「そろそろ限界なんだよぉ…」
「……そう言われても」
場所は純喫茶ルブラン。そこで働く蓮に、一樹は思いを打ち明ける。一樹の話を聞いている蓮はどこか面倒くさそうにしているが、カウンターに突っ伏した一樹にその顔は見えない。
そもそも蓮が一樹の相談に乗ると言ったのだが、今彼は自分の迂闊な発言に後悔しているらしい。ハァ…とため息をつく雨宮を横目に、一樹はガバリと立ち上がる。
「ああっ! 戦いてぇ! 殴りてぇ殴られてぇ!」
……一樹の悩み事は、結局その事だった。
他のメンバーは真犯人何処のどいつだだの奥村社長の一件で怪盗団の濡れ衣がどうこうだのと騒いでいたが、そんな事は一樹の興味の外だ。
「もう一週間以上メメントスに入ってないんだぜ!? ああクソ、【自主規制】してる気分だ!」
「……ハァ」
叫び終わった一樹は再びカウンターに突っ伏した。戦えないストレスで情緒が不安定になっているらしく、今度は突っ伏したままメソメソと嘆きだす。
「俺だってな? 我慢してるんだよ……。勝手にメメントスに行って、勝手にくたばったら怪盗団に迷惑かかるからさぁ……」
「………」
今はまだ自粛できているが、一樹的にはそろそろヤバい。そろそろ理性で止まれなくなり、一人で突っ込んでしまうかもしれない。だからリーダーに助けを求めたのだ。
「……2人でメメントスに行くか? 少しだけ」
「──! その言葉を待ってたぜ! 」
「……だろうな。もう行くか?」
「ああ!」
■
薄暗く不気味な雰囲気の漂うメメントスにて。
「新鮮な獲物だぁ!」
意味の分からない事を叫びながら、ファントムを纏ったDRがシャドウに殴りかかる。シャドウも反撃するが、DRはそれをガードもせずに受け入れる。
「アァ……。マジ最高……」
更にその反撃としてDRがスレッジハンマーを振るえば、ジョーカーが手を出す間も無くシャドウは消滅した。だがまだまだDRの欲求不満は収まらない。そこに音を聞き付けて、奥から新たな
「いいねぇ! 楽しませろォ!!」
ハンマーばかりでは芸が無いとDRが新たに取り出したのは、小型の
「……携帯用の大砲でメメントスのシャドウを撃つのは楽しいか?」
「答えはイエスだ! 楽しいに決まっている!」
DRはこの前までペルソナに覚醒した時に発現したミサイルランチャーを使っていたが、ついに新しくしたのだ。大砲なので使用する弾丸は当然ミサイルではなく砲弾だが、DRは単発のビックガンなら使えるらしい。
「新しいハンマーもいい感じだ!」
DRは軽く振った戦鎚は、前まで使っていたスレッジハンマー以上に中二病チックかつおどろおどろしい見た目をしている。これもなんたらとか言うゲームに登場する武器のレプリカだが、以前の武器よりも
認知で武器のパワーすら代わるのは異世界ならではの仕組みである。そんな事を考えていると、DRの搭乗していたファントムが突如解除される。
「んっ? おっとと、…… ふぅ。あー… 、今正気に戻った。悪い、付き合わせたな」
「別にいい」
「そりゃサンキュー」
ファントムの搭乗はDRのテンションに依存する。簡単に言えば、テンションが高くなければ、ファントム搭乗できないのだ。
しかし今のDRは、ファントムに搭乗しての戦闘自体にテンションが上がってしまっている。良い事に聞こえるが、自分を制御できていないDRは、興奮のままにぶっ倒れるまで戦ってしまうのだ。
ある程度自分を制御するか、興奮を抑えられるようになることがDRの急務だった。
「俺一人で戦って悪かったな。そっちに残しとけばよかった」
「……俺は戦闘狂じゃないからいい」
「そうか? パレスじゃ、お前さんも戦いを楽しんでるように見えたけどな」
認知世界、ペルソナ、分かり易い悪との対峙。暴力は楽しい物で、自分でなくとも大抵の奴は1度慣れてしまえばその魅力に取り憑かれるものだと、一樹は思う。
「……。」
ジョーカーは一理あると思ったのか、何も言わない。
それだけの魅力が、この世界にはあるのだ。
「ま、お前らは何だかんだ言って自分なりの正義とやらを動機に戦ってんだし、俺みてーに何もかも忘れて暴走するような事はないのかもな」
「……DRにも、自分なりの動機がある」
「……へえ?面白い事言うな。自分自身じゃ、ただ降って湧いた力に酔ってるだけのつもりなんだが」
ジョーカーの分析能力はDRも信用しているが、それにしてもジョーカーの言葉はDRにとって意外であった。
「DR、お前が好きなのは殴り合いじゃない。それを通じて、相手に認められる事だ。だから……、それがお前なりの動機なんだろう?」
「──!! それは……。ああ確かに…、確かにそれはそうかもな……」
──DRは、自分の事を嫌っている。
鈍臭く、頭の回転が遅くて、空気も読めない。そんな自分が大ッ嫌いで、……だからこそ、自分の存在を認めてくれる
DRが殴るとき、殴られる敵はDRの存在を無視できない。DRが殴られるとき、DRはその敵に認められている。そんな歪んだコミュニケーションで、DRは己の心を満たしている。
「言われて初めて気付いたぜ。
「……孤立して居場所を怪盗団に求めているのはお前だけじゃないし、何処かの誰かから見たら怪盗団のやっている事はただのエゴだ。だから……、俺はDRが命をかける理由を否定しない」
「……。」
DRはしばらくの間、何も言わなかった。いま何か言えば、ようやく手に入れた物に、泣き出しそうな気がしたから。
「……ああ。好きにするさ。ついでに、お前らの助けになってやるよ。……俺も、怪盗団の仲間だからな」
「ああ、そうしてくれ」
■
【Rank Up】
ARCANA 『狂気』
★★★★★★★☆☆☆ RANK7
【役立たずの仕事】消費アイテムを買ってきてくれる
【役立たずの貢献】買ってくるアイテムの種類が増える
【役立たずの使命】車での送迎をしてくれる
【 狂人の暴勇 】体力が低い程攻撃力上昇
■
一樹のストレス発散が済み、一樹的にはどうでもいい中間試験も終わってクラスメートが阿鼻叫喚を奏している木曜日の放課後。一樹は屋上にいた。
「なるほどなぁ…。やっぱ出やがったか……」
春の言葉に相づちを打つ。一樹が屋上にいるのは、春の手伝いをしつつ悩み事を聞く為だ。春の悩み事は、奥村社長不在の混乱の中で春にすり寄ってくる輩についてだった。
会社に関する何かしらの権限を春が持っている訳ではないが、奥村社長が意識不明の重態で、いつ春に
「うん…。急にご機嫌取りみたいなことをする人もいて、誰を信じていいのか……。 私、こんなにも人を信じられない性格だったなんて……」
「まあ、いきなり環境が変わっちまったんだ。しょうがねぇよ」
同じクラスゆえに一樹はほぼ毎日春と顔を合わせているが、ここ最近の春はやつれている様に見える。父親の状態と合わさって、かなりのストレスに晒されているらしい。
「あー誰だったか……。あの、専務…、だか副社長だかの……」
「高蔵さん?」
「そうそう高蔵サン。傍目からだけど、あの人はいい人ぽかったけどな」
一樹は奥村社長が搬送された病院で、その高蔵という人が社員に対して的確に指示を出しているのを見ていた。春を連れて来ただけでしかない余所者の一樹にも節義を持って接してくれた為、一樹はその人にいいイメージを持っていたのだ。
「うん。私も…、いい人だとは思うんだけど……」
「悪い噂でもあるのか?」
「……うん。『お父様が事故に遭ったと聞いて喜んでた』とか、『今の内に会社の実権を握ろうとしてる』とかって……」
「それは、難しいな……」
内部事情を知らない一樹には具体的なアドバイスなど出来ない。どうすればいいか、一樹は頭を悩ませる。
「ごめんね。 一樹君は関係ないのに……」
「おいおい。そんな事言うなって。友達だろ? 頼ってくれない事に悩むよりは、頼られて一緒に悩んだ方が断然マシだぜ」
「私も、御返しに一樹君の役に立てる事があるといいんだけど。私、特技とか無いからなぁ…… 」
「……それ、俺に対する禁句だぜ」
客観的に見ても才で勝った春に特技がないだなんて言われると、振り払ったハズの劣等感だのが一樹の胸の内に入り込んでくる気がするのだ。
「えっ? ご、ごめんね……」
「いや、俺も変な事言って悪かったな。まァアレだ。特技が無いだなんて、そんな悲観的な事言うなって事だ。春にスゲえ所があるのは、俺が良く知ってる」
嘘だと思うなら順番に読み上げていってもいい。そうとまで一樹が言い切れば、春は顔を真っ赤にして発言を撤回する。そして、自分の特技と言える物を春が思い付いた。
「そうだ。これなら私の特技だって言えるかな?」
「……植物か?」
「うん。土いじり。植物育てるの。こう見えて得意でね。昔、家のベランダで、南国の果物を実らせて、びっくりされた事もあるんだよ」
「へえ。どれくらいの難易度かは知らんが、そりゃ凄いな」
「そうだ。家庭科室の冷蔵庫に……。ちょっと待っててね」
春はそう言い残して、階段を駆け降りていった。一樹はその背中を複雑そうに見送る。
「……無理してなきゃいいんだが」
意識の戻らない父親にそれをやった真犯人、ろくでもない会社の大人たち……。春にかかるストレスは、一樹などには計りしれない。
今日の昼休みに、春がカウンセリングを受けた事を一樹は知っている。彼女は心配をかけたくないからか一樹には黙っていたが、たまたま入るのを見てしまったのだ。
(──少しでも、ストレス発散に付き合えれば良いんだが。……その、仲間として)
まさか一樹のように、メメントスで斧を振り回して悩み事を解決する訳にはいくまい。そんな事を考えている内に、春が袋を持って屋上に戻ってきた。
「これ、そこのブランターから収穫したお野菜。一樹君に食べて欲しくて」
「へぇ……」
袋を見ると、そこにはサイズや形がバラバラな野菜が入っていた。一樹は肉の方が好きだが、野菜が食べれないタイプではない。
「いかにも家庭栽培って感じだな。ありがと。サラダにでもして食うよ」
「うん。味の感想聞かせてね?」
「分かった……。と、そろそろ行かなきゃ不味いか?」
今日は双葉に呼ばれている。何か話したい事が有るらしい。
「じゃあ、アジトまで行こっか。……そうだ、一樹君」
「ん? どうした?」
ルブランに向かうべく、先に階段を降りていた春が振り返って、恥ずかしそうに手を合わせながら一樹に言う。
「私も沢山、一樹君の凄い所言えるからね! まずは……」
「えっ? ちょっとまて、まさかここで発表する気か?」
「一番は優しい所でしょ? 何度も私を助けてくれたし……、今日だって一樹君には何の関係もない悩み事を聞いてくれた。それで次に──…」
「か、勘弁してくれ……」
春による一樹の良い所プレゼンテーションは、結局一樹が本気で懇願するまで終わることはなかった。
「……どうした? そんな疲れた顔をして」
「聞かないでくれ……」
ルブランになんとか到着したものの疲れ果てた表情をした一樹を見て蓮はそう疑問を抱いたが、詳しく説明する気になど一樹にはならなかった。
(──まあ、こんなんでも春のストレス発散になったんてなら、ヨシとするかね。)
思う存分話して溜まっていたストレスを解散させたらしいツヤツヤな春を見て、一樹はあの褒め殺しの刑をそう思うことにした。
……その晩食べた春の野菜は、正直に言えば美味しくはなかったが、元気の出る味がした。
本作品には恋愛要素が──
-
必要
-
必要ない
-
少しだけ欲しい