週末、お医者さんに健康優良児の太鼓判をもらった私は、十咎さんをショッピングに誘った。
最初は渋っていた彼女も、粘り強く強請ったら、結局OKしてくれた。
やっぱり、彼女は優しい。
誘った私が変な格好で行く訳には行かないので、服装にも気を使う。
約束の二時間前から、ひたすら鏡の前でお着替えタイム。
あーでもない、こーでもないと唸って決めた服装は、シンプルなものになった。
真っ黒なタートルニットに、臙脂色のサスペンス付きラインスカート、バックにはキャメルのショルダーバック。
変じゃない……変じゃないはずだ。
一度、大きく深呼吸してから自室を出て、玄関に向かう。
途中ですれ違った父からは「か、彼氏か!? 遂に彼氏ができたのか!?」と、今にも死にそうな表情で聞かれたので、しっかりと否定しておいた。
今日一緒に出かけるのは友達だし。
もし、私にそういう人ができたとしても、その人は彼氏じゃなくて──って違う!!
あぁ、もう。
なんで、十咎さんの顔が浮かぶの……?
今日はただの買い物、今日はただの買い物、今日はただの買い物。
「……よし!」
パチン、と頬を叩いてから玄関を出る。
大丈夫、もうだらしない顔なんて見せない。
だって、今日は、彼女と初めてのショッピングなんだから。
「おはよー、十咎さん!」
「おう、おはよう、桜」
眩しい太陽を背に、十咎さんはいつもと変わらない笑顔で、私に挨拶を返す。
彼女の服装は、なんというか……同性に対して失礼かもしれないが、凄くかっこいい感じだ。
私だけかもしれないが、街を歩く異性より、目の前にいる彼女の方が遥かにかっこよく見える。
白いセーターの上に深緑色のコートを羽織り、下はジーンズ。
バックを持ってないところを見ると、ポケットに財布やらは入れてるらしい。
「……桜?」
「へっ? な、なに?」
「いや、ずっとアタシのこと見てるから、なんか変だったかなって?」
「ぜ、全然変じゃないよ!? 凄く似合ってて……その……かっこいいと思う」
「そっか……桜も可愛いよ。似合ってる」
「ぅぇ?」
サラッと、本当にサラッと言われた言葉に、私はドキッとしてしまう。
鼓動はみるみるうちに早くなり、段々と顔が熱くなっていく。
ダメだ、ダメだ、堪えろ。
今、ニヤケたら、絶対変な奴だって思われる。
でも……でも……嬉しい。
どうしよう、私、今日一日持つのかな?
◇
「はぁ……」
「疲れたか?」
「ちょっとね」
「なら、少し休むか。自販機でなんか買ってくるよ。何がいい?」
「……あったかいミルクティーかカフェオレがいいなぁ」
「りょーかい」
手を振りながら遠ざかって行く十咎さんを見送ったあと、私は適当なソファに腰を下ろした。
周り初めて二時間程度しか経っていないが、既に疲労度はMAX。
お昼時だし、そのままレストランに入っても良かったかも、などと思い耽っていると、不意に違和感を感じた。
明るく賑わっているショッピングモールでほとんど感じることのない、酷く淀んだ空気が辺りを覆っているのだ。
加えて、歩いている人達の様子もおかしい。
フラフラと不規則に体が揺れ、皆普通に歩けていない。
体が強ばる。
明らかな異常事態だ。
急いで十咎さんに電話を!
「お願い……出て!」
『おかけになった電話番号はおでになりません。ピーっという発信音の後にお名前とご要件をお話下さい』
「こんな時にっ!」
悪態をつきながらも、私は歩き出す。
本当なら走りたいが、体は言うことを聞いてくれない。
歩くだけで精一杯。
走ろうものならたちまち倒れてしまうだろう。
見送った十咎さんの跡を追うように歩いて行くと、着いた先にあったのは自販機と……禍々しい穴。
SF映画やファンタジー作品にあるような、ワームホールや世界の裂け目とも呼ぶべきそれは、ありえないほどの非現実感を醸し出している。
穴から見える光景も不気味で、地面やものの配色は、テキトーなペンキをぶちまけて作ったようにグチャグチャ。
理解不能な気持ち悪さだ。
思考が汚染される前に、そっと穴から目を逸らして、辺りを見回すが……彼女の影はない。
嫌な予感が、脳裏に過ぎる。
朝のとは違う、嫌なドキドキ。
紛れもない恐怖が私を襲う。
「十咎……さん……」
息がし辛い。
胸が苦しい。
震えが止まらない。
足も、これ以上は進みたくないと叫んでる。
でも……行かなかったら、大切な人を失ってしまうかもしれない。
「行か……なきゃ」
逸していた目を戻し、一歩づつ、穴に向かって足を踏み出す。
距離が近付くにつれて、呪いのような重い空気がのしかかってくるが──私は止まる訳にはいかない。
一歩、また一歩と足を動かし、指の先が穴に触れた瞬間、世界が入れ替わった。
今まで居た世界は塗り替えられたようになくなり、私はあの、理解不能な空間に立っていた。
ただの勘でしかないが、長く留まっていたら、それだけで気が触れてしまうだろう。
「見つけ、ないと」
ここに居る可能性は高いはずだ。
見つけて帰らないと、絶対に帰らないと。
彼女を、助けないと。
折れそうになる足と心を、その気持ちだけで繋ぎ止める。
そうして、少し進むと。
生理的嫌悪感を催す鳴き声と、高く響く金属音が聞こえた。
誰かいるのか……はたまた、この空間に相応しい化け物同士で戦っているのか?
分からないが、脅威かどうかは確認しないと、捜索は不可能だ。
ギリギリ遠目で見える位置まで近付き目を細めると、そこには予想通り気色悪い化け物が居たが──それと戦う人間も見えた。
どこか、見覚えのある後ろ姿だ。
「……嘘、でしょ」
にわかには信じられない光景が、眼前に拡がっている。
空間に溶け込むような得体の知れない化け物と、まるで魔法少女とも言わんばかりの衣装で戦う──十咎さん。
理解が追いつかなくなって、疲労や恐怖も限界だった私は、そこでプツリと意識が途切れた。
暗くなった視界の中で、彼女の叫び声が聞こえた気がした。
◇
また、やってしまった。
巻き込まないようにしようと思ったのに、巻き込んでしまった。
幸い保護できたし意識も失ってたから、上手いこと言いくるめて誤魔化せるけど……バレるのも時間の問題だろう。
「上手くいかないことばっかだよ……ったく」
舌打ちでもして叫びたいが、眠ってる桜を起こすのは申し訳ない。
だから、アタシは、彼女の頭を優しく撫でる。
苦しそうな寝顔を見るのは辛いが、元はと言えばアタシの責任。
「はぁ……ホント。アタシってバットタイミングだよなぁ」
「悲観し過ぎよ、ももこ」
「やちよさん」
「……その子が、最近仲良くなった友達?」
「えぇ、まぁ。そんなところです」
さっきの魔女の戦いで助けてくれた先輩、
正直、この人が運良く居合わせてくれなかったら、桜を守れてたかは怪しい。
それぐらいに、やちよさんは強いし頼りになる……けど。
今は、あまり頼りたくなかった。
最近あった事件の所為で、色々と辛いところもあるから、迷惑はかけたくなかったんだけど……ホント、バットタイミングだよ。
「アタシは、こいつが目を覚ますまでここにいるんで。……今日はありがとうございました」
「困った時はお互い様よ。それじゃあね、ももこ」
軽く手を振りながら、やちよさんは去っていく。
アタシも体を揺らさない程度に、手を振り返した。
見送ったあとは、顔をもう一度、桜に向ける。
太ももの上で眠る彼女は、撫でていたお陰か、幾分表情は柔らかくなっていた。
安堵の息をついたアタシは、ぼーっとしながら今後のことを考える。
どう今回のことを誤魔化すか、とか。
彼女に話すべきなのかそうじゃないのか、とか。
色々と、考える。
まぁ、でも最初は……謝んなきゃな。
桜がなにも知らなくても、守れなくてごめんって。
ちゃんと、謝んなきゃな。