夕焼けの空がやけに目に染みて、ついで、冷たい風が頬を撫でる。
いつも、フェンス越しに見るだけだった光景が、今はそのまま見えているからだろうか?
いつも、フェンス越しに感じる風が、今はそのまま感じられるからだろうか?
良く分からないが、どうでも良かった。
「……これで、終わりにしよう」
私は、今日、死ぬんだから。
◇
最初は、些細な変化に過ぎなかった。
中学二年の冬、親の都合で大東区から新西区の方に引っ越しが決まったのだ。
正直、友達と離れ離れになるのは悲しかったけど、電車を乗り継げばまた会えるし、寧ろ新しい出会いにワクワクがあったから、そこまで悲しむことはなく、笑顔で別れることができた。
だけど、別れるまであった笑顔は、神浜市立大附属学校への転校で、どこかに消え失せてしまう。
初見の印象は悪くなかったのだ、初見の印象は。
みんな善い人そうで、優しい顔付きで、私を出迎えてくれた。
……結局、その顔は、最初の挨拶の数瞬後には、半分以上が酷く歪んでいたが。
「大東学院から来ました、
私のこの一言から、最悪な日々が始まった。
イジメ、苛め、虐め。
呼び方なんてどうでもよくなるくらいには、イジメられた。
物が無くなるなんてのはしょっちゅうで、態とぶつかられたり、校舎裏や体育館倉庫でリンチされる回数も少なくなかった。
怪我が増えてり、物を無くす度に、両親に聞かれる。
「学校でイジメられたりしてないか? 大丈夫か?」
「辛いことがあったら言ってね? 私たちは咲ちゃんの親なんだから」
優しい両親だったが、言える訳なかった。
何故なら、父さんも母さんも、職場でイジメられてるのを知っていたから。
原因が何か、それさえ分からないままイジメられる。
改善しようがないし、先生に訴えても多少注意してくれる程度で、あとは殆ど見て見ぬふり。
苦しかった。
両親に吐く嘘が、必死に張り付けた作り笑顔を保たせるのが、苦しかった。
地獄の日々が続いて約一年、よく耐えた方だと思う。
そこでようやく原因が分かった。
「アンタをイジめる理由? そんなの決まってんじゃん。アンタが東の出身だから」
東の出身、原因はたったそれだけ。
東西に軋轢があるのは歴史として頭に入っていたが、ここまでされるなんて、思ってもみなかったから。
……心がポッキリと、折れる音が聞こえた。
◇
疲れた、もう疲れたんだ。
飛び降りて、早く楽になろう。
来世は……そうだな。
鳥だ、鳥がいい。
自由に飛び回るのは、きっと気持ち良い筈だ。
「
くだならい、本当にくだらない一言を最期に、私は一歩踏み出した……はずだったのに。
空中に投げ出したはずの体が、落ちることなく、宙に浮いている。
そして、首が絞まったのか段々と息苦しくなってきた。
何事かと思ってゆっくりと振り向くと、見覚えのある少女の顔が目に映る。
「十咎……さん?」
「同じクラスの桜だよな!? こんなとこで何やってんだ!! アタシが来なかったら死ぬとこだったぞ!!」
「別に良いよ、死にたかったし。ほら、さっさと離さないと、十咎さんまで落ちちゃうよ? 死にたくないでしょ?」
「ふざけんな! 目の前で死のうとしてる奴を、見て見ぬ振りなんてできるか!!」
そう言った十咎さんは、その細腕からは考えられない腕力で私を引き上げ、フェンスの中、屋上へと連れ戻した。
乱れた呼吸で分かったが、相当無理したのかもしれない。
申し訳ない気持ちはあったが、謝りたいとは思わなかった。
折角のチャンスを無駄にされたんだ、気分を害するのは問題ない行為だろう?
それに──私は彼女が、十咎ももこが嫌いだ。
眩しいくらいに綺麗な金色の髪も、夕焼けに負けず劣らず明るい緋色の瞳も、皮肉を吐きたくなるくらい整った顔立ちも、全部が嫌いだ。
中でも、一番嫌いなのは彼女の笑顔だ。
今の私みたいに、日陰に居る人さえも等しく照らす、太陽のような笑顔。
ウザったくて、眩しくて、それ以上に焦がれてしまう。
嫌いだけど好き。
好きだけど嫌い。
私は彼女に、気持ち悪いくらい矛盾した感情を持っている。
「なあ、なんで、あんな事したんだ? 理由があるんだろ? 解決できるかは分からないけど、聞くくらいはできるからさ」
聞いた話通り、本当に優しいお人好しだ。
尤も、私にとってはいらないお節介にしかならないが。
「じゃあ、聞いてもらおうかな」
なのに、私は全てを彼女に話してしまった。
けど、この行為が、後の私の運命を大きく変えることになった。
◇
アタシから見た桜咲という少女は、達観していて、どこか年不相応な子だった。
でも、話を聞いて分かった。
今目の前に居るのは、イジメの所為で周囲に絶望し、達観するに至ってしまった悲しい少女だ。
しっかりと顔を見れば分かる。
眠れてないんだろう、目の周りには薄くだけどクマが見えるし、夜空色の瞳は生気がなく、吸い込まれるような闇があった。
気付いてやれなかった自分が情けない。
同じクラスに居ながら、毎日顔を合わせていながら、アタシは気付けなかった。
色々なことが重なってたという事もあるが、身近な人間の変化も分からないとは。
魔女が関わってたらすぐに分かるが、今回は本当にただのイジメ。
人間同士のいざこざだ。
簡単には分からない、だけど、気付くのは難しくなかったはず。
なのに、桜は、
「ごめんねペラペラ喋り過ぎちゃった」
そう言ってカラカラと笑った。
作り笑いだと、すぐに分かったけど、アタシにはどうすることも出来ない。
ただただ、申し訳なさだけが募っていく。
言葉になって出るくらいには。
「謝りたいのは──」
アタシの方だ。
そう言いかけて、止めた。
気付けたとしてもどうにもならなかった可能性は低くない。
謝るなんて、傲慢だ。
自分ならできるかもしれないという、驕り。
魔法少女になってから、そう思う事が増えたのは、気の所為だろうか?
会話が止まる。
少しの間、静寂か流れ、桜が急に笑いだした。
「ハハハッ! やっぱり、十咎さんって優しいお人好しだよね。今、謝ろうとしたでしょ?」
「……ああ」
「関係ないじゃん、なんで謝るの? 謝る必要なんて、ないじゃん」
「かもしれない。……けど、もっと早く気付けてたら変わったかもしれないだろ!? 少なくとも、アタシなら桜がこんなになるまで放っておいたりしなかった!!」
「ホント……優しいね」
呆れたように微笑む桜は綺麗だった。
ガサツで男勝りなアタシとは違う、女の子らしい仕草がとても似合っている。
少しだけ、瞳に生気が宿り直した気がした。
多分、順調に行けば、髪だって綺麗でサラサラな濡羽色になるし、やつれた顔も、凛とした顔立ちに戻るだろう。
きっと、彼女にはアタシしか居ない。
こんな状況に至るまでの経緯が、そう教えてくれる。
……支えなきゃ。
そう、強く決意し、アタシは口を開いた。
「桜! なんかあったらアタシを頼ってくれ!! 力になるから!」
「……嫌だよ、迷惑かけたくないし」
「そうか……分かった。ならアタシが勝手にやる!!」
「はい!?」
「アタシが好き勝手やる。桜の都合も同意も気にしない。……だから、気にすんな」
弟によくやるように、桜の頭を撫でた。
彼女が声を殺して泣いていることに、アタシは気付いていたが気付かないふりをして、撫で続けた。
この日、ただの知り合いとも、友達とも言えない、不思議な関係が始まった。
脱スランプの為に書いてます。
所々おかしな部分があると思いますので、ご指摘お願いします!