ビルドダイバーズのフォースネストに少年は訪れた。
自作したガンプラを用い、オンライン上で遊ぶことができる『GBN』。そこでの遊び方は多種多様だ。個人で遊んだり友人と遊んだり、フォースという名のチームに所属したり。無論自分たちでフォースを立ち上げることも可能だ。
そのフォースにはフォースネストと呼ばれる拠点があり、その拠点もフォースによって様々。たとえばチャンピオンがリーダーを務めるフォースであれば、巨大な城が拠点だったりする。いかにも最上位集団の拠点だと思わせる豪華さだ。他にも、瞬く間に成長したフォース『ビルドダイバーズ』だと、島を所有している。その島にある船がフォースネストだ。
「珍しいなリクとサラだけか」
「ソラ久しぶり」
「おう久しぶり」
そこに訪れたのは、ソラと呼ばれる少年。フォースには所属していないが、ビルドダイバーズのメンバーと面識がある。サラとは名前が1文字違うだけという理由で親近感が湧き、すぐに打ち解けた。
訪れたソラをサラが出迎え、サラの肩に乗っていたモルがソラの頭に飛び乗る。
「今日はみんな用事があるみたいで」
「ほんと珍しいな。それはそれで都合がいいけど」
「「?」」
「ちょっとした相談だよ」
「それならみんながいた方がいいんじゃない? アヤメさんはSD交流会が終わればこっちに来るって言ってたし」
「気持ちはありがたいがそこまで大事にされたくもないんだ」
「そういうことなら」
「うん。わたしとリクで頑張って相談に乗るね」
張り切る2人に、そこまで肩に力を入れなくてもと苦笑する。中に通され、向かい合うように席についた。リクとサラが並んで座り、ソラが正面に。間にあるテーブルの上で、モルがどちら側に行こうかと悩んでオロオロする。ソラが視線でサラに話し、頷いた彼女はモルに手を伸ばして引き取った。
「相談の前に先にお礼と謝罪を言わせてほしい」
「それを言われるようなことしたっけな」
「第2次有志連合戦の時です。俺たちと一緒に戦ってくれたお礼を言えてなかったから。それに、
「わたしからも、リクたちに力を貸してくれてありがとう。それとごめんなさい」
「……あれは、大人の事情ってのが肌に合わなかったから。しかも自分で決めたことだからさ。謝られることじゃない」
頭を下げた2人を誠実だなと思いつつ、謝罪は受け取れないとして頭を上げさせた。お礼は受け取るが。
今こうしてサラがいること。それが協力したことへの何よりの報酬だとソラは思っている。
GBNが崩壊の危機に瀕したのは2回。ブレイクデカールの騒動の時と、サラというELダイバーの存在が露見した騒動。ELダイバー自体はサラ1人ではなかったが、その真相を知る人間はこの場にはいない。
なんにせよ、それらの時にチャンピオンが呼びかけ、それを解決しようと集まったのが有志連合だ。第2次有志連合戦では、サラを消すことでバグを修復し、世界の崩壊を防ごうとした有志連合。サラも世界も諦めず、両方を救える可能性に賭けたビルドダイバーズたち。その戦いは変則フラッグバトルで行われ、ビルドダイバーズ側の勝利で終わっている。
ソラはその時にフォースを抜け、リクたちに協力した。そして、自分が所属していたフォースとも戦っている。
「リアルの方で大佐と話はできたし、ケジメもつけてきた。お前たちが気にすることじゃない」
「そう簡単には割り切れないけど……。話が済んでるなら……」
「ほんと優しいよなリクは。だからサラを助けられたんだろうけど」
「うん。そこもリクのいいところだから。ありがとうリク」
「え……う、うん。こちらこそありがとう」
急に話の矛先を向けられ、褒められ、感謝される。戸惑いながらもリクは2人の好意を受け取った。真っ直ぐな目と心。手を伸ばし続ける優しさ。その純粋さがリクを成長させ、周りを感化させていく。
そんなリクをしばらく見つめていたサラが、ふわりと微笑みながらソラへと視線を戻す。彼女の中で気になっていた部分を聞くために。
「ソラは第七機甲師団に戻れるの?」
「いや別に。俺があそこに戻ることはできないよ」
「っ……」
なんでもないように言う──なんてことはできなかった。ソラは若干ながら憂いを見せ、サラがそれを感じ取って俯く。
リクもサラも知っている。ソラが第七機甲師団をどれほど好きだったかを。リクがチャンピオンのクジョウ・キョウヤに憧れているように、ソラもロンメルに憧れを抱いていたのだから。
「大佐には今も憧れている。尊敬って言ったほうがいいか」
「ロンメルさんに俺からも頼んで──」
「──それはいい」
「でも……」
「言ったろ。ケジメをつけてきたって。俺の方からそう言ったんだ。それに、ちょっと居場所が変わっただけで、人間関係は変わってないからさ。だから、サラもそんな顔しないでくれ」
悲しませるためにした決断じゃない。迷いはした。フォースを裏切る形となる。後ろ指さされても文句は言えない。尊敬し憧れる人と対立しないといけない。そんな状態だった。
けれど自分で決めた。後悔などしていない。後腐れもなく終えたソラは、寂しさもあれど前を見ていられる。その目に曇りはなく、力強い光を灯していた。
「サラ。これからも一緒にこの世界を好きでいよう。きっとそれが唯一返せることだよ」
「リク……」
「そういうこと。友達は助けるもんだし、これからもこの世界を楽しんでくれ」
「……うん!」
暗い話はそこで終わり、このまま本題に入るのもなんだということで別の話題をクッションとして入れる。実のある話というわけでもなく、ただの雑談だ。飲み物を用意し、寛ぎながら話していく。
「サラって名字つけたりしねぇの?」
「みょうじ?」
「そう名字。GBN内だし、無くても何も問題ないけど」
「あった方がいいの?」
「あったらお揃いになるなーってだけ」
当然ながら、ダイバーたちはリアルがあるために名字がある。ゲーム内での名前はいわゆる仮名だ。タイガーウルフのように。
リクのように現実の名前をそのまま使うプレイヤーもいるが、プレイヤーの総数からすれば多いとは言えない。
この世界で生まれ、この世界で生きるELダイバー。それがサラであり、名字もない。これが何か不便なことになるわけでもなく、サラという名前があるのだから呼称にも困らない。ソラは単に、名字を考えてみるのもいいんじゃないかと思ってみただけだ。
「お揃いって誰と?」
リクはそのことをどうこう言わない。サラのことだから、サラの意見を尊重しようと思っている。名字というものに馴染みがないサラは、いまいち要領がつかめていないようで、小首を傾げながら質問攻めだ。その時点で、興味はあるのだとリクは感じ取っていた。
「
「ん?」
なぜそこで「みんなと」とは言わないのか。リクはそこに引っかかるも、サラにわかりやすく伝えるためかと自己完結した。
そのリクの横で、サラは目を見開いていた。透き通る海の瞳を輝かせ、胸元のネックレスを両手で包み込む。話の続きをと無言で訴えるも、ソラはそこでリクに視線を向けた。他人の名字を、リアルのことを勝手に言うのは憚られるからだ。ソラとリクは互いのリアル名も知っているが、マナーはマナーである。
そこで振ってくるのかとリクは苦笑し、隣に顔を向けると目の前にサラの顔があって驚く。GBN生まれということもあり、サラは世間知らずとも言える。距離感とか。
「リクのこと、教えて」
「うん。俺の名字はミカミ。ミカミ・リクっていうのが、現実の方での名前なんだ」
「ミカミ……ミカミ・リク」
「そうだよ」
確かめるように。口に馴染ませるようにリクのフルネームを言い、リクが返すと嬉しそうに笑う。
「
「へっ!?」
「? だって、リクとお揃いって」
「それそういうわけじゃないんじゃ……」
「……だめ? わたし、リクとお揃いにしちゃだめ?」
「えっと……」
悲しそうに瞳を揺らすサラを前にリクは言葉に詰まり、面白そうににやつくソラに嵌められたのだと気づいた。しかし今気づいても遅い。沈黙は肯定と受け取られる。リクが言葉を発しなければ──。
「駄目じゃない。サラが嫌じゃないなら」
「嫌じゃないよ。嬉しい」
「それなら俺も嬉しいよ」
「ふふっ、ミカミ・サラ。リクとお揃い!」
「う、うん」
サラは世間知らずなところがある。というより、知らないことのほうが多い。だから、リクが照れくさそうにしている理由もわからない。わからないけれど、嫌がられているわけじゃないことは解る。花のように笑い、頬に擦り寄って祝ってくれるモルをそっと撫でた。
「ところでソラさん何してるの」
「いいものを見た」
リクの言葉に釣られ、サラもそっちに目を向ける。ソラが床に倒れ伏し、その右手の先には「尊死」の文字が。リクとサラにはその意味がわからず、揃って首を傾げた。
「ソラの相談は?」
「ああそうな。本題に入るか」
クッション雑談も十分に楽しめたところで、ソラは椅子に座り直した。相談とは言ったが、大した話というわけでもない。しかしそれは世間一般で言えばということ。ソラ本人からすれば、結構重要だったりする。あくまで客観視すれば大したことはないという話なのだ。
ソラはどう話したものかとしばし黙り込む。口元に手を添え、用意してもらった飲み物を見つめる。リクとサラも促すことはなく、ソラが話せるタイミングを待った。
「アヤメのことなんだが」
「アヤメさんと何かあったの?」
「いや、関係がどうこうってわけではない」
「じゃあアヤメさん本人に何かが?」
「……そうなるな。けど、危ないこととかじゃないからそこは安心してくれ」
メンバーのアヤメに危機でも迫っているのかと身構えたリクは、そうじゃないと聞いてほっとする。そもそも、もしそうならリクとサラにだけ話すわけもない。
「アヤメに話があるんだが、内容が内容だからな。話さなくてもいいんじゃないかと悩んでいるんだよ」
ソラの悩みは漠然とだけ分かった。何かアヤメに話しておきたいことがあるのだが、それを話さないでおくのも選択肢として出てきている。どちらを選ぶべきか悩んでいるというわけだ。その内容が分からないことには、リクも判断がつけられないのだが。
「伝えたらいいと思う」
「サラ?」
悩むリクの隣で、サラははっきりとそう言い切った。サラがテキトウなことを言うわけもなく、サラなりの考えがあっての意見であることはソラとリクにもわかっている。
「酷いこととかは言われたら悲しいけど、そうじゃないなら伝えたほうがいいよ。言葉にしないと、言ってもらわないと伝わらないこともあるから。それが大事だってわたし知ってる」
言い切った後にサラはリクの方を見て微笑む。第2次有志連合戦の時、リクの言葉を聞いているから。リクの気持ちを知ったから、サラは生きたいと心から願えた。伝えることの大切さとその温かさを彼女は誰よりも知っている。サラのその言葉を聞き、リクもそうだと頷いた。
「伝えることは大切だと思う。アヤメさんを傷つけるようなことじゃないでしょ?」
「まぁな。アヤメの受け取り方次第かもしれないけど」
「アヤメはちゃんと受け取ってくれるよ」
「そうだといいな」
「そうと決まれば、早速アヤメさんに連絡取るね」
善は急げってね、と言いながらリクはアヤメと連絡を取り始める。これが善かは疑わしいんだけどなとソラは思い、けれど簡潔に話が終わってアヤメがこちらに来ることが決まる。
アヤメも用事が済んでおり、ちょうどこちらに向かっていたようで、大して待つことなく島に到着する。ソラはそれを出迎えるように浜辺に立ち、リクとサラは船の上から見守る形だ。話を聞くことなく、けれど様子を見られるように。
「何を話すつもりなんだろうね」
「わからないけど、うまくいったらいいね」
「うん」
見守りつつ、サラはロンメルと話したことを思い返していた。ソラは「友達のため」と言っており、たしかにその要因もあった。けれど、ソラがフォースを抜けてまで協力したのはそれだけじゃない。
『サラはこの世界で生まれ、
ロンメルにも立場がある。突然のことで、ソラはロンメルの立場と苦悩までを考えられなかった。だからそう言ってしまった。
そのことを悔やんだのは全てが終わった後で。それは現実世界で清算した。
サラはそれをロンメルから聞いた時、どう反応すればいいか分からなかった。どんな顔でソラに会えばいいのかも。
それももう解決した。ソラは前を向き、サラもリクたちと歩み出している。
すべての清算が終わり、改めて前に進める。
2人の視線の先にいるソラもまた。
「話があるってリクから聞いたんだけど」
忍装束を纏い、釣り目な少女ことアヤメが本題を促す。ソラもそこまで時間を取らせたくない。リクとサラに背中を押された手前、ここでウダウダする気はないのだ。
「アヤメに伝えときたいことがあって」
「盛大に親子喧嘩したのは別口で聞いたわよ」
「実はそっちはどうでもよくて」
「どうでもはよくないでしょ」
親子喧嘩の末に家を出ているのだから。今はマギーの店で居候している。これもまた、親の立場との衝突だったりするのだが、ソラはその話をするつもりがない。リアルでの面識があるアヤメはそれを理解し、はぁとため息をついて話を促した。
「わざわざ呼んでまで話すことなんでしょ?」
「超大事な話だ」
「大袈裟に言うわね」
「大袈裟じゃない。それぐらい大事なことを、アヤメに伝えたいんだから」
「っ! な、なによ……」
真剣な目で見つめられ、アヤメはたじろぎながらも言葉を待った。
これはもしや、伝えられる内容というのは、
ちょっとした期待に鼓動を早め、緩みそうな口元を黒いの布を引っ張って隠す。
互いのことを知らない仲じゃない。高校だって同じだ。ブレイクデカールの件だって──。
そこまで考えて思考を切る。体温が上がりそうだ。
「どうして胸をちっちゃくしちゃったの!?」
第2次有志連合戦以降というもの、アヤメはアバターの胸のサイズを変えてしまった。正確にはリアルに近づけた。どうやらその事にソラはショックを受けたらしい。
迫真の嘆きに体温が下がる。思考が落ち着き、冷静になり、心が冷えていく。
何か訴え続けているが、それは耳に入って来ない。
怒りと羞恥で肩が震える。
「ころす……!」
アヤメの目に殺意が篭り、身の危険を感じたソラが逃亡を開始。
砂浜を駆けていく2人をリクは困ったように、サラは楽しそうに見送った。
「2人仲がいいね。楽しそう」
「えっと……そう、かな」
「わたしとリクも、浜で追いかけっ子する?」
「今は巻き込まれそうだから、それは今度にしよっか」
「うん!」
浜で走り回るなら、裸足の方が楽しいだろうか。2人だけでそれができる日はなかなか無いだろうけれど、みんなでやるのも良いだろう。そう思いながら、何か気にしているサラに声をかける。
「リクは……胸おっきいほうがすき?」
「え?」
思考が止まったリクの耳に、ソラの断末魔が響いてくるのだった。