"役立たず"の奮闘記   作:緑川翼

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Secret operations

 

「ふざけんなよ……!!」

 

 水没した日本を遊泳する豪華客船の甲板の上で、怒りのあまり震えた声で竜司が叫ぶ。

 

「政治家のくせして、頭ん中じゃ沈没してんじゃねーか!! こんな奴がトップに立ったらこの国も終わりだろ!」

「こんな、こんな人のせいでお父さまは……!」

「春……」

 

 獅童の指示の元、明智は春の父親を事故に遭わせた。父親は生きているものの意識不明の重体であり、あの事故で死んでいてもおかしくはなかった。

 

「それにしても、歪みの中心だけでなく国そのものが水没してるパレスか……。気を付けろ! これまでの連中と一味も二味も違うぜ!」

 

 モルガナの言う通り、国全体が影響を受けるほどの認知の歪みとは、つまりはそれだけ欲望が大きいという事。人間離れした欲望に、それを為す強敵の予感。つい、一樹の頬が歪む。

 

「ぜってーオタカラ奪ってやる!」

「……やってやろう」

「よし! 攻略開始だ! ワガハイ達を嵌めてくれやがった礼をしてやろうぜ!!」

 

 

 

 

 船の内部に入れば、そこは豪華客船らしく、しかし議事堂らしくさもある華やかな内装であった。そこに侵入った途端、怪盗服へと変化する。

 

「いきなり警戒されたのはいいとして……、なんで乗客まで仮面をしてんの?」

「『誰も素顔を見せない』って事でしょ。外があんな風景になるような悪党だもの。乗客が人間の姿なだけで驚きだわ」

 

 加えて仮面の乗客共は獅童の船に乗った自分が被害を受けるとは思っていないらしく、怪盗団がシャドウと戦闘を行っても騒がず、面白い見世物だと笑っている。

 

「ケッ、危機感のねーヤロウどもめ。乗った船がとんだ泥船だって分からせてやるぜ!」

 

 乗客共は獅童が精神暴走事件の黒幕である事を知っている。その上で、『廃人化ビジネス』の客としてこの船に乗っているのだ。

 人を人と思わない鬼畜の所業は、DRすらも柄になく世のため人のために獅童を改心させなくてはと心に決める程である。

 

 そんな調子でパレスの探索を続けていけば、オタカラは巨大な扉の向こうにある事が、オタカラに反応したモナによって判明する。

 扉は5つのカードキーを刺さねば開かず、扉の先にあるのは位置的に本会議場であろう事も分かった。

 

「……ホンカイギジョウ?」

「ニュースでもよく見る大きなホールだ。会議とか、法律案の投票とかをする場だな」

「今行われてるのは、獅童が何を提言しても反対ゼロで満場一致……、そんな無意味な投票でしょうけどね」

 

 取り敢えずカードキーを手に入れる為に、手分けして乗客から話を訊く方向で作戦がまとまる。

 元引き篭もりのナビ並みにコミュ力の低いDRにとっては荷の重いミッションだが、DRは怪盗団の一員である。まだ見ぬ強敵との闘いの為にも、何とか達成してみせようとDRは息を巻いた。

 

 

 それぞれ散ってから、DRは柄の悪い一団に目を着けた。スーツを着て仮面を付けても隠せない、()()()()()()。つまりはDRの同類である。

 

「『シノギ』の為とは言え、なんで『アニキ』があんな所に……」

「『チャカ』持って出歩くワケにゃいかねえだろうが。黙って見張ってろ。 獅童に何かありゃ、ワシらも『指詰める』だけじゃすまねえんだぞ……?」

「ヒッ! す、すいません……」

 

 集団に近付いてDRが聴き耳を立てていれば、そんな会話が聞こえてきた。

 

「DR。調子はどうだ?」

「ジョーカーか。色々と分かったぜ。内容を共有しよう」

 

 様子を見にやって来たジョーカーに、DRは聞こえてきた事を掻い摘まんで伝える。

 

「聞こえてきた会話から察するに、連中の正体は──…」

「……音楽家だな」

「なんでだよッ?! ヤクザだろどう考えても!!」

 

 DRがそうツッコめば、ジョーカーはクスクスと笑う。それで、ジョーカーの冗談にまんまと乗せられたのだとDRは理解した。ジョーカーは無口の癖に時折ブッ飛んだジョークを投げるので、反応に困る。

 

「まあ何にせよ、ヤクザが獅童の護衛をしてるらしい。カードキーとも何か関係あるかもな」

「よし! 大分情報が集まったな。1度セーフルームに集合して全員の情報を整理するか!」

「……そうしよう」

 

 それぞれ他の場所で聞き込みをしていたメンバーに声を掛け、ジョーカーが発見していたセーフルームに集合する。

 

「よし。各自が集めてきた情報を纏めるぞ」

 

 そして各々が聞き出した情報をまとめれば、『カードキー』とは5人のVIPからの『紹介状』である事と、紹介状を持つ4人のVIPの居場所が判明する。

 

「レストラン、プールサイド、カジノに自室か。結局、この巨大客船全部を回る必要がありそうだな」

「そしてワガハイの得た情報によると『トラブル処理役』ってのがVIPらしい。かなり用心深いらしく、普段は表に出てこないらしいな」

「俺の情報と合わせると、そのトラブル処理役ってのがヤクザだな。他のお偉いさんと違って現実でも暴力に触れてる連中だし、戦うなら良く準備しねえとな」

 

 そう言いながらも、DRの目は笑っている。現実世界では戦いようのない相手とも、この認知世界なら戦える。こんなに楽しい事はない。

 

「……廃人化をビジネスにするくらいだし今更驚かないけれど、獅童は裏社会とも関わりがあるのね」

「元より許す理由など無かったが、より一層改心させる理由が出来たな」

「ええ、必ず改心させましょう」

 

 ノワールが一層の気炎を上げる。父親の仇であり、父親が廃人化ビジネスを利用してのし上がっていたからこそ、より許せないらしい。

 

「さて、本会議場に入る方法も分かった事だし、一旦引き上げる?」

「えっ。もう帰るのかよ?」

「相手は特別な紹介状を持ってる連中だぜ? つまりは用心深いシドーに信用されてるって事だ。かなりの力を持ってると考えるべきだろ?」

「確かに、急いではいるけどまだ時間には余裕があるんだし、ならしっかり準備を整えた方が良いよね!」

 

 DRとしてはこのまま突っ込んでも良かったが、全体の判断に異論はない。そうして、怪盗団はシドウ・パレスから引き上げる事になった。

 

 

 

 

 今日の一樹は、珍しく歩きである。秀尽高校のある蒼山から国会議事堂までは電車で行った方が速かったのだ。一樹は最寄り駅から自宅まで薄暗い路地を歩いていた。

 

(……やっぱ、つけられてるな)

 

 ぼんやりと辺りを照らす街灯の光を受けながら、一樹はそう確信する。ここ最近、学校から出る度に柄の悪い男が一樹を尾行していた。

 パレスで鍛えた隠密能力で撒ける程度の相手なので、怪盗団メンバーを一時期尾行していた特捜の人員ではなさそうだが、誰の指しがねでチンピラに狙われているのかは分からない。

 

「……チッ。面倒臭えな……」

 

 後を付けるチンピラが仲間を呼んだらしく、一樹の後方からエンジン音が聞こえてきた。段々と追跡者の足音が荒々しくなる。

 

(……歩きは1人。車からは……、2人か)

 

 曲がり角。拉致でもする算段でもついたのか、車から2人降りたのを、一樹は目を動かさないように一目見たカーブミラーで確認する。

 

 曲がり角に差し掛かる。瞬間、一樹は突如走って角を曲がり、追跡者の視界から消えた。

 

「なっ!! アイツ、逃げやがった!!」

「気付いてやがったのか!? オイ、追い掛け───なアッ?!」

 

 一樹は逃げ出したのではなく、曲がってすぐにチンピラ共を待ち構えていた。勇んで駆けていた先頭のチンピラを殴り倒し、奇襲に驚き足を止めたその後ろのチンピラも蹴り飛ばす。

 

「オラアッ!!」

「グベッ!?」

「クソッ! テメッ──!」

「ハハァッ! お楽しみの時間だ!!」

 

 1対3の喧嘩。相手は金属バットやスタンガンまで用意している。だがしかし、結果だけを見れば、最後まで立っていたのは一樹であった。

 

「コ、コイツ…、強えェ……」

「3人がかりだぞ……」

「俺が強いってよりは……、テメェらが弱いんだ、ッよ!」

「グフッ!」

 

 1人は既に白目を剝いて倒れ、残った2人も息は絶え絶えの様子。対してまた1人気絶させた一樹は、まだ余裕のある態度を崩さない。

 

 認知世界の事とはいえ命懸けの闘いをこなしている一樹が、訓練を積んだ警察官や現場慣れしたヤクザ者が相手なら兎も角、ケンカ程度の戦闘経験しかないチンピラ相手に負けるはずもない。

 

「でだ。1人気絶させなかったのには、当然意味がある。誰の差し金で何処に連れてく予定だったのか……、全部教えてもらおうか」

「ヒッ?! わ、分かった……」

 

 取り囲んだシャドウに金品を要求する蓮と同じノリで脅せば、チンピラは洗いざらいに全ての情報を白状する。

 

「へェ……。ナルホドな。あの()()()()()殿が、遂に実力行使に出たわけだ」

 

 チンピラを雇って一樹を拉致するよう命じたのは、春の婚約者であるスギモトであった。

 

「なんであの三下野郎が……って、まあ理由は分かるか」

 

 彼は『契約書』を盾にして何度も春にデートを迫っていたが、春はそれを「父親の見舞い」を理由にほぼ断っている。

 その見舞いに何時も一樹が同行していた事や、一樹の入れ知恵で春が『契約書』の再確認を求めている事を知ったが為の蛮行だろう。

 チンピラによれば、一樹を拉致した後、車で指定の廃ビルに連れていくよう指示されていたらしい。直々に「()()」をして、二度と逆らえないようにするから、と。

 

「へえ? なら、その廃ビルとやらに行きゃあフィアンセ殿と会えるワケだ」

 

 春に対して高圧的に婚約を求めるスギモトとは一度じっくり話をしたいと思っていたが、向こうからネギを背負ってやって来てくれたなと、一樹は笑う。

 

「よし、オマエさん。コトのついでだ、付き合ってもらうぞ?」

「は、はいィ……」

 

 拒否権などは無いのだと察したチンピラは、とんでもない相手に手を出してしまったと心の底から後悔するのだった。

 

 

 

 

「遅い! 1人攫うだけで何をモタモタやっていた!」

「すっ、スイマセン杉本さん…! コイツ、意外に抵抗しやがって……。2人もやられちまって、今寝てるくらいで」

「抵抗だと? ふん、小賢しい…。警察は呼ばれてないだろうな?」

 

 深夜、人気の無い廃ビルの中で待ち構えていた白いスーツの男──春の婚約者であるスギモトの前に、意識を失った一樹は連れ込まれていた。

 一樹は両腕を縄で縛られており、目が覚めた所で身動きも出来ないだろうことが見てとれた。スギモトはコンクリートの地面に投げ捨てられた一樹を一目見て、悪態をつく。

 

「こんな品のない男が春に擦り寄っていたとはな。まあ、ここで身の程を思い知れば、二度と春に近付く気にもならないだろうさ」

「あの…、オレらを雇ってまでコイツを攫わせて、わざわざ何をすんスか……?」

 

 実行犯であるチンピラが問い掛ければ、スギモトは不愉快そうに眉をひそめる。

 

「そんな事も分からずに誘拐してきたのか? 親父の伝手を使ってまで雇った割りには程度の低い奴だ。まあ、所詮は社会のゴミか」

 

 まあ良いと吐き捨てて、スギモトはチンピラの疑問に答える。

 

「この廃ビルは親父の所有する資産の1つでさ。駅からも遠くて開発しても採算の取れないカスみたいな土地だが、今回みたいな場合には役に立つ」

「つまり……?」

「まだ分からないのか? 電気も通ってない地下室にコイツを監禁しておくんだよ。目が覚める頃には真っ暗闇の中に独りぼっちだ」

 

 2、3日経てば恐怖と空腹でさぞ従順になるだろうよと、スギモトは嗜虐的に笑う。チンピラはその様子に冷や汗を流しながら、また口を開く。

 

「なんか…、随分と手慣れてるんスね?」

「今度は察しが良いじゃないか。学生時代、何度かこの方法で身分を弁えない連中を黙らせた事がある。まあ、他愛もない話さ」

「へえ? 今のは自白と取って良いんだよな? 」

「───!!? オマエッ! 気絶してた筈じゃ?!」

 

 突如、一樹が起き上がった。その両腕を縛っていた筈の縄は解けており、何事も無かったかのようにポケットからスマホを取り出す。

 

「暴行示唆に軟禁の自供。全部この携帯で録音したぜ。よかったな。アンタも明日には『社会のゴミ』の仲間入りだ」

「ぐっ……。キサマ!!」

「ヒッ!?」

 

 両手の縄は、縛られたように見せかけていただけだったのだ。しかしそれは一樹を連れて来たチンピラの協力は不可避である。

 

 騙されたと気付いたスギモトに睨まれたチンピラはそそくさと逃げて行くが、スギモトにそれを追い掛ける余裕はない。万事上手くいったと笑う一樹は、笑いながらそれを見る。

 

「そう睨んでやるなよ。俺が脅して手伝わせたんだ。それに……、気付かないでペラペラ喋った、お前が悪いんだろ?」

「お前、 最初からこのつもりで……ッ!!」

「そーいう事だ。まあ、ここまで都合良く事が運ぶとは思ってなかったけどな」

 

 捕まったフリをしてチンピラにスギモトの元まで運ばせ、更にそのチンピラに質問をさせて犯罪の自白をさせる。

 言葉にすれば簡単な作戦だが、その身一つで敵陣に乗り込まなくてはならない危険な策。実行に移すにはわざと警察に捕まった蓮ほどの『度胸』か、一樹並みの『狂気』が必要になるだろう。

 

 ちなみに、実行犯であるチンピラどもの名前と携帯番号は抑えている。抜かりはない。

 

「さて。こうやってアンタの弱みを握ったワケだが……、言いたい事は分かるだろ?」

「グウッ……!」

「春から身を引け。でなきゃこの録音を警察とマスコミに持っていく。揉み消せると思うなよ?」

 

 一樹の脅しにスギモトは視線で殺せそうな程の殺意で睨みながらも、葛藤の末に逃げるように廃ビルから去っていた。

 

「安心しろよ。言う通りにすりゃばら撒くような事はしねえから。……まっ、明日には自分の口から話したくなるだろうけどな」

 

 その言葉は、既に遠いスギモトの耳には入らなかった。

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