 

「あははっ、それこそ美鈴らしいじゃん」

 

 ため息をつく私とは対照的に美鈴らしいと言うフラン。この子も()()と同じく美鈴を第一の従者としていた身。しかもこの子たちだけの秘密も共有していた仲だ。私よりもはるかに美鈴の事を理解しているのだろう。主人が美鈴の行動に何も不満を言わないのならば私から言う事も無い。

 

「フランちゃ……妹様…………。元気になったようで何よりだよ」

「私もあの子と同じ。だから呼び方は同じで良いよ。そもそも今となっては呼び分ける必要も無いんだから」

 

 この子も()()と同じ心の強さを持っていたのか。文字通り生まれた時からの相棒との死別をこの子は一人で乗り越えた。長い時間がかかったけれど自分だけの力で立ち上がった。死んでも死にきれない自分に絶望するのではなくそれを前向きに捉えて。

 フランだけではない。美鈴もパチェも自分なりに死を捉え、そして乗り越えた。皆フランと同じくらい長い時間がかかった。これからはそれ以上の時間を使ってもっと館を良く出来たら、きっとあの子も喜んでくれるだろう。私のよく知る赤の他人であるあの子も。




レミリア、フランドール×3、美鈴、パチュリー、小悪魔の七人でセプテット


次回最終回です。何とか一年以内に終わりそうで一安心でございます
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