Opening
住吉 一樹と言う名の少年が居た。
年は17で私立秀尽学園に通う高校3年生。
容姿学績共に平均を下回り、長くボサボサとした黒髪を除けば特徴は1つだけ。182センチと一応高い方な身長に、ガッシリとして見える体格だけが、彼を特徴付けていた。
性格はネガティブにして卑屈。その見た目に削ぐわぬ後ろ向きな内面が彼を孤立させる一因なのは想像に容易い。
彼にとって唯一実績と言えるのは、1年間だけでも生徒会役員だったこと。
が、それも今は会長をやっている優秀な役員仲間をコンプレックスとして、生徒会選挙の時期に止めてしまった。
趣味と言える程の物は無く、特技など想像も出来ない。人付き合いが苦手だから口も下手。そして空気も読めない。
従順故に先生からの評価は幾等かマシだが、クラスメイトからは「つまらない奴」だと思われている男。
だがそんな男こそが、この物語の主人公である。
■
──一樹は混乱していた。
五分程前まで、自分は確かに散歩をしていたはずだ。暑い8月の日差しの中で涼める場所を探してあっちへフラフラこっちにフラフラ。
なのに気が付けば、何故自分は砂漠に居るのだろう?
突き刺さる日差しと自分が座り込んでいる砂の手触りが、これは夢ではないと主張している。
ならばこれは現実か。ピラミッドが見える人気の無い町の中で、奇怪な格好をした男女が半透明なナニかを召喚して、これまた摩訶不思議な魔物と戦っている、この光景が。
一樹は意識の戻った時の体勢のまま、訳も解らず口を空けていた。
(──あァ、暑い。水を飲みたい。)
遂には銃器やら魔法やらを使いだしたその珍妙な闘いを前に、一樹はつい現実から逃避してしまった。
5、6人の男女が魔物を囲んで魔法やらで攻撃しているのを少し離れた所から見学していると、その中の1人が一樹に気が付いた。
「えっ? 何でここに人が居るの?! てか、危ない!」
「……ふへェ?」
人間もそれ以外もおかしな格好をしている連中の中で、特に面白可笑しい真っ赤なラバースーツを着たツインテールの女の声で一樹の意識が戻る。
目が空いていたのに見えていなかった視界が開けた時、彼の目には己へ向かって来る鋭い風の塊が写っていた。いとも簡単に己を殺せそうな。
一樹はその時、"俺はこんな所で死ぬのか"とも"そうか。此処は安全地帯じゃ無かったのか"とも思わなかった。
彼はその風が命を奪う物だと判断すら出来ずに、漠然と"なァんで風に色が付いてんのかなァ"と思っていた。
そしてその風が無慈悲にも彼を引き裂こうとした、其の瞬間──
「ハァァ……、ハァッ!」
「へ? フギャアッ!!」
「よし! こっちは大丈夫! 皆お願い!」
「良くやったな! 任せとけクイーン!」
半透明な青いバイクに跨がったライダースーツと仮面を着けた女が一樹を勢い良く引っ張ったことにより、一樹は無様な悲鳴を上げつつも五体満足で生き延びた。
「……ヒッヒ、フッ、ヒィ!」
残っていた彼女の仲間が弱った魔物をタコ殴りにして消滅させた頃ようやく、命の危機が迫っていたのだと、一樹は察した。
此処は何処なんだ。こいつらは誰なんだ。何と戦ってたんだ。一樹の頭に数多くの疑問が浮かべど、それは口からこぼれない。
彼は今、生まれて初めての"命の危機"に恐れ戦き存分に恐怖を味わっている。
腰は抜け襟首を掴んでいる女(いつの間にかバイクは消えていた)の手から逃れる事も出来ない。
「えっと、落ち着いて? もうシャドウは倒した……ってシャドウも分かんないか。ええっと……」
戦闘を終わらせた彼女の仲間が集まって突発的な仮装パーティーが開かれたの如く状態になり、ようやく一樹は少し落ち着いて、一応は話が通じるようになった。
「よお。大丈夫か? いやー、クイーンが間に合って良かったぜ。お前、巻き込まれたのか?」
「ヒッ」
へたれこんだ一樹を覗き込むように、ドクロの仮面を被った金髪の男が腰を落とす。
「おいおいそんなビビんなって」
「……どう見ても恐喝している様にしか見えんな」
「ンだとぅ?」
狐を模した仮面を付け着物を着た男とスカルと呼ばれた暴走族のような男が、ガタガタ震える一樹を放置して睨み合いを始めた。
先程一樹を助けた女がため息を吐いてそれを見ていたが、思い出したかの様に一樹へ語りかける。
女は一樹を立たせて彼の体を軽く覗く。
いまだに状況を理解出来ない一樹はポカンと女の顔を見る。と、一樹はその女のマスクの下の顔に、見覚えが有る気がした。
(まさか……。いやそんな筈が。いやでも確かに……)
一樹は葛藤する。"そう"だと思えばそうにしか見えない。だが"そう"ならば向こうも少しぐらいアクションが有る筈……と。
「うん。ちょっと擦りむいたみたいだけど、大した外傷は無さ──」
「………えっと、新島……か?」
ピクリと、目の前の女の動きが止まる。やはり、一樹の記憶は正しかったらしい。
一樹はその反応を見て確信を得たが、その喜びは無い。
彼の心を占めているのは、自嘲だった。
(──そうか。顔すら忘れられたのか。1年間も、一緒に働いていたのに。)
この『生徒会長』にとっては『1年だけいた役立たずの無能雑用係』など記憶する必要も無かったらしい。
ふと気付けば睨み合っていた男たちと傍観していた男女が自分を警戒の目付きで睨んでいた。依然此処が何処なのかすら分かっていない一樹だが、この状況がマズい事は分かる。
故に慌てて弁解に走る。
「え、いや、えっと……お、俺だって。住吉、住吉一樹。ほ、ほら、一年生の時に生徒会にいただろ?」
マスク越しだが、新島が思い出そうと目を細めている事、そしてそうでもしないと思い出せないほどに印象が薄かったことが分かった。
「あ、ああ! 住吉君ね!」
新島がようやく己の事を思い出した事に安堵し、一樹は話を聞くべく喉を震わした。
「あァ……えっと、それで──」
「おいおいクイーン。流石にヒデーんじゃねーの。1年一緒に働いてたんだろ?」
喉を震わしたが、それが言葉となる前に不良然とした男に遮られ、一樹はつい黙ってしまう。
「仕方がないじゃない。住吉君何時もマスクを付けてたし、……彼、任期の後半には殆ど生徒会室に来なかったし」
「何、サボり? なら仕方ねぇ……のか?」
「俺が知るか」
仕事をろくにくれなかったクセに。一樹は心の中でポツリと呟いた。
同じ1年生徒会でありながら、文武両道かつ器量良くカリスマ性まで揃えた新島に一樹は酷く劣等感を抱えていた。自分から惨めになる必要も有るまいと、一樹は新島と距離を取っていたのだ。
等々色々と反論したい事は有ったが此処は何処かも解らぬ謎の砂漠の町。
話を聞いてからでも遅くあるまい。と一樹は思ったが何か周りの様子がおかしい。
「なあ……」
「ああ。住吉…だったか。悪いんだがワガハイらは──」
「ね、ね、猫が喋ったッ?!」
「今更かよ!? つか、猫じゃねーし!」
あまりにも当然のように居た為に一樹は気が付かなかったが、なんとこの新島のグループには猫をデフォルメして二足歩行にしたような珍妙なバケモノが混ざっていたのだ。
「て、今はそれどころじゃない。悪いが今は説明している余裕が無いんだ。マコトと知り合いってことは秀尽の生徒だな?
──後々連絡するから今は逃げてくれ!」
「え? え?」
向こうに走れば"出れる"。と唐突に言われても一樹は戸惑うばかりだ。
「さあ、早く!」
「は、はいィ……」
雑談する時間帯は有ったのに自分に事情を話す時間はないの? そっちの方が重要だったの?なんて不満を口にする余裕すらなく、一樹は兎に角走ろうとしたがいきなり肩を掴まれた。
振り向けば先程まで一言も発していなかったマジシャンの様な服を着た男が肩を掴んでいた。
こいつ、いつか噂になってた転校生では?と一樹は一瞬思ったが今それを聞く余裕など一樹になかった。
「この事は、誰にも言うな」
懇願でもお願いでもなく"命令"された事に一樹は多大な怒りを感じたが男の有無を言わせぬ迫力に負けた。
「わ、分かった! 口が裂けても誰にも言わないから!」
「……ならいい。行ってくれ」
男に急かされるまま、一樹は慣れぬ砂に何度も足をとられながらなんとか走っていった。