「叛逆の意思の問題、だと思う。……多分」
「……つまり?」
宇宙ステーションのようなオクムラパレスの中で、シャドウを撃破した二人は、初の戦闘で気疲れしてしまった一樹の願いで小休止を取っていた。
一樹はサイバー感溢れる壁に寄り掛かって一息付き、モルガナはその近くでアルギニンドリンクを飲み先程使った魔力を回復させている。
そうして休憩しながら、一樹は先程の戦闘の疑問点をモルガナに尋ねていた。即ち、『何故あんなにも攻撃が効かなかったのか』を。
「前にも言ったが、この認知世界でのワガハイらの力の源は叛逆の意思だ」
それで、とモルガナは一息区切って続ける。
「イツキは今日、ワガハイに言われて準備無くこのパレスに侵入しただろ? だから、オクムラに対する叛逆の意思が足りていない。……んじゃあ、ねーかなぁ?」
「叛逆の意思なぁ……。そりゃ、ブラック企業は良かないと思うが……」
正直、見も知らぬブラック企業の社長に怒りが湧く程、一樹の想像力は豊かで無かった。
一樹は叛逆の意思を高めるべく、モルガナから聞いたオクムラの悪行に意識を向けてみるがいまいち効果が有る様には思えない。他人事でも義憤に燃えることができるのが、怪盗団の素質なのかもしれない。
「……ハッ! そうだ、忘れるとこだったぜ!」
「ん? どうしたモルガナ?」
一樹が奥村社長への反逆の意志を高めていると、モルガナが声をあげた。
「ニャフフフフ。お前のコードネームだよ! ワガハイとしたことがウッカリしてたぜ。さっ、こうなりゃ速く決めようぜ!」
「あー……」
一樹もすっかり忘れていた。パレスに侵入したと言うのに、お互い本名で呼び合ってしまった。
「コードネームなぁ……」
ラノベを読めども、そっち系の妄想は中学校で卒業してしまった一樹には、自分のコードネーム決めは少し恥ずかしい。
それに自分がその名で呼ばれるとなれば慎重にならざるをえない。一樹は体感で数分しっかりと考えてモルガナに答えた。
「じゃあ、【DR】で。俺、ドラゴン(
「ディーアールか……。いいじゃないか! 強そうだぞ!」
一樹がゲームの
「よし、これから頼むぞ。DR!」
「……ああ。よろしく、モナ」
思う所はあれど、一樹……、DRは差し出されたモナの拳に自分の拳を当てた。
■
休憩を終え、DRとモナはパレスの更に奥へと進んでいく。そして2度、3度とシャドウととの戦闘を経験することで、DRも段々シャドウに慣れてきた。
今も、赤い目玉付きヒトデに一撃を喰らわせて、ダウンを取った所だ。
「いいぞDR! 総攻撃だ!」
「了解!」
──MISSION ACCOMPLISHED!!
先にモナがダメージを与えていた為、シャドウは総攻撃による大量出血で倒れた。
「敵撃破だ! いいじゃないかDR。元々形は良かったんだ。威力がついてますます良くなったぞ」
「まあ、あんなモン見ちゃったらな……」
今回の戦闘では、前までと違ってDRはシャドウに明確なダメージを与える事ができていた。と言っても相変わらず振りは遅いし、命中率は低いのだが。
ここにくるまでの道で、二人はオクムラの認知している社員たちの姿を見ることができた。限界まで働かされ、しかも集団心理によってそれを正しく理解できていない憐れなロボットたち。
それがオクムラ社長による、社員たちの認知だった。
DRが恐ろしく感じたのは、何よりもオクムラがそう認知していた事だった。つまり、社員が倒れるギリギリまで働いているのも、それを心理学を使って黙らせていることも、オクムラは認識しているのだ。
DRは一般的な正義感は持ち合わせている。他人事とは言え、実際に見てしまえばDRと言えどもオクムラに対して憤りを感じる。
「これも、叛逆の意思ってやつなのか……」
DRはモナに聞こえない程度の独り言として呟いた。これならば……。
「ん? どうかしたか?」
「あっ、いや、別に……って、ん? な、なあ、なんか……、扉の向こうから凄い音がしない、か?」
今DRとモルガナがいるのは、近未来的ながらも殺風景な広々とした空間で、あるのは堅く閉ざされた扉のみ。二人は早々に扉を開けるのを諦め、他の道や穴が無いかと辺りを探し、一周して戻ってきてしまった所だった。
しかし……
「なっ、ヤバい! DR、走れ!」
『──ロック カイジョシマス』
「な、なんだァ……?!」
モナが叫んだのとほぼ同時に、あれだけ堅く閉ざされていた扉が軽々と開き、奥から大量のシャドウが現れた。
「ななな、なんだこれ?!」
シャドウなのは分かっているが、唐突な状態に頭が追い付いていないDRが叫ぶと、同じくらい混乱しているモナが返した。
「わわわ分からんが、多分どっかでワガハイたちが忍び込んだ事がバレたんだ。あんな量相手にしてられん。兎に角……」
「……兎に角?」
「逃げるぞ!」
「ああクソッ、やっぱりか!」
二人はジリジリと迫り来るシャドウに背を向け、勢いよく駆け出した。
当然、シャドウは追ってくる。
「何処まで逃げんだ?! このままじゃ…」
「入り口までだ! そこまで行けば退却できる!」
「了か─、クッ……!!」
いくら約1ヶ月ランニングを続けているとは言え、元より体力の無いDRの足は、数度の戦闘と唐突な逃走の緊迫感によって何時も以上に重くなっていた。
それに気が付いたモナは、覚悟した面持ちでDRに走りながら話しかけた。
「DR!」
「……な、ん…だ」
「ワガハイがヤツらを引き付ける。オマエはその間に逃げろ」
「っ! は、ハァ!? 何言ってんだ! 死ぬ気か?!」
思いもよらぬモナの発言に、DRは疲れを忘れて怒鳴った。しかしモナは、いたって真面目な顔で答える。
「オマエはまだ怪盗素人なのにワガハイが頼みこんでこんな所に連れてきたんだ。ワガハイが囮になるのは当然の義務だろ?」
それに。とモナは不敵に笑う。
「ワガハイを舐めんなよ? あんなヤツら、ちゃちゃちゃーと撒いて、ワガハイもとっとと脱出してやるさ」
「そう……言うのを、死亡フラグと言うんだっ!」
「ニャフフフ! じゃ、オマエも気を付けろよ!」
「モナ! ……クソが!」
モナは言いたい事を言うや否や反転してシャドウに突っ込んだ。シャドウも、モナの突然の行動に警戒して足が止まった。
モナが作った隙だ。無駄に出来ない。
(──1人で逃げよう。)
自分が手助けに行った所で役には立たない。
(──見捨てて逃げよう。)
モナ程怪盗に精通していれば本当に逃げれるのかもしれない。
(──さあ、さっさと逃げよう。)
一人で逃げていい言い訳が、次々DRの頭に浮かぶ。
そして──
「アアアアッ!! クソがァァッ!!!」
──DRはそれに従った。
■
「クソッ! クソ、クソッ……」
焦りと後悔に包まれながらも、DRは走る。体力はほぼ残っていないが、足を止める事はしなかった。モナが身を呈して助けてくれたから、ではない。シャドウが自分に追い付くかもしれないからだ。
そう思って逃げている事が、DRは悔しかった。
「ッ! ぐうっ」
不意に、片腕に鋭い痛みが走った。見ると、痛んだ腕は焼け焦げた様な有り様になっている。
自然にこうはならない。つまり──
(──ヤバい……。 追い付かれたのか……)
DRが走りながら振り向くと、少し離れた場所に数匹のシャドウ、最初に倒したのと同じ様な蛾モドキのモスマンどもが見えた。
偶々こっちに来たのか、それともDR程度ならこれだけで充分だと思われたのか、追いかけてくるシャドウはそのモスマンが数匹だけ。
幸い、蛾モドキの動きは遅い。追いかけっこなら、追い付かれる前に脱出できるだろう。しかし、敵は走ってくるだけではない。
「ウッ! ぐぅぅ……」
モスマンが順番にスキルでカミナリを放ってくる。広範囲に広がるカミナリは、反射神経の鈍いDRでは避けれない。放たれたカミナリは次々に逃げるDRの背に当たり、DRに激痛を味わわせる。
「グッ、うぅ……」
痛みに慣れないDRは悶えながらも、何とか足を前に動かす。生まれて初めて刺激された生存本能のお陰だ。しかも痛みにより、逆にDRの頭が冴えてきた。
DRは考える。今の自分では、あのシャドウから逃げ切る事も、戦って倒す事も出来ない。ではどうするのか。DRは字の通り命懸けで考える。
結果、1つだけ答えが浮かんだ。
後ろのモスマンどもは相変わらず律儀なことに隊列を組んで追い掛けてくる。これならば、いけるかもしれない。
チラリと、走りながらDRは自分の腕を見る。痛むが、ここがパレスだからか不思議と動かす分には問題なさそうだ。
DRは覚悟を決めて、ランチャーを取り出す。そして振り返り、目測でモスマンどもを狙って引き金を引く。膝を付き構える余裕などない。当然の如くミサイルの発射と共にDRは後ろに吹き飛ぶが、死ぬよりはマシだ。
「グッ!! ガァァ……」
受け身などとる暇は無かったが、DRはなんとか頭を守って床に激突した。
「あ……、ああっ……。クッ!!」
衝撃で肺が潰れ、息ができなくなる。DRはパニックになりかけるが、それをなんとか抑えた。息を整える時間はない。DRはフラフラと立ち上がり、シャドウを一目見る。
「……ざまあみろ、バケモンが」
数匹のモスマンはDRのミサイルで、纏めてダウンした。
成功だ。
DRの立てた作戦。それは単純にシャドウをダウンさせその間に逃げるだけ。腕を痛め、目測が適当だった為シャドウに当たるか懸念だったが、運良く計画通りに当たったらしい。
しかし喜んではいられない。何時シャドウどもが起き上がるか分からないのだ。DRは足を引きずるようにしてその場を去った。
■
「ハァ…、ハァ……」
一樹は休まずに進み続け、入り口付近まで戻る事が出来た。新たにシャドウが追って来ている気配はない。まだ気絶しているのか、追う意味がないと切り捨てられたのか。
「クソ……。やっぱり、俺じゃ駄目だったのかよ……」
ここまで来てようやく、一樹はモルガナの事を思い出した。無事に逃げれているのか、それとも捕まってしまったのか。
どちらにしても、自分では何もしてやれない。パレスから脱出したらすぐに怪盗団に連絡して、モルガナを救出してもらおう。
どうせ、自分には何も出来ないのだから。
身体中の痛みが、一樹の思考をどんどんマイナスへと導いていく。身体中が痛む。命の危機にあった先程まではあまり気にならなかったが、今は気絶しそうな程に痛い。
せめて、現実世界に戻ってからだ。一樹は自分に言い聞かせて何とか足を進めるが、いつ倒れてもおかしくない。
そんな時だった。
「そんな……!? あ、あの! 大丈夫で──」
「えっ……?」
一樹の目の前に、茶髪パーマの女が現れた。