静かなメメントスの中、目を閉じて息を整えた一樹はペルソナなるものを呼び出すべく頭を動かす。
「………」
「………」
一樹も新島も怪盗団メンバーも、一様に沈黙を守っている。一樹は自分に注目している幾つもの視線を感じ、焦りを覚える。
(──やばい。ヤバいぞ…!)
ペルソナを呼び出すには、秘めた激情とやらと向き合い、それを克服する必要があるらしい。
だが……
(──ヤバイ。なにも、なにも思い付かない…)
そもそもの"激情"なるものに、一樹は心当たりが無かった。
過去の経験、会話を思い返せば確かに理不尽に対して激しく怒りを覚えたことも有った。
しかしそれも昔の話。今となっては「そんなものだ」と割り切れてしまう話でしかない。
「………」
周囲からの視線が痛い。責めている訳でもなく、単純に見守られているだけだが、自分で無理かもしれないと思ってしまったせいで、期待を裏切っている気分になる。
一樹は目を開ける。
ハッとした表情の新島が正面にいた。
どうだった。と目で尋ねてくる新島に一樹は意を決して口を開く。
「……悪い。もっかい説明してくれ」
ガクッ、と言う擬音が似合いそうなほど、メンバーが漫画の様にずっこけた。
ノリのいい連中だな。一樹はそう思いながら新島が再度話してくれた解説を聞く。
新島の説明が終わった。
やはり、激しい感情と向き合い、それを受け入れることがカギらしい。一樹の心に若干の諦念が生まれる。
「……あァっと。やっぱ、ワルいんだけど、その、"秘めたる感情"ってのが良く分からない。あの……、皆がどうやって覚醒したのか、教えてくれないか?」
差し支え無い範囲でいいから。と一樹は続けるが、気恥ずかしさや己への失望で、最後の方は消え入るような音だった。
「え? まぁ……別にいいけど」
怪盗団メンバーそれぞれが、過去の話を順番に軽く話す。
(──あァ。無理だな。これは)
もしかしたら、自分にも出来るかもしれない。そんな淡い希望は消え失せた。
根本的に違うのだ。彼らと己では。
一樹はため息を飲み込んだ。彼らは、諦めなかったのだ。自分が慣れて、妥協した事に。
体罰も、脅迫も、一樹ならきっと泣き寝入りして終わっていただろう。それに、彼らは抗い、自らの意志で動いていた。
そんな事が成し遂げた連中の仲間に、自分が成れる筈も無い。
(──なら、仕方ない…よな?)
一樹は、胸の中に黒く重いナニかが溜まるのを感じた。いや、ナニかは分かっている。それは何時の間にか一樹にとってとても慣れ親しんだ物になっていた、諦念と屈辱の塊だ。
「えっと。いきなりこんなこと言われても難しいわよね。また今度にしましょうか」
一樹の諦めを感じたのか、新島がフォローを入れてきた。その労りは、一樹が生徒会をやっていた頃の新島には無かった物だ。
つまり彼女
「まあ無理矢理どうこう出来るほど甘いものでもないからな!」
猫モドキにまでフォローされた。一樹は恥辱の念でつい口の端が引きついてしまう。慌てて口を手で被った。
「うんじゃあ、今日はもう戻るか」
「そうだな。他にやるべき事もない」
「だね。どうする? ジョーカー」
金髪ツインテールに尋ねられた黒髪店員は、「そうしよう」とだけ言って歩き始めた。怪盗団メンバーもそれに続いていく。
(──そうか。引き留めもしないのか。)
一樹は口惜しさの中で思う。
俺の行動は、彼らにとって必死になって応援する程の事でも、重要な事でも無かったらしい。 精々、戦力が増量出来たらラッキー程度の事。
巻き込み、呼び出しておいてその程度。
一樹は、己の口が酷く歪んだことがわかった。
(──最初から、期待なんてされてなかったんだ。)
一樹は、自分が震えている事に気が付いた。
小刻みに震えている一樹を見て、団体の最後尾に居た新島が再び声をかけてきた。
「住吉君? そんなに気にしなくていいのよ? そんな簡単な事でもないんだし、仕方ないわよ」
一樹は、新島が何を言っているのか分からなかった。
まさか。この女は、俺が
(──あぁ悔しい。悔しいなぁ)
自分への失望感。それは、一樹にとってとっくに慣れた感情のはずなのに、今日はやけに強く感じられた。きっと、摩訶不思議な世界を体験して、自分も彼らの仲間になれると、一瞬でも期待して錯覚してしまったから。
不器用な一樹は、とっくの昔に自分に期待する事を止めた。その方が傷は浅くてすむのだから。
しかしそうしたことで、自然と存在を忘却し、見えなくなった感覚がある。
即ち、
一樹は、今思い出した。身近になりすぎて見えなくなっていた"激情"を。
心が言う。──許せない、抗え──と。
【──少しは理解したのかね?】
「アァ? アアァァ…、ウァァッ!!!」
突然、頭の中で声が響いた。頭が、割れる様に痛む。立っていられない。
一樹は、思わず頭を抑えて膝から崩れ落ちた。
「えっ?! なんで。このタイミングで!?」
「おい──」
その音で異変に気が付いた怪盗団メンバーが何か言っている。だがその音は一樹には届かなかった。
【──役者でもない癖に、役を得て脚光をその身に浴びたいと? そりゃァ随分都合が良かねェか?】
「ウァァ…アァッ!」
【──舞台を駆ける覚悟は無く、かといって劇場から出ていく度胸もなし。なら……、何時までも無様な傍観者のままだなァ】
「ウウウ……、アァァァッ!!」
ああ。その通りだとも。一樹は激痛の中、思う。
一樹は逃げた。部活から、バイトから、そして、生徒会からも。つまりは、全ての人間関係から。
何が悪かったでもない。ただ、一樹に、彼に自信が無かっただけ。確固たる意思も、誇りも。
それでも、一樹は所属したかった。仲間になりたかった。
だから、彼はただ眺めている。交ざる事も出来ず、立ち去る事も出来ず。逃げた先から、ただ漠然と。
主張しない癖に、ただ見ているだけの癖に。認めて欲しい、期待して欲しい。そう願って。
だが、それも止めにしよう。
一樹は崩れ落ちた態勢のまま、頭に鳴り響く声に言う。
「力……、力だ。力を寄越せ……。この舞台で、主演足りえる力を! !」
【──クッ、カッカッカ!
不様な台詞だ。だが……マァいいだろう。さァ契約といこうか! 我は汝 汝は我。とっくに幕は上がっている。何を演じるかは……、お前次第だ】
痛みが消える。一樹は、自分の顔を何かが被っている事に気が付いた。一樹は怪盗団の話などとうに忘れている。だが、感覚で分かる。これを、剥がさなければならない。と。
一樹は立ち上がり、その仮面の端を掴み、一思いに引き離す。不思議と、痛みは無かった。
ゴォォォ、と青い光が一樹を包む。眩しくて、一樹はつい目を閉じた。
目を開けた時、彼は己の服が変わった事に気が付いた。それに、やたらと体が軽い事にも。
元はジーパンに黒シャツ、白のワイシャツと無難な格好だったのに、今は軍服を思わせる黒で統一された上下に、手足と胴に緑のプロテクターを着けていた。
己に似合わない事も無いだろうが、どう見てもコスプレだろう。新島を馬鹿に出来ないな。これじゃ。一樹はつい笑った。
「あァっと……、これでいい──」
一樹は、異変に気が付く。誰も、自分を見ていない。皆、自分の後ろを見ている。と。
(なにが──)
一樹は後ろを振り向く。そして、分かった。
「ペルソナが……、いない?」
一樹は後ろには、何も無かった。ただ、廃駅の様なメメントスが広がっているだけ。
(──ああクソ。やっぱり役立たずのままかよ。)
一樹は、いつも通りに口元を抑えた。
・住吉一樹の怪盗服
黒い軍用戦闘服の上からカーキのプロテクターを装着している。
・住吉一樹の仮面
ハーフガスマスク。目元では無く口元を隠している。