あれから二か月。お父様の残した書類は役に立たないものではあるものの、私宛に書いてくれた手紙のようにも見えて捨てるに捨てられない。かといってずっと目立つ場所に置いておくのも嫌だったので私室の引き出しに入れておくことにした。ちなみにフランにどう思うか聞いてみたところ
『お父様がそんな心構えでやって行けてたんだからお姉様ならもっと上手くやっていけるよ』
という私への励ましなのかお父様への貶しなのかよくわからない返事をされた。何とかして上手くやれるような方法を自身で探さねばなるまいという事だ。使用人に聞いてもお父様がしていた仕事の詳細は知らないようだった。
色々な場所を探しているのにそれらしい物が見当たらない。執務室はもう粗方探し尽くしたから次はお父様の部屋に行ってみるか。掃除もさせていないので埃は被っているだろうが今となってはここだけがお父様の生きていた証のようなものだ。保護魔法でも覚えてみようかな。
……お、机の引き出しの奥に仕事に関する書類らしきものが入っていた。だが書いてあることが何一つ理解できない。言葉が難解だからではなく文字が難解なのだ。何語なのかがさっぱりわからないから図書館で探してみるか。流石にあの蔵書数ならこの言語に関する本もあるはずだ。
図書館は地下にあるので使用人の立ち入りは禁止している。別にフランが危ないわけではないのだが使用人たちも特に行きたくはないのだろう。簡単に了承してくれた。
使用人あてに一応書置きでもしておいた方が良いだろう。変に騒がれても困るし。
図書館は確かこの階段を下ってすぐだったはず……すぐだったはずなんだけど。何処ここ。まさか当主が自分の館で迷子になる日が来るとは思わなかった。どうしよう……助けが来るまで待つか?来る保証はないが歩き続けてもさらに迷いそうな気がする。うーむ、どうしたものか…
「あれ?誰かと思えばお姉様だったのね。こんな場所で何してるの?」
「フランッ。あぁ、良かったわ。貴方のおかげで助かったわ」
本当にフランがここを通らなければ延々と迷い続けていたかもしれない。当主として情けがないがこれは事実だ。それに当主になったのだってつい最近だ。
つまり今の私は当主ではなく子供の吸血鬼という事にすれば良い。それで万事解決だ。
「うん?…あ。とても言いにくいんだけどお姉様は迷っていたんでしょう?原因は私なの」
え?フランがこの館の地下を迷宮にしたと?そんなことをする理由は何だろうか。もしかして私に来てほしくなかったからだろうか。へこむなぁ。
「地下に間違って人が来たら危ないかもしれないでしょ?だから地下は迷路にしてあるの」
「でも毎晩フランの部屋に迷わず行けているわよ?今日ここを迷路に変えたのかしら?」
今までは全く迷いもせずフランの部屋に行けていたのだがたまたまだったのだろうか。どうもそうは思えないのだが。
「違うよ。この罠を張ったのはあの日。この罠は特殊な仕掛けがしてあるの。私の部屋に続く階段の方にはお姉様の魔力を感知して迷宮を解くようにしてあるんだ。だから私の部屋に来るときにお姉様だけは迷わないの。だって私の部屋に用があって来るのなんてお姉様くらいだしね。
それでこっちの図書館に続く廊下の方には私の魔力しか登録してないのよね。使うの私くらいだと思っていたから。まさかお姉様が図書館を使うなんて思いもしなかったからごめんね」
なるほどそう言う事だったのか。ならば仕方ない。私だって図書館に来るのはあれ以来初めてだ。その前だって勉強を教わっている時くらいしか使ったことが無い。
使用人の立ち入りも禁止しているから実質フランしか使わないといってもいい。
「そういう事なら何も問題ないわよフラン。でも私もこれからたまには使いたいから私の魔力も登録しておいてくれる?私が何をすればいいのかは知らないけどすぐできるの?
というか普通に流していたけれど貴方魔法も使えたのね」
「すぐにできるよ。お姉様の魔力は随分特徴的だから覚えているわ。だからお姉様は特に何もしなくていいよ。それで魔法だった?うん、これは昔から練習してるんだ。だってお姉様と違って私は特にすることも無かったしね。それにいざという時の戦力は一人でも多い方が良いでしょう?私が出るのかどうかはともかくとして」
そう言えばフランの部屋に続く階段の方も私は特に何もしていなかったのに勝手に登録されていたのだったか。それにしても昔から魔法の練習をしていたなんて。確かによくわからない本を取ってきて、と頼まれたこともあったか。あの頃の私は特に魔法に興味が無かったから知らなかったが、どうやらあれが魔法の使い方を記した本の一つだったようだ。
「そうね。その方が私としても心強いわ。それにしても特徴的な魔力ってどんな感じなのよ。貴方とは何か違ったりするの?」
「もちろんだよお姉様。魔力は一人一人皆異なるものを持っているの。だから特定の者の魔力を検知することができるのよ。お姉様のは紅…かなあ。それにとっても力強いよ。私はくすんだ赤っぽいね。ちなみにお父様は緋色だったかな。お母様は黄色っぽくも見えたわ」
流石は元スカーレット家当主。その名に恥じぬ魔力を持っていたようだ。私は紅か。私の好きな色だから少し嬉しいかもしれない。
「はい、登録終わったよ。これでもう迷う事はないんじゃないかな」
先ほどまでとは完全に別の景色。廊下の先には図書館の扉がきちんと見えている。不思議でならないがこれが魔法なのだろう。人間たちが見たら悪魔の仕業だとでも言うのかもしれない。まあ今回は実際に悪魔の仕業だったわけだけれども。
「ほへぇ~、凄いわね。魔法を学べば私にも魔力が見えるようになるのかしらね」
「それは……恐らく無理だと思うよ。私が見えているのも…何故かわからないし勝手に身についていたものだから。それに私なんかよりはるかに魔法に長けていたお父様やお母様だって見えていなかったようだし。魔力を見れば相手が嘘を吐いているかどうかの簡単な判断くらいはできるもの。あとは相手の性格も大まかにわかるわ。
お姉様はさっきも言ったように力強い決意を持っているみたい。責任感が強いんだと思うわ。お父様は…ふふっ…あまり会っていないから詳しくはわからないかな。お母様も同様に」
フランのいう事が本当なのかどうか私には区別がつかない。私の責任感が強ければフランを地下に閉じ込めることも無かったのではないのか?もっと精力的に館のために尽くそうとしていたのではないか?私にはわからない。フランが何故お父様の性格を言わなかったのかがわからない。あの言い訳は確実に嘘だ。それだけは分かったが肝心の理由は不透明のままだ。
「そんなことよりお姉様はどうして図書館に来たの?何か手に持っているみたいだけど」
「これはお父様の部屋から見つけた文書よ。何語で何のことを書いてあるのかがわからないから調べようと思って来たの。見てみる?」
「うん、ちょっと気になるわ」
この付近の国の言葉なら文字の大まかな読み方くらいはわかるはずだ。形が似ているはずだから。だがこれは全く見覚えの無い文字ばかりが只管に並んでいる。
読む気も起きない程訳が分からない。フランも熱心に紙を見ているが読めてはいないようだ。
「読めないね。でも多分これは悪魔の文字だと思う。きっと私たちには発音もできないような。図書館にもきっと悪魔文字に関する本はあるけど強い封印がされていると思うよ」
「フランの能力を使えば封印なんて一発じゃないの。何も問題ないわ」
悪魔文字と来たか。確実ではないが確かにそうなのかもしれない。そもそもこれを書いたのが人外であることは明白である。ならばそれが悪魔でも何もおかしいことは無い。
「それはダメ。封印されるって言うのはそれだけ危険な物なの。吸血鬼である私たちでも後遺症の残る怪我をするかもしれないし、最悪死んでしまうかもしれないわ。だからそれが読めるくらい高位の魔法使いに頼むか悪魔に直接聞く事ね。まあ悪魔を呼ぼうと思ったらその言葉を発音しないといけないと思うけど」
無理なのか。名案だと思ったのに即拒否されるとは。魔法に疎い者が軽率な行動をとってはいけないという事みたいだ。フランから返された紙をもう一度見てみる。
――――おまえのやかたにいたけいやくのきれたあくまをてばなさないとはなかなかひどいことをしてくれる。あくまとのけいやくをけいしするとどういうめにあうかわからせてやろう。これからせんねんかんおまえのやかたにはのろいをかける。あくまとけいやくするときにはちゅういするんだな。――――
やはり訳が分からない。そもそもお父様はこれを理解できたのだろうか。お父様が悪魔に関する事をしているところなんて見たことが無い気がするのだが。引き出しの奥に眠っていた時点でかなり怪しいな。理解できない文書を封印をかけず封印していたとしか思えない。
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