いよいよその場面が近づきつつある。
さっきのやり取りから数時間後、書類整理を終えた私は、食堂で夕食をとろうとしたんだけど、その際にすれ違った刀使達が言ってたことが耳に入ってきて、足を止めた。
内容は、糸見沙耶香が見つかったことだ。どうにも、あの後糸見さんは一人の刀使の手助けで、屋敷内から抜け出していたんだとか。その場面を見ていた刀使から直ちに鎌府学長に連絡が入り、今向かっている最中なんだって。こうなると、捕まるのは時間の問題だろう......。
「私には関係無いことだけど......気になるし、場所も近いから行ってみようかな?」
何となくそんな気になり、私は歩先を変えて屋敷の外に向かった。今日はもうやることはないから、特に問題はない。自分でそう言い聞かせながら、私は現場に向かった。
私、柳瀬舞衣は、今この子...沙耶香ちゃんと一緒に追われている。沙耶香ちゃんと出会ったのはつい最近だけど、この子がこれまで鎌府学長にされてきたことを本人から聞かされたことで、私はこの子をあの人から救いたいと思った。だから、沙耶香ちゃんが屋敷の中から出てきた時、とっさに一緒に逃げようと言ってしまったのかもしれない。何で私まで逃げようと考えたのかというと、それは......私も可奈美ちゃん達と合流して力になりたかったからだ。今まで決心がつかなかったけど、ようやく決心が持て、実行に移れたんだ。でも......。
「予想以上にしつこいけど......なんとかまけたかな?」
「......そうみたい。今のうちに......」
私達は鎌府の刀使達の追跡に想像以上に苦しめられていた。今はなんとか逃げ延びてるけど、それも長くはもたない。だからこそ早めに遠くに......。私達は止めていた足を再び動かそうとした。けど、どこからともなく聞こえてきた声によってそれは未遂に終わった。
「みぃ〜つけた!」
「「!!?」」
声のした方は、私達の頭上からだった。慌てて私たちは周辺の建物の上部を見上げ、声の主を探した。そして、少ししてその主は見つかった。その声の主は月明かりに照らさせ、ピンク色に近い髪の毛を風になびかせながら微笑を浮かべていた、一人の女の子だった。でも、あの子はただの女の子ではないことは知っている。だって......あの子は。
「親衛隊第四席の......燕さん......」
「あれー?何であの時のおねーさんも一緒なの?ま、別にどうでもいいけどね?」
あの時という言葉に私は先日のことを思い出していた。私が可奈美ちゃん達とのことで事情聴取が行われてた時、私は終わった後の廊下で燕さんと会っていた。ただ会っただけならそれでよかったんだけど、その時燕さんは何故か私の喉元に御刀を添えてきたんだ。まだ抜刀もしてない状態で、剣を抜いた動きすら私には全く見えなく、反応することもできなかった。もし燕さんが本気で斬りかかって来てたら、私の首は飛んでただろう......。
「おねーさん、弱いね?......なんか興醒め〜」
燕さんは何かガッカリした様子で御刀をしまい、そのまま行ってしまった。何にガッカリしたのかはなんとなくわかった。燕さんは私に失望したんだ。私が弱いから......。その日の私は、しばらくの間ずっとそのことを考えて過ごしていた。
「それよりもさー?沙耶香ちゃん?だっけ?鎌府のおばちゃんが呼んでたから連れ戻しに来たよー?」
「っ......」
その言葉に沙耶香ちゃんが身動いだ。連れ戻されたら人間じゃいられなくなる、そう察していたからかもしれない。そんなことはさせない。私が絶対に沙耶香ちゃんを守る!だから私はーーー
「そんなことさせない!大丈夫沙耶香!私が守るから!」
「舞衣......」
私は御刀を抜き、沙耶香ちゃんの前に仁王立ちした。
「邪魔しないでくれるー?私、弱い人には興味ないから......」
「......絶対に沙耶香ちゃんを連れ戻させはしない!私は、貴方を倒す!」
「......もういい。力尽くで連れて帰るから......にひっ!」
「っ!!」
そう言った途端、燕さんは建物から飛び降りて、私に向かって斬りかかって来た。咄嗟に私は御刀を横に構え、攻撃を受け止めた。でも......。
「(くっ......重い、このままじゃ押し切られ......!?)」
押し切られる!そう思った時、目の前から燕さんの姿が一瞬にして消えた。いや、正確には【迅移】を使って移動しただけなのだけど、あまりにも速かったため、消えたように見えたんだ。
「ど、どこにっ!?」
「ここだよ〜?」
「!?しまっ......」
後ろから燕さんの声が聞こえ、慌てて御刀を後ろに振った時にはすでに遅かった。燕さんの御刀が私の身体に命中し、私の【写シ】が剥がれ落ちた......。
「ぐっ......」
「やっぱりおねーさん弱いね〜。紫音おねーさんの友達だって言うから同じくらい強いのかな〜って期待してたのに......つまんないの」
「......」
私は何も言い返すことができなかった。この子の言う通り、私は弱い。紫音ちゃんや可奈美ちゃんみたいに強くはない。そのことを改めて自覚させられ、私は泣き出しそうになった。
「で?沙耶香ちゃんはどうするのー?大人しく帰る?それとも大人しくさせてから連れて帰ろっか?」
「私は......!!?」
「沙耶香ちゃん?どうし......!!」
「よくやった燕。......探したわよ沙耶香。さぁ、今回のことは多めに見るから、早く戻ろう。そして......」
目の前にいた人物に私たちは絶望を覚えた。沙耶香ちゃんをこれまで苦しめて来た鎌府学長その人だ。相変わらず沙耶香ちゃんをただの人形として扱うことしか考えてないみたいだね......。
「そ......そんなことさせない!沙耶香ちゃんは、本心から貴方の元を離れようと決めたんです!ただの人形になりたくないからって!だからこそ、私が絶対に行かせません!」
何とか私は気力を振り絞って立ち上がり、再び【写シ】を張って二人と対峙した。
「ちっ......おい燕!さっさと奴をーーー」
「あれ?何で結芽がいるの?学長はわかるけど......。あと、何で舞衣が糸見さんといるのも意味わかんないんだけど?」
「えっ......?」
突然聞こえた第三者の声に、その場にいた全員が声のした方を向いた。そこにいたのは、月明かりに照らされながらいつもの雰囲気でにこやかに笑顔を向けながらこっちに向かってくる紫音ちゃんの姿だった。
私は現場に向かう前に真希さんや寿々花さんに少し外出してくると言って、許可を貰ってきた。親衛隊が失踪なんて洒落にならないから誰かにでも知らせておく必要があったんだ。でもこれで問題なく外に出れる事になった為、私はすぐに現場に向かった。
現場には5分もしないうちに着いたんだけど、そこで見たのは異様な光景だった。そこで見たのは、息が途切れ途切れになって今にも倒れそうなほどに疲弊しきっている舞衣と結芽が対峙している光景と、それを見つめる糸見さんと鎌府学長と言う光景だった。まず始めに思ったのはーーー
「(何これ?)」
それだった。だって、まず何で結芽がここにいるのかも訳わかんないし、もっと訳わかんないのは舞衣が糸見さんと一緒にいる事だ。二人って何か接点あったっけ?
「貴様!なぜここにいる!?」
「なぜって......散歩ですけど?」
「......また貴様はそうやって......ちっ、もういい!」
学長が私に気付いて問いかけてきたけど、軽く受け答えしておいた。この人はまともに相手してたら疲れるからこんな感じで受け答えしたほうが楽なんだ。散歩っていうのもあながち間違いではないけどね?実際ここまでくるのに走ってきた訳でもないし......。
「結芽、何でここにいるわけ?」
「なんか最近ずっと屋敷の中にいたから退屈でさ〜?それでその時にそこの鎌府のおばちゃんのとこの子が逃げたっていうからさ?暇つぶしにいいかも〜ってことで来たの!」
「はぁ〜、そんな事だろうと思った......で?今は何やってた訳?」
「見てわかんない?そこのおねーさんと遊んでたの。すぐに勝負ついちゃってつまんなかったけど〜」
「やれやれ......」
あまりにも予想通りの結芽の発言に、私は呆れて頭をかいた。これは後で真希さんとかに叱ってもらわないとね......。
「貴様ら!何を喋っている!今すぐにでもその二人、特に沙耶香を捕らえるのよ!」
「却下しますね」
私がそう言った途端、場の空気が凍りついた。
「貴様......今何と言った?」
「......?却下するって言ったんですが?」
「何故だ!そんなの認めるわけがないでしょう!これは命令よ!」
「あなたの命令に従う義理はないですね......」
「なっ!?」
私の言葉に驚きを隠せない様子の学長。そんなの当然でしょ?何故ならーーー
「私は親衛隊。紫様の命令にしか従う気は無いんで?」
「紫音ちゃん......」
「この捜索の指揮権は私が握っている!親衛隊だろうと従わなければ規律違反となるではないか!それを親衛隊の貴様がしても良いというのか!?」
「?別に私は捜索に来た訳ではありませんよ?言ったでしょう?散歩しに来たって」
「......」
学長の表情がどんどん険しくなって行くのがわかったけど、私は気にしないで続けた。
「実際に捜索に参加してない訳なんですからその指揮権が持つ権力というのは......私には意味を為しませんよ?私は”偶然ここら辺を通りがかって””偶然にもこの現場に立ち入ってしまった”だけなんですから。ですから私が何をしようが勝手でしょう?だから結芽も別に学長に従う必要はないんだからね?」
「そーなの?じゃあもう良いや。そろそろ帰って寝たいし〜」
「なっ!?待て燕!......貴様〜〜!!」
結芽が帰るのを止められなかった学長が、今度は私に向かって掴みかかってこようとした。わざわざ掴まれる義理もないから、私はヒョイっと避けた。
「そんな事してる暇があるなら、ちゃんと糸見さんと話し合ってみてはどうです?ちゃんと話し合ってみればわかってもらえるかもしれませんよ?」
「貴様に言われなくても分かってるわ!......沙耶香?こっちへいらっしゃい?今ならまだ許してあげるわ。だからーーー」
そんな学長の甘い声にも糸見さんは全く耳を貸さないでいた。むしろ少し目が怒っているように見えた。
「私は......貴方の望むような刀使にはなれない。ううん......
「沙耶香......」
はっきりと糸見さんに拒絶され、相当応えたのかその場で膝を落として崩れ落ちた学長。何というか......哀れだなぁ。
「紫音ちゃん......ありがとね?」
「全く......舞衣は何で糸見さんと一緒にいるわけ?」
私は軽くだが、舞衣から説明して貰った。糸見さんとは前にもあったことがあって、会ったら少し話をするぐらいの仲になったらしい。そして今回の件についても......。
「......ってことは、二人はこれから可奈美達と合流するってこと?」
「うん......私でも、力になれることがあると思うの。だから行く。これはもう決めたことなの!」
「舞衣が行くなら、私も行く」
「そっか......ってことは、次会う時は敵同士だね」
「「えっ......?」」
敵という単語に二人は苦い顔をした。でもこれは仕方ないことなんだ。
「そうでしょ?だって、紫様を襲った張本人たちのところに行くんだから必然的に敵になっちゃうんだから。今回は別に任務としてきてるわけじゃ無いから見逃すけど、次会った時は......容赦しないからね?」
「私は......紫音ちゃんと争いたくは無いよ......」
「私たちと敵対することを決めたのは舞衣でしょ?だったら悔いるなんてしないで堂々としなって。舞衣の信念はそんな私と敵対するからって折れる脆いものなの?」
「ち、違うよ!そんなわけない!」
「だったら、もういいっこ無し!自分の信念を貫いて私達にぶつかって来なよ。それに前舞衣言ってたでしょ?紫様が大荒魂だって証拠を見つけて、私たちを仲間にして見せるって。して見せてよ?」
「う、うん!分かった!絶対に紫音ちゃんをこっちに引き抜いて見せるから!」
その時の舞衣の表情は今まで以上に輝いて見えていた。これなら問題はなさそうだね。
「なら、早く行きなよ。学長が正気に戻る前にさ......」
「うん......またね、紫音ちゃん......」
そう言い残し、舞衣はそのままその場を後にした。糸見さんもそれに続くかなと思ってたけど、何故かその場に止まったままだった。
「?どうかした?」
「あの......ありがと。おかげで助かった」
「お礼を言われる筋合いはないよ?あれは私の気まぐれだから」
「それでも......ありがと......」
糸見さんは最後に私にそう告げて、舞衣の後を追っていった。その後ろ姿を見送りつつ、私もまだ蹲ってる学長を放って屋敷に戻った。
次回【伊豆での再会】
お楽しみに!