希望がたりなかった苗木くん。コンティニューしますか? 作:白黒パーカー
舞園さんに膝枕されてからしばらく。
鬱陶しいモノクマから離れるために、舞園さんと一緒に保健室に向かうことにした。
保健室が空いてるか心配だったけど、ご丁寧にドアの鍵は掛かっていないみたいだ。
「傷口は痛まないですか?」
「うん、大丈夫だよ」
消毒液が少し染みるがこれぐらいなら大丈夫。
心配するように確認してくる舞園さんを安心させるように言葉を返した。
「我慢しちゃダメだよ?」
「本当に大丈夫だよ。爆発に巻き込まれたわりにはかすり傷で済んだから」
「さすが超高校級の幸運ですね」
「なんの取り柄もないけどね」
人が死ぬほどの火力がある爆発物だ。一歩遅れていたらボクが死んでいたかもしれない。
でも、そこは超高校級の幸運。
体全体に傷ができたが、致命的な傷は一つもなかった。大和田くんぐらい力持ちならそもそも傷なんてなかっただろうけど、そこは気にしなくてもいいだろう。
「それに舞園さんには膝枕してもらえたからね。男子にとっては役得だよ」
「そんな風に言われると恥ずかしいんですけど……」
そう言って顔を赤らめる舞園さん。
前回はボクのほうが顔を真っ赤に染めていたから、不思議な気分だ。
「ふふ、ごめん。ちょっとからかいたくなっちゃって」
「……苗木くん。優しそうに見えて意外といじわるです」
ジト目で文句を言われたが、美少女がそんなことをしても可愛いだけだ。
記憶を失う前はこんな風に舞園さんと話をしていたのだろうか。忘れてしまったものはどうやっても思い出せない。覚えているのは前回の学園コロシアイの時から会話のみだ。
それを抜きにしても今のボクは舞園さんと話をしていたい気持ちになる。失ってしまった思い出を埋めるように。ボクにとってはこれだけで幸せな気持ちになれるのだから。
「うぷぷぷ、他のみんなが校内探索してるのに男女二人きりでイチャイチャとは。不純異性交遊かなぁ〜?」
「……モノクマ」
しばらく二人でたわいもない雑談をしているとモノクマが特徴的な笑いとともに、どこからともなくやって来た。
せっかく舞園さんと楽しく話していたのに。思わず顔をしかめてしまうのは仕方ないはずだ。
「もう苗木くんったら嫌そうな顔して。せっかくいいモノ持ってきたのに」
「いいもの、ですか?」
「そうだよ!チャララララーン。電子手帳〜」
舞園さんの質問になにネコ型ロボットのように答えるモノクマの手には2枚の電子手帳。
それをひったくるように奪うと、画面をタップする。そこに書かれているのは前回と同じもので、特に違いもない。
さっと校則を確認したボクはモノクマに顔を向けると目が合った。
「どうだい苗木くん。いいものだったでしょ?」
「用件はもうこれだけ?」
「え……これだけだけど」
「じゃあ、もう行っていいよ。バイバイ」
「君、冷たいな!オヨヨヨ〜。そう言われるとなおさら残りたくなるよ」
しっしっ、と手を振ってモノクマを追い出そうとしてみたがダメだった。
舞園さんがボクのことをぎょっとした目で見ているのに、つい舌打ちをしてしまう。
「舌打ちするなんてなんだか苗木くん、思春期?」
「当たり前だろ?せっかくこんな可愛い女の子と2人きりで話せていたのに邪魔されたんだから」
「かわっ⁉︎」
「あらあら、そんなプレイボーイ発言しちゃって」
「ボクの気持ちを素直に形にしただけだよ」
「あうっ……」
表情がコロコロ変わる舞園さんをおいて、モノクマと会話を続ける。ときおり横から変な声が聞こえるが、今はモノクマをここから出ていかせる方法を考えないと。
「だから、邪魔しないで」
「ヤダヤダ。昔の君はもっと優しくてちょろかったのにさ。そんなツンケンしちゃって」
「まるでボクたちのことをよく知ってるみたいな口ぶりだね?」
「当然だろ?お前たちのことはたっぷり調べあげてるんだから。あんなことやこんなことも知ってるに決まってるよ」
ニヨニヨと笑うモノクマ。それがイラッとしてしまう。
「それにしてはボクの変化に戸惑ってるみたいだけど。……もしかしてモノクマの正体はクラスメイトだったりして」
「…………」
ちょっとした言葉の爆弾を放ってみると、さっきまで饒舌に話していたモノクマが沈黙する。
舞園さんは状況についていけてないみたいで、ボクとモノクマの顔を交互に見るだけだ。
ふと、モノクマが笑い出す。
「うふふふ……ボクはモノクマだよ。正体もなにもないよ」
「教える気はないか」
まぁ、知ってるからいいけど。
「僕的にはさっさと誰かを殺してほしいんだけどね」
「誰も殺させないよ。絶対にね」
「ほんとそこだけはブレないねぇ。せいぜい信じた人から裏切られて絶望しなよ」
そう言ってこの場を後にしたモノクマ。
残ったのは2人の沈黙で、さっきまでの楽しい雰囲気は潰されてしまった。
あの野郎。いや、江ノ島さんは女の子だから野郎はダメか。
「……苗木くん」
「どうしたの舞園さん?」
「私たち、ここから出れるのかな……」
前園さんがどこか落ち着かない手でスカートのシワを伸ばす。顔を伏せているが彼女の不安が声になって伝わってくる。よく見れば体も震えているのがわかる。
舞園さんが不安になるのも仕方ない。
彼女からすれば高校に入学した思えばいきなり隔離され、誰かを殺さないと出られないと言われたのだ。いつも通りでいられるのはジェノサイダー翔くらいだろう。
とはいえ舞園さんをこのままにしていれば絶望に堕ちていくばかり。
それを許すほど希望は寛容じゃない。
「大丈夫だよ、舞園さん」
「あっ……」
イスに座ったまま、隣にいる舞園さんの震える体を優しく抱きしめる。
左手を背中に回し、右手で彼女の頭を撫でてあげると吐息が漏れた。
「ボクたちは出れるさ。殺し合いもボクが起こさせない。君を必ずここから出してあげるから」
前回は言葉だけでは足りなかった。希望が足りなかった。
だから、ボクは少しでも希望を足すように抱きしめる力を強くする。
舞園さんは苦しそうに息を漏らすが抵抗はしてこない。
「……本当に?」
「本当さ」
「私も出れるんですか?」
「出れるさ。なんたってボクは超高校級の幸運で、希望なんだ。それぐらいの願いは叶えてあげられるよ」
だから安心して、と。
舞園さんの耳元で囁くと彼女の体が一際大きくぶるっと震える。
しかし、さっきまでの震えはいつの間にかなくなっていた。
「……励ましてくれて、あ、ありがとうございます」
「どういたしまして」
体を離すと舞園さんは頬を赤くしながらお礼を言ってくる。
本調子ではないけど、この様子なら大丈夫だろう。
「……苗木くんってこんなに積極的なアプローチをしてくるんだ」
「聞こえてるよ、舞園さん」
「ひゃっ!」
ボソボソと言っているが隣同士だから聞こえてしまうもの。
それを伝えると悲鳴をあげてボクから離れていった。それがおかしくてついつい笑ってしまうと、舞園さんが頬を膨らませた。
「苗木くん、すごくいじわるです」
「ごめんごめん」
「許してあげません」
腕を組みツンと顔を逸らす舞園さん。
こんなやり取りができるのがとても嬉しいのだ。
ボクが舞園さんの顔を苦笑しながら見てると、視界にノイズが走った。
音はしていないはずなのにザザッと耳障りなノイズが頭に響く。
『私、エスパーですから』
それは舞園さんの声。
『冗談です。ただの勘ですよ』
舞園さんのイタズラが成功したような子どもの笑みだ。
『それじゃあ私は超高校級の助手になっちゃお!』
これは過去の記憶だ。
視界をジャックするように前回の舞園さんとの会話が次々と流れていく。
そうだ。約束したんだ。絶対にここから出るって、大丈夫だって笑ったんだ。
それなのにボクは……。
ノイズまじりの映像は時系列に舞園さんとのやり取りを写していく。
そして、最後に辿りついたのは当然、血まみれになった彼女だ。
お腹に刺さった包丁。動かなくなってしまった冷たい体。
閉じてしまった瞼はそれ以降上がることはなくて……。
「苗木くん、大丈夫ですか?」
「……舞園さん?」
肩を揺すられて意識が戻った。目の前には死体になった舞園さんではなく、こちらを心配して肩に手を置く彼女。
「すごく怖い顔をしてましたよ」
「あぁ、ごめん。ちょっとだけ傷口が痛くてね。ただ少しだけ手を借りていいかな?」
「わわっ。えっと、いいですけど」
一言詫びを入れてボクの肩に置かれた手に自分の手を重ねる。
手が触れたところがじんわりと熱を帯びている。全然、冷たくなんかない。温かい手だ。
大丈夫。どうしてなのかわからないけど、ボクは過去に戻ったんだ。
舞園さんはまだ死んでない。救うチャンスを得ることができたんだ。
「うん、ありがとう。もう大丈夫だから」
「そうですか?それなら私も安心しました」
優しく微笑んでくれる舞園さん。
あぁ、今度こそ君を助けてあげるから。
絶対に死なせたりなんかさせないから。
「よし、そろそろ行こうか」
「はい!」
だから、ボクは笑う。舞園さんもボクの内心に気づかず笑みを返してくれる。
胸の内でドロドロ燃える希望の光が、今度こそ君を絶望の底から救ってあげるからね。