◆米田瑠璃
瑠璃は人々が行きかう雑踏の中で立ち止まり深く息を吸い込む。空気が汚い、ここ一週間は人里離れた場所にある森林に行っていた。
そこはすぐにわかる程空気が澄んでいて違いが浮き彫りになる。それに鳥のさえずりしか聞こえなかった森とは違い人が歩く音、人々の喋り声が混じりノイズとなる。だが不思議と心地よい。やはり静かな田舎より地元の都会の方が好きだ。
そのまま人の波に乗るように大通りを歩き目に付いた細い横道を見つけそちらに向かい、周囲を見て誰も居ないのを確認して呟く。
「ラズリーヌモード、オン!変身!」
髪型はエビ茶色で編み込んだり盛ったりと複雑な形をした髪型は黒色で肩に触れない程度の切りそろえた長さになる。服装も高校の制服のようなブレザーから、青色のワンピースに青色のアームカバー、胸元には大ぶりの青い宝石、白のマントを羽織り臀部には白の虎の尻尾がついている。
米田瑠璃は魔法少女ラピス・ラズリーヌに変身する。
ラズリーヌは野良猫と視線が合うと「秘密っすよ」と言いながら唇に人差し指をつけ、階段を上るような軽やかな動作で左右の壁を蹴り雑居ビルの屋上に上がる。
「さあ、サボった分を取り返っすよ」
ラズリーヌは気合いを入れるように頬を叩く。1週間ほど離れていたせいで魔法少女としての活動ができなかった。自分の意志で地元から離れたわけではないがサボっていたのには変わらない。
魔法少女の活動は人助けである。それは家の鍵を探したり自転車のチェーンが嵌めるなどほんの些細な善行が主である。
ラズリーヌはビルの屋上を飛び渡りながら移動する。人助けをするためには困っている人や揉め事が起きている場所を見つけなければならない。大半の魔法少女は揉め事が起きそうな場所や人が多い場所を記憶し、ルートを決めパトロールのように巡回しながら5感を駆使しながら探し見つける。
一方ラズリーヌはルートを特に決めず気が向くままあちらこちらに行く。魔法少女には多かれ少なかれ第六感と呼ばれるような勘がある。そしてラズリーヌは訓練によって普通の魔法少女より優れた勘を備えており、行く先々で困っている人やトラブルを見つけられる。
ラズリーヌは十数秒ほど移動するとふとビルの欄干に乗り立ち止まる。何か街の様子がいつもと違う。不穏な感じだ。
そのまま近辺で一番高いビルに移動し周囲を見渡す。ビルの高さとそして双眼鏡並の魔法少女の視力が合わされれば遠くまで見える。
すると国道を移動するバイクが多いのに気づく、そしてバイクの運転手は特攻服を着ている。背中には百鬼夜行という文字が刺繍されている。
確かゆなっちがデルタっちをナンパした時に出た名前だ、確か百鬼夜行の誰かがゆなっちの彼氏とか言っていた気がする。これは何かあるか何かが起こると勘が告げる。そのままビルから飛び降りて特攻服たちを追跡する。
特攻服達の追跡を開始してから数十分、特攻服達が続々と集結する。そこは確か区画開発に失敗したとかで空き地になっている場所だ、辺りはフェンスと有刺鉄線で囲まれて浮浪者対策をしているようだが、百鬼夜行はそこを勝手にたまり場にしているようだ。ラズリーヌは近場の送電塔の頂上に登り様子を窺う。
驚くのはその数だ、100人は遥かに超え下手したら1000人以上だ。最近はヤンキー漫画が物凄く流行ってヤンキーや暴走族が増えていうとは聞いているがここまで居るのか。
「ん?」
ラズリーヌは目を凝らす。暴走族たちの後ろの数人、周りの様子からしてリーダーとか幹部なのだろう。その横に女の子がいる、その様子からレディースではないのは分かる。その姿形に見覚えがあった。確かめようとされに目を凝らす。
「ゆなっち!?」
思わず声を出してしまう。確かにゆなっちだ、何故ゆなっちがここに居る?しかも表情は暗く沈み恐怖に怯えている。さらに顔には青あざができている。その意味を瞬時に理解する。
手を出したな。反射的に鉄塔を殴る。鉄塔の柱は歪みゴンという鈍い音が当たりに響き、その音を聞いて我に返る。
基本的に魔法少女は些細な善行をするものだ、暴走族を潰すのは些細な善行ではなく、師匠にも大きな揉め事を起すなと言われている。しかし何が起こるか分からないがこのままではゆなっちに良い事は何一つないのは分かる。
どうすべきか?腕を組み今後の行動を考えようとした時に背後からほんの微かなエンジン音が聞こえてくる。まだ集まってくるのか?振り返り目を凝らす。
「ヤジっちにデルタっち!?」
思わぬ光景に声をあげる。百鬼夜行のように特攻服を着た一団が迫っている。その人数は1000人単位ではないが数百人は居る。特攻服には
確か2人は暴走族に入っていると言っていた。そして進行方向は百鬼夜行が居る。これは2人のチームは百鬼夜行に戦いを仕掛けに来ている。
何かが起こっても対応できるようにと送電塔を渡りながら空き地の方に移動する。その間にも百鬼夜行の様子を窺う。
すると百鬼夜行達もエンジン音に気付いて慌ただしくなり。ゆなっちのそばにいるリーダー達も周囲の様子に変化に気付いたようだ。
「百鬼夜行!覚悟しろや!」
数分後、デルタっちの怒号とともにデルタっちのメンバーがたまり場に雪崩れ込み、百鬼夜行のメンバーも応戦する。そこからは映画で見たような大乱戦が始まった。
ぱっと見では百鬼夜行の方が人数は上だが戦況はハイエンプレスが有利だ。まず雑兵と言えるような一般メンバーが1対1であればハイエンプレスのメンバーが勝っている。それよりも突出した4人による力が大きい。
眼鏡をかけた三つ編みの女の子、自転車のチェーンのようなものを鞭のように振り回し相手を切り刻む、随分と物騒な物を使っている。その技術も中々だが特筆すべきなのは相手が魅入られたように棒立ちして回避行動を取っていないことだ。
以前に「相手を釘付けにしちゃうよ」という魔法を使う魔法少女と戦った時に似たような経験をした。魔法じゃないが何かしらの技術で似たような現象を引き起こしているのだろう。因みにその時は目を閉じて聴覚と嗅覚と勘で戦って何とか倒したが普通の人間にそれはできない。
黒髪ポニーテールの女の子、前輪を支点にして後輪をコンパスのように振り回したり、ウイリーで轢いたりとバイクを使って攻撃しているがその運転技術は凄く、道端で見たら拍手喝采で投げ銭しているだろう。
さらにハンドルから手を放し、シートやハンドルを足場にしながら全力で蹴ったり、バイクから飛び蹴りをかまし、その相手を足場にしてバイクに戻るなどしている。魔法少女なら容易いが人間なら不可能なほどの離れ業だ。その2人が百鬼夜行のメンバーを次々と打ちのめす。
そして残り2人はヤジっちとデルタっちだ。2人は一直線にリーダー達がいる場所に向かっていく。
ヤジっちは拳銃を使い向かってくる相手を次々と無力化していく。今の暴走族は拳銃を使うのかとこの国の治安が少し心配になる。
だが国を憂いながらその技術に舌を巻く。全ての弾が当たり相手を無力化していくが、跳弾を利用して1発で複数人を攻撃していく。
さらに地面に当り舞っているコンクリートすら使って跳弾を繰り出す。魔法少女でも練習すればできるだろうが、今すぐやれと言われたら半分ぐらいはできないだろう。初回だけでも魔法少女ができない技を人間ができるというのは相当だ。
ヤジっちの攻撃でも漏れた相手はデルタっちが倒しながら進む。襲い掛かる相手はアクション映画のモブのように吹き飛び宙に舞う。渋谷の時も人間にしては相当強いと思ったがあれでも手加減していたようだ。明らかに人間離れしている。
予想外の襲撃に4人の人間離れした人間の登場に百鬼夜行は混乱しており、リーダー達も慌てふためいている。この機会を逃す手はない。
ラズリーヌはハイエンプレスのメンバーが雪崩れ込んだ場所の反対に移動し一飛びでフェンスを乗り越え空き地に侵入する。
百鬼夜行達がやるとしたら人質作戦だろう、何かされる前にゆなっちを保護する。友達に暴力を振るった奴にやり返したいところだが我慢する。デルタっちのキレっぷりからゆなっちが何かされたのを知っているのだろう。だとしたら彼氏のデルタっちに任せる。
それから誰に見つかることなく50メートルまで近づく。あとは物を投げ当った音に注意が向いているうちにゆなっちを搔っ攫うという古典的な方法をとる。
ラズリーヌはそこらへんに落ちていた拳ぐらいのコンクリート片を地面に投げる。人が投げれば少し音が出る程度だが、魔法少女がそれなりの力で投げれば砲弾並の衝撃になり、コンクリートに穴が空き爆音が鳴り響く。
予想外の出来事に百鬼夜行のリーダーたちは一斉に破壊跡に視線を向け、何事かと慌てふためく。あとはゆなっちの口に手を当て叫び声をあげる前に立ち去る。
「待つっす。ゆな……アナタを助けに来た者っす。怪しい者じゃないっす。とりあえず落ち着くっす」
口から手を放すと大声を出しそうだったので、再び手を当てながら満面の笑みを浮かべながら喋る。怪しい者じゃないなんて信じるはずがないがそれしか言葉が思いつかなかった。
「色々言いたい事がある思うっすがとりあえず深呼吸、吸って~吐いて~、吸って~吐いて~」
ラズリーヌが深呼吸を繰り返すとゆなっちも同じように深呼吸を繰り返す。少しだけ落ち着いたようなので喋りかける。
「アタシは……デルタっちから頼まれて助けに来た者っす」
「デルタが!?」
ゆなっちは驚きと喜びで目を見開きながらこちらを見つめる。取り敢えずそれっぽい理由を言ってみたが信じてくれたようだ。
「理由は訊いてないけど何が有ったっすか?」
「えっと、アタシは今のガラの悪そうな連中のボスの天草って奴の彼女だったんだけど、デルタと付き合ってんのバレてガチギレ、落とし前つけるってデルタを呼び出して袋にしようとしてたの。本当は呼び出してくなかったけど、反抗したら殴られて……」
ゆなっちは嗚咽を漏らしながら涙を流しその頭を優しく抱きながら明るい声で話しかける
「大丈夫っす。デルタっちが今からそいつをボコボコにするから、そうだ、今から見物しようっす」
ゆなっちをお姫様抱っこで抱きながら移動する。ゆなっちは戸惑い騒ぎ立てるが無視して鉄骨の骨組みだけの建造物に移動する。ここなら先程ゆなっちがいた場所がよく見える。
「ちょっとあり得なくない。鉄骨を足だけで上がるとか人間?」
「いいからいいから、ほら、デルタっちが来るっすよ」
するとデルタっち達がたどり着く。百鬼夜行のリーダー達は逃走ではなく迎撃を選択する。先程通りヤジっちが襲い掛かる者を銃撃し、漏れた相手をデルタっちが殴り飛ばす。流石に幹部たちだけあってデルタっちのパンチで吹き飛ばす耐える。だが2撃目で雑兵のように吹き飛ぶ。
「死にさらせ!」
すると天草が刀を振りかぶりながらデルタっちに突っ込む。一方デルタっちはその場で立ち止まり相撲の立ち合いのように両手をついて身を屈める。そして天草がデルタっちまで10メートルまで近づいた瞬間、天草の体が数メートル程吹き飛び宙に舞う。
デルタっちが体当たりした。魔法少女の動体視力には非常にゆっくりと見えたが人間には辛うじて捉えられる速さだ。気がついたら吹き飛んでいるように見えただろう。
「お前らのリーダーはうちのデルタが
ヤジっちはのびている天草の頭をつかみ周りに見せつけながら喋る。天草は口から血を吐き悲惨な姿になり、百鬼夜行のメンバーは一気に戦意喪失している。この瞬間勝負は決した。
「早く彼氏の元に行くっすよ」
ラズリーヌはゆなっちを抱え鉄骨から降りるとデルタの元に向かうように促す。ゆなっちはラズリーヌを一瞥した後にデルタに向かった。
◆◆◆
喫茶店には夏の日差しから逃れた外回りのサラリーマンらしき男性がネクタイを緩ませ背もたれにぐったりと寄りかかり、40代の主婦たちはスイーツを食べながら姦しく話し込む。
そのなかに高校の制服風のシャツにスカートを着た茶髪の10代の女性と白髪交じりの老年の女性がいた。一目見たら祖母と孫のように見えるだろう。
「ねえ師匠、魔法少女になる素質の1つとして人間離れした力や技術を持ってるっすよね?」
茶髪の女子高校生風の女性、米田瑠璃はコーラをストローで啜りながら尋ね、老年の女性は頷く。
「だったらヤバイのが居たっす。しかも4人」
「どんな能力を持っていたのですか?」
老年の女性の眉がピクリと動く。瑠璃は興味を持ったと判断し見た出来事を喋り始める。ヤジっち、デルタっち、三つ編みの女の子、ポニーテールの女の子、あれは人外と言っても差し支えないほどの身体能力と技術を持った人間だった。一瞬でも魔法少女じゃないかと疑ってしまう程だ、魔法少女というファンタジーな存在でありながら世の中は広いと実感した。
「なるほど、確かに本当なら人間離れしています。それが事実なら」
「いや、本当っすよ。話は盛ってないっす。ところで男の子でも魔法少女になれるっすか?」
「レアケースですが、なれます」
「そうすっか、デルタっちとヤジっちが魔法少女になったらどうなるっすかね。想像できねねえっす」
「その男性2人は知り合いなのですか?」
「ヤジっちとは友達っす。勧誘するなら声かけるっすよ」
「考えておきます」
お互い会話の切れ目を縫ってコーラーとコーヒーを飲む。数秒ほどの沈黙が訪れる
「でも4人がもし魔法少女になれたとしても才能があるのはヤジっちとポニーテールの女の子っすかね」
「根拠は?話を聞く限り4人は同程度の人間離れさ、いやデルタという少年が身体能力では一番優れているようなので、個人的には最も才能がありそうな気がしますが」
「勘っすかね」
確かに言う通り4人とも同じぐらい人外だ。だがデルタっちと三つ編みの女の子とヤジっちとポニーテールの女の子には違いがある。どこがどう違うか言語化できず勘としか言いようがない。
「勘ですか」
老年の女性は納得したように呟いた。