嬉しくて天内流格闘術です…
夜。指定された園芸部の庭園に向かう。晩夏の夜は昼とは違い肌を刺す暑さも無い。ただ纏わりつく湿気だけがまだ夏の残滓が残っている事を身体に知らせていた。
そこには一人の少女が佇んでいた。俺を呼び出した人物。坂柳有栖である。
別の意味で強敵である。Aクラスのリーダー格がBクラスの平生徒の俺に何の用でせうか。
「こんばんは赤羽君、急にお呼びしてしまってすみません。」
「…で、何の用何ですかねぇ…。こんな時間に呼び出してさぁ~。」
「大した要件はありませんよ。ただゆっくりとお話をしてみたいと思いましたので。」
「TDNお話とねぇ…俺の事を分かってそうな割に、丸腰で一人なのは用心が足りないんじゃないか?」
「Aクラスの人間が何人居ようと貴方には太刀打ち出来ないでしょう?」
「ハハッ、違げぇねえや。でも、護身用の用意は当然していると。」
「今回は本当に何も用意はしていないのですよ。」
「…どうだか。噂はかねがね聞いているのでね。相当に頭が切れる人間って話はさ。」
「あら、それは光栄ですね。」
クスクス、と彼女は微笑を浮かべる。
「…一局付き合ってもらえませんか?」
彼女はテーブルの上にあるチェス盤を見つめて言った。
「…駒の動き位しか分からないんだが…。」
「会話を楽しむための潤滑剤の様なものです。初心者の様ですし、先攻は貴方に譲りますので。」
「それはありがとさん。」
「…お互いやる気を出すために何か賭けましょうか。もし貴方が勝ったら何でも言う事を聞いてあげますよ。」
「…アンタが勝ったらどうするよ?」
「ちょっとしたお願い事を聞いてもらいます。」
「…じゃあアンタが負けたら、両腕両脚の関節を外して一日放置にさせてもらいますよ。」
「…冗談でも笑えないですよ…万が一でも私が負ける事はありませんが。」
「その割には声が震え『黙りなさい』…ハイ、スンマセン調子乗りました…」
声の怒気がスゴい。危うくチビっちゃうとこだったわ…
チビってしまう前に、俺はポーンを1マス進める。彼女も俺と同じ列のポーンを1マス進めた。
「貴方はどうしてこの学校に?」
「学費がタダなんでそれに飛びつかせてもらった。で、そっちは?」
「私の父親がこの学校の理事長をしておりますので。」
「うわぁボンボンやんけ。何不自由ない暮らししてそう。」
「意外かもしれませんが、そこまでではないと思いますよ。生まれつき身体が弱いもので、」
「…そりゃあ大変なこって。」
「貴方が同じAクラスでなかったのは、少し残念な気持ちはありますよ。体育祭での活躍は目を見張るものがありましたし。」
「身体には自信があるが、頭の方は平々凡々なんでね。Bクラスに入れただけでも個人的にはラッキーだと思ってませうよ。クラス分けの基準はさっぱり分からんけど。」
「…貴方の存在のせいでBクラスは少々厄介ではあると感じているのですよ。」
「それはどうしてさ?」
「純粋な力というものは、世間一般的に優位に事を運ぶ為には必要不可欠ですので。ただ、他クラスへの暴力行為は厳罰ですので、この学校のルールは多少有利には働きますが。」
「だねぇ~ここのルールは思ったより俺には制限が多くて厳しいねぇ~。」
「私の協力があれば、もう少しこの学校では動きやすくなるかもしれませんよ?」
「…俺にBクラスを裏切れ、と?」
「私にとってはそれが一番ベストかもしれませんが、貴方は応じないでしょう?私は短絡的な考えはしていませんよ。いずれ欲しいものは全て手に入れるつもりはありますが。」
「貪欲だねぇ。」
「人の欲望には限りがありませんので。」
「今後、そっちのクラスともやり合わなきゃいけないのは面倒臭いねぇ。水面下でバチバチやり合うのは性に合わなくて。」
「ここで貴方には手出しをするつもりはありませんよ。この学校生活で潰してしまうのは、あまりにも惜しい存在ですので。」
「そんな過大評価頂いてありがたい限りですよっと。」
「私に圧倒的に足りないモノが、貴方は持っているので。」
彼女は杖に目を落とす。その瞳が彼女の言う圧倒的に足りないモノを映し出していた。
「…俺の負けだな。」
盤面は俺の敗北を映し出していた。
お互いを削り合って、零れ落ちたものは二度と元には戻らなくて。
この盤面はいつかの自分を暗示している様にも見えた。
「初心者とは思えない程、固い守りで制圧するのに苦労しました。戦い方を知らなかっただけの様に見えましたし。」
「で、お願いを聞かなきゃなんだよな。何にするつもりだ?」
「…それでは、何か見せていただけませんか?貴方の力を示すものを。」
「ん~そ~だな~分かりやすいやつか良いかな~」
キョロリキョロリとあたりを見回す。近くに拳より少し小さい位の大きさの石があったので、拾い上げ坂柳に手渡す。
「何の変哲も無いただの石だ。」
「そうですね。ただの石です。」
彼女は石を撫でまわしながら、それを確認する。
「そいつを俺に放り投げてくれ。」
俺は数歩彼女から遠ざかる。彼女が放り投げた石を手刀で真っ二つにし、それを掴んで握り潰す。バキバキ、音をたてながら石は崩れ落ちていった。
「…」
坂柳は絶句していた。そっちが見せてくれと言ったんだろうに。
「ドン引くなよ…分かりやすくて良いだろ?」
「…今こうして対峙している相手が、丸腰で来てしまった事に後悔する位、脅威であることは分かりました。」
「さいですか。じゃあ次は護衛でもなんでも連れて来てくださいな。」
「貴方個人とは敵対するつもりはありませんよ。…私はいずれ、Aクラスを手中に収めるつもりですが、葛城君達に付いている人間も多少いるので少し手間取っているもので。…彼とのゲームは悪くはないですが、ちょっと退屈ですね。」
「方向性は違うがBとCクラスはまとまっているしな。優秀な人間が多いと大変だねぇAクラスは。」
「私に貴方程の力があったら簡単でしたが。暫くはこのゲームを続けることにしますよ。」
「クラスをまとめるつっても、龍園みたいなやり方は好かないねぇ。」
「そうですか?一番効率的だと私は思いますよ。」
「可愛い見た目して頭の中は過激だねぇ…あの程度の暴力じゃ。喧嘩が強いだけのヤンキーだよ。頭は俺より相当切れるんだろうけど。」
「彼は私ほどではありませんよ。いずれ潰します。」
「うへぇ。同じクラスだったら頼もしかったのにねぇ。」
「それならBクラスを裏切って私の所に来ますか?」
「お断りだ。そっちがBクラスに来るんだったら考えておくよ。」
「…フフッ、それも面白いかもしれませんね。」
夜も更けて来たしそろそろお開きかと思い立ち上がる。…と思ったがちょっと思いついた事があるので試してみますか。
「ちょいと後ろを向いてもらえるか?」
「…?何をするつもりですか?」
彼女は立ち上がり後ろを向く。彼女の身体から目に飛び込んで来る箇所を少し強めに指で突いた。
「うひゃぇっ!何ですかいきなり……!…少し身体が軽くなったような気がします。」
「人の身体に存在する綻び?言い換えると弱点みたいなやつ?をちょっと弄らせてもらっただけだ。勝ったお願いがあまりにもショボかったのでおまけだと思ってくれ。」
「…貴方は底が知れない人間の様です。でも、少し助かりました。ありがとうございます。」
「ど~いたしまして。んじゃ、俺はこれで失礼させてもらうよ。」
「はい、おやすみなさい。」
「おやすみ~夜道に気を付けてね~。」
ーー坂柳視点
待ち合わせ場所で彼を待っていました。彼との対峙は初めてではありませんが護衛なしでの1対1。実力を試す為に仕掛けるのも面白いですが、彼にとっては何人引き連れていようが関係ないのでしょうが。明確な敵対行為をしてしまうのは、私としてもメリットはありませんから。
現れた彼は最初相手を針で刺すかの様なピリピリとした雰囲気を漂わせていました。でも私を見ると落胆したような表情をして、警戒を解いた様子でした。
身体能力は申し分無し。無人島での報告と体育祭での常人離れした速さと膂力。そして、先程見せてもらった力。人間って石をいとも容易く粉砕できるモノなんですね…。
チェスは初心者と言っていましたが、雑談を交えながらも盤に向かう時でも明らかに分かる集中力。飄々とした態度を取りながら、弱みを気取られない狡猾さも持ち合わせている。
頭は平凡とは言っていましたがどこまで信じて良い物やら。
現状、私が学内で使えるカードでは彼に対抗できる手段はありません。特に純粋な暴力では圧倒されてしまうでしょう。逆に彼を私の陣営に引き入れる事が出来れば弱みは消え、かつ強力な駒になる。
彼はこちらから仕掛けない限りは様子見なのでしょうね。特に退学覚悟の捨て身での報復に注意しないといけない所でしょうか。
弱みも容易に晒してはくれないでしょうし、奥の手を考えないといけなそうですね。
これまでにどのような人生を歩み、何を感じて生きて来たのか、知るのも一興、壊すのも一興。楽しみです。
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