「ここは君の魂の在り方を決めるためのゆりかごだ。」
ルイ・サイファーは紅茶のカップを両手で挟み、興味深そうにこちらを見ていた。
その姿に悪感情のたぐいは見られず、純粋に好奇心のみを向けていることがイズミには感じられた。
「君たちのような存在を旅人と私たちは呼んでいる。魂だけになりこの星に飛来した存在、肉体無きゆえに現世に降りることもできず、生まれなおさねば幽世から出ることもできない儚い命だ。」
「肉体がない、今ここに座っているのにか。」
「それはかりそめのものさ、だから簡単に崩れ去る。」
「これは…手が消えていく。」
イズミの体は少しずつ消えつつあった。指先から少しずつ蝋燭が溶けるように消えていく。ものの数分もしないうちにそこにいる感覚のみを残して、ほぼすべての感覚が失われてしまった。
「今の私は観測者の一人に過ぎない。君たちの生まれなおしを見届けるために此処にいる。私の問に全て答え終えたとき、自ずと自分の姿を思い出すだろう。」
イズミの前にうすぼんやりと文字が見える。質問に対する選択肢だろうか。人間と悪魔の二つの文字が書かれていた。
「君は人間であったか、悪魔であったか。」
金の少女は歌うように問いかける。
イズミが人間の選択肢に意識を向けると、悪魔の文字が消滅した。
「君は人である。闇を恐れ、ただ生きることを謳歌するものである。」
イズミの魂が男とも女とも付かない肉の塊に覆われる。
「君は男性であったか、女性であったか。」
イズミは悩んだ結果、女性を選んでみた。単に友人の驚く顔が見たいだけという理由ではあったが。
「ほう、君は女性なのか、まあ人の趣味はそれぞれだからな。存分に楽しむといい。」
金の少女は面白そうに笑っている。イズミの体は女性のシルエットに変わった。
「君は何の職業についていたのだろうか。」
イズミの前におびただしい数の選択肢が現れた。警察官、弁護士、プログラマーなどから、明らかに裏側と思えるヤクザ、傭兵、自衛官などもある。
その中から目的の職業を探していった結果、二つに絞り込んだ。
自衛官…武器の扱いや銃の扱いに対して特に優れている。デメリットとして自衛隊関連のイベントに強制的に参加しなければならない。
医者…回復アイテムの効果が上がる、調合などを基本技術として所持している。デメリットとして患者を見捨てたりするとDark、chaosよりになりやすい。
戦闘に長けた自衛官か、自力で道具を作れる回復職である医者か。
「お医者さんか。ゴッドハンドになるか、闇医者に落ちるかは心一つだね。」
イズミは命を大事にと考え、医者を選んだ。回復手段はあればあるだけ助かるため弱いうちは重宝するだろう。
少女の問いは多岐にわたった。人種、髪の色、目の色、顔立ち、国籍、体格、細かく聞かれるそれを答えるたびにイズミの姿は鮮明になっていく。
出来上がった姿は長身の黒衣の女医であった。性別と目の色以外は偽らなかったためかどことなく泉の面影の残る顔立ちをしている。
友人が見たならば、あるいは泉が女性であったならばこんな感じであっただろうと素直に思うことだろう。
「それが君の形、現世における君のうつしみ。随分と可愛らしいが、それもまた君自身だ。」
イズミが自分の姿を確かめていると、ルイ・サイファーは紅茶で一息ついていた。椅子に腰かけ紅茶を飲む姿はひたすら優雅である。
「これで質問は終わりなのか、ルイ・サイファー。」
「観測者としての質問は以上だ、君は自分を思い出し失われた体を取り戻した。此処は地獄の門の内側、今の君が門を叩けば君のいるべき場所にたどり着くこともできるだろう。」
それを聞き立ち上がろうとするイズミを少女は手で制した。
「まあ待て、同盟者としての質問がまだ残っているからな。旅人たる君の存在にはまだ変化しうる余地がある。私ならば君の内側に更なる力を授けることが出来るだろう。これが最後の質問だ君はどのような異能に目覚めたいのだろうか。」
イズミの内側から白紙のしおりが飛び出した。
異能には様々なものがある。
悪魔召喚プログラムをもって悪魔を指揮下に置くサマナー、自身の肉体のみで悪魔を打ち倒すバスター、守護天使として悪魔をその身に下ろすガーディアン、封魔管を用いて悪魔を操る管使い、もう一人の自分を具象化するペルソナ、悪魔そのものになるデビルシフターなどだ。
この白紙のしおりは無色の力の結晶、イズミの願いによって異能に変わるものである。
「異能は人の可能性の発露である。人が0と1の境を踏み越えた時、初めて目覚める大いなる力。逢魔が時にてそれらは君たちの刃となり、あるいは盾として君たちを守るであろう。よく考えて決めるといい、君の望みはいかなるものであるのかをな。」
「異能とは可能性、自分自身が望むもの。」
イズミがこの世界に求めるものは、今のところは無い。友人に頼まれて入ったに過ぎないからである。
だがどうせ始めるのであれば、一人よりも誰かと共に遊びたいと願った。
「俺の願いは、共に生きることだ。」
白紙のしおりが光輝く、そこに現れたのは一冊の本である。デビルサマナーの象徴のひとつ、悪魔図鑑。それは光の塊になりイズミに吸い込まれていった。
「中立を選びし若者よ。悪魔との絆を結びしその力、上手く使いこなすがよい。逢魔が時、いつか君と会えるのを楽しみに待っている。さあ、旅立の時だ。」
ルイ・サイファーがイズミの手を取り、地獄の門へと導いた。イズミが地獄の門に触れると地鳴りを響かせ、開いていく。イズミが振り返るとルイ・サイファーは手を振り見送っていた。
「ルイ・サイファー、ありがとう。いつかどこかで、また会えるといいな。」
イズミは光の中に消えていった。
「実に面白い客人であったな。」
ルイ・サイファーは現世に旅立ったイズミに愉快な印象を受けた。
思えば人間に礼を言われたのはいつ以来であったか。ルイ・サイファーは倒される存在である以上、礼を言われることは非常に稀である。明け透けに向けられる感情はなかなかに心地いいものであった。
イズミはルイ・サイファーに興味を持たれました。