押せ押せじゃなくて、待ちの姿勢を取ってから早数日。
思ったよりすぐに、私と十咎さんの距離は戻っていた。
秋野さんに相談して良かったと、心から思う。
でも……帰ってきた十咎さんの笑顔は、少し変わった気がした。
「どこがどう変わったのか?」と、細かく聞かれると答え辛いが、変わったのは確かだ。
彼女の笑顔は、太陽みたいに温かく、周りの人を照らす。
そんな笑顔だったのに……今は月だ。
温かいし、周りを照らしてはいるけど、その光は弱い。
私の感性の問題だから、こう言う例えでしか話せないが、なにか違う。
そう、感じてしまう。
「桜? ……アタシの顔、なにかついてる?」
「ううん、なんでもないよ。気にしないで」
「そっか、ならいいや。話は変わるんだけどさ、最近この近くに──」
誤魔化してしまった。
心配してるのに、怖くて聞けない。
あの日、ショッピングモールで見た夢のことも聞きたいけど、壊してしまうかもしれないと思うと、舌が上手く回らず言葉を口にできない。
嫌いだ、好きな人の為に、大切な人の為に、恐怖を乗り越えられない自分が、嫌いだ。
ネガティブな思考のまま俯きながら歩いていると、ふと隣を歩いていた十咎さんが足を止めたことに気付いた。
「どうかした?」
「……悪い、桜。十分、いや十五分くらい待っててくんないか?」
「別に、いいけど……? なにかあったの?」
「少しな。すぐ戻るよ」
そう言って走り去っていく十咎さんの背中を、私は見送る。
一瞬、ほんの一瞬だけ垣間見えた彼女の表情は、酷く辛そうだった。
「行かないで」と言ったら、止まってくれたのかな?
「夢は夢、だよね……」
ザワつく心を落ち着かせる為に、私はそう自分に言い聞かせるしかなかった。
◇
嘘をついた。
また、嘘をついた。
しょうがないと言えば、その一言で終わってしまうけど、罪悪感が心に巣食う。
そして、それと同等以上の嫌悪感が、魔女を倒し終わったアタシを蝕んでいく。
消えない。
消えてくれない。
殺した感触が手から、消えてくれない。
何度手をゆすいでも、冷たい水に浸しても、魔女の──
ショッピングモールのあの時までは大丈夫だったのに……なんでなんだろう?
決意したから?
何も言わず、止まることなく、桜の隣を歩くと決意したから?
彼女の為なら死んでもいいと思える自分が居て、彼女の為には死んではいけないと思う自分が居る。
矛盾している、狂っている。
決意が、想いが、アタシを壊していく。
痛い、苦しい、怖い、辛い、逃げたい、止めたい、死にたい、死ねない。
「悪くない……アタシは悪くない。あのまま野放しにしたら、呪いを振り撒いてた。殺さなきゃ、多くの人が犠牲になってた。だからアタシは──悪くない!!」
言い聞かせなきゃ狂いそうだった。
言い聞かせなきゃ壊れそうだった。
桜が憂いなく笑える明日が欲しい、だから殺さなくちゃ、守らなくちゃ。
桜を守れるのはアタシしか、居ないんだから。
「戻ろう」
魔女の結界があった公園の洗面所から出て、桜の元に向かう。
感情は一度リセットして、いつもみたいに笑おう。
そうすればきっと、桜も笑ってくれるから。
笑って──
「と、十咎さん!? なんで……泣いてるの?」
「えっ……? アタシ、泣いてる?」
いつから?
いつから泣いてたんだ?
洗面所から?
違うとしたら、どこで?
もしかして、桜に会ったから?
安心して、泣いた?
分かんない、分かんないけど、止めなきゃ。
心配させないように、悲しませないように、止めなきゃ。
「これ、違う。違うんだ! アタシ、なんで……」
「十咎、さん」
「大丈夫、すぐ止まるから。だから──」
言いかけた口は、桜に抱きしめられたことで、胸に無理矢理塞がれた。
そして、数秒もしない内に、トクントクンと、優しい心音が伝わってくる。
「泣きたいなら、泣こうよ。私は何も聞かないからさ。だから、泣けばいい。言いたいことも言えないことも、泣いて全部吐き出しちゃお?」
「うぅぅぅあぁぁぁぁあ!!」
止まらなかった。
全部吐き出した。
苦しいとか、辛いとか、怖いとか、痛いとか。
出せるものは全部吐き出した。
吐き出した終わった頃には心が楽になって、スっと涙も引いた。
恥ずかしくなって体も離した。
「……ありがと」
「私は、何もしてないよ」
「アタシが言いたいだけだよ、だから……受け取らなくていい」
「分かった。じゃあ、帰ろっか?」
「あぁ、そうだな」
二人で帰路を歩く途中、心の距離が着々と近くなってることに気付いて。
いつか、全部話さなくちゃいけないことも、なんとなく分かった。
先延ばしにできるのは、いつまでだろう。
温かい時間を続けられるのは、あと何日あるんだろう。
早く、桜が憂いなく笑える明日を掴もう。
そして、叶うなら……その日のまま世界が続いて欲しい。
一分一秒でも長く、アタシは彼女の笑顔が見たいから。
幸せになった彼女の姿が見たいから。
死んでもいいけど、死にたくない。
桜の隣を、歩きたいから。