これも今までと同じような悪夢だと思いたかった。だが不可能だ。手に持っている槍、飛んでくる血の味がこれを現実だと語っている。皆が助かる未来も何処かにはあった。それを掴むことができるほど私が強くなかっただけだ。
今更後悔したところでどうなるだろか。両親は死んだ。それは今からどう頑張っても変わらない事実としてそこに存在する。
「お姉サマ危ないヨ!」
いけない。私としたことが完全に油断しきっていた。いくらこちらの勝ちが揺るがないとしても油断すれば傷つけられかねない。
相手の人間のうち幾らかは雇われてきた実力者なのだろう。近づかなければどうってことないが、相手がフランの威圧に慣れ始めた今下手な行動をすることはできない。
フランが私めがけて飛んできた銀弾を変な形の棒で打ち返す。普通の棒なら勢いに負けて折れてしまうだろうがその棒はびくともしていない。恐らくフランが魔力を籠めているのだろう。
あのような棒をフランの部屋で見たことは無かったような気がするのだがいつの間に手に入れたのだろうか。もしくは私の注意力が無かっただけなのだろうか。
それにしても狂気に支配されているように見えるのに理性は意外と残っているようだ。少なくとも私に飛んできた弾を打ち返すくらいには。
フランばかりに任せてはいられない。私もどんどんやってやろう。日光の当たる場所には行けないのでここから少しずつ攻撃していくしかない。フランの方を見てみるとあの子の能力に加えて弾幕を出して一方的に攻撃していた。なるほど弾幕なら遠距離にも届くし、広範囲にばらまけるので効率はかなり良くなる。
もうすぐ夕方になろうかというところで全ての人間を葬り去ることができた。食料としても少し確保できたので結果としては悪くない。だが勿論良いとは言えない。今回の襲撃でこの館は甚大な被害が出た。両親をはじめとしてその眷属たち、使用人たちも三分の一程度しか残っていない。
今他の吸血鬼たちに襲撃されたらかなり危険だ。だが今後数年は安泰だと思う。今お父様が死んだことを知っているのはこの館にいる者たちだけ。故に当分は他の勢力に気づかれることは無いだろう。使用人の中に間諜でもいればまた別だがその可能性は限りなく低い。もし間諜がいれば今夜にでも襲撃が来るはずだ。その未来が見えないという事は間諜はいないものと考えて差し支えないだろう。数年後以降は気を付けなければならないが。
フランは戦いが終わった後手ごろな人間の血を吸ってそのまま地下に行ってしまった。恐らく寝ているのだろう。私も寝ようと思ったが一向に眠たくならない。
両親を失ったショックが今来ているのだろうか。いつまでも囚われているわけにもいかないというのは分かっているのだがなかなか難しいものだ。
私たちよりもずっと強かったお父様とお母様が呆気なく日の下に晒されたのだ。どうやって殺されたのかはわからない。私が見たのは死ぬ間際だけだったから。きっと不意打ちに近い形でやられたのだろう。もしかしたら力のある人間のどれかにやられたのかもしれない。お父様を倒せるレベルにあったのかどうかは結局わからなかったが。
理由はフランが初めの方に破壊してしまったからである。フランの能力に回避方法はないのではなかろうか。あの子が壊そうと考えた次の瞬間には対象は破壊されている。
満月の時の吸血鬼以上の速さで飛行できる妖怪がいれば破壊される前に効果範囲外に逃げられるのかもしれないが、今のところそんなに速い妖怪は見たことが無い。天狗は相当速いと聞いたがどのようなものなのだろうか。
コンコンコンッ
「失礼します。夜食の用意ができましたがいかがいたしますか?」
「食べるわ。ありがとう。もう寝ているかもしれないけれどフランの分も一応持って行ってあげて頂戴。結界はもう機能していないはずだから」
どうせ今は眠れないのだし夜食を食べて気分転換でもした方が良いだろう。フランの分はいらないかもしれないが。
「は、はい。承知いたしました」
「………いえ、やっぱり私が持っていくことにするわ。私の分もフランの分と同様に運べるようにしておいてくれるかしら」
「…かしこまりました。手間をおかけして申し訳ございません」
昼間のフランを見てしまったからきっと恐れているのだろう。いくらあの時のフランでも身内に手を出すことは無いと思うのだが、できれば行きたくないというのであれば私が行けばいい。あの子とは一度も食事を一緒にしたことが無かったから丁度良い機会ではないだろうか。
「フラン?起きているかしら」
「お姉様?起きてるから入ってきてもいいよ」
少し身構えて部屋の前に来たがどうやらもういつも通りのフランに戻っていたようだ。フランの部屋にある物は少ない。物が多すぎても「目」が鬱陶しく感じるらしい。
でもテーブルと椅子はある。何故四脚もあるのか私にはよくわからない。今回は助かるが。
「もう元に戻っていたのね。夜食持って来たけれど食べる?」
「戻った……?あぁ、そうね。戻ったわ。それで夜食だっけ。お姉様も一緒に食べてくれるんでしょう?なら食べるよ。ありがとう」
少し不思議そうにしていたがあまり気にすることではないだろう。狂気に支配されている間は記憶が少し飛ぶのかもしれないし。まあそれはそれで心配する事なのだが今は気にしない事にする。
「そういえばお父様もお母様も死んでしまったのよね。残った灰だけでも庭に埋めてあげるの?」
食事を始めてからフランが私にそんな質問をしてきた。私は食事中に話すのは行儀が悪いと教えられたが、フランはそんなことを教えられていない。フランにとって今が初めて誰かと食事をしている瞬間なのだから。
「フランはどうしたいの?」
「私?私は埋めてあげたいよ。その方が私にとって良いと思うんだ。お父様とお母様にはあまり会えなかったけど何もしないのは嫌だよ。そのついでに使用人たちも埋めてあげればいいんじゃないかな。眷属たちは跡形も残っていないからどうしようも無いけどね。
記憶はいつか必ず風化してしまうわ。今日の事もきっと忘れてしまうわ。それが十年後なのか千年後なのかはわからないけど。でも思い出せる物があればこまめに思い出す分風化を遅らせられると思う。形見でも何でもいいんだけど私は墓が良いと思うわ。だって墓には名前が刻めるもの」
まるで大人のような事を言う。こういう事があるせいでたまに私が姉なのか妹なのかわからなくなることがある。私が姉である事は未来永劫代わることが無いが当主は変えられる。
「そうね。そういえばそのことで思い出したのだけれど今当主の席が空いてるのよ。フランになる気はないかしら?」
「私は無理だよ。基本的に地下からは出ないしこんなに情緒が不安定なんだもの。でもいつかは…
………とにかく私は当主になれないわ。だからお姉様、頑張ってね。折角当主の勉強もしたんだからお姉様しか候補はいないでしょう?」
残念ながら当主になる気は今のところないようだ。それにしても当主になるための勉強がこんなに早く使われることになるとは思わなかった。
フランに教えている勉強はどうしたら良いだろうか。
「フランの勉強はどうすれば良いかしら」
「私は自分でやっておくよ。大図書館なら地上に出なくてもいいし勉強するには十分すぎるほど本が入っているもの。だから私の事は気にしないで。…とごちそうさまでした」
フランは食事が終わったようだ。何故か食前と食後に何か分からない呪文のような言葉をつぶやいていたが何なのだろうか。フランの習慣に口出しするつもりは全く無いから何も聞かないけれど。
もう一時間の制約は無くなったがフランが眠たくなってきたというので私も地上へ戻ることにした。フランが地下で生活し続けるのは少々残念だがあの子の希望なのだから仕方がない。地下にいた方が都合が良いらしいがどういう事なのだろうか。聞いても教えてくれなかった。
墓を作るのは明日になった。早くしないと死体は腐ってしまうからだ。腐ってから埋められるのは使用人たちも嫌だろう。当主としての初仕事は明後日以降になりそうだ。私にきちんと務まるだろうか。こういう事ならもう少しお父様の仕事ぶりを見ておけばよかった。今更だけど。