戦姫絶唱シンフォギア~First kiss tastes like iron~ 作:六界の魔術師
「…………これは、酷い。」
青年と別れた二人は、近くにあった一般客用の通路を駆けて外へと向かっていたのだが、通路のあまりの惨状に翼は顔をしかめていた。
ノイズから逃れようと、沢山の人が通路を同時に抜け様としたため、壁の出っ張りに引っ掛けたり、逃げている同士でぶつかり合って怪我したのか、壁に血痕が飛び散っていた。
しかし、その人達はまだマシな方かもしれない。
何故ならば、その人達以外の人達は、ある者は壁と人に押し潰され、別のある者は倒れた所を無数の人に踏みつけられて命を失い、血溜まりの中で横たえている人がちらほらといたのだ。
そういう意味では、命があるだけマシと言えた。
「…………確かに酷いね。」
そう言って眉をひそめる奏を見て、翼は再び怒りがこみ上げてくるのを感じていた。
本来ならば、今日は自分達にとっても、観客達にとっても、とても素晴らしい日になるはずだったのに、ノイズが全てぶち壊してしまったのだ。
奏をこんな悲しい表情にさせたこと、観客達にこんな目に逢わせたこと、どれも到底許せることではなかった。
「…………確かに酷い。
けど、ちょっと妙じゃないか?」
「……妙?」
「ああ、血の量に対して倒れている人が、異様に少なくないかい?」
奏にそう言われ、翼は改めて周りを見渡すと、確かに血溜まりの中に人がいなかったり、不自然に血が途切れている場所が所々存在していた。
「…………これって?」
「……多分、翼と同じことを考えているよ。」
そう言いながら頷く奏に、翼は先ほどの場景を思い出し、先ほどとは違った意味で怒りがこみ上げてきて、手に力が入りそうになったが、少女を抱き上げていることを思い出し、なんとか力を込めない様に苦心をしながら駆け続ける。
一方、隣を走る奏も心中穏やかではなかった。
自分達のコンサートを荒らし、このような事態を起こしたノイズに対し、激しい怒りを覚えていた。
だが、それとは別に、
(……助けた人達にも、あたしと同じことをしたのかな?)
とも考えており、その場景を想像すると、なぜだか胸辺りがモヤモヤしてくるのを感じていた。
そんなことを考えながら通路を抜けた二人だったが、
『なぁ!?』
通路を抜けた先でも、驚きの声を上げる。
なんと入り口が壊されて、大きく穴が空いていたのだ。
それも一つや二つではない、外壁のいたる所に等間隔にポッカリと空いていたのだ、驚かないわけがない。
「これはいったい?」
「もしかして、さっきのあの音はこれの音だったのか?」
訝しげな表情を浮かべながら、二人が穴をくぐり抜けると、見慣れた制服を着た職員が、観客達を誘導しているのが見えた。
それと同時に、
『〰〰さ〰〰、〰な〰さ〰、お〰とう〰してく〰さい!』
「え?」
「ん?」
『二人共、応答を!!』
『友里さん?』
『!?
司令!!
二人と繋がりました!!』
普段聞かない、焦りが滲んだ女性オペレーターの声色に、二人が反応するや否や、ガタッガタッという音が聞こえたかと思うと、
『奏!
翼!
無事か!?』
先ほどのオペレーター以上に焦りが滲んだ、野太い男性の声が聞こえてきた。
「こちら奏、翼と共に行動中。
両名共に無事です。
ただ、重度の負傷者も一緒なので、至急車の手配をお願いします。」
『わかった。
車の方は、他から既に要請を受けている。
今そちらへ何台か向かわせているから、それを使ってくれ。』
「了解です。
それと、ノイズが出現していて、その件でいくつか報告が。」
『ノイズ出現の報も既に聞いているが、なにかあったのか?』
「はい、まずノイズなのですが、まだ殲滅できてません。」
『なんだと!?』
二人の無事に、向こう側の張りつめた空気が若干和らいでいたのだが、奏の言葉で再び緊張感が漂い始めた。
「ただ現在、三叉槍を持った青年が、ノイズ相手に殿を務めてくれているので、しばらくは大丈夫だと思われます。」
『三叉槍を持った青年だと?
それに、殿を務めているとは、どういうことだ?』
「それが実…………わ?」
「奏!?」
報告を続け様とする奏であったが、身体から突然力が抜け、フラりと身体が揺れたかと思うと、そのまま倒れそうになる。
「おっと。
もう、危ないんだから。
無理しちゃ駄目よ?」
『了子さん!?』
「い、いつの間に!?
っていうか、なんでここに!?」
だがその身体を、いつの間にか横にいた女性ーー櫻井了子に支えられ、奏は驚きで目を白黒させていた。
櫻井は奏達と同じ組織に所属しているが、前線を戦う奏達と違い、裏側で奏達をサポートしている人物の一人で、今回もネフシュタンの鎧の起動実験を本部で指示しながら、データをまとめているはずだった。
そんな人が急に現れたのだ、驚かないわけがない。
「あら?知らないの?
良い女は神出鬼没なのよ?」
そう言いながら妖艶な笑みを浮かべる櫻井に、二人は目をぱちくりとしながら固まってしまう。
それに対して櫻井は、パチッとウインクを一つしながら、いたずらの見つかったいたずらっ子の様な笑みを浮かべる。
「……なんてね。
本当は、ネフシュタンの鎧の暴走で機材が駄目になってしまったから、状況の確認を兼ねて来たの。
さてと、まずは弦十郎君、今現場に着いたんだけど、奏ちゃんはとりあえずドクターストップ。
ここから撤退させるからね。」
「な!?
ちょ、ちょっと待ってください!!
あたしさまだやれ「強がりは駄目よ?」…っ。」
「非戦闘員の私の腕から抜け出せない今の貴女に、前線はもちろん、後方支援も儘ならない。
そんな人をここに残して行けるわけないでしょ?」
「し、しかし。」
『…………奏、君には今後、まだまだやってもらわなければならないことが沢山ある。
ここは一度退き、傷を癒して、また頑張ってくれないか?』
「司令。」
『……それに、君は一人で戦っているわけではないはずだぞ?』
「そうだよ、奏。
ノイズやここの後始末は私に任せて、奏は一旦休んでいてよ。
絶対に悪い様にはさせないから!」
「翼。」
二人にそう言われ、奏は数秒間目を閉じ、うん。と一回頷き、微笑みながら翼を見つめる。
「なら、頼むよ、翼。
あたしの分まで暴れておくれよ。」
「うん、任せて!」
奏の言葉に笑顔で返す翼を見ながら、櫻井はうんうん、と笑顔で頷きつつ、耳の通信機に手をやった。
「さっき言った通り、奏ちゃんはここから下げるから、車の方をお願いね。」
『了解した。
先ほど奏達には説明したが、今車をそちらに向かわせている。
奏と女の子を預けたあと、了子君はそのまま指揮をとってくれ。』
「了解よ。
じゃあ、…………そこのあなた。」
「え?
あ、はい?
僕ですか?」
「そう、君。
彼女には別の任務についてもらうから、今彼女が抱き抱えている女の子を、受け取ってもらえる?」
「あ、はい、わかりました。
お預かりします。」
「はい、お願いします。」
そう言いながら少女の受け渡しが終わるのと、救急車のサイレンがこちらへ近づいてくるのが聞こえてきた。
「あら、丁度良い。
まず翼ちゃんは、戻ってノイズの相手をお願い。
終わり次第、別の指示を出すから、連絡をちょうだい。」
「了解です。
じゃあ奏、行ってくるね。」
「ああ、頼んだよ。」
そう言って駆け出す翼を、奏は彼女がスタジアムの中に入るまで見つめていた。
「…………それじゃ、私達も行きましょ?」
「……はい。」
櫻井にそう先導され、奏は後ろ髪を引かれる思いを感じながら、救急車へと向かった。