"役立たず"の奮闘記   作:緑川翼

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明けましておめでとうございます。続く限りは毎日更新してみたいと思います。


獅童パレス
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「リーダー、大丈夫かな……」

「アイツなら大丈夫だと思うしかない。俺たちはアイツに託しちまったんだ」

 

 習慣となった奥村社長の見舞いに行った帰り道、一樹が運転する車の中で春が不安そうに呟いた。

 

 新島パレスから脱出した翌日。まだ雨宮は戻ってきていない。夜になってもまだ何の音沙汰も無ければ、新しく行動を起こす必要が出てくるだろう。

 

「そう言えば、例の“フィアンセ”、無視して良かったのか? 今日も呼び出されてたんだろ?」

 

 春の雰囲気が暗くなったのを感じ取り、一樹は露骨に話題を変える。

 

「うん。お父様のお見舞いに行くからって、断っちゃった。高蔵さんには仲良くするよう言われてるけど、やっぱりあの人好きになれないよ」

「あの専務か……。悪い人には見えなかったんだが、腹には一物抱えてるのかね……」

 

 話題を変えた先で再び空気を暗くする辺り、一樹の会話下手は筋金入りである。しばらく無言の時間が過ぎていき、何気なくスマホを開いた春の眼に、信じられない速報が飛び込んできた。

 

「ッ…!? 一樹君車を停めて!!」

「は? おいどうし……?!」

 

『怪盗』逮捕!! 犯人は少年か?!

 ──本日午前、捜査本部は会見を開き、心の怪盗団を名乗るグループの主犯格の容疑者を拘束したと発表した。容疑者は都内の高校に通う未成年の少年で……

 

 車を端に停めた一樹が見せられたのは、そんな滑り出だしから始まったネットニュースの速報だった。信じられないと一樹は目を見開き、春は口元を抑える。

 

「クソ、この記事じゃ情報量が少ねェ……。春、動画サイトに繋げるぞ!」

 

 受け取った春のスマホを操作して、一樹は動画サイトを開き、ライブ配信されているニュース動画をタップする。

 

『少年は過去に傷害事件を起こして保護観察中だったとか。故郷に居られなくなって自暴自棄を起こしたって事ですかね……。まだ若いのに……』

『───!! 今入ったニュースです。『怪盗団』のリーダーとして逮捕されていた少年が留置所内で自殺を図り、死亡が確認されたとの情報が入ってきました!』

「なっ……!!」

『繰り返します。容疑者の少年が、留置所内で自殺です。新たな情報が入り次第、詳しく──』

 

 それ以上は、聞いていられなかった。スマホをスリープモードにして、一樹と春の2人顔を合わせる。

 

「春……」

「一樹君──

 

 

──成功……だよね?」

「ああ、多分な……! 雨宮のヤツ、上手くやりやがったらしい!!」

 

 先ほどまでの悲痛な雰囲気から一転して、不安げながら一も樹と春は喜びを分かち合う。一樹が運転席にいなければ、歓喜のあまり抱き合っていたかもしれない。

 

「とりあえず明日メンバーと合流しよう。それで良いか、春?」

「もちろん!」

「よし! 皆への連絡頼んだぞ!」

 

 そうして一樹はハンドルを握り直し、2人を乗せた車は走り出した。

 

 

 

 

「「「雨宮(君)!!」」」

 

 マスターに連れられた蓮がルブランに入ってくれば、抱き付く勢いでメンバー全員が駆け寄った。ここまで脱出させた新島冴の横に立つフードを被った蓮の顔には、湿布で被いきれないだけの青アザが出来ている。

 

「クッソ、天下の警察組織が拷問紛いな尋問かよ。刑事訴状法はどうしたんだ……!?」

「元から殺すつもりの計画だったのだし、そんな法律は気にもしなかったでしょうね…。それにしたってこんな怪我……!!」

「クソッ…、大丈夫なのかよ?!」

「……1回死んだ」

「もう! でもそんな冗談言えるなら元気だね!」

 

 流石に疲労感は隠せていないが、ジョークを言う蓮の表情に昏い色は無い。散々に拷問されても、心は折れなかったらしい。身内の暴挙に申し訳無さそうにしている冴の顔色の方が悪い程だ。

 

「明智のヤロウ、まだ騙されてる事に気付いてねーだろうな!」

「……ッ」

「一樹君……」

「いや、スマン。大丈夫だ」

 

 ……そう。竜司が言う通り、新島パレスに警察を連れ込んでリーダーを逮捕出来るよう手引きしたのは、ひいては一連の精神暴走事件の真犯人である“黒仮面”の正体は、明智であった。

 それは分かっていたが、実際に裏切られた一樹は動揺を隠せないでいた。裏切られる前提の付き合いだったが、一樹は明智の事を気に入っていたのだ。

 実父を殺されかけた春の手前、顔に出すつもりはなかったのだが、春には悟られてしまった。逆に気を遣われてどうするのかと、一樹は自嘲する。

  

「それにしても、どうやったんだ? コイツ、公じゃ死んだことになってんだろ?」

「マスター、聞いてないんですか?」

 

 蓮の死を偽装し、明智と黒幕の目を騙くらかすべく怪盗団が計画した“死んだふり”作戦。それを至極単純に解説するならば、新島冴の認知世界(パレス)を利用した入れ替えトリックだ。

 

 特殊尋問室に捕らわれた蓮を暗殺に来た明智を、蓮のスマホに入ったイセカイナビを双葉が遠隔操作してパレスに誘い込み、認知上の蓮を殺害させる。明智とのパレス攻略は、すべてこの作戦の布石だったのだ。

 

 暗殺が単独で行われる故に、明智(実行犯)さえ騙せれば敵の一派を纏めて騙す事ができるのがこの作戦の肝であり、予想通り検屍官も敵の手の内だったので、明智が「確かに殺した」と報告すればロクな検査もされる事もなく、こうして怪盗団リーダーの自殺報道が流れたのだった。

 

「尋問中にお姉さんを説得する作戦、ホント上手くいって良かったよね。明智の手は分かってても、そこだけはずっと不安だったから」

「本当にな。オマエの交渉術は疑ってねぇが……、薬まで打たれてながらよく説得したよ」

 

 明智をパレスに引き込むのも、その後蓮を連れて脱出するのも、冴の協力が不可欠だった。

 しかし当然の事ながら捜査指揮を取っていた冴と事前に取引など出来るはずもなく、尋問中に蓮が説得して味方に付けるしか方法がなかったのだが、見事リーダーはそれをやり遂げたのだ。

 

「全て作戦の内だったのね。完敗だわ。ぐうの音も出ない、笑うしかないって気分」

 

 そう言いながらも、冴の表情は清々しい。出世に取り憑かれて暴走する前の正義感を取り戻したらしい。真もこんな状況ながらホッとした顔で姉と会話している。

 

「いいわ。私は今後も貴方達に最大限の協力を約束する。上層部が敵なら、助けてもらった事になるしね」

「俺も精一杯協力するからな。何でも言ってくれ」

  

 認知世界を前提条件にした作戦だった為、マスターも冴も説明を聞いてもチンプンカンプンな様子だったが、何にせよと引き続きの協力を約束してくれた。

 特にマスターは、必要な時には店を閉めて1階を怪盗団のアジトとして自由に使って良いとまで言ってくれた。迂闊に外出できない雨宮や警察にマークされている怪盗団メンバーとしては、ありがたい事この上ない。

  

「お言葉に甘えさせてもらおう。……やはり、大した御仁だ」

「だな、頼りになる大人ってヤツだ」

「フフン!」

 

 皆の賞賛に身内として双葉がどや顔で笑った。

 

 

 

 

『怪盗団リーダー死亡の報道に続きまして、衆議院解散選挙のお知らせです。公表日を前にして、早くも番外戦がスタートしました』

「選挙なー。俺ら投票できねえし、カンケエねえけど」

 

 冴とルブランのマスターの2人に今回の作戦の全貌を語った後、マスターのコーヒーを飲みながら皆で一息つく。

 

 空気が和んだのを見計らって、真が「そろそろ再開しましょう」と切り出した。

 

「怪盗団も再集結したし、いよいよ反撃だな! 明智と黒幕のヤロウによ!」

「その黒幕ってヤツの正体は分かってるのか?」

「明智の奴、リーダーを殺した事に安心して、私に盗聴されてるとも知らずに電話口でポロリしたんだ。……『シドウ』さんって」

 

 シドウ……、政治家の獅童正義かと一樹は納得する。選挙カーで蝉か何かのように名前を連呼しているので、人の名をすぐ忘れる一樹も覚えていた。

 

「ナルホドな。検屍医と通じてこんな大掛かりな暗殺を仕掛けられるような奴だ。大物だが驚きはねェよ。現職総理の名前が出なかっただけ、マシだと思うべきか?」

 

 興奮を隠すように、一樹はそう言った。横で話を聞いていた冴が、ここ最近の『精神暴走事件』によって、獅童が利潤を得ていた疑いがあると補足する。

 

 敵対派閥の関係者が起こす唐突な不祥事や、不正を追っていたジャーナリストの不自然過ぎる死亡事故など。これまでの『精神暴走事件』は、見方によっては獅童や獅童の支持者が有利になる事ばかりが起こっている。

 

「怪盗団に対しても批判的な態度を貫いて、選挙を前に大衆からの莫大な人気を得たしね。しかもこの後の選挙で勝てば、総理になる事が確実」

「……何時、誰が精神を暴走させて不祥事を起こすか分からない状況で忽然とした態度を取れたのは、自分が襲われないと知ってたからか」

「クソがよッ!!」

 

 竜司が怒りの余りテーブルを叩く。行動にまでは出さないが、一樹以外の怪盗団メンバーもまた、憤りを表情に見せていた。

 

「廃人化に精神暴走……。本当に獅童が黒幕だとしたら、清廉なパブリックイメージとはまるで正反対だわ」

「思えば、ウチ(秀尽学園)の校長を殺したのも獅童の指示なんだな。大方トカゲの尻尾切りついでなんだろうが……、怪盗団が『悪』になったのはあの一件からだ。上手くやるぜ」

「……獅童ね」

「──? どうしました?」

 

 怪盗団や認知世界の事は分からずとも渋い顔で会話を聞いていたマスターが、やけに苦々しい表情で口を開く。

 

 マスターは元役人だった事、双葉の母親で認知訶学の研究者だった一色若葉と国の橋渡しをしていた事を語り、そしてその一色若葉が不審死した際に研究を押収したのが……、獅童正義だったとマスターは言う。

 

「……若葉の死に獅童が絡んでる。認知訶学が奪われた。俺はそう踏んでいながら、何も出来なかった。双葉を守ることを選んで身を隠した。その結果が、この隠居暮らしだ」

 

 双葉や蓮に言えば獅童相手に勝てもしない無謀な闘いを挑むだろう。そう思い、この事を黙っていたのだとマスターは言う。

 

「自分の利益の為に人を殺して何とも思わないなんて……。そんな人が総理になったら、この国はどうなるの……?」

「そんな腐ったヤツ! 俺らが化けの皮を剥がしてやりゃいいんだよ!」

「いつも通りにね。さっそくナビで確認しましょう」

 

 スマホを取り出して『総理候補の獅童正義』とナビで検索すれば、やはりヒットした。獅童はパレスを持っている。

 そして少しの詮索の結果、獅童のパレスは国会議事堂にある事が分かった。この国の立法機関を自分の根城だと認識するなど、傲慢が過ぎると祐介も憤慨している。

 

「次のターゲットは大物政治家の獅童正義でいいんだな?」

「……それしかないな」

「おうよ! 反対のやつ、いないよな?」

 

 全会一致の原則に従い、竜司がメンバー全員に確認を取る。みな賛成であり、もちろん一樹も賛成する。強敵との闘いは一樹の望む所であり、春や双葉の仇であるならば容赦する必要も無い。

 

「満場一致だな!」

「あとは獅童が議事堂を何だと思ってるか、そのキーワードだな」

「じゃあ、さっそく明日から始めよう。放課後、議事堂前に集合で」

 

 死亡を偽装している蓮は学校に行く事は出来ないが、担任も怪盗団の事を知っている協力者であり、学業に不都合は無いらしい。

 怪盗団に精神暴走の罪を擦り付けた獅童に一泡吹かせる為にも、蓮が生きていると気付かれる訳にはいかない。蓮には苦労を掛けるが、その分成功した時のメリットは大きいのだ。

 

「偽装作戦の第一段階は成功。獅童のパレスを攻略して、リーダーの生存を大々的に公表する。本当の勝負はここからだな」

「俺たちを罠に嵌めて殺そうとするような非道で計算高い連中だ。気を引き締めていかないとな」

「じゃあ、リーダーも疲れているでしょうし、今日はもう解散しましょう。みんな、それぞれパレスのキーワードを考えてちょうだい」

 

 真のその言葉を最後に、この日は解散となった。

 

 

 

 

 次の日。学校が終わり次第、一樹たちは議事堂の前に集合していた。その中にはフードを深々と被った蓮もおり、敵陣に堂々とやって来るとは流石の度胸だと、一樹は感心する。

 

「集まったわね。じゃあさっそく捜査を始めましょう。パトカーも巡回しているし、長居はできないわ」

 

 一樹がチラリと周りに目をやれば、確かに警備員があちこちに立っている。国の中枢なだけあって、かなり厳重な警備だ。真がイセカイナビを開いたスマホを片手に続ける。

 

「ナビに『獅童正義』と『国会議事堂』までは入力した。あとは、獅童が議事堂を『何』だと思っているのかね」

「つか、獅童ってどんな人間だよ? 全然分かんねーんだよな」

「あー、その件だが……、昨晩、キーワードを発見した」

「「「───!!!」」」

 

 難航するかと思われただけに、一樹の言葉は驚きをもって迎えられる。一樹は気恥ずかしそうに頭を掻きながら、続きを言う。

 

「まあほぼ偶然の産物なんだが……、適当に並べた単語がヒットしてな。キーワードは、『船』だ」

「はっ? 議事堂が船ッ?! 国会議事堂は陸の上にあんのよ!?」

「まるで想像が付かないわね……」

「とにかく、お手柄だったぞイツキ!」

 

 さっさと入ろうぜ、と照れくささから一樹がそう言ってパレスへと侵入した。

 

 

 

「って……、景色変わってなくね? もう入ったんだよな?」

 

 空間が歪み、怪盗団はパレスへの潜入に成功した。だが周りの風景に変化がなく、歪みの中心である筈の議事堂にも差異はほぼ見られない。

  

「門の前にいた警備員はいなくなってるようだけど……、あまり現実との見分けがつかないわね」

「門が開いてるし……、モルガナの格好が変わってるからここがパレスなのは間違いないよね」

「なら、議事堂の中に入って見てみようぜ」

「それしかないか……って、うん?」

 

 何気なく議事堂と反対側を見た一樹が、現実との大きすぎる違いに気が付いた。景色が、揺れている。いや、遠目に見えるビル群が、上下に動いていた。

 

「……ああ、ナルホドな。『船』ってのは、そう言う事かよ」

 

 世界が、海に沈んでいる。人っ子ひとりいない大海原を、議事堂の乗った巨大な豪華客船が悠々と走っていた。

 

「なっ、なんだコリャー!?」

「世界が滅んでも自分だけは生き残るってか? ハッ、素晴らしい心構えだな」

 

 一樹の皮肉を補強するかのように、ボォーーっと汽笛が鳴った。

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