戦姫絶唱シンフォギア~First kiss tastes like iron~ 作:六界の魔術師
彼女のそれは、意思のある行為ではなく、ただの反応だった。
(……?)
口の中に注がれたなにかが、ゆっくり食道に流れていくと、意識の無い身体は自然と喉を鳴らし、それを少しずつ飲み込んでいく。
(………あ、………れ?)
それが契機だったのか、彼女の意識はゆっくりとだが浮かび上がってきた。
もっともその意識は、寝起き時の半覚醒状態と大差変わりはなく、意識なんてあってない様なものではあったが。
(……なんだろう、これ?
……温かい。)
口の中に注がれ続けているそれを、今度は意思を持って飲み込んでいく。
とはいえ、口の中の液体はそれなりに量があったし、力が入れ辛かったため、飲み込むには少し難儀した。
しかし、それでもなんとかそれを飲み続けていると、彼女の身体に異変が起き始める。
最初は喉、胃の中から熱を感じ始め、それは腸に入ったかと思うと、血液を巡って熱が全身に伝わていくのを感じていた。
ゆっくりと戻ってくる身体の感覚。
それに伴い、意識の方も少しずつ覚醒していく。
(……あたしは、……どうなったんだ?
…それになんだろう、この感触は?)
注がれる物を飲み込む度に身体は回復し、だんだん意識がはっきりしていく中、彼女ー奏は唇に当てられている柔らかい感触が気になり、当てられている物と現状を確認をする為、ゆっくりと目を開けた。
「……ん。」
優しい夕焼けの光に一瞬目が眩むも、直ぐに目が慣れたかと思うと、直ぐ目の前にーー目と鼻の先とか、眼前とかの比喩的表現ではなく、文字通り目を開けて直ぐに、彼の横顔がそこにあった。
「……ん?」
なんで?どうして?っという疑問符が頭の中に浮かぶ奏を他所に、最初は目を閉じながら注ぎ続けていた青年だったが、奏の声が聞こえたのか、片目を開けて奏が目を開けているのを確認すると、注ぐのを止め、ゆっくりと顔を離して残りを飲み込む。
「な!な!?」
「……良かった、助けられた。」
顔を紅くしながら混乱する奏を他所に、青年はそう言って安堵のため息を吐きながら、優しく微笑んだ。
青年の口からは、先ほどまで奏に飲ませていた物の残滓が、赤色に染まりながらつーっと奏の唇まで伸びていて、それを奏は顔を紅くしたまま見つめていた。
(……あの色は血せいか?
まるで、糸のみたいだ。
あれだとまるで………、まるで………。)
混乱する頭でそこまで考え、奏は自分の思ったことで更に顔を紅くしながら、その考えを振り払う様に顔を横に何回も激しく振った。
「……え~と、大丈夫ですか?」
「誰のせいだと思っているんだい!?
というか、あんたはいったいなにをしたのさ!!」
「え、え~と、口うt「いやいい、もういい、言わなくていい!!」…もご。」
顔を今までの中で一番紅くしながら、奏は青年の口を抑えつける。
それに対して青年は特に文句も言わず、ただ頷くだけだった。
「…っ、そうだ!
状況は!?」
そう言いながら周りを見ると、先ほどよりも数を減らしているものの、未だにノイズが歩き回っており、翼が一人奮闘しているのが見える。
「っ!
直ぐ行かな、くっ!」
そう言いながらすぐさま立ち上がった奏だったが、力が上手く入らずに崩折れそうになる。
だが、その身体を青年が素早く支えた。
「死にかけたんだ、無理はしない方がいい。」
「でも、翼一人に負担をかけるわけには!!」
「……あ~、気持ちはわかるけど、今は行かない方が良いと思うぞ?」
「へ?」
そう言われ、奏はもう一度翼の方へ目を向ける。
「逆羅刹!!」
翼はそう叫び、片手で逆立ちしながら両足を広げると、その場で回転を始め、両足に仕込まれた刃と手に持った剣で周りのノイズを切り刻む。
回転を終え、足を着けると同時に無数の青色の刃型のエネルギーを展開すると、
「千ノ落涙!!」
その言葉と共に刃を、周りのノイズに向けて飛ばし、かなりの数を一気に屠り去る。
その戦いぶりは先ほどまでとは雲泥の差で、鬼気迫るものを感じるくらいだった。
「す、凄い。」
「確かに凄い。
凄いけど、あんなの長くは持たないぞ。」
そう言うが早いか、彼は三叉槍を横に水平に構え、光を先ほど同様に刃に変えたかと思うと、
「ふっ!」
気合いと共に刃を伸ばし、横で眠っていた少女を襲おうとしていたノイズを貫き、
「跳べぇぇ!!」
その言葉に翼がその場を跳んだのと同時に、青年は三叉槍を水平に振ってノイズを薙ぎ払い、近場にいた奴を一気に殲滅する。
「……本当にあんた、無茶苦茶するね。」
「いや~~、それほどでも。」
「いやいや、褒めてないから。」
目の前にいたノイズが一気にいなくなり、呆れ顔でため息を吐く奏を他所に、無事着地した翼が、こちらへと猛スピードで駆け寄り、
「奏ぇぇぇぇぇ!!」
「ぐはっ!?」
その勢いのまま青年に突き飛ばし、荒い息のまま奏の肩をガシッと掴んだ。
「大丈夫だった?
あいつに汚されてない?
穢れてない?
犯されてない?」
「失礼な奴だな、お前は!!」
「うるさい!
黙れ、この強姦魔!!」
「ごぉ!?」
「女性の、それも奏の唇を勝手に奪うなんて、なんてうらy…、酷いことをするの!
そもそも、あなた何者なの?
名を名乗れ!」
「…………悪いが、俺にはお前みたいな礼儀知らずに名乗る名はない。」
「礼儀知らずなのは、むしろあなたでしょ!
そんなあなたを、これ以上奏に近づかせないんだから!
もし近づく様なら、この天羽々斬の錆びにしてやる!」
剣の切っ先を青年に向け、そう言いながら犬が唸る様に歯を剥き出しにして、翼は睨めつけていた。
それに対して青年は、ムスッとした表情をしなが翼を睨んでいたのだが、
ーベシッー
「あうっ!?」
と音と共に、奏のチョップが翼の後頭部に突き刺さる。
「翼。
あんた、ちょっといい加減にしな。
それに、今はそんなことでいがみ合っている暇は無いんじゃないか?」
そう言いながら横へ視線を向ける奏に釣られて、二人も横を見ると、奥の方からぞろぞろとノイズの大群がこちらへ向かってきていた。
「……なるほど、確かにのんびりしている余裕はなさそうだな。」
それを見ながら青年はそう呟くと、前に数歩出ながら三叉槍を構え直す。
「……?
あんた、なにをしているんだい?」
「俺が殿を務めておくから、その間に二人は、その娘を連れてスタジアムの外へ行け。」
「な!?
馬鹿を言わないでよ!
見知らぬ一般人に、そんなこと任せられるわけないでしょ!!」
「それに関しては、あたしも同意見だね。
あたし達だって、まだ戦えるよ。」
そう言って青年を睨む二人に、青年はため息を吐いて、指を三本立てる。
「俺が殿を務める理由は三つ。
一つ、俺の得物はこの三叉槍で、両手で扱う物だから、少女を抱えたら、マトモに戦えん。
その点、お前さんは足にも武器があるんだから、問題ないだろ?」
「む、それはそうだけど。」
肩越しに真っ直ぐ見られながら青年に言われた言葉に、翼は不承不承ながら頷く。
「二つ、単純に今この場で全力で戦える奴が、俺しかいないこと。」
『っ!』
「天羽さん、あんたはさっき死にかけたんだ。
無理したら、また死ぬぞ?
それと、お前はそろそろ体力の限界が近いだろ?
そんな奴に、殿は任せられるか。」
「なにを言っているんだ!
私はまだ戦「寝言は寝て言え。」っ!」
「さっきまで息を荒げていた奴が、偉そうに言うな。
そんな元気があるなら、二人を守ることに使え。」
「ぐっ!」
「なにより俺は、礼儀知らずのお前が信用できん。
そんな奴に、背中を任せられか。」
振り返らずそう言い切る青年の言葉に、翼はなにも言い返せず、ただ口を強く噛み締めるだけだった。
「…………つは?」
「ん?」
「最後の一つは?と聞いたんだ。
あんた、理由言っただろ?
それはなんだい?」
「…………三つ目は、自分の信条だ。
俺の目の前で、女は誰も死なせん。
今この場で俺が戦わなきゃ、三人の中の一人は確実に死ぬ。
だから、俺が戦う。
ただそれだけだ。」
そう言うが早いか、青年は四百メートル先まで近づいてきたノイズに向かって駆け出し、次々と薙ぎ払っていく。
「あ、待「待ちな、翼。」っ、でも!」
「……悔しいけど、あいつが言っていることは、あながち間違っていない。
あたし達がここにいても、足手まといになるだけだ。
それよりも、あたし達がやれることをやるべきだよ。」
奏の言葉に、翼はなにかを言い返そうと口を開くが言葉が見つからず、再び口を閉じて数秒間歯を食い縛る。
「…………わかった。」
そう言いながら頷いた翼は、少女の元へと歩み寄ると、優しく抱き上げた後、一度だけ青年の方を見て、奏の方へ向き直った。
「……一人で動けそう?」
「ああ、大丈夫だよ。
翼の方は行けるかい?」
「うん、大丈夫。」
「よし。
なら、行くよ!」
「ええ。」
後ろ髪引かれる思いを振り切る様に、二人は奏の言葉と共に走り出した。