また、この回にて登場した人物と、実際の人物、組織とは一切関係がありません。作中では辛口で書かれている場合もありますが、当方には登場した実在の人物、組織を誹謗中傷したり、名誉を傷付ける意図はありませんので、あらかじめご了承の上で閲覧する様、お願いいたします。
それでは、大日本皇国の歴史編第一弾、どうぞ!!
第五十二話大東亜戦争
1930年代。この時から、大日本帝国の暴走は既に始まっていた。1931年、軍部は政府の反対を押し切り満州事変を強行した。広大な荒野に清王朝最後の皇帝である、愛新覚羅溥儀を王とした満洲国を建国した。1933年には国際連盟とワシントン海軍軍縮条約を脱退。さらに1936年には軍部大臣現役武官制が復活したことにより、シビリアンコントロールが失われ日本政府は形骸化し、本来なら政治や外交の一手段にすぎない軍隊が政治に介入するようになった。
『政府』という鎖の消えた大日本帝国は、1937年より発生した盧溝橋事件を筆頭とした事件を口実に中華民国との全面戦争に突入。初期は帝国軍が優勢であり快進撃を続けるものの、脆弱な兵站システムにより膠着状態となった。一時はドイツや英国による工作で和平への道も模索されるが、最終的には決裂。軍部は最大の難点であった『援蒋ルート』と呼ばれる米英仏による対中国支援ルートであった。中立国を経由している為、封鎖や攻撃は出来ず手が出せない状況が続いたが、ヨーロッパで始まった第二次世界大戦により、ドイツがフランスを占領。援蒋ルートの一つである仏印ルートの封鎖に動いた。
同時期に日独伊三国同盟を結ぶが、これらは日米関係を非常に悪化させた。1921年に結ばれた四か国条約が示す様に、アメリカは太平洋の王でありたいのだ。自国の太平洋上での優勢と、権益を守る為にも太平洋の領土変更は何が何でも避けたかったのである。禁輸政策による兵糧攻めを加速させ、日中戦争の継続ばかりか国そのものの運営にも深刻な影響を及ぼすに至った。1941年より本格的な交渉に入るが、同年七月に南部インドシナまで進駐した事でアメリカは自国の要望を無視したと判断。日本に対しての石油輸出を停止した。
最終的には『ハル・ノート』という提案という名の植民地支配への同意書を提示してきた為、軍部は開戦を決意。1941年12月8日、大日本帝国海軍はハワイ真珠湾への攻撃を敢行。同日、マレーシアにも侵攻し瞬く間に制圧。数ヶ月後には『東洋のジブラルタル』の名を持つシンガポールをも手中に収めた。その後も連勝を重ね、フィリピンの占領や英国最新鋭戦艦の撃沈といった核確たる戦果を上げた。しかし1942年6月5日のミッドウェー海戦に於いて、最強無敵を誇った第一航空戦隊、第二航空戦隊という戦力を一気に喪失。更にはソロモン海戦とガダルカナル島撤退により、初戦の連戦連勝のが齎した恩恵は消え去り、明らかなら劣勢へと切り替わる。1944年には更に戦局は悪化の一途を辿り、トラック島の航空基地は壊滅。インパール作戦は大失敗という言葉ですら生温い程の大敗を喫し、枢軸国の劣勢は確実な物となった。
この話は、絶望的な戦局に一筋の希望を見出し、それに賭けた男達と、大日本帝国最後にして最大の栄光のお話である。
1944年2月某日 大本営
「故に我々は陸軍の意見に反対である!!」
「うるさい!そういうお前らこそ、この意見はなぁ!」
この日もいつもの様に、会議という名の喧嘩だけで終わると思われていた。書紀役の士官もゲンナリとしていたし、一部の人間はこれが無意味な事だとも思っていた。だって会議と言いながら、延々と相手の意見に反対するだけなのだから。
だが今日、この日より歴史の歯車は動き出す。
「うるせぇんだよアホどもが!!!!!!!」
議場に議場らしからぬ怒鳴り声が響いた。誰もがその声の方を向くと、太刀を二本携えた一人の初老の男がいた。この男こそ、本編の主人公である神谷浩三のご先祖にして、幽霊として初登場を果たした神谷倉吉である。
「さっきから聞いてりゃ、なんだそのくだらん話は!!!!今やるべき事はなんだ!?相手の意見を潰す事か!?違うだろう!!!!今すべきこと、成さねばならんのは米軍をどうやってアジアから叩き出すかだろうが!!!!」
「神谷!少し黙らんか!!!!」
「テメェが黙ってろ!!!!いいか、序列だ何だ言うくらいなら掛かってこい。俺を黙らせたければ、力で黙らせろ。だがもし掛かってくるのなら、死ぬ覚悟はしておけ」
そう言いながら、神谷は二本の刀を少しだけ抜いて脅した。勿論、この刀は今は神谷浩三の愛刀である天夜叉神断丸と獄焔鬼皇である。
「なら神谷くん、君ならどうするんだ?」
恰幅の良い髭を生やした強面の陸軍将校が聞いてきた。陸軍きっての名将の一人、今村均である。
「その前にまず、今の我が祖国の現状を整理しましょう。今帝国は太平洋の他、ビルマと中国でも戦線を持ってる。そして恐らく、ドイツが降伏すれば満州あたりも食われてしまう。ならまずすべきなのは、一番の大飯ぐらい、もとい兵士ぐらいである中国戦線を終わらせる事である。ここには130万人以上の兵力がいるから、これを早いとこ終わらせられれば兵力を他に回せる上に、兵士を戦場で鍛える事もできる。しかも中国の沿岸を抑えれば、ビルマへの補給問題も解決するでしょう。
次にビルマ戦線だが、もうこれは中止する。あの牟田口とかいう奴が指導してるが、あれはもう戦争云々以前の問題だ。補給を端から考慮に入れてない。敵を倒せば物資が手に入るとか言ってるが、武器弾薬がないのにどう戦えっていうんだ?銃やら戦車やら持った相手に、素手で戦えとか?無理でしょ」
「しかし、7年かけても突破できなかった中国戦線をどう突破するのだ?」
永野修身元帥がそう聞いてきた。確かに中国戦線は7年もの歳月を掛けても、ずっと突破できず殆ど戦線にも動きがない。
「簡単です。絶対国防圏を縮小し、浮いた兵を中国戦線に回す。更に本土からも引き抜き、50万の兵を抽出すれば勝てる筈だ。あの工業力がぶっ飛んだアメリカとて、流石にいきなり本土に攻める事は出来ない。まずはこの間の大陸打通作戦*1時に生まれた包囲を崩し、北京の包囲も崩す。ついでに海軍で東シナ海を封鎖してしまえば、なし崩し的に戦線は崩壊します」
「我々としては、神谷大将の意見に反対である」
「私も同じ意見だ」
今度は寺内寿一と黒島亀人が反対してきた。曰く寺内の方は「インパール作戦はまだ失敗と決まっていない」らしく、黒島としては「日本民族が一丸となり、敵に突撃すれば勝てる」らしい。馬鹿としか言いようがない。
「まずインパール作戦だが、確かにありゃ失敗なんて物じゃない。聞くが、前線の兵士がどんな状況か知ってるのか?戦死者の殆どが敵との戦闘ではなく、飢えと病によるものだそうだ。しかも食い物が無いから、死んだ奴や死にかけの奴の肉を食らう。かたや後方の司令部じゃ、女を囲って戦局が不味くなると逃げる。これを失敗と言わないのなら、今すぐ前線に行って苦しんでこい!!!!
それから敵に突撃だが、アホか。相手は戦車や機関銃で武装してるんだ。そんな相手にどうやって突撃する?」
「それに関しては航空機を使う。ゼロ戦に爆弾をつけて飛ばせばいい」
「馬鹿!!そんなの行く途中で相手の電探に捕まって、迎撃のグラマンに蜂の巣にされて死ぬだけだ。そんなの人員と物資の無駄でしかない。というか航空機で思い出したが、そもそも何で兵器のデータを共有しないんだ?まさかと思うがアンタらは、プライドで国家を滅ぼすつもりなのか?もし今の状況を、未来の子孫達が見たらどう思うんだろうな。きっと情けなくて泣かれて、恨まれるだろうよ。そんな事をしなければ、ウチの国はもっと豊かになったのにとかってな。
さぁ、決断しろ!!!!くだらないプライドで全てを無に返すか、それともプライドを捨ててでもこの国を生かすか。選べ!!!!」
殆どの人間がこれで黙ったが、何人かは反論しようとした。そこで「もしここで無に返す決断をした奴は、逆賊として斬る!」と刀を二本とも完全に抜いたら黙った。
作戦は認可され、更に昭和天皇の尽力により大本営に新たな役職として『大本営総長』が設置され、そのポストに神谷が座った。
「今回の一件、感謝いたします。陛下」
『倉吉くん、君にならこの国を託せられる。どうか、この国を救ってくれ』
大本営での会議の後、神谷は皇居へと電話した。相手は昭和天皇。今回のは全て、神谷が事前に天皇の認可を持って行った事なのだ。流石に高級将校とは言えど、議場で刀抜いて振り回すと色々不味い。
しかし今回ばかりは天皇陛下の太鼓判が付いての行為であった為、特に大きな事にはならずに一応スムーズに事を運べた。
「分かっています。私は常に、この国の為でも国民の為でもなく、未来の為に戦ってきました。この国が未来永劫、栄光ある国家である為に力を尽くします」
『よろしく頼む』
「さぁ。歴史の変革を始めようか」
——歴史の歯車は動き出す。1944年6月、八個戦車師団、数千機の航空機、50万人の兵力が一斉に中国への攻勢を開始した。大陸打通作戦を受けた中国側は、今年中に大規模攻勢は無いと判断していたが為に幹部は大混乱。現場も初動対応に遅れてしまい、想定より早くの侵攻を可能とした。
脱出を試みる中国軍が港に押し寄せるが、大和と武蔵を筆頭とした聨合艦隊による艦砲射撃に晒され、忽ち全滅。港湾機能も破壊した。わずか一ヶ月足らずで100万人以上の戦死者を出した中国軍はずるずると後退していった。これを受け日本軍は残存部隊を簡単に殲滅した後、速やかに転進。北京などの華北方面奪還を狙う中国軍主力との戦闘に移った。この頃には中国軍でも内部分裂が発生し、内と外の攻撃に晒される事になる。というのも中国軍は中国国民党と中国共産党という二つの対極に位置する党の軍で構成されており、今は日本という敵がいるので協力しているに過ぎない。だがその日本が余りに強すぎて敗退に敗退を重ねた結果、内部でのイザコザやストレス発散の照準が向いてしまい、中国軍、というより抗日民族統一戦線は瓦解。更には各地の軍閥までもが蜂起し、遂には
中華民国としても各地の軍閥や共産党と日本軍を同時に相手取る事は出来ず、日本との和平交渉に入った。下関での和平交渉では満州と蒙古国の承認、今後の連合国からの宣戦布告に備えて沿岸部や軍事上重要地域に関しては日本の軍政下に入る事が決まった。
「取り敢えず、中国は片付いたな」
「失礼致します!総長殿、硫黄島に米軍が現れました!!」
「規模は?」
「10万人は超えているとのこと!」
この報告に神谷は絶望に顔を.......染めるどころか笑ったのだ。これには報告に来た士官も「まさか、可笑しくなられたのか?」と思ったという。
神谷は落ち着いて、一言こう命じた。すぐにあの人に連絡を取ってくれと。
数日後 USS『Washington』 艦橋
「それにしても、最近の日本軍の攻撃には肝を冷やす」
「ジャップは新型機で、我々の輸送船と空母を破壊して回ってますからな」
レイモンド・スプルーアンスとワシントンの艦長は、朝食ついでに愚痴を言い合っていた。硫黄島の攻略が始まってから、大本営は千葉県香取航空基地の第六○一海軍航空隊を筆頭とした精鋭本土航空隊による航空攻撃を敢行。彗星一二甲型、零戦五二丙型や史実では試作に終わった天山一三型も投入された。これに加えて新鋭機の銀河一一型と幻の戦闘機、烈風の先行量産型が投入されている。
更にこれに呼応して陸軍からも四式重爆撃機「飛龍」と四式戦闘機「疾風」が投入され、硫黄島の援護に入った。
「失礼致します!サラトガの定時哨戒機が、日本の聨合艦隊を捕捉しました!!!!」
「何だと!?」
「例の超大型戦艦二隻の他、ナガトや新鋭空母も確認されています!!」
「た、直ちに迎撃態勢に移れ!!」
——この日、アメリカは敗北した。史実でもアメリカ海兵隊史上、最も地獄の戦いの一つにも数えられる硫黄島を巡る戦い。この世界に於いては絶対国防圏の縮小によって出来た余剰物資と兵力を投入し、史実以上の堅固な要塞になっていた。島中に張り巡らされた地下壕と摺鉢山の砲撃陣地は、米海兵隊を完膚なきまでに叩きのめした。
そして米軍が別の手を模索しだしたその時、聨合艦隊が硫黄島近海に到達。艦隊決戦へと移行した。上陸支援を念頭に置いていた米海軍は砲弾の比率は榴弾が高く、空母も魚雷ではなく爆弾を多く搭載していたのも災いし効果的な攻撃が出来なかった。一方の聨合艦隊は戦艦『大和』と『武蔵』を筆頭とした戦艦と、新鋭装甲空母『大鳳』と開戦初期より活躍してきた『翔鶴』『瑞鶴』からなる第一航空戦隊を筆頭に、天城型空母の面々も加わっており、パイロット達も新兵も多分に含まれるがベテランも多く在籍していた。さらにこの戦いの指揮はブーゲンビル島にて亡くなっていた筈の山本五十六が担当しており、航空機と戦艦を巧みに活用した戦法により、上陸護衛部隊の戦艦三隻を見事撃沈。硫黄島近海の制海権の奪取に成功した。
上陸した海兵隊は次々に降伏し、守備隊の日本兵達は歓喜の声を上げた。
「さぁ、もっと戦火を広げよう。次はインドだ」
——第二次インパール作戦は1944年12月より開始された。牟田口、河辺司令官を逮捕、更迭し、中国戦線を戦い抜いた精鋭達の投入、中国を経由した補給路の確保、さらにこれまでの主力戦車だった九七式中戦車チハから最新の五式中戦車チトに主力戦車が変更され、瞬く間に各地を解放していった。
中国での山脈踏破経験を持つ兵士達は起伏の激しい山々を突破し、チトを主力に置いた新鋭機甲師団は開戦時のマレー侵攻を再現するかのような大進撃を行った。これにはインドを守備していたイギリス兵達にとっての悪夢となり、敵前逃亡まで出ていたという。これに加えて独立家ネルー率いる反乱軍も攻勢に参加し、各地で蜂起。日本軍とも道案内や物資の運搬等で協力し、インド各地には日の丸が翻った。
1945年3月10日 大本営 総長執務室
「インド方面も安定しましたね」
「山下さんが指揮を取ってるんだ。そりゃあ勝てるよ」
「お次はどの様な作戦を?」
「次はスエズ運河を取るつもりだ。そしてハワイ、アラスカを取って、最後は本土に。これでアメリカの世論を、一気に講和へと向かせる」
部下の士官と話していた時、突如空襲警報が鳴り響いた。すぐに他の士官が入ってきて、大声を張り上げてこう言った。
「米爆撃機の大編隊が、帝都上空に来襲!!総数1000に到達する勢いです!!!!」
「すぐに迎撃を!!!!」
「もう既に航空隊が向かいましたが、確実に帝都への被害が」
「とにかく今は迎撃と、国民と関係ない奴の避難に全力を注げ!!俺も地下指令室で指揮を取る!!」
史実でもあった東京大空襲は、更に強化された形で起こってしまった。史実では325機、三個爆撃航空団が飛来したのだが、今回はそのおよそ3倍、十個爆撃航空団が飛来した。
無論、近辺の陸海軍航空隊から迎撃機が上がったが十個爆撃航空団+護衛戦闘機隊相手では焼け石に水であり、殆ど意味をなさなかった。翌朝まで続いた爆撃は東京の殆どを瓦礫と死体の山に変えた。
「.......」
「これはひどい.......」
翌朝、指令室から外を見に出た神谷と部下の士官。目の前に広がる光景は地獄そのものであった。黒焦げになった死体が溢れ返り、人の焼けた臭いと瓦礫の山から発せられる焦げた臭いが合わさって、これまで嗅いだことのない臭いに包まれていた。
「.......虐殺だ」
「は?」
「コイツはもう、戦争なんかじゃない。虐殺だ。今の戦争は確かに国家総動員法とかで国民全員が戦争に協力しているが、これは明らかな国際法違反だ。こうなったら、作戦を大幅に加筆する必要がありそうだな」
「何をするおつもりですか?」
「なーに。アメリカの畜生共に、戦闘民族たる侍を敵に回したらどうなるのか、その身に刻んでやるだけよ」
この時の神谷の顔は、とにかく怖かった。笑みが鬼のそれであり、近くにいた子供は泣き叫び、大人達も目を背ける程だったという。
そしてこの一ヶ月後、山下将軍指揮の元、スエズ運河占領作戦が展開され大西洋側からのインド洋方面への最短航路を封鎖。同時に大量生産に漕ぎ着けた伊400型潜水艦を喜望峰沖に展開し、大西洋からの東回り航路によるインド洋、太平洋への航路を完全に遮断した。
1946年12月31日 ハワイ
『諸君。いよいよ、最後の戦いの日はやってきた』
この日、神谷の姿は再度占領したハワイにあった。スエズ運河を奪取した後、聨合艦隊はハワイ占領に動き出し再度占領に成功。そこに新型爆撃機である富嶽を派遣し、米本土空襲を敢行。西海岸の軍事施設を破壊した。
更にアラスカのアンカレッジも占領し、こちらにも航空基地と軍港を整備。着々と米本土への大規模侵攻を準備してきた。その結果、日本軍の艦載機には史実では烈風性能向上型として計画されていた、烈風二一型を主力戦闘機として、爆撃機と攻撃機には流星改に更新された。更に正規空母クラスにおいては、菊花と景雲改が搭載されている。
基地航空隊には海軍から銀河、連山、震電、陣風、烈風、零戦、紫電改、彗星、天山。陸軍から疾風、隼、五式戦闘機、キ102、キ106、キ108と言った名だたる航空機達が集結している。
陸上部隊には戦車がドイツのティーガーIIとE75をそれぞれ元に作られた六式重戦車と七式重戦車に更新され、歩兵装備にも四式自動小銃が一部で導入されている。
『これより我々はアメリカ本土、西海岸への大規模攻勢を仕掛ける。これは米英合同で行われたノルマンディー上陸作戦を超える、史上最大の上陸作戦となるだろう。だが恐れることはない!俺達は首都を焼き払われ、新型爆弾で広島と長崎は消滅し、他の各都市でも空襲に晒されてきた。友達も、仲間も、家族や恋人も、俺達は失った。
だがしかし!!我々の闘志に揺らぎはない!!!!無論精神論で戦争には勝てない。相手は銃に戦車だ。精神力で防げるなら、こんなにも犠牲は出ちゃいない。だが精神的に強くなければ、勝てる戦にも勝てない。どんな状況で決して諦めるな。常に大和民族としての誇りを胸に、最後の最後の瞬間で生きて生きて、生き抜いて敵兵を一人でも多く殺せ!!!!さぁ、最後の戦争を始めよう!!!!!!!』
——1946年1月1日。大日本帝国陸海軍は、その全力を持って米本土侵攻を開始した。まず富嶽爆撃隊による西海岸の軍事施設に対する本土空襲を持って、その号砲とした。時を同じくして聨合艦隊旗艦『武蔵』が、全艦を率いて西海岸沿岸に展開する米本土艦隊への攻撃を開始。開戦当時、最強無敵と恐れられた一航戦と二航戦に匹敵する練度となった新鋭一航戦、二航戦を主軸とした艦載航空機隊とアラスカ各地の基地航空隊による航空攻撃が連続して行われた。
三回に渡る空からの攻撃で米艦隊は空母三隻、重巡六隻、軽巡十二隻、駆逐艦十八隻を撃沈した。そして四回目の攻撃で遂に、武蔵率いる聨合艦隊が双方の射程圏内に到達。最初で最後の戦艦同士による艦隊決戦が始まった。この海戦が最終決戦になると踏み、基地航空隊の残存機全てと艦載機全機を発艦させてこれを援護。艦隊同士の撃ち合いでは、戦艦『武蔵』と同じく戦艦として建造された妹の『尾張』が猛威を振るった。帝国海軍も大鳳、天城、長門を筆頭とした多数の艦船を失うも、米本土防衛艦隊を殲滅。上陸地への道を切り拓いた。
この海戦の直後、上陸部隊は西海岸へと殺到。これ程までの上陸を予想しておらず、そもそも本土が攻撃に晒されるとは思っていなかった米軍は次々に敗走。予定よりも早く港を確保した。そのままの勢いで進撃するかと思われたが、ロッキー山脈が立ちはだかり進軍速度は低下。各地で現れる州兵と、体勢を立て直した米軍本隊との大規模な戦闘に入った。
数週間後 大西洋沿岸 戦艦『大和』艦上
「奴らは今、西に気を取られて東側の部隊も回してる。今こそ攻めどきだ。艦長、進路をワシントンへ。ポトマック川を遡上するぞ」
「了解です。進路、310!!!」
この大規模作戦に際して、神谷は決死隊を率いてある場所を目指していた。ワシントンD.C.。つまり、アメリカの首都である。ここを落とせば、世論は確実に日本との講和へと移る。そればかりか伝説として、未来永劫アメリカの国民に「日本だけは敵に回してはいけない」と遺伝子レベルで刻み込むことが出来る。
その尊い犠牲となる日本の象徴たる大和と、志願した上陸決死部隊と乗組員と共にワシントンを目指していた。陣頭指揮は、神谷倉吉が取ることになっている。
「まもなくチェサピーク湾!」
「機関出力一杯!!釜が壊れたって構わん!!!!何が何でもワシントンに決死隊を送り届けろ!!!!!!!」
この任務に志願した乗組員は全員、超大ベテランの老兵達。日本海海戦で戦った者もゴロゴロいる。あの地獄に比べれば、この程度の任務、屁でもない。
対岸からの砲撃と航空機の空襲に晒されるが、そこは世界最強クラスの防御力を持つ大和。その攻撃をモノともせずに無事、ポトマック川へ突入。ワシントンに迫った。そしてワシントン近くに到達した時、突撃命令が出た。
「行くぞーーー!!!!!!!」
馬に跨った特別決死隊、総勢300名がワシントン目指してひたすらに駆ける。その姿はまるで、戦国時代の武者達のよう。走ってくるだけで全てを威圧するかのような光景に、米兵達も溜まらず道を開ける。
「進め進め進め!!!!!目指すはワシントン、ホワイトハウス!!!!トルーマンを捕まえろ!!!!!」
騎馬隊はその数を減らしつつも、ワシントン市街地へと突入。途中、大和の支援砲撃を受けつつホワイトハウスへと突入。中にいる警備兵達を殺して周り、遂にトルーマンを見つけた。
「サムライ.......」
「アメリカ合衆国、第33代大統領。ハリー・S・トルーマンだな?」
「そうだ」
「私は大日本帝国大本営総長、神谷倉吉。ここまで私達は何方も、流さなくていい若者の血を流してきた。そればかりか貴国は無実の臣民をも虐殺し、戦争を続けた。だからもう、終わりにしないか?」
トルーマンは驚いた。まさか目の前の男は、態々その為だけにここに来たのかと思ったからだ。まあ実際、殆どその為である。
「今、西海岸は着々と我々が占拠している。これ以上の戦禍の拡大は我々の本意ではない。そもそも開戦の理由だって、アメリカが植民地支配をしたいという強欲によって我々の国を無意味に刺激し、我々の国を滅ぼそうとしたからに過ぎない。降りかかる火の粉を払った単なる正当防衛、と思っている。戦争しちまった時点で良いも悪いも、正義もへったくれも無いがな。
俺達の目的は戦争を終わらせて、子孫達に未来を渡す事。それだけだ。さぁ、停戦指示を出してくれ」
「.......わかった」
——1946年1月28日、アメリカ大統領のハリー・S・トルーマン神谷倉吉は全軍に両軍との停戦命令を指示した。西海岸を制圧され、首都にも攻撃を仕掛けられて、アメリカの中心たるホワイトハウスに日本兵がやってきたという事実は、世論を徹底抗戦から講和に切り替えるには十分すぎる衝撃だった。
約半年に渡って繰り広げられたアメリカとの講和交渉は最終的に、日独伊三国同盟の破棄とアメリカ西海岸とアラスカの返還、そしてハワイの独立で手打ちとなった。同年8月15日に講和条約が締結されたことで、日中戦争から数えると15年にも渡って続けられた大東亜戦争は終結した。
最後に戦後社会について、軽く説明しておこう。各アジア諸国は独立が認められ、大東亜政略指導大綱は前近代的欧米主義とされて白紙撤回されたことにより、インドネシアなどの永久確保地域に指定された国家達も独立。戦後約20年程度は各国に日本軍が常駐したが、軍が完全に育ってくると撤退。以降は良好で対等な関係を築き、様々な場面でお互いを尊重し合って行くことになる。満州国と蒙古国も前近代的欧米主義との批判を受け、中華民国に返還。しかし毛沢東率いる共産主義者による反乱で、現在と同じように中華人民共和国になってしまう。旧連合国との関係はやはり芳しくはなかったが、東西冷戦が始まるとそうも言ってられず、日本が西側へと加入した事で関係は回復している。
そして日本国内でも、様々な事が改革されていった。まず軍部大臣現役武官制などの日本が暴走するに至った様々な要因の排除に動くべく、憲法自体を改正することとなった。国名も帝国から皇国に代わり、憲法も大日本帝国憲法から大日本皇国憲法へと変わった。この憲法では現実の日本国憲法同様の基本的人権の尊重、平和主義、言論の自由等が記載されている。但し9条のような軍隊や交戦権の否定は存在せず、必要あらば戦争は可能となっている。この戦争において、日本は200万人が戦死し、世界では4500万人以上の人間が亡くなった。この尊い犠牲を胸に、日本人はその後も歩み続ける。これまでも、これからも。
そしてこれより一世紀と少し後、日本は異世界に転移して、かつて日本軍を改革しワシントンに攻め込んだ神谷倉吉の子孫が、今度は異世界を股に掛け、あちこちで戦争する事になるとはまだ誰も知らない。
1931年9月18日 満州事変発生
1932年3月1日 満州国建国
5月15日 五・一五事件発生
1933年3月27日 国際連盟脱退
1936年2月26日 二・二六事件発生
5月18日 軍部大臣現役武官制復活
1937年7月7日 盧溝橋事件発生(日中戦争
勃発)
1939年9月1日 ナチス・ドイツ、ポーラン
ドへ侵攻(第二次世界大戦
勃発)
1940年9月27日 日独伊三国同盟成立
1941年春 日米交渉開始
7月28日 日本軍、南部仏印進駐
8月1日 アメリカ、石油禁輸措置等によ
る日本への経済制裁開始
11月26日 アメリカ、ハル・ノート提示
12月8日 日本軍、ハワイ真珠湾への奇
襲攻撃、マレー半島へ侵攻開
始(大東亜戦争勃発)
12月10日 マレー沖海戦発生
1942年2月8日 シンガポール上陸
2月14日 インドネシア、パレンバン
占領
3月8日 ビルマ占領
4月18日 ドーリットル空襲
5月7日〜8日 珊瑚海海戦発生
6月5日〜7日 ミッドウェー沖開戦発生
8月8日 第一次ソロモン海戦発生
8月24日 第二次ソロモン開戦発生
11月12日 第三次ソロモン海戦発生
1943年2月1日 ガダルカナル島より撤退
4月17日 大陸打通作戦開始
5月12日 アッツ島守備隊壊滅
12月5日 マーシャル諸島沖航空戦発生
12月10日 大陸打通作戦終了
1944年2月6日 クェゼリン島守備隊壊滅
2月17日 トラック島空襲
2月22日 エニウェトク環礁守備隊壊滅
3月8日 第一次インパール作戦開始
6月1日 神谷倉吉大将、大本営掌握
陸海軍協力体制構築を宣言
6月13日 第一次インパール作戦中止
6月15日 アメリカ、サイパン島へ上陸
6月16日 八幡空襲発生
6月27日 歯車作戦開始。中国軍、戦線
後退
7月1日 絶対国防圏の縮小を発表
8月22日 対馬丸事件発生
8月31日 中華民国、降伏(日中戦争終
戦)
9月1日 アメリカ、硫黄島への上陸
開始
9月2日 日本軍、硫黄島上陸援護艦隊
への攻撃開始
9月5日 聨合艦隊、硫黄島へ到達。硫
黄島冲海戦発生
12月3日 第二次インパール作戦開始
1945年3月10日 東京大空襲
3月12日 名古屋大空襲
3月14日 大阪大空襲
4月12日 ルーズベルト大統領死亡。
トルーマン政権へ
4月13日 城北大空襲
4月15日 川崎大空襲
4月18日 日本軍、スエズ運河占領
5月29日 横浜大空襲
5月31日 台北大空襲
6月17日 鹿児島大空襲
6月19〜20日 福岡大空襲、静岡大空襲
6月28〜29日 佐世保大空襲
7月4日 徳島大空襲、高松大空襲
7月9〜10日 和歌山大空襲
7月16日 アメリカ、トリニティ実験
成功。原子爆弾完成
日本軍、震電、秋水、
菊花を実戦投入
8月6日 アメリカ、広島に原爆投下
8月9日 アメリカ、長崎に原爆投下
8月10日 日本軍、ハワイ再占領
9月14日 日本軍、米本土空襲
10月22日 日本軍、アンカレッジ
占領
11月5日 日本軍、本土空襲目論む
爆撃機編隊を初めて殲滅
1946年1月1日 日本軍、米本土上陸作戦
発動。
1月3日 第一次ロサンゼルス沖
海戦発生
1月5日 第二次ロサンゼルス沖
海戦発生
1月7日 第三次ロサンゼルス沖
海戦発生
1月8日 日本軍、アメリカ西海岸
への上陸開始
1月26日 戦艦『大和』、ポトマック川
へ突入開始
1月27日 神谷倉吉以下、特別決死隊
300名ワシントンD.C.へ
突撃敢行
戦艦『大和』、市街地へ
砲撃開始
1月28日 日本軍、連合軍、両軍へ
停戦命令発令
5月7日 ナチス・ドイツ、降伏
8月15日 日本、連合国、講和条約成立
第二次世界大戦、終戦
11月3日 大日本皇国憲法、発布
1947年5月3日 大日本皇国憲法、施行
国名も大日本帝国より
大日本皇国へと移行
2052年5月13日 東亜事変発生
2056年5月19日 日本列島及び、皇国の主権が
及ぶ島々が太平洋上より
忽然と姿を消す。
大日本皇国、異世界へ転移