「そんな……! 酷い傷……」
(──誰だ? そもそも、どうやってここに……? )
DRの頭に様々な疑問が駆け巡るが、疲労と苦痛が溜まってロクに思考が働かない。目も霞んでしまい、服と髪から多分女であろう事しか見えてこない。だが、一樹はこの女に見覚えがある気がした。
謎の女は一樹の焼け焦げた腕を見て、触っていいものかと手を出したり引っ込めたりと動転している。少なくとも、敵ではなさそうだ。DRは鈍った頭でそう判断した。
「早く治療しないと……。病院に……。 救急車を…、でも携帯が……」
認知世界ではほとんどの電子機器が使用出来ない。そうモルガナに言われた事を思い出して、アタフタとしている謎の女に、DRは声を振り絞る。
「ここじゃ、ケータイは使え、ない……。回復のスキルが無いと……。俺は使えないから……、回復のアイテム、が、ない……、と?」
言っていて、DRは思い出す。そう言えば俺、回復アイテム持ってるな、と。
「え? スキル? アイテム? 何を言って……?」
「説明は、する。ちょっと、待ってくれ……」
一樹は雨宮に頼まれて買っていた様々な消耗品の中でも特に効果が有りそうな、四軒茶屋の怪しい医者から買った錠剤を3錠ほど懐から取り出す。
モルガナ曰くこの錠剤には回復スキルと同等の効果があるらしい。戦闘後はモルガナが回復してくれていた為、DRはこれらの存在を忘れていた。
DRは訝しそうに焼けていない方の手に乗せた錠剤を見る。スキルの力は身をもって経験しているが、この錠剤にそれと同じ効果があるのだろうか。
そう考えている内に、痛みが限界まできた。DRはハーフガスマスクのキャニスターを外して、意を決して錠剤を飲む。
「んっ! あ、おおお……」
効果は服薬してすぐに現れた。痛みや疲労感は忽ち消え失せ、焼け焦げた腕や背も綺麗に元通りだ。酷い色になっていた腕の傷が、まるで早送りの如く治っていくのを見るのはなかなかに気持ち悪かったが。
「えっ、え? 嘘……」
重症だった傷が早送りのように治っていくのを目の当たりにた女は驚きで言葉に詰まっている。さて、なんと説明すべきか。と一樹が考えていると女が震えた声で尋ねてくる。
「もしかして……、一樹、君?」
「…………………は? な、なんで……」
今度は一樹の声が震える番だった。
一樹はまさかという気持ちで女を見る。思えば、霞んでいない目で女を見るのは初めてだ。左右で爆発したような髪型の女。一樹はこの茶髪に見覚えがあった。
「──あ…、もしかして……クラスメイト……?」
女は、コクコクと首を振って肯定する。一樹もなんとなくこの女について思い出してきた。確か教師代理で修学旅行についてハワイに行っていたクラスメイトがこんな奴だった、と。
「えっと……よく、分かった、な。……俺、クラスで浮いてる、のに。……つか、こんなマスクしてるのに」
「なるべく、学校の人の顔と名前は覚えるようにしてるから……」
「ああ、そう……」
一樹のハーフガスマスクは口元しか被っていない。一樹は常日頃からマスクをつけている為、知り合いに対して顔を隠す効果があまり無かったのだ。
「えっと、それで……」
「あーうん。色々説明しないとか」
クラスメイト(まだ名前は思い出せない)にどう説明すべきか、兎に角怪盗団についてはなんとか誤魔化さないと。などとDRが考えている。
「あの……、一樹君はあの怪盗団、なの?」
「………あー」
ズバリと言われてしまった。かなりの確信を持っている。今からなんと言い訳しても無駄だろう。DRは諦めてガスマスクの下でため息を吐いた。
「うん……、一応そう」
「すっ、すごい!私、応援してたんです! 怪盗団!」
感嘆極まった様子でクラスメイトがDRの手を掴むが、DRの心は浮つかず、苦々しい気持ちが広がるだけだっだ。
「ああ……俺は、ただの臨時だから……」
「臨時?」
「ええっと……」
クラスメイトはDRの手を掴んだまま不思議そうに首を傾げる。自分の状況を何と説明すべきか、DRは少し考える。
たまたま怪盗団に出会い認知世界の存在を知って、自分もペルソナの力に(一応)覚醒し、そしてモルガナに説得されてこのパレスに──
「って、そうだモルガナ! こんなことしてる場合じゃねえ!」
パレスでクラスメイトに遭遇する想定外の事態ですっかり忘れていたが、今なおモルガナは大量のシャドウから逃げ続けているはずなのだ。早く助けを呼びに行かなくては──…
いや、しかし。DRは思う。
モルガナが無事かはわからない。もうととっくに逃げきったかもしれないし、ピンチなら自分が行った所で何も変わらないかもしれない。
(──でも、今から助けを呼びに行くの大幅な時間のロス。なら、俺が助けに行くべきか?)
確かに、折角逃がしたDRが助けに戻る事は、モルガナの善意を無駄にする。だがしかし、怪盗団に助けを求めれば、モルガナのプライドをより傷付けるだろう。
(──なら、俺が今、助けに行くべきだ。)
DRの中で結論が出る。こうと決まれば時間を無駄にはできない。DRは早く引き返すべく走りだそうとしたが、目の端に唖然としているクラスメイトが映り直前で足を止めた。
このクラスメートに色々と説明をして、安全な場所へ逃げてもらい、ついでに口封じもしなくてはならない。
「あ……、っと……。えーと、向こうに行けばここから出れる……はずだ。事情は後で話す、から、先に脱出してて、くれ」
話をボカすのは一樹の趣味ではないが、仲間の命がかかっている今は致し方ない。そう思って一樹は自分の道と反対を指して言う。しかし……
「貴方は、仲間を助けに行くのね?」
「え? ま、まあ」
「なら、私も行きます!」
「は……はあ?! む、無茶言うな!」
考えてもいなかった場所で出会ったクラスメイトが、考えてもいなかった事を言い出した。
「緊急事態なら人手が多くたって困らないでしよう?! だから──」
「危険過ぎる! ここは現実世界とは違う異世界だ、マジで命かかってんだぞ!」
「覚悟はできてます!」
「うっ、ぐう……」
怪盗団の後輩らといい、何故どいつもこいつもすぐ命を捨てる覚悟が持てるのか。DRは頭が痛くなった。クラスメイトの覚悟は深そうだ。説得には時間がかかるだろう。今、DRには時間が無い。
「……わかった」
「っ! なら──」
「だけど俺にはお前を守れる程の力はない! 自分の身は自分で守れよ!」
「ええ!」
返事を聞いたDRはガスマスクの下で苦い顔をしながらも、諦めて走りだした。
■
「しっ! 気を付けろ。さっきはここにシャドウがいた」
「ええ……」
二人は順調にパレスを進んでいき、先程一樹が蛾モドキのシャドウであるモスマンにロケットランチャーを食らわせた場所まで来れた。
幸い、今の所までシャドウとは遭遇していない。ダウンさせただけのモスマンも居なくなっていたので、撤退したのかもしれない。
クラスメイトは静かに、気落ちした様子で着いてくる。認知世界やらシャドウについての話を聞いていた時には少し楽しそうだったが、あの工場──ブラックな職場と社畜ロボットを見てからは黙りこんでしまった。
(──まあ、気持ちは分かるけどな。あんな胸クソ悪いモンみたら、ショックも受けるか)
「そう言えばなんだけど」
「はい?」
「何であんな所に? 俺らに巻き込まれてから結構時間あっただろ?」
「えっと……。いきなり知らない場所に飛ばされちゃったから、隠れてたの」
「ああ。成る程」
DRが始めてパレスに巻き込まれた時など、パニックになってロクに動けなかった事を考えれば、冷静に安全そうな場所に身を隠したクラスメイトは優秀なのだろう。
DRはいまだ名前を思い出せぬクラスメイトの評価を更に上げた。
「ッ! アレは……!」
警戒しながら2人は奥へと進んでいく。そしてついに、ズタボロになった二足歩行の猫を見付けるのだった。
春の口調が安定しない…