次の週の月曜日、案の定というか何というか、一之瀬は学校を休んだ。Bクラスには体調不良との話が星乃宮先生からあったがクラスメイト達は本当かどうか疑っている様子。まぁ彼女の体調不良は事実だから何も言う事は無い。
そんなこんなで放課後。
最近、彼女が来なくなって部屋のお菓子の消費量が減って平穏な時間が増える…訳も無く俺の部屋に入り浸るもう一人の人物である坂柳さんは相変わらずの訪問率だった。こっちはあまりお菓子を食べない方である。あと今回の噂の首謀者筆頭のご本人様である。今の状況Bクラスの生徒に見られたら裏切り者とか言われても良い訳出来ない状況でもある。叩いても何も出てこないけど。
「フフ、今日も二人の様ですね。赤羽君。」
言葉を交わしながら今日も今日とてチェスの駒を動かしている。何だかんだで一度も彼女忖度されたことが無い、っていうか負けず嫌い過ぎるだろ!また私の勝ちですねってドヤ顔されるのは見飽きたよドラえもん!新しい道具出してよ!坂柳ジャイアンをぎゃふんと言わせてやりたいんだ!
と、願ってもドラえもんが現れて『まるごとコピーカム』で坂柳といい勝負が出来るはずも無く…いや、『いいとこ選択しボード』で体力を知能にブッパすればワンチャン勝てるのではないのか…
「赤羽君の手番ですよ。もしかしてもう降参でしょうか?」
妄想に気を取られていて坂柳に急かされてしまった。いかんいかんですね。
「いんや?まだまだ負けるわけには行きませんよ。」
勝てない可能性が高いにしてもここは安全なボードゲームの上。やるだけやらなきゃsing a songですよ。
ふと思い出した事があるので聞いてみる。
「そーいえば、Cクラスの生徒に良く会うようになったんだってな。」
「あら?ご存知でしたか。」
どうせ何か裏がありそうだが、俺にその裏がわかるはずも無く。
「とやかく言う事はしたくないが、火遊びにはお気をつけなはれよ。」
「とある人が釣れないのでその腹いせですよ。」
「うわぁ…こっちに火の粉が飛んでくるとは思わなんだ。」
腹いせの仕方が陰湿じゃあありゃせんか?当て馬の彼が可哀想だと思わなくもなくもない。
「まぁ、これから面白くなって行くと思いますのでお楽しみに。」
「それは楽しみにしたくないなぁ…」
坂柳は最近やたら上機嫌に見える。言動・行動両方にサドッ気のある彼女の事、この噂の首謀者だとしたら今の現状が楽しくて仕方が無いのは頷けるが明確な確証が得られない以上は
あー止め止め。この部屋は他愛も無くくつろぐ所ジャマイカ中立に行こうじゃないかマイダーリン。
「チェックメイト。また私の勝ちですね。」
「うげぇ。」
「それでは今日は私の言う事を一つ聞いてもらいます。」
「いつも勝っといて身勝手なこって。」
「これを受け取ってください。」
そう言って坂柳は鞄から何かを取り出す。掌に少し大きいサイズの包装されたシンプルな箱だった。そういえば今日バレンタインでしたね。完全に蚊帳の外だったので早くも忘れてしまっていましたよ。
「うわぁ…キャラじゃ無くない?」
「想像していたのと違う反応ですね。もっと飛び跳ねて喜ぶものかと。ちなみに、釣れない人への腹いせですよ。」
「日頃の行いを胸に手を当てて考えなさいよ…。ありがとうと言っておくけど、Cクラスの彼マジで浮かばれないな…毒とか入ってない?」
「入ってませんよ。感想はそうですね…1か月後にでも聞かせてもらいます。」
1ヶ月後と言えばホワイトデー、相場通りなら三倍だか十倍返したが天空山田返しだかをしないといけないんですかね。
「へいへい、期待しないで待っておくんなます。ちなみに何が欲しいか聞いてもよろしい?」
「そうですね。Aクラスに貴方が欲しいですね。」
「これまた直球どストレートなやつが来ましたね…それはお断りです。」
「あら残念。」
フフフ、と口元は相変わらず笑っているがさっきと違い目が笑っていない。殺気すら感じるYo!ヤイサホー。
渡す物を渡して坂柳は帰って行っていった。彼女の本位なのか社交辞令なのか、はたまた何かの策略なのか全く読めないのが怖い所である。
仮テスト当日、また噂事件に動きがあった、チャットアプリの掲示板にAクラス以外の噂が書き込まれていた。内容としては嘘か本当かは微妙なラインの所である。クラス内でも当事者達は否定をしているが、詰められた際にやってないかの悪魔の証明なんて出来っこないので、質が悪い事この上ない。そんでもって一之瀬は今日も休みである。体調はそろっと回復しても良さそうな所がちょっと気になる所ではある。
仮テストは何とか平均点を叩き出し無事終わる。今回クラスでのテスト勉強会どころでは無いので、成績が中くらいの俺では不安な所ではある。
放課後、べんきょーしなきゃな―たいへんだなーベンキョーベイベーだなー合格する気しかしねぇぜぇーー!!ホアァーー!!、とか考えながら玄関前の扉を開けると声をかけられた。
「ちょっと良いか?」
振り向くとそこにいたのは神崎と柴田だった。珍しい客人な事で。
「お菓子と茶位しか出せないがどーぞ。」
俺は二人を部屋に招き入れて現在ご対面中。二人が来たって事は面倒になってきましたねぇ。
「意外と手慣れてるね…一之瀬さんが良く来てるのは本当みたいだ。」
「Aクラスの坂柳が出入りしている話もあるのは気に入らないがな。」
「まぁまぁ。そこは赤羽君のプライベートだし、自由で良いんじゃないかな。」
そんな話をしに来たんじゃないでしょ、と柴田がたしなめる。そうだったな、言った後に神崎がこちらに顔を向ける。
「一之瀬が閉じこもっている件について話したい。」
神崎が机に両肘をついて手を組んだ状態で話し始める。もしかしてエヴァに乗れとか言い出さないでしょうね?
「ん~あんまりここではそういった話はしたくないけれども、まぁ今回はしょうがないですかね。」
この部屋を安息の場所、としているのは俺だけだ。お外は危険がいっぱいだ!
「噂の件で一之瀬と何か話はしたか?」
俺はかぶりを振る。
「いんや何にも。一之瀬が気にしなくて良い、って言うなら黙って見守るしかないでせう?」
「それは一理ある。が、そうも言ってられない状況だ。俺も独自で調べたがAクラスが口裏を合わせてやってる可能性が高い。」
「とはいえ、誰が犯人かの確証はないんでせう?」
「まぁ、な。情報収集をしてAクラスの橋本を問い詰めたが口を割らなかった。だが俺はAクラスが仕掛けてきていると確信してる。」
「まぁ~可能性は高いよね~。」
「お前は何とも思わないのか?一之瀬にあんな噂を流されて黙っていろと言うのか?」
「んーこの問題は噂を流した奴が悪いのは確定なんだけども証拠不十分な時点でお手上げですかねぇ。」
何も出来ない訳では無いが、事が終わってからでも遅くないと俺は考えている。疑惑止まりの状況で直接的な報復は完全にこちらが不利な立場になる。こういうのは先に手を挙げた方が悪くなるし周りが全員敵になって集中砲火を浴びて負けるのですよ。相手も中々狡猾なこって。
「一之瀬と一度向き合って話をして欲しい。俺は一之瀬から本心は聞くことが出来なかった。お前なら可能性はある。頼む。」
「僕からもお願いしたいな。同じBクラスの危機でもあるし協力して欲しい。」
「ん~まぁ、出来る範囲でやってはみますよ。あんまり期待しないでクレメンス。」
「あとは頼んだぞ。」
「お願いね。一之瀬さんを助けてあげて。」
そう言って二人は部屋から出て行った。いやぁ大変な頼まれ事をされてしまった。こういう役回りは非常に苦手である。
さて、頼まれてしまった以上、何かしらアクションをしないと夢見が悪い。
そもそも一之瀬のスペックを考えるとBクラスにいるのが不思議ではある。犯罪者である噂、否定しない本人。この情報だけでも馬鹿な俺でも彼女が何かしら犯罪を犯してしまったのだと推測できる。
それが些細な事だったとしても、正義感の強い彼女の事、大事に考えすぎている可能性はある。とはいえ、この日本において犯罪を犯す心理的ハードルは高い。何か事情があったのかもしれないが特に一之瀬みたいな人間は引きづってしまうのも頷ける。そしてそのわだかまりは彼女の中では消化しきれていない問題である。尚更、本人次第な所があるとは思うが、この学校のシステムはそんな弱みさえも許さず、クラスが這い上がるための手段に利用される。
誰だって人に言い難い過去の一つ二つはあるだろう。それが他の人に取って取るに足らない内容だったとしても。コンプレックス・トラウマの形は人それぞれで、そして自分では今は乗り越えられないからそんな名前が付いた言葉が存在しているわけで。
もし、一之瀬が俺にその話をしたとしても俺は大した問題では無いと思ってしまうかもしれない。俺はどう返すのが正解なのかは分からない。気にするなと励ますのは欺瞞だろうか?一緒に乗り越えようと鼓舞するのは偽善だろうか?大変だったねと同情するのは身分不相応だろうか?
ただ一つ言えるのは、俺達は一之瀬が選んだ選択を止める事が出来ないだろう、と言う事だ。
噂が事実であり、彼女が退学を申し出たらクラスの皆は止めるだろう。でも一之瀬はその決断をおそらく曲げる事は無い。逃げと言う者もいるだろう。そもそも、この学校でなければそんな噂など全く立たず、平穏な学校生活を送れていたのではないのだろうか?虐めで学校を点々として、何処かで自分が安心して生活出来る場所が見つかる人だっている。今回はその形に近いんじゃないのだろうか?
ふとベランダの外を見ると考えに耽っていたためか、すっかり辺りは暗くなり、夜の帳が降りてしまっていた。
さて、ここから踏ん張り所。どこに転ぶか分からないが、まずは行ってみないと話は始まらない。