『──それで、私たちに何をさせるつもり?』
『そうだね。まずはコーヒーもらえるかな?』
『余裕ぶっこいてんじゃねぇ!』
(──よし、ちゃんと聞こえているな。)
一樹はそれを確認してイヤホンを深く耳に指し直した。一樹は今、秀尽の図書室でイヤホンを着けて教科書を開いていた。傍目には『受験勉強をする三年生』にしか見えていないだろう。
計画通りだと、一樹は目立たない為にと久々につけたマスクの下で細く微笑む。
『手短にお願い。コーヒーは、そのあとよ』
『指名手配に加え、懸賞金までとは……。君たちもかなり切羽詰まっているみたいだね』
イヤホンの向こう、純喫茶ルブランでは今、怪盗団の命運を賭けた交渉が行われている。交渉の相手は、怪盗団の弱みを握る高校生探偵の明智吾郎。彼は当然、一樹がこうして盗聴している事を知らない。
何故こんな事を一樹がしているのか。その理由は真の提案にあった。
■
昨日、明智をルブランに呼び出して話し合う事が決まった後。一樹は新島の言葉を聞いて驚愕していた。
「重要な仕事だって……? それ、マジで俺に言ってんのか?」
「──? そうだけど、何か問題があった?」
「あ、いや、別に……」
久々に一樹がどもる。
「……で、俺は何をすればいいって?」
「そうね……」
真が顎に手を当てて思考をまとめる。どうやら本気で、真は一樹に重要な仕事を任せる方向で思案しているらしい。
──今ではとっくに今更な話だが、一樹にとって新島真はトラウマの象徴であった。
才色兼備で文武両道。先生、同級生、先輩問わず親しまれていた新島は、まさに一樹とは正反対の人間。いい感情など持てるはずもなく、生徒会員として真と一緒に仕事をした一年間は一樹により自信を失わせるだけに終わった。
そんな訳で、ある意味覚醒した今でも一樹は真に対して若干の劣等感を残している。そんな彼女からの頼みでは、一樹が驚くのも仕方あるまい
「住吉君。貴方には怪盗団の『保険』になって欲しいの」
「保険……?鉄砲玉じゃなくてか?」
「ヤクザか!」
「この八方ふさがりの状況、暴力的な手段じゃ打破できないわ」
あまりピンとこない言葉に、一樹は首を傾げる。油断した明智を後ろから刺す『鉄砲玉』だったら、想像は容易だし納得もいくのだが。
「いい?私たち怪盗団だという絶対的な証拠を握る明智君に対して、私たちの持つ武器は『存在を知られていない仲間』がいることじゃない」
一つ息をはいて、新島は続ける。
「『
「あっ…!」
そう言われて、一樹は新島が何を言いたいのか少し察した。
「そう。怪盗団にとって最悪な事は、今後明智君との交渉に失敗して逮捕されること。でもその時──」
「──少なくとも俺だけは、逮捕されない……」
「そうか。認知世界での怪盗行為など、現行犯でもなければ捕らえようもない」
「そういう事。一人でも外に仲間がいれば、少しは優位に行動できるわ。弁護士を呼んだりね」
「だから『保険』か……」
最善は明智との交渉に成功して尚且つ、怪盗団が解散しないこと。しかし現実はそうも上手くいかないかもしれない。その時の保険こそが、一樹なのだ。真の言いたい事を理解した一樹は何度か頷く。
「てことは、俺はしばらくお前らと接触しない方がいいんだな?」
「え? いいや?」
「ん?」
明智に一樹の存在を知られない方が都合が良いのではないか。と首を傾げる。一樹が怪盗団として活動している証拠を明智に取られれば、『保険』にはなり得ないだろうに。
「確かに現実世界で怪盗団として行動するときは注意するべきね。だけれど明智君の提案的に、パレスに行くことは絶対。その時には来て貰わないと」
「……あ、そうだな」
「そもそもSNSで連絡を取り合っている以上、万が一私たちが捕まれば貴方も怪盗団の一員であることは勘づかれるわ」
それでも認知世界という非現実的な世界が関わっている以上、それだけで逮捕には踏み切らないだろうというのが、真の予想であった。パレスでは電子機器はほぼすべての機能が使えないのだから、入る瞬間さえ気をつければパレス内での証拠は取れないのだ。
「まあなんにせよ、明日の交渉に俺は行かないんだよな?」
「そうね。後は──」
新たな策を考える真に、一樹は『怪盗団参謀』の意味を知った。
■
そんな理由で、怪盗団にとって重要な交渉の場に一樹は欠席している。
『僕の目的は真犯人を探すこと。それは君たちも同じはずだ』
一樹のイヤホンは双葉特製の盗聴機に繋がっている。盗聴機はルブランの机の下に仕掛けられており、一樹に状況を鮮明に伝えていた。
何で双葉が盗聴器なんて物を持っていたのかは謎だし、聞いた話によると双葉は常習的にこれでルブランを盗聴していたらしいが、一樹は詳しい話を聞く気にはならなかった。
明智の持ちかけた提案は『明智と共闘して捜査の指揮を取る新島 冴を改心させ、警察の暴走を止める』こと。
証拠の偽装や嘘の証言者。無関係の人間が犯人に仕立て上げられてしまう可能性を聞かされては、怪盗団としても動かずにはいかない。この共闘の代わりに怪盗団を解散させる。まったく上手い計画を練ったものだと、一樹は他人事の様にそう思いながら続きを聞く。
『真実が闇に葬られ、無実の人の人生が狂わされる……。そんなのがまかり通るのは許せない。僕の正義が許さない』
『その気持ちは、まあ分かるけどよ』
「……。なるほどな」
イヤホン越しに明智の言葉を聞き、一樹は納得する。
文化祭の時、他のメンバーは滑稽だと笑っていたが、激辛たこ焼きを食べてむせつつもやせ我慢する明智を見て一樹は不思議と感心していた。言語化するのは難しいが、一樹はその姿を見て彼の『プライド』を何となく感じていたからだ。
プライド……、つまり彼は『信念』を持っているのだろう。快楽主義たる自分の持っていない物。だから惹かれる所があるのかもしれない。
(──もっともその信念が今の言葉通りの物かどうかは……分かんねえけどな。)
その後はつがなく順調に……とはとても言えないが、明智と怪盗団の協力体制が成立した。
『じゃあ下調べを兼ねて今からパレスに行ってみない? 色々初めてだから、馴れておきたいしね』
『ごめん、今日はちょっと用事が……』
明智の提案を真が予定が入っているからと断って、今日はそれでお開きになった。作戦通りだ。
「よし。動くか」
今日パレスに行かないのは昨日真から聞いている。明日こそ、怪盗団と明智でターゲットのパレスに潜入することになるだろう。
一樹はパレスの中で彼らと合流しなくてはならない。
新島からパレスの場所とパスワードは教えられている。今の内に、安全な合流ルートを確保しておかなくては。
(──もう日が暮れかけている。早く行こう。)
一樹は急いで図書室を後にした。
本作品には恋愛要素が──
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必要
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必要ない
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少しだけ欲しい