と、いうわけで一年生編Bクラスの一番の山場、読者の皆様が楽しめる内容か、納得のいく内容になったか多分に不安ですが、お楽しみください。
--一之瀬視点
綾小路君が少し前に帰った。最近彼は私の所に来てくれて話をするわけでも無く、ずっと私が話してくれるのを待っていてくれた。綾小路君には申し訳ないけど、寄り添ってくれているのが彼だったらなと思ってしまった。
ふと窓の外を見た。私の心とは正反対に月が綺麗に見えて、このままあの空に飛んで行っちゃえたらいいのに、と出来もしない事を空想してしまう。
「やー。」
部屋へと視線戻した後すぐに、誰も居ないはずの窓の方から聞き慣れた声が聞こえた。両手をチョップの形にして顔の前に出して、赤羽君が窓のベランダとも言えない場所に立っていた。
「え?」
「やー。」
私は驚いてそれ以上は何も言葉に出来なかった。私の反応がイマイチだったのか、彼は気まずそうに一つ咳払いをしていた。
「さて、気を取り直して。ハーローマドモアゼル。ひとつ夜のお散歩でも、と思いまして。」
彼は私を連れ出した。誰も思いのつかない所から、私にとって一番どこかへ連れ出して欲しいタイミングで。それは偶然なのかもしれない。おとぎ話の様にロマンチックとは言い難いかも知れないけど、彼は今、私の前に来てくれたんだ。
私はコートを一枚羽織り、彼の手を取った。
彼は私を抱きかかえた後、ベランダから飛び降りた。
私は突飛な行動に声をあげそうになった。口を押されえられた。
私が出せないであろう速さで駆け抜ける。
怖くて何度か悲鳴が出そうになったが我慢した。ここで大声を出して深夜徘徊で大ごとになるのは良くない。
彼の身体に身を任せていると、さらには壁を器用に登っていき、止まったのは学校の屋上だった。私はそこで降ろされる。
「悪いな。病み上がりの所に。」
「ううん。大丈夫。でもどうしてここに?」
「誰にも聞かれたくない話もあるかな、って思ったんでございまするよ。」
話をするためだけに屋上に連れて来るなんて、あまりにも無茶苦茶だ。今までそんなやり方を私の知らない所でやってくれていたのだろう、何だかんだで彼らしいと思わせるやり方だな、と思ってしまった。
「まー俺は不干渉でいるつもりだったんだけどねぇ…」
「そうだったんだ?」
クラスの皆が私を心配する中、彼はこの騒動で踏み込んで来なかった。彼なりの考えがあったのか、騒動に巻き込まれるのを嫌がったのか。私には彼の気持ちは分からなかった。
彼は一息ついてから、予想外の一言を告げた。
「逃げるか。」
「え?」
彼は空を指さしてそう言った。
「バレたくない秘密があって、この学校に居るのがもう辛いんなら、そういう選択もして良いんじゃないか、と思ってな。」
確かにそれは一つの選択肢だ。でも私はそれは逃げだと思っていた。今まで積み上げていたものを全て投げうってしまう一つの選択肢だ。それは勿体ないなと思ってしまうのは私だけなのだろうか?
一つ、気になる事があるので聞いてみる。
「……もし、さ、私が学校を辞めたいって言ったら、赤羽君は付いていってくれるの?」
「いや〜お断りです〜巻き込みはキツいっすね〜」
駄目元で言ってみたが躱されてしまった。彼はいつも通りだ。それに少し安心してしまう。
「ははっ、やっぱり駄目だよね。」
「ま、止めるつもりは無いけど。」
「そうなんだ?それはちょっと寂しいかも。」
「そーゆー大事な選択を止める権利はありゃしますんので。」
彼はどんな判断しても私の自由だと言った。でもな、と彼が告げた後、
「そんな選択をお前はするのか?」
「…それは…嫌かな…。」
追いつめられて逃げ場なんて無くなって。
それでも私はここに居たかった。皆で苦労して皆で乗り越えて、そしてAクラスでこの学校を卒業する。夢、という程大きくは無いけれども、その目標の為に出来ることは何でもする、少し前の私は覚悟していたはずだったのに。
「さっきさ、聞かれたくない無い話もあるって言ってたじゃん?」
「ま、さいですね。」
「私が秘密にしたいことをここで話したら、赤羽君も何か他の人に話せない秘密を話してくれる?」
「…善処しましょう。」
私がここで交換条件を出すのは狡いのかもしれない。彼はいつもの調子ではぐらかす。
自分はもしかしたら、彼に聞かれるのを待っていたのかもしれない。
私の罪は消えるわけでは無いのに。
「あのねーーーーー」
私は彼に噂になっている犯罪者の噂が事実だということを話した。家が貧乏で、家族の為に万引きをしたこと。その事を母に怒られ、学校にも知られて罪悪感に苛まれて半年間引き籠もってしまったこと。
彼は何一つ言わず、黙って聞いていた。
「………という訳なんだ。……私のこと失望した?」
私は出来る限りの笑みを浮かべた、いつも話を茶化す彼の様に。でも、彼みたいにそんな上手くはいかないなぁ。どんな事も大した事じゃないって飄々とすり抜けて笑っている彼の様には。
この話は彼には話して良いと思った。受け入れてくれても構わない、罵声を浴びせられても構わない。ただ彼には私の汚れた過去を知ってもらいたかった。
「そうか。」
彼は一言そう発した。肯定とも否定とも取れない一言を。
暫くの沈黙の後、彼は続けた。
「その気持ちは大切にしておけ。」
「え?」
「大切にしておけ、と言ったんだ。」
「どうして?」
彼は何かを言いあぐねている様な、何か覚悟を決めようとしている様な表情をしていた。
「ん〜、そうだな……。これは俺の友人の昔話なんだが……」
少しでも言いにくそうに口籠もった後、彼は語り出す。
「これは彼が小学校1年生の時の話だ。彼は母子家庭で育ってな。裕福という訳では無かったけれども幸せに暮らしていたよ。そして、このまま中学生になって、高校生になって、大学を出て、社会人になって。親孝行をして、孫を見せて、そして、母が病気になって、家族みんなで母を看取って。そんなありきたりでありふれた将来があるんだと、最大公約数的な未来を歩むんだろうなって、おぼろげながら考えていたんだ。」
通り魔。
彼はそう言った。
「母親と街に出かけた日だった。なんて事無い母子家庭の普通のお出かけ。そうなる筈だったんだ。通りを歩いている時、男の叫び声がした。俺は急に抱きかかえられた。何が起こったのか分からなかった。何かが肉を抉る音が何度か聞こえた。そして母は倒れた。何度話しかけても反応してくれなかった。大きくなっていく血溜まりを見て、冷たくなっていく母親を見てもう助から無いんだと悟ったよ。」
そう言う彼の顔には表情は無かった。
「男は捕まった。多分それなりの罰は受けたんだと思うが知らないな。」
「俺がもっと強ければ、もっと年をとっていれば、あの日あの場所に居なければ、他の誰かが襲われていたら、誰かが助けてくれたら。
今更後悔したって戻れないのは分かってる。俺が悪くないことも。その通り魔が悪いことも。じゃあ、悪くないから割り切れるのか?割り切れないだろ。
だから、強くなろうとした。もう誰にも負けないように。
そこからは俺は鍛える事にした。
小学校、中学生ではあらゆる武道をやった。大会に出て、負けて、勝てるまで鍛えて。そして負けなくなった。どうやら俺には才能があったらしい。ケンカもした。最初はやられた。でもしばらくすると負けなくなった。道場破りもした。それもしばらくすると負けなくなった。〇ク〇にも一人で向かった。それも負けなかった。他にも思いつく限り出来る事をやった。」
もう、負けて後悔をしないように。
無茶苦茶だろ、と彼は言った。
確かに無茶苦茶だ。現実味が無い。見知らぬ人に突然そんな話をされたら嘘だと思うだろう。
でも彼を1年近くで見てきた私にはそれは本当なのだろうと確信できた。
「俺は忘れろとは言わない。乗り越えろとも言わない。ただ、忘れずに、大切にしておけ。何度でも向き合えばいい。それは生きる糧になる。自分の道になる。俺はそうやって生きてきた。昔の事をここで全て言うつもりは無いが、俺の方がよっぽど悪人だよ。」
彼は最後自嘲気味に言った。
「その過ちがあって今まで善く生きれたなら、その過ちは間違ってはいないさ。」
彼はそうしたのだろう。忘れていないんだろう。乗り越えていないんだろう。そしてまだ苦しみ続けてるのだろう。でも彼は向き合って、前に進んでいる。
「で、またソイツが顔を出してきてどうしても駄目だな、と思ったとき、俺の所にくればお茶とお菓子位は出してやるさ。」
そう言って彼は小さく笑った。
私の今までの行動はあの時の償いだ。偽善だ。罪を隠して皆を騙していたんだ。
赤羽君はそれでも良いと言った。一度間違えても正しい道に戻れるなら。また間違えそうになったとき、何度も振り返って、毎日の生きる道しるべにして。
私は向き合わないといけないんだ。自分自身の過去と。
「ごめん。」
私は彼の胸に顔をうずめた。顔を見せない様にして。
「…ごめん。ちょっとこのままでいさせて。」
私は小さく嗚咽を漏らしてしまっていた。我慢するはずだったのに。
ーーーーーー
私が落ち着くまでしばらく待った後、再度問いかけてきた。
「どうする?逃げるか?」
私はかぶりを振る。
「それでこそ『一之瀬帆波』、だ。」
「……帰ろっか。あと…………ありがとう。」
--赤羽視点
彼女を送り届けた後。
あの時、俺はどんな表情をしていたんだろうか?
彼女の目は大分腫れていた、この後も泣くのだろう。
彼女は本当は自分の話をしたく無かったのかもしれない。でも話をしてくれた。
俺もそれなりの誠意で返す必要があっただろう。長い自分語りをしてしまった。
俺の言葉が彼女に届いたのかは分からない。届く必要は無いのかもしれない。結局は彼女自身の問題なのだから。
--一之瀬視点
彼と別れた後、部屋の中でいっぱい泣いた。後悔も反省も自分への怒りも侮蔑もいろんな感情をごちゃ混ぜにしながら。だからもう大丈夫。
ベッドで横になりながら思い返す。
で、彼はいつ救われるのだろうか?
彼は最終的に何を求めているのか?どこへ向かうのか?
彼の強さはもう誰にも負けないための強さだ。
でもこの先彼の後ろに転がるのは倒された人々の屍だけだ。
私では力不足かもしれないのは分かっている。
彼がもし本当に困った時、隣にいるのは私であったら良いな、と強く思った。
あと話がベタだって?ベタが一番最高なんだよ!(声高)
私はずりいと思ったんですよ。何も自分も事を話さずに解決した綾小路の事を。んじゃあどうしましょうか?って事で主人公の過去を交えて出来上がったのがこのお話です。やっぱり主人公には自己犠牲的な主人公に一つの回答を求めてしまうのは2010年代前半のラノベ読みの宿命なのでしょうか?作品は勿論アレとかアレとかです。ご想像にお任せします。