◆生島花奈
「こっちのルートにするか、スピードが出るしな。でもこっちのルートのほうがコーナー多くて攻められるしな」
花奈は布団に寝転がりながらスマホをいじり、地図アプリを開きながらああでもないこうでもないと呟きながら操作する。
華乃と約束を取り付けた後に気付いたのは走行ルートの選択だ。暴走の時はヤジが、1人や仲間とのプライベートでの走りはその場の流れで走っている。いつものようにその時の気分で走ってもバイクの楽しさは伝わるとは思っている。
だが今回は万全を尽くす。よりエキサイティングでスリリングな体験をさせバイクの楽しさを教えてチームに入れる。
華乃は最初の頃は付き纏いうざったい奴だが、今では気が合うし友達だと思っている。一緒に駄弁ったりする今も楽しいが、チームに入ってもらえればもっと楽しくなるはずだ。自分が楽しいものを一緒に共有して楽しんでもらいたい。
今まではチームに入るように勧誘してきたが幾度も断れたので方針を変える。まずはバイクの楽しさを教え、そこからチームに入ってもらう。
ヤジから教えてもらった。最初は断られそうな高い要求を突きつけ、そこから低い要求で妥協したと見せかけるという手法、今回は最初にチームに入ろうと誘い、断れたらバイクに一緒に乗ろうと誘おうと機会を窺っていたら、意外にも華乃の方から話を振ってきた。
自分が教えればどんな素人でもバイクを乗りこなせるようになるので、其々が単車に乗って走ると思ったが2人乗りは全く頭になかった。とにかく2人乗りで運転しないにせよ華乃からバイクに乗ると提案してきた。少なからず興味があるという事だ。
世の中にはバイクで走る楽しさを理解しない可哀そうな奴がいる。そういう奴らをいくら勧誘しても興味を持たないのは実体験で知っている。そして華乃は可哀そうな奴らではないと一目で分かったので、何度もチームに入ってバイクで走ろうと誘ったのだ。
花奈は地図アプリを見ながら今回のルートを作っては消してを繰り返す。いかに相手を喜ばせ楽しませるかに頭を悩ませる。まるでデートプランを考える男のようだ。今の自分の状況に思わず苦笑、こんな事で頭を悩むなんて今までの人生で全くなかった。
「よし、出来た」
1時間後、華乃とのドライブのルート作りが完成する。疲れる作業から解放されたとスマホを手放し、掛布団をかけ寝る準備に入る。だがすぐに体を起こす。
頭で考えるのと実際に走るのでは違う。一応は下見がてら走っておいたほうがいいだろう。部屋から出てバイクを置いている駐輪場に向かった。
♢細波華乃
最近のコンビニは立ち読みできないようにテープを張っている店もあるが、だが集合場所に指定したこのコンビニは一切しないのでありがたい。立ち読みしながら集合時間まで時間を潰そう。
華乃は立ち読みしながらスノーホワイトについて考える。今頃パトロールをしているはずだ。魔法少女としての仕事をさぼり友達と遊んでいる。別にパトロールは義務でもなくスノーホワイトもサボったからと言って怒るわけでもないが罪悪感が芽生えている。これも清く正しい魔法少女になっているという証だろうか。
これは遊びでもあるが、友人の夫を救ってくれたもう1人の友人に対するお礼でもある。お礼するのも魔法少女として間違ってはいないだろうと自己正当化しておく。
店の時計を見ると集合時間の23時に迫っていた。雑誌を棚にしまい外に出ると見覚えのあるバイクが近づいてくる。聞き覚えのあるエンジン音に見覚えのあるフォルムだ。
「特攻服じゃないんだ」
華乃は思った言葉をそのまま口にする。普通のシャツに短パンという今までと変わらない格好だ。今回はバイクで走るというのが主目的なので特攻服でも着てくると何となく思っていただけに意外だった。
「
花奈は呆れ気味で答える。言われてみればそうだ、特攻服は華乃の基準からしてダサいので一緒に走るのは少し恥ずかしいと思っていたのでありがたかった。
「じゃあ行くぞ、ほれ」
花奈はシートの中からヘルメットを取り出し投げ渡す。それを受け取り装着して花奈の後ろに座って腹に手を回す。だが力が弱かったのか『遠慮すんな、それじゃあ振り落とされるぞ』と言われたので全力に近い力で手を回す。
「ヘルメットかぶらないの?」
「つけねえよ。重いし視界が狭まるし風も感じられねえ、そもそも
そういうものなのか?だが帝都リベンジャーズのキャラはバイクで走る時はヘルメットをつけていない。情報源が漫画だから真偽は定かではないがそうなのかもしれない。
ということはこのヘルメットはわざわざ用意してくれたという事だ。花奈のポリシーだったら自分用のヘルメットを持っているわけが無い。
性格からして絶対に事故らないから必要ないと言いそうだが、自分に気遣ってくれたのだろう。
「よし、
花奈は掛け声とともにアクセルを回し出発する。予想以上の急発進だったので自然に手に回す力がこもる。2人でのドライブが始まった。
コースはN市周辺の国道を走り、深夜帯もあってか交通量も意外に少なく、信号にも全く引っかからなかったので、ほぼ止まらずに走り続ける。
道中では曲がり角では車体をギリギリまで傾けて曲がりガードレールにあと数センチで接触するぐらいコーナーを攻め、突如ウィリーで走ったりしていた。普通のドライブとは思えない危険な運転の連続、恐らく此方を怖がらせようとしているのだろう。だが華乃は花奈の思惑とは裏腹に全く恐怖を抱かなかった。
一見すれば危険な運転だが花奈にとっては余程の事がない限り操作ミスや事故を引き起こさない。限りなく安全運転である。華乃はバイクについては全く知識がない素人だが不思議とそう思えた。
普通の人の危険運転が花奈にとっては安全運転、それは花奈が卓越した運転技術を持っているからであると肌で感じ取っていた。
花奈はいつも通りか知らないがテンションが高く常に笑っていた。その笑顔に釣られるように華乃の口角も自然に上がる。今日は友達付き合いという意味が強く、ドライブという行為が楽しいかは疑問だったが予想以上に楽しい。
高速で流れる風景や、肌で感じる風の強さなどが心を高揚させる。それは花奈と一緒に走っているからだろう、別の人と走ってもこうはならない。心から楽しむ姿は他人にその感情を伝播させる。
もっと楽しみたい、もっと刺激が欲しい、華乃の想いに応えるように花奈はアクセルを回しスピードを上げる。
恐らく法定速度は軽く超えている。普段なら注意するだろうが、今は花奈の運転技術なら突発的なアクシデントも回避し操作ミスもしないので他人に迷惑をかけないから問題ないと思っている。
花奈と一緒に居ると善悪の基準が緩くなっていくような気がする。スノーホワイトなら注意する事でも黙認している。でも不思議と悪い気はしない。
「はい」
「サンキュー」
華乃は花奈に缶ジュースを投げ渡す。あれから2時間程度N市周辺を走り、船賀山の頂上に着くとバイクを停め休憩となる。
2人はベンチに座り麓を見下ろす。地方の一都市であれば深夜でも電気がついている建物は少なく、都心のように深夜でも光が煌々とついている煌びやかな夜景とはいかない。だがこれはこれで悪くはない。お互いジュースを飲みながら無言で夜景を眺める。言葉を交わさないが気まずさはない。
「この後は?」
「一通りは走ったからこのまま帰ってもいいし、もう暫く走ってもいい。華乃次第だな」
花奈はいつの間にかタバコを吸っていて煙を吐き出しながら質問に答える。それなりに楽しみもう少し一緒に走りたいという気持ちもなくもないが生活リズムを崩したくなく、明日も学校なのでそこまで夜更かしは出来ない。
「それで楽しかっただろ?」
「思った以上には、何で分かるの?」
「顔を見れば分かる」
華乃は思わずスマホを鏡代わりにして顔を確認する。液晶に写るのはいつもの顔だ、ニヤついたりなど分かりやすいサインは出ていない。
「しかし見込み通り度胸あるな、今日は華乃をビビらせようとほんの少しだけコーナーを攻めたりスピードを出したけど、ワーキャー言わねえのな」
花奈はほんの僅かに不満げに呟く。確かにスリルは有ったが花奈が運転すれば絶対に事故らないと思えた。であれば怖くはない、事故るという生命の危機が迫る可能性があるから恐怖するのだ。それにいざとなれば魔法少女に変身すれば問題ない。何よりもっと恐ろしいドライブにつき合わさられた経験がある。
あれは魔法少女選抜試験前が始まる前だ、N市の魔法少女であるマジカロイド44が友人であるトップスピードにあるアイテムを売った。それはトップスピードが持つ魔法の箒の性能を上げるというものだった。
トップスピードはそれを買うと魔法の箒に装着しN市の夜空を駆けまわる。そして話の流れで同乗したが何としてでも断るべきだった。
トップスピードの魔法の箒は本気を出せばソニックウェイブが発生するほどの速度で飛べる。それがパワーアップしたとなればとんでもない速度が出る。そのパワーアップした魔法の箒で縦横無尽に駆け回った。
そうなればかかるGは凄まじく人間より遥かに頑丈になった魔法少女の体でもきつかった。これは流石にマズいとトップスピードに止まるようにいったが、スピードに魅入られてしまったのか、全く言う事をきかずスピードを上げ続け危険飛行を繰り返す。
振り落とされたら死ぬ。トップスピードが止まるまで必死でしがみついたのは今でも覚えている。あれに比べれば同乗者に気を遣ってくれる花奈は仏のようだ。
「まあ、あれに比べればどうってことない」
「ふ~ん、そうかそうか」
華乃は花奈の顔を見た瞬間に己の失言に気付いた。一見平静を装っているがこめかみに血管が浮いている。
「休憩は終わりだ。今までの
これは会話の選択肢を間違った。素直に怖かったでも言っておけばよかった。これは此方が泣き叫ぶまで2人乗りに付き合わされる。内心で思わず舌打ちした。
◆生島花奈
船賀山はN市周辺においてベスト3に入る高さだ、それもあって走り屋と呼ばれる者達が車やバイクでヒルクライムやダウンヒルをする。
花奈は暴走族であって走り屋ではない、毎日山を走るわけでもないがチームの仲間に誘われたり、地元の走り屋達と交流を深める為に時々走る。そしてこの山においての下り最速は花奈だった。
ライトに照らされる路面の凹凸やギャップを見極めながらラインを決めコーナーを攻める。もし判断を誤れば谷底に落ちるだろう。だがそうしなければ速く走れない。
華乃は友達だし恐怖による上下関係を作るつもりはない。だが舐められるのは許さない。華乃の言葉、あれは自分の走りよりもっと速くてヤバイ走りを体験したので、怖くもなんともないという表情をしていた。
ちょっと手加減してやったら調子に乗りやがって、本気の走りでもう勘弁してくださいと泣かせてやる。気が付けば華乃を後ろに乗せ峠を攻めていた。
先程までの走りは安全マージンをかなり多めにとり、隕石でも落ちてこない限り絶対に相手を傷つけない走りだ。そして今は安全マージンをかなり少なくしている。コーナーを曲がるたびに背筋が凍る。何かしらのアクシデントが起きれば後ろの華乃はもちろん自分も死ぬレベルだ。華乃みたいな素人でも流石にこの走りのヤバさと恐ろしさが分かるだろう。
それから峠を攻め続ける。2人乗りなので流石にコースレコードを切れないが、自分の中でもかなり手応えがある走りだった。
山の入り口に辿り着くとアクセルターンを決めながらバイクを停め後ろを振り返る。落車していないのは腹に伝わる感触で分かる。さて華乃はどんな顔をしているだろうか。
「どうだった?」
「死ぬかと思った……」
華乃は俯きながらボソボソと呟く。一見血の気は失せて若干震えているように見えるが何か嘘くさい。真偽を確かめるようにしゃがみ込み見上げる。
「本当にビビってるか」
「ビビったって。凄い叫んでたでしょ」
「でも小便してねえし」
「友達をそこまで追い込むつもりだったの?そもそもバイクの楽しさを教えるの為に走ってるのにトラウマ植え付けようとしてどうするの」
「あ」
華乃の言葉に己のミスに気付く。今日は華乃にバイクの魅力を伝え、あわよくばチームに参加してもらうのが目的だ。それなのに恐怖を刻み込むような走りをしたらバイクが嫌いになるではないか。
「しまった~!」
花奈の叫び声が辺りに響き渡り、華乃は何してんだと盛大にため息をついた。