別にそのまま埋めてしまっても良かったのだが、折角なのでお父様とお母様の寝ていた棺桶に入れてから埋めることにした。使用人たちはどうしようもないのでそのまま埋めるが。
棺桶に入れるとただでさえ軽かった灰の重さは全く感じられなくなる。それが虚無感を一層刺激する。失ったことは理解しているはずなのにどうしようもなく虚しいのだ。
でも泣くことは決してしない。フランが泣くまでは泣きたくても泣かないと決意したのだ。悪魔の誓いは破ることを許されていない。この決意も私が自身に誓ったものだと捉えるならば決して破ることは許されない。
二つの棺桶を埋めた場所の上に墓石を置く。ご丁寧に二つ作られている。墓石の名前を刻んだのはフラン。当分は地上に出るつもりが無いからせめて墓の名前くらいは刻みたかったらしい。
よくよく見てみるとお母様の名前とお父様の名前で字体が異なっている。その辺りの事はあまり知らないので何とも言えないのだが私的にはお父様の名前の方が良い気がする。
因みに死んでしまった使用人たちの名前も大きな石一つにまとめてだが刻んである。あの子はこういうところでマメだ。あの子と使用人との接点など無かったにも拘わらず今日の昼間いっぱいを使って彫り切ったらしい。昨日早くに寝たのもこのためだったのかもしれない。
こちらの使用人たちの名前はお父様の名前と同じ字体で彫られている。フラン自身もそちらの方が良いと感じたのかもしれない。
そして三つ全ての石には名前の下に同じ文字が刻んである。フランの拘りなのだろうか。
出来上がった墓は拙いもので知らない者が見ればただ大小の石を置いているだけに見えるかもしれない。フランが初心者だったからか文字の溝はかなり浅い。昼ならまだマシかもしれないが、今のような時間は夜目が効く者でもなければ墓石の字は読めまい。今隣にいる使用人たちもただ凸凹した石にしか見えていないに違いない。
だがそれでもかまわないのだ。今の目的はあくまでも死者を弔う事なのだから彫ってある文字が読めなくても問題はない。
せめて安らかに眠れ。そういえば”安らかに眠る”はキリスト教の弔い方だったっけ。ならば石に彫ってある通りに盛大に地獄で足掻け。私たち悪魔は地獄こそがお似合いだ。天国になんぞ文字通り死んでも行きたくはない。お父様やお母様もきっと同じ気持ちだろう。
悪人が死後行きつくとされる地獄。恐ろしい者が住んでいるという話だがいったい何がいるのだろうか。そもそも死んだあとに何を恐れるのだろうか。つくづく人間の考え方はよくわからない。
「さて、これで今夜したかったことは終わったわね。昼間働いていた者たちはもう寝てしまっても構わない。私はお父様のしていた仕事に早く慣れておかなければならないから部屋に戻らせてもらうわ」
まだ十年と少ししか生きていないのに当主をやらされるなんて思わなかった。フランに食事も運んであげなければならない。昼間から起きていたようだからもう寝ている可能性もあるが。
とりあえずはいつもの食事の時間まで仕事内容を調べていればいいだろう。フランが食堂で食事をする時は来るのだろうか。フランが地上に出てこないのならば私が地下に持って行ってあげるだけなのだが。
…考え事をしながら歩いているとついつい自分の部屋の方に来てしまう。早いところ無意識に執務室まで行けるようになりたいものだ。まだ一度も入ったことが無いような気がするが数年も経てば流石に慣れるだろう。慣れてもらわなければ困る。
(恐らく)初めて入る執務室は何とも言えない匂いがした。今までには嗅いだことの無い匂いだ。吸血鬼である私には少しきつく感じるが何処か懐かしくも感じる。机や椅子に使われている木が匂いの本なのだろうか。
いやいや、こんな事をするためにこの部屋に来たわけではないんだった。部屋を見渡すととてもわかりやすい場所に『館経営のやり方』というお父様の書いた紙の束があった。
これはきっと思いついたことをすぐに書き入れられるようにこんな場所に置いていたのだろう。頭に書いてあることを読めば少なくとも死期を悟っていたわけではない事は明白だ。
『これを読むとすればきっとレミリアだろう。この書類は基本的に私が考える館経営の最適な方法を記している物だ。恐らくその事に関しては私が口で教えているだろうから無駄になると思うのだが、念のため私が忘れている可能性も考えて書き留めておく。これを書き始めた時のレミリアはまだ八歳だが読むときにはもう数百を数えていることだろう。そんなことは無いだろうがもし私が思わぬ事故で死んでしまうようなことがあった場合にはこの書類を頼りに何とかすると良い。できるだけわかりやすく書いていくつもりだ。』
…何が数百だ。十五すら数えていないではないか。何が『そんなことは無いだろうが』だ。簡単に死んでしまっているではないか。お父様なんて、お父様なんて………はぁ、もういない者を嫌う事はできない。憎んでも虚しいだけだ。
ほんの一瞬の心の揺らぎ、少しばかり退行してしまっていたようだ。実際には然して嫌ってもいないし憎むなんてもってのほかだ。むしろこんな物を残してくれたことには感謝している。
初めの方から順に読んでいけば分かっていくだろう。初めのページは…『使用人の責任は主人の責任だ。使用人の愚行にはくれぐれも気を付けよ』…うん?思っていたのとかなり違うのだがここだけなのだろうか。
次のページは…『当主とは組織の顔である。常に堂々としていろ』………もしかしてずっとこのようなものが続くのだろうか。
少し怖いが次『使用人は使うためにある。仕事はどんどんさせろ』ここまで館経営に何の関係も無いものばかりなのだが……。
一気に飛ばして真ん中辺りは『雇うか雇わないかは当主の決めることである。自分の直感を第一に信用しろ』…変わらない。次はどうだ?『人間には特に警戒しろ。奴らは私たち魔族に特攻の力を持っているようだ』……。
一応最後も見てみよう。嫌な予感がするが仕方ない。『経営とは結局己の腕次第である。館を経営するならばまずは私の仕事をよく思い出すがいいだろう』
「があああぁぁ!!まったく、何なのよこれ!全然役に立たないじゃないのよ!ふざけてるんじゃないでしょうね?!」
「ひっ!申し訳ありません」
役立たずな紙を残して逝ったお父様に怒っていたら扉の前にいた使用人を怯えさせてしまったようだ。私は悪くない悪くない。悪いのはお父様だ。
「安心しなさい貴方ではないわ。もう食事ができたのかしら?」
「…はい。今日はどちらで召し上がりますか?」
「今日に限らずこれからは毎日地下で食べることにするわ。それを考慮して食器も用意して頂戴。あとはそうね、フランの分は三食分一気に作ってあげなさい」
あの子の一人の時間はなかなか減らせる物でもないが食事の時間くらいは一緒にいてあげたい。今の私にできることは少なすぎてどうにもフランの助けになっている気はしない。あの子は十分すぎるほどだと言ってくれるけど私の気が済まないのだ。
「かしこまりました。では用意ができ次第また伺いますので」
先ほどの書類を読んだせいでこれからがかなり不安になった。使用人がもう一度呼びに来るまでに一応全部目を通しておいたのだが、ためになる事が書いていなかったかと言われると必ずしもそうではない。しかしためにならないことの方が多すぎて不安になるのだ。経営に関する記述は結局最後の一つしかなかったし。
見てもいない仕事を真似しろと言われてできるほど私はおかしくないのだ。その手の能力でもあれば別だったのかもしれないが生憎私にあるのは”未来を変える能力(仮)”だ。私が普通に仕事をこなしている未来なんてのは見たくても見えないだろうからどうしようもない。
少しでも感謝したあの時の私をぶん殴ってやりたい気分だ。いやまてよ、あんなことをわざわざ口で教えられるよりはマシだったのかもしれない。誤差だけど。