暴走族と魔法少女   作:ヘッズ

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第2話 彼女は生き返った

◆殺島飛露鬼

 

 風で靡く髪を抑えながら懐からタバコとライターを取り出す。海の近くで遮蔽物が無いせいで海風が直に当たる。火が消えないように手でライターを覆いながらつける、100円ライターなので火力が足りないのか2回ほど失敗し、3回目でやっと点火する。やはり安物はダメだ、何よりダサい。明日になったらちゃんとしたライターでも買うか。

 殺島はタバコを吹かしながら待ち人が来るまで時間を潰す。生島花奈と出会った後話したいことがあると連絡先を交換し、この第七港湾倉庫に来いと言う連絡を受けてここに来た。   

 この街に来てから1日しか経っていないので土地勘が無く来るのに少しだけ時間が掛かってしまった。

 改めてここら一帯を見渡す。今が夜ということを差し引いても寂れている。日常的にそこまで使用されていないようだ。こういう場所は極道時代でも取引場所に指定し、武器や薬等を隠したものだ。今後も利用することがあるかもしれない。

 活用法を考えているとタバコが短くなっているのに気づき、咥えていたタバコを地面に捨て新しいタバコに火をつけ、バイクのシートに座りながら薄暗い海を眺め続けながら過去の記憶を振り返る。

 帝都高速の大井から葛西間は東京湾に近いので走っていると潮の香りがしていた。だがここの匂いは東京湾の匂いとは若干違う気がする。

 過去の思い出に浸っていると周囲に響くエンジン音で引き戻される。その音の方向に視線を向ける。

 赤を基調にしたド派手な色、ロケットカウル、絞りハンドル、三段シートに切り出したマフラー、幅広突き上げのテール。まさに典型的な族の単車だ。

 その単車に生島花奈が乗っていた。服装は流石に特攻服ではなくジーンズにシャツというラフな格好だった。

 

「よう」

「よっ」

 

 2人は手を挙げて挨拶する。花奈の雰囲気は初めて会った時のような全てを傷つけるナイフのような鋭利なものではなかった。それは少なからず理解者であり同類と認めている証拠だった。

 

素敵(イカス)単車だな。良い趣味(センス)してる」

「だろ」

 

 花奈は単車を褒められて満更でもない表情を見せる。それは年相応の可愛げがあり年齢は違えど生前の娘の花奈と同じ雰囲気だった。だがその表情はすぐに侮蔑に変る。

 

「それでお前はドノーマルかよ」

 

 殺島は自分のバイクを見て肩をすくめる。花奈と別れた後すぐにバイクを購入したのだが族車をすぐに入手できず、普通のバイクしか買えなかった

 

「悪い。色々あって急ごしらえでな。そのうち改造(カスタム)する」

「早くやれよ。そんなダセえ単車の隣なんて走りたくねえ」

 

 花奈は仕方がないとため息をつく。それを許した合図と判断し話を切り出す。

 

「それで何の用でここに呼んだ?極道と取引でもするのか?」

「違えよ。ただここが好きだから来ただけだ。それで族を作ろうってのは本気だろうな」

「ああ、真剣(ガチ)だぜ」

「なら決めなきゃいけないことが二つある」

 

 花奈は真剣な表情を作りながらピースサインを作り殺島の目の前に掲げ指を一つ折る。

 

「一つはチームの名前だ」

 

 言葉を聞き殺島は一瞬目を点にする。チーム名か、族を作ることばかり考えていたので全く考えていなかった。

 

「なにか有るか?」

「ハイエンプレスだ」

 

 花奈はポケットから紙きれを取り出し見せつける。覇威燕無礼棲、これで()()燕無礼棲(エンプレス)か。由来は分からないが英語か何かを強引に仰々しい漢字にするセンスは20年前の頃は好きなものだった。

 

「殺島は何かあるか?」

「名前か」

 

 殺島は顎に手を添えながら数秒ほど考え込んだ後ぽつりと呟く。

 

「せいかてん」

「せいかてん?どういう漢字だ?」

「漢字は決めてない。とにかくせいかてんだ。カタカナでもひらがなでもいい」

「いやあり得ねだろ!何かビッとした漢字を考えろよ」

 

 花奈は呆れたように声を上げる。暴走師団聖華天、生前殺島が率いていた族の名前だ。その名前の由来は生前母親が営んでいた殺島生花店からとったものだ。それをそれっぽい当て字にしたのが聖華天だ。これはアルファやシグマやオメガ等のごく一部しか知らない名前の由来である。

 今から作る族は聖華天ではない。聖華天はどの世界であってもたった一つだ。同じものは存在してはならない。だが族の名前は母ちゃんとメンバーとの思い出が詰まったせいかてんという単語しか考えられなかった。もし採用されたら違う漢字を当てはめたせいかてんになるだろう。

 

「それで二つ目は何だ?」

「それはどっちがリーダーをやるかってことだ」

「花奈がやれよ。オレはいい」

 

 今から作る族は花奈や花奈が集めた世間から理解されない孤独な者を肯定し、夢を見させる為のものだ。全力でフォローするつもりでいるが、生前のように表立ってやるつもりはない。そう言った瞬間目を血走らせながら襟を掴み上げる。

 

「ふざけるな。お前がチームを作るとアタシを誘った。だからお前がリーダーをやるのが筋だっていうのは分かっている。でもアタシが中心になって暴走したい!でも譲られて中心になるのはムカつく!」

「じゃあどうする?」

「お前にアタシがリーダーに相応しい器だって認めさせる!」

 

 譲られるという行為は舐められていると同じ、舐められるのが嫌いな族に相応しいメンタリティだ。

 屈服か心酔か、そのどちらかで下に就かせたいのだろう。ここで心酔したと出まかせを言っても通用しない。出会ってからあまりに時間が短すぎて説得力がなさすぎる。

 

「それでどうやって認めさせる?」

「チキンレースだ!」

 

◆生島花奈

 

 2人はエンジンを吹かしながら横に並ぶ。その前方には数メートルの倉庫の壁がある。

 

「チキンレースのルールは知っているよな?」

「ああ、壁に向かってバイクを走らせて、通過点を先に通過し、後にブレーキを踏んだ奴が勝ち、壁にぶつかった奴が負けだろ」

「そうだ」

懐古(なつか)しいな」

「おい、ワザと負けようとしたらマジで殺すからな」

「安心しろ、そんな野暮(だせえ)ことはしねえ」

 

 殺島のどこかゲーム感覚な表情が花奈の一言で表情が引き締まる。これでいい、本気でやれば勝てたという言い訳を残すわけにはいかない。殺島は花奈の意志をしっかり汲み取っていた。

 殺島には一目見た時から惹きつけられる何かが有った。言葉にするならカリスマというやつだろう。こういう人間が上に立つのだろう、自分には決して持ち合わせていないものだ。

 発起人でありトップとしての資質も殺島がリーダーになるのが流れなのかもしれない。だがはいそうですかと簡単に納得するわけにはいかない。

 2人で作るチームは大きくなりどデカい事を成し遂げられそうな気がする。同じ境遇の仲間が集まって楽しくなりそうな気がする。それならば自らが中心に立って成し遂げたい。  

 何より殺島の目が気に入らなかった。あれは横に立つ者の目ではない。幼い頃の記憶にある優しい母親の目だ。母親のことを思い出すのもムカつくが、そんな目で見てくる殺島もムカつく。

 この勝負に勝てなければ一生母親と同じ目で見てくるだろう。そんなのは絶対に嫌だ。何としても認めさせ下に就かせる!下に就かせなくても横に立つ!花奈にとっては絶対に負けられない戦いだった。

 チキンレースは怪我を恐れない度胸と勇敢さ、壁にぶつからないようにブレーキを踏む冷静さ。その両方を備わっていないと勝てないゲームだ。そしてリーダーに必要な資質もこの二つだ。

 下っ端であればブレーキを踏まず壁に激突すれば命知らずと仲間に賞賛されるだろう。だがリーダーはそれじゃあダメだ。仲間を助けるためには命知らずではあってはならない。ビビりじゃ仲間は付いていかない。バカじゃ仲間はついていかない。

 

「けどいいのか?俺の単車(バイク)普通(ドノーマル)だ。花奈の方が不利だぞ」

「丁度良いハンデだ。これでお前に勝てば文句ないだろ」

 

 花奈のバイクは改造を施しており普通のバイクよりスピードが出る。スピードが出るということはブレーキを踏んでから止まるまでの時間が掛かるということであり、壁に激突する可能性が高くなるということだ。

 改めて前方の壁を見据える。少しでもブレーキのタイミングを間違えれば怪我は免れない。最悪死ぬな。唐突に死に現実味が帯びてきて口の中が乾いてくのを感じる。

 

「コインが落ちたらスタートだ」

 

 花奈はコインを弾き数秒後に地面に落ちてチャリンという澄んだ音が響く。それを合図に2人は同時にアクセルを回した。

 スタート地点から20メートル経過、花奈のバイクが殺島のバイクより数メートル先行する。バイクの性能を考えればアクセルを全開で回している。殺島が本気で勝ちにきていることが分かりニヤける。

 バイクは徐々に加速していき通過点を通り過ぎる。勝負はここからだ、ゼロコンマ数秒でもブレーキのタイミングが遅ければ壁に激突し、早ければ殺島に負ける。全神経をブレーキのタイミングに向ける。

 

 踏むか、まだだ、踏むか、まだだ。

 鈍化する時間感覚のなかで怪我に対する恐怖と勝利への意欲が葛藤を繰り返す。何回かの葛藤を繰り返し、己の感覚に従ってブレーキを踏む。

 ブレーキ―音とタイヤが熱で焦げる匂いが鼻腔を刺激する。視界には迫りくる壁、恐怖で目を瞑りそうになるが、結末を見届けるために目を見開く。

 

「当たるな~! 」

 

 花奈は目を見開きながら大声を叫ぶ。そしてバイクは徐々にスピードを落とし完全に止まった。数センチ目の前に壁、タイヤが壁に当たった感触はない。これはかなりギリギリで止まれた。勝利を確信し表情が緩む。

 すると横から殺島のバイクが同じようにブレーキ音とタイヤを焦がしながら迫ってくる。この勢い、自分と同じ位置に止まってくる。先程感じた勝利の予感は一瞬で消え失せた。

 

「さてどっちが勝ったかな」

 

 殺島は横に首を曲げながら喋る。同じように首を曲げると視線があった。これは数センチ単位の勝負になる。身を乗り出し、結果を確認する。花奈も身を乗り出すが身長が殺島より小さいので前輪の様子が詳細に見えない。

 

「これは花奈の勝ちだな」

 

 勝った。言葉を聞いた瞬間喜びが駆け巡る。一世一代の勝負に勝ったのだ。だがすぐに疑念が浮かぶ。

 

「本当か、勝たせようとうしてねえか」

「してねえから、自分の目で確かめな」

 

 殺島はタバコに火をつけるとバイクが動かないように降りて、前輪の先端部分にタバコの焦げ跡で線を書き、バイクを立たせると花奈のバイクを支えた。花奈はバイクを降りて自分のバイクの前輪の先端部分とタバコの線を確認する。

 殺島は壁から約10センチ。花奈は壁から約5センチ。僅かな差だが花奈のバイクのほうが壁に近かった。

 

「花奈の勝ちだ。これからよろしくな覇威燕無礼棲リーダー生島花奈」

 

 殺島は笑みを浮かべながら拳を突き出す。応じるように拳を突き出し合わせた。

 

◆殺島飛露鬼

 

 結果は最良と言っていいだろう。最初は手を抜いて勝たせようとしたが花奈に見抜かれ手を抜いたら殺すと言われて方針を変えた。

 あれは本当に殺しに来る目だった。手を抜けば死ぬほど暴行を受け最大限に軽蔑され離れていくだろう。

 花奈がしたい事をフォローすると決めた直後に離れてしまうのは最悪だ。ここは全力でやって勝負に勝つ。チキンレースは聖華天時代にも遊びでやったし結構得意だった。それに今乗っているのは普通のバイクだ、スピードが出ず難易度も下がる。

 勝負に勝った後は何かしら言いくるめてリーダーに就任させるつもりだった。高校生の女を言いくるめるぐらい訳はない。だが花奈は勝負に勝った。結構良いタイミングでブレーキを踏んだのだがそれを上回った。文句のない勝利だ。

 

「これからどうするよリーダー?」

 

 2人は堤防に腰掛けタバコを吸いながら今後のことを話し合う。

 

「とりあえずメンバー集めだな。2人でチームって言うのは恰好がつかねえし」

「そうだな。この街にも気合入った奴はいるさ、居なかったら別の場所で仲間を集めればいい」

 

 全盛期のように10万人のメンバーは集まらないだろう。だがどの時代にも世間から理解されない孤独な者は居るはずだ。そいつらを集めればそれなりの人数になるだろう。

 

「それまでは各々でメンバー集め、それでいいかリーダー?」

「それで、あと立場上アタシがリーダーになったが、アタシとお前は同じチームの仲間だ。無理にヘコヘコしなくていいからな」

 

 殺島は花奈に見えないように笑みをこぼす。元々人に好かれやすい性質で好意に対して精一杯応える。それが今までの生き方だった。だが娘の花奈が産まれてから、初めて自分から能動的に好きになり与えたいと思い、生島花奈にもそのような気持ちを抱いていた。

 例え嫌われても与え続けるつもりだった。だがこうして自分の気持ちに応えて仲間と認めてくれるのは素直に嬉しかった。

 

「あとアタシをリーダーって言うのやめろ。もっとカッケーあだ名がいい。そうだな…世界で一番偉いのは神だろ。だから暴走族の神様、暴走族女神(ゾクメガミ)だ」

 

 その言葉を聞いた瞬間様々な感情が去来し体中に駆け巡る。かつて暴走族神(ゾクガミ)と呼ばれていた。そして娘と同じ名前の少女が暴走族女神と名乗る。何の因果だろうか。

 

「どうだ?イカすだろ?」

「ああ、(カッケ)え」

「じゃあ、殺島は暴走族神(ゾクガミ)だな」

「悪い、それだけは勘弁してくれ」

「何で、お揃いでカッケエだろう」

「本当に勘弁してくれ」

 

 殺島は無意識に低いドスの利いた声で呟き、花奈は思わず口を紡ぐ。

 暴走族神は聖華天を率いていた自分に対する呼び名だ。そして5万人のメンバーの孤独を癒せなかった愚かな人間であり、今はただ生島花奈の孤独を癒し肯定したいだけの人間だ。決して神ではない。

 

「じゃあ暴走族王(ゾクキング)はどうよ?」

「暴走族王か、それならいい」

「よし、今日から暴走族王だ!」

 

 花奈は満足げに新しいあだ名を呼ぶ。王は神ではなく人間だ、折角花奈がつけてくれたあだ名だ。ありがたく名乗ろう。それに王を名乗ることで神である花奈より下で有ると周知できるだろう。

 それから単車や喧嘩やタバコなどの雑談を交わした後、お互い示し合わせたように立ち上がりバイクに向かう。

 

「じゃあメンバー見つかったら連絡しろよ」

「おう、ところで覇威燕無礼棲って名前だが由来はあるのか」

 

 帰り際に興味本位で聞いたつもりだった。だが花奈にとっては重い話題であり、数回深呼吸をした後重々しく語り始めた。

 

◆生島花奈

 

「アタシは中坊の頃、燕無礼棲(エンプレス)ってチームとつるんでいてさ、まあメンバーじゃなくてバイクの後ろに乗っかってただけだけど。まあクソシャバいチームだった。だがガキだったから良いチームだと勘違いしてた。恥だね恥」

 

 花奈は唾を地面に吐き捨てる。今思えば本当にシャバいチームだった。だがあの当時はカッコよくて自分の孤独を癒せる唯一の場所だった。

 

「それであいつらよりもっと凄いチームって意味で覇威という文字をつけて覇威燕無礼棲」

「なるほど、それでその燕無礼棲はまだあるのか?」

「ねえよ。5人とも同世代で高校を卒業して自然消滅、本当ならアタシの手で潰したかったがシャバいチームに相応しいシャバい終わりだ、好きだったらずっとやり続けろよ!勝手に居なくなるなよ!つばめ!」

 

 花奈は苛立ちをぶつけるように地面を何度も踏みしめ声を荒げる。走るのが好きと言いながら世間体がどうだとか、遊びは終わりだとか、大学行くとか働くから無理だとか言って辞めていった。何より許せないのがつばめだ。

 走るのは楽しいと言い自分を誘っておきながら、結婚してチームを抜けて死んだ。

 何者かに殺されてお腹にいた赤ちゃんまで死んでしまった。自分の子供すら気合い入れて守れないシャバ僧、それが室田つばめだ。

 

「じゃあな」

 

 花奈は不機嫌さを隠さず別れを告げバイクを発進させる。下らない過去を思い出してイライラしてきた。ストレスを解消しないと。花奈はいつも以上に騒音を出し舌打ちを何度もしながら走り続けた。

 

◆殺島飛露鬼

 

若輩(わけ)ぇ~」

 

 好きだったからこそ裏切られて可愛さ余って憎さ百倍といったところか、何とも分かりやすい。言葉通りシャバくてつるんでいた事が恥と言うなら、チーム名に燕無礼棲とはつけない。

 花奈に燕無礼棲での時間は楽しく孤独を癒してくれたはずだ。それは母親を亡くした時に一緒に過ごした聖華天のように、もし聖華天を作っていなければ悲しさと孤独で押しつぶされていただろう。そういった意味では燕無礼棲というチームには感謝しなければならない。

 つばめという人間が一番好きだったのだろう。そして遠くに引っ越したか死んでしまったか。もし死亡してしまったなら墓前で報告していいかもしれない。

 

「さて、何からするか」

 

 暴走族として活動するためにメンバーの単車を資金集めなど色々やらなければならない。

 それをやるのが大人である自分の仕事だ。子供は夢に浸っていればいい。

 殺島は今後の行動プランを考えながら七港湾倉庫を後にした。

 


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