"役立たず"の奮闘記   作:緑川翼

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 時は10月始めの日曜日。場所は純喫茶ルブランの前。一樹はドアの前で覚悟を固めていた。

 

 昨日、奥村社長のオタカラを盗みパレスを脱出した後。怪盗団の面子とは違う場所からパレスに潜入していた一樹は怪盗団とは会う事をせずに逃げ帰っていた。

 

 そして今日。一樹は怪盗団をルブランに呼び集めていた。

 

 ケジメをつける為に。

 

 意を決してドアを開ける。カランカランと軽い音が響き、マスターと目が合った。

 

「いらっしゃ……ああ、髪切ったのか。そっちの方が似合ってるぞ」

「……ども」

 

 マスターの言う通り、一樹は今日ルブランに来る前に床屋に寄っていた上、マスクを外して店に来ていた。コミュ症な一樹にとって目元を隠す前髪と顔半分を被うマスクは防具のような物。それを取り払ったのは、一樹にとって覚悟の現れだった。

 

 緊張している一樹はマスターとは会話そこそこに階段を上る。そこで、怪盗団が待っている。

 

 階段を、上りきった。

 

「お、パイセ──」 

「ああ住吉君、来たの──」

 

   ゴン!

 

 怪盗団が何かを言う前に、鈍い音が屋根裏部屋に響き渡った。一樹が、自分の頭を床に叩き付けた音だ。一樹は頭を床に擦り付けたまま、言おうと頭の中で組み立てていた言葉を口にする。

 

「いきなりワリいな。だが、これは早めに済ませておきたかった。……昨日、雨宮から咎め無しとの言質はもらっちゃいたが、だからって何事も無かった様に済ますのは筋が通らねェ」

 

 一息吸って、続きを言う。

 

「だから、昨日のパレスでの一件。裏切りについて、ここで、謝罪させてくれ。……申し訳ありませんでした!!」

 

 一樹は頭を下げたまま……、土下座したまた怪盗団の返事を待つ。

 

「ちょっ、土下座なんて大袈裟な!」

「今まで忘れてたくらいだし別にいいって!」

 

 新島や高巻が慌てるが、一樹は頭を上げない。一応仲間の裏切りと大事だった筈だが、さっさと一樹がやられて終わった為、彼らの中では大した出来事ではないのだろうか。

 

 モルガナも加わってギャーギャー言っているが、一樹は半分意地で頭を下げ続けた。

 

「頭を上げて。一樹君」

「……春」

 

 雑音が止まり、春に話しかけられる。音と気配から察するに、春は一樹のすぐそこにいるらしい。

 

「……特に、お前には、色々と酷い事を言った。俺の、一方的な……妬みだ」

 

 おずおずと頭を上げながら、一樹は言う。父親との確執、身売りの恐怖。そんな事に耐えていた友達を、一樹は裏切った。

 

「お前に友達だなんだと言ったが、俺にお前と友情を築く権利なんて──」

「一樹君」

 

 一樹の自嘲を遮って、春が言う。

 

「謝らなくちゃいけないのは、私なんだよ」

 

 春は、文章を考えながら言葉を紡ぐ。

 

「私ね。一樹君と、モナちゃんと、三人でお喋りするのが楽しかった。『社長令嬢』じゃなくて、奥村 春としてお喋りできたから。

 だから、三人で新怪盗団をできたのはとても嬉しかった。私ね……二人に救われてたの」

 

 でもと、春は続ける。

 

「モナちゃんと怪盗団の皆が仲直りした時、私……、皆と一緒に怪盗団をやりたいって、思っちゃたの。それで……欲張っちゃった」

 

 春の顔を見れば、目の端に涙が浮かんでいた。

 

「ごめんね……。 私……自分の事ばかりで、一樹君の事、ちゃんと考えてなかった。誘えば、怪盗団と一樹君と、皆で一緒になれると思ってた」

 

 春の目から涙が流れだす。一樹は思う。新怪盗団を解散した日。あの日から春は、ずっと後悔していたのではないだろうか。

 

「ごめんね……。一樹君には一樹君の事情が有るのに……、貴方はずっと、私のことを気に掛けてくれてたのに……。私、自分の事ばっかり気にしてた……」

 

 一樹は一方的だと理解しながらも怒りと妬みで春を恨んでいた。春は自分勝手な事をしたと自念の責に囚われていた。

 

「春。俺は、お前を許す。だから……」

「私も……、一樹君を許すわ……」

「……ありがとう…」

 

 お互い、涙ぐみながらの許容。人の目と自制心が無ければ抱擁しかねない雰囲気だ。

 

 

 少しして落ち着いた一樹が恥ずかしそうにゴホン、と1つ咳をして空気を戻す。

 

「今日ここに来たのは謝罪のためだけじゃねぇ。1つ、頼みたい事があるんだ。……昨日、パレスで分かった事がある」

 

 ペルソナの覚醒。パレスでの一件。怪盗団との和解と来れば、頼みたい事など想像に容易い。

 

 心暖まるシーンを見た怪盗団メンバーは細かい事を忘れてたそれを受け入れる心持ちだ。

 

「俺……、俺は……」

 

 一樹は少し躊躇うも、覚悟を決めて告白した。

 

「俺は、──人を殴るのが好きだ!

 

「……はい?」

 

 今の戸惑いの声は誰のものか。もしかしたら、怪盗団全員の声かもしれない。それに気付いてか気付かずか、一樹の独白は続く。

 

「あの、傷だらけで命懸けの勝負に勝った時の興奮が忘れられないんだ!

 正直に言おう! 俺は、あの戦いの時ずっと【自主規制】してた! あの巨大ロボぶったおした時なんて【自主規制】すらしたんだ!」

 

 一樹の包み隠さぬ自白に、純情な春は気を落としそうになり、真面目な新島は頬をひきつらせた。他のメンバーだって何とも言えぬ表情をしている。

 

 が、一樹は気づかない。

 

「殴られれば殴られる程、俺は生きてるって実感できた! 自分の存在を肯定できた! 敵を戦鎚で殴り飛ばした時、えもいえぬ快感が俺を襲った!

 一晩寝ても忘れらねぇ! 完全に、クセになったんだ!」

 

 則ち、一樹の抱えていた多大な劣等感と自己否定感がおかしな形で解消されてしまったらしい。頭や勘のいい何人かはそれに気づいたが、しかし何も言えない。

 

「しょーじきな話! 俺は自分以外の人間なんてどうでもいい! 精々友達何人かを気にかけれる程度だ!だが! 俺は……、お前たちと一緒に戦いたい! 怪盗団として!」

「素晴らしいわ! 一緒にやりましょう! 一樹君!」

「春! ありがとうッ……!!」

 

 春が、グワシと一樹の手を握った。どうやら純情な春は途中から話についていけず、最後の『怪盗団として一緒に戦いたい』だけを聞き取ったらしい。

 

「ま、まあ… …、いいんじゃね? 戦力としては文句なしなんだし?」

「前に私たちから誘ってるもの……。断れないわね」

「……前にワガハイに付き合ってくれてたんだ。今度はワガハイが付き合ってやらねばな」

 

 回りも、理由はどうあれ一樹が怪盗団に入る事には肯定的だ。

 

「だってよ。どうする? 雨宮。あっ、やっぱリーダーって呼んだ方がいいか?」

「……どっちでもいい。……よろしく。イツキ」

 

 怪盗団リーダーの許可も降り、こうして一樹は晴れて怪盗団の一員となったのだった。

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