「ここ、いいかい?」
「……どう、ぞ」
スクールカウンセラーの先生が、一樹と対面する様にテーブル席に座る。
何か用だろうか?自分とこのセンセイの間には、以前学校に言われて受けた10分程カウンセリング程度の関わりしかないはずだが。
一樹はそう訝しそうにセンセイを見つめるが、おっさんは飄々としている。
「思い出した。住吉君、だよね? 三年生の」
「! よく、覚えてますね。まさか学校全員分の名前、暗記してんですか?」
「あはは そう出来ればいいんだけどね。君の話は興味深かったから……、今回は偶々だよ」
「ああ……、なるほど」
一樹はこのセンセイとの会話を思い出す。大して悩みの無かった一樹は、センセイと今後の進路について話したのだった。
確かに進学校の生徒としては珍しい進路かもしれない。ボッチで他の生徒について知らない一樹にはよく分からないが。
「センセイは、雨宮に用が有ったんですか?」
「おや。彼の事を知ってるんだね」
「まあ、はい。一応……」
「近所まで来たから寄ってみたんだけど、修学旅行の事をすっかり忘れてたよ」
センセイはあははと笑い、笑顔のまま一樹の手元を見る。そこには、一樹が寝るまで読んでいた本があった。
「それって、ライトノベルかい? 僕も何冊か読んだけど、面白い発想だよね」
「面白い発想……、ですか?」
「そう。こっちの世界で夢も希望も無くしてしまった人が、別世界で力を得て希望を掴む。実に夢の有る話じゃないか」
「まあ、そうですね。……俺は正直、絶対御免ですが」
センセイが意外な言葉を聞いた。と言う様な表情で一樹を見つめる。そこには何となく、興味深い対象を見る視線も混じっている様に、一樹は感じる。
「センセイが言うジャンルって、ライトノベルの中でも、異世界チートって、言うんです。……そのジャンルって、主人公が都合の良い世界に行って、何だかんだと主人公が都合の良い力を手にして、主人公に都合良く活躍するんです──」
一樹は一息はく。一気に話しすぎた。センセイは一樹の独白を静かに聞いている。
「別に、物語としては好きですよ。気楽に読めますから。でも、自分じゃ絶対に嫌です」
「なんでかな? 誰でも、とは言わないけど、高校生なら、活躍できる場と力を得るのは嬉しいだろうなって思うんけど」
「……友だち、そう友だちに、スゴい奴らがいるんです。人とは違う力を持ってるのに、それを悪用しようなんて少しも考えない。そんなスゴい奴らが」
これは、一樹が中途半端とはいえ
「……俺にも、その友だちには全く及ばないけど、似た力があります。でももし俺がその友だちと同じだけの才覚があっても、きっと良い使い方は出来ません」
命懸けで戦う覚悟がないから、きっと人助けなんかしないだろう。でも絶対にバレない世界を悪用しないだけの理性があると思えるほど、一樹は自分を信用していなかった。
「……だから俺は、『都合の良い』力だとか世界なんて嫌なんです。きっとそこで俺は、今以上の愚物になるから」
ここまで話すつもりは無かったのだが。やはりカウンセラーなだけあって、随分な聞き上手なセンセイだと、一樹は思う。ついつい話してしまった。最後まで聞いていたセンセイが、静かに言う。
「君は……、
「誇り……?」
「うん。誇り高いから、理想に届かない今の自分を認められないし、何処まで行っても自分に満足できない。でもそれは……とても苦しい生き方だ」
「……そう、かもしれません」
(──俺を憐れむな。俺に同情するな。)
自分の中で、もう1人の自分がそう言っているように、一樹には思えた。しかしそれを、一樹は聞き流す。
「……結局、見下されたくない。ってだけかもしれませんけど」
「そうかもしれない。でも1度、今の自分を認めてあげてほしい。何も出来なくても、「これが僕だ」って。そうしないと……、君の心は何処かで壊れてしまう」
「……出来るなら、そうしたいんですけどね」
もしセンセイの言う通り自分の全てを認められたら、ペルソナに覚醒できるのだろうか。センセイと話しながら、一樹はそんな事を考えていた。
「……っと結構話し込んじゃったね。ありがとう。興味深い話だったよ」
「……ども」
「もしまた話したくなったら、保健室に来てくれ。何時でも開いてるからさ。ほら、それにお菓子もあるし!」「……ハハ、考えときます」
そう言ってセンセイはルブランを立ち去った。
■
この様にして記憶に残る出来事は有れど、また数日は一樹にとって代わり映えのしない日々が続いた。
だが、ついに──
「これで全部……じゃないのか。闇鍋缶? 何に使うんだこんなの? 秋葉原の自販機でしか見たことないぞ……」
一樹は車を降りて、辺りの自販機を順に見て回る。今日もまた、リーダー君に頼まれた物を集めにあちこちを車で走ってきたのだ。
お陰で既に日は沈みかけ、もうすぐ夜と言って過言ではない時間になる。そんな時間に、一樹は大通りで目当ての飲み物を探して自販機を覗く。
「おっ、あったあった。えぇっと、何個だったかな?」
一樹はスマホのリーダー君とのSNS画面を開く。何回も買い出しをしてやったせいか、最近雨宮の注文に容赦がなくなってきているのだ。
今日とて一樹は、秀尽の購買名物の焼きそばパンだの秋限定のムーンバーガーだのと、あっちこっちのチェーン店から総菜屋、怪し気な病院まで行って頼まれた物を集めて回っていた。
自販機で頼まれていた自分では飲む気にならない缶ジュースを買って、車に放り込む。車の後部座席は荷物で一杯だ。
「さて、どうするか」
一樹は車に入らずに少し考える。一樹は今、四軒茶屋の大通りに車を止めていて、今の一樹のドライブテクニックでは、あの小道にあるルブラン前まで車で行くのは少し不安が有る。
かといってこの大荷物を歩きで運んでいくのは骨が折れて面倒くさい。いっそのこと、雨宮に取りにこさせるかと一樹が考えていると、凄いスピードで見覚えのある猫が駆けてきた。
モルガナだ。
「ん? どうしてこんな所に? お前1人か?」
「ッ! イツキか?! お前こそなんでこんな所に居るんだよ!?」
「なんでって……、そりゃお前の飼い主に頼まれたから──」
「あんなヤツ、飼い主じゃねえ! ──そうだイツキ。頼まれたって事は今認知世界で使えるアイテムを持ってるんだよな?」
凄い剣幕だったため、一樹はつい正直に答えてしまう。
「え? まあ、ジュースなり薬なりを大量に……」
「頼む! ワガハイと一緒に来てくれ!」
モルガナが猫姿で頭を下げてくる。
「ハア? いきなりどうしたんだよ。俺は取り敢えずこれを雨宮に届けなくちゃ……」
「いや! ワガハイにはイツキと、その荷物が必要なんだ! 頼む! 理由は……、あとで説明する!」
モルガナが猫ながらに必死の様子で頭を下げている。その様子を見て、一樹はため息をひとつ吐いて頭をかいた。
「……わかった。いや理由はあんまり分かんないけど、取り敢えずついて行くよ。その代わり、事情はしっかり説明してくれよ?」
「ッ! 感謝する!」
「で何処まで行くんだ? 遠いなら、車で行こう」
一樹は、少し興奮していた。ようやく、物語に関われた様な感覚がしたからだ。
だから、これから己の身に降りかかる災難を、一樹はまったく予想できなかったのだ。
■
「あぁ… クッソ…」
近未来的な建物の中。
ボロボロになった怪盗服をまとった一樹が、痛みに耐えながら重たい足取りで前へ進んでいく。
(──はやく、逃げねぇと……)
そう分かっていても、一樹の進みは遅い。
「クソ……。やっぱり、俺じゃ駄目だったのかよ……」
外的な要因だけでなく、後悔が一樹の足にはまとわりついていた。
次回ようやく主人公が戦います…