暴走族と魔法少女   作:ヘッズ

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第28話 RED

◆佐山楓子

 

 扉を開けると鼻がうずく。辺りに積まれている教材や紙束には埃が溜まり、歩く度にカーテン越しから差し込む光によって埃が舞っているのが見える。

 この教室は社会科準備室とネームプレートに表示されているが物置と化しており他の科目の教材も置かれている。その結果教室の半分程度しか空きスペースはない。

 楓子の後に坊主頭の男子が入室する。身長は頭一つ分大きく体つきも同世代の男子よりガッチリしている。

 2人が教室の中央に立ち止まると部屋の外にいた男子が扉を閉めると教室側に視線を向けながら、扉の前に仁王立ちしながら周囲を警戒している。中の人間が逃げ出さないようにしながら万が一に教師が来たら報せられるようにする門番のようなものか。

 

「これで邪魔者は入らねえ。佐山、オレは女を殴る趣味はねえ。生意気言ってすみませんでしたって謝ればやめてやるよ」

 

 坊主頭の男子、難波は帝都リベンジャーズのキャラのセリフを真似する。言葉ではこう言っているが作中のキャラはそんな気はサラサラなく、難波も同じだろう。

 

「あ!?負けるのが怖えから言い訳か?」

 

 楓子も自身の金髪をいじりながら挑発的な声色で同じように帝都リベンジャーズのキャラのセリフで応えながら拳を構え、眉毛を殆ど沿ったせ目で睨みつける。難波は全くビビらずうっすらと笑みを浮かべながら拳を構える。

 

 小学生男子における影響力や他人の評価を上げるのに必要な要素がいくつかある。

 運動神経がいい、頭が良い、イケメンである、おもしろい、カードゲームやゲームが上手い、それ以外にも細かい要素は大まかに分類すればこれらだろうというのが楓子の考えだった。だが最近になってもう1つの要素が加わった。それは腕力、喧嘩の強さである。

 そんな風潮になった切っ掛けは帝都リベンジャーズだった。今最も売れている少年漫画であり、楓子の周りの人間はほぼ読んでいて、今や日本国民の大半が読んでいるかもしれない。

 ジャンルは不良漫画でキャラクター達のバトルや生き様は全国の少年達を虜にした。読むたびに己を貫く意志の強さに感銘し憧れを抱き、喧嘩シーンの凄まじさに興奮し血沸き肉躍り強さに憧れを抱く。

 楓子は不良漫画を読むと自分が強くなった気になって喧嘩したくなる衝動が湧き上がる。女子である楓子がそうであれば、男子はもっと影響を受ける。

 帝都リベンジャーズが流行り始めてから男子の会話の話題はスポーツやゲームの話題ではなく、クラスで誰が一番強いか、学年で誰が一番強いかという血の気が多い話題に変わっていく。

 そしてよく見てみるとクラスの男子達の手足に痣がつき、唇が切れた跡のようなものが見られるようになった。恐らく答えを出すべく男子達が喧嘩をしているのだろう。

 そしてトーナメントのように喧嘩に勝った男子が別の勝った男子と喧嘩するを繰り返し、目の前の難波が学年で最強の男子となった。だが学年で最強の男子であって学年最強の人間ではない。

 切っ掛けは些細なものだった。難波が教室でバカみたいに騒いでいたのでうるせえと文句を言ったらお互いヒートアップし、取っ組み合いの大騒ぎになり教師が慌てて仲裁に入り、その後はお互い謝り場は収まった。

 だがそれは形だけのもので二人の中の互いに対する怒りや敵意は治まっていなかった。そんなおりに難波の取り巻きのような男子から社会科準備室まで来いと言われて着いてきた。

 相手の狙いは分かる。そこで喧嘩して決着をつけるつもりだ。それは望むところである。

 

 楓子は理不尽や気に入らない事には声を挙げて反発し時には手を出すヤンキー気質だった。そうであれば帝都リベンジャーズにハマるのは順当であり、喧嘩したいという欲求に駆られ難波との喧嘩は絶好の機会だった。

 

 喧嘩が始まり楓子と難波は全力で殴り蹴る。それは余りにも洗練されていない不格好で荒々しい戦いだった。それこそ楓子が望む戦い、喧嘩だった。

 帝都リベンジャーズのキャラクターにはキックボクシングや柔道を習い、その技術を使う者もいて主人公を大いに苦しめた。格闘技をベースにした喧嘩は読んでいて楽しいし嫌いじゃない。

 だがやりたい喧嘩はそうではない。効率的に相手にダメージを与え防御でダメージを抑える。それは格闘技であって喧嘩ではない。

 喧嘩に技は要らない。相手を絶対にぶちのめすという気合いを拳と脚に込め、絶対に相手の攻撃を耐えるという根性で立ち続け最後に勝利する。そんな喧嘩がしたい。

 

「おら!」

 

 難波のミドルキックが左わき腹に直撃し思わず膝が折れ腹を抑える。激痛が体中に駆け巡り今日食べた給食が胃から逆流しそうになる。脳裏に帝都リベンジャーズの主人公の何度でも立ち上がる姿を思い出し耐える。

 

「しゃあ!」

 

 楓子はお返しとばかりに右足で難波の脇腹を蹴る。難波に直撃し思わず膝が落ち蹲りそうになるがこちらを睨みつけながら態勢を立て直す。

 

 喧嘩が始まりお互いに足を止め防御せずに攻撃10割の全弾フルスイング、人の本能として痛みを回避しようと防御する。理性としても相手の攻撃を防御したほうが合理的で勝つ確率が上がる。しかし2人は本能を無視し合理性も投げ捨て防御をせず全力で殴り蹴り続ける。

 喧嘩とは強さを比べると同時にどちらの気合いと根性が上か比べる戦いである。お互いがそう主張するようなノーガードの殴り合い。それは外で見張っていた難波の友人達の目を釘付けにし、監視という役割を忘れさせていた。

 

「おらこいよ!」

「そっちこそこいよ!」

 

 2人は声を張り上げ戦う。しかしノーガードの殴り合いは体に確実にダメージを与え、攻撃の威力もスピードも格段に弱まっていた。

 

 楓子は右腕を大きく引く。狙うは右のストレート、この一撃に全てを込めて相手に大きなダメージを与えて心を折る。すると難波も同じように右腕を大きく引く。目を見た瞬間相手も同じ狙いであるのを察知した。

 回避か防御してから攻撃すれば恐らく勝てる。脳裏にその考えが思い浮かぶが即時に打ち消す。それは喧嘩じゃないし何よりダサい。

 楓子は渾身の右ストレートを相手にぶち込む。それと同時に難波の渾身の右ストレートが顔面にめり込む。

 何てパンチだ、頭がクラっとし痛みのあまりに膝が折れ倒れそうになるが絶対に負けるかと反骨心を燃やして何とか踏みとどまり相手を見上げる。その視界には難波はいなく下から音がしたので視線を向ける。難波が片膝立ちで項垂れていた。

 

「どうした!もう終わりか!」

 

 楓子は己を奮い立たせるように声を出しながら難波を見下ろす。難波も挑発に反発しようと頭を上げ楓子を見上げる。その目には先程までの戦意と反骨心が薄れていた。それを見て難波は負けを認めたのを察した。

 このまま難波を殴りボコボコにすれば、完全な勝利となり周りの人間も明確に難波の敗北を実感するだろう。だが攻撃を加えず出入り口に向かう。

 喧嘩の勝敗は他人ではなく当事者同士で決めるもの、それが楓子の考えだった。難波の目を見た瞬間に己の中で勝敗は決まった。これ以上の追い打ちは趣味ではないし他人の価値観の為に考えを変えるつもりはない。

 

「どけ!」

 

 難波の友人は気圧されるように扉から離れると楓子は教室から出て、難波の友達達は一斉に駆け寄り、心配そうに声をかける。

 

 楓子は血がたっぷり含まれた唾を廊下に吐きながら内心で愚痴を溢す。唇や口の中はズタズタに裂かれ頭がクラクラする。それに腹部も散々パンチやキックを喰らったのでズキズキと痛む。

 流石学年最強の男子だけあって良いパンチと良いキックだった。それに根性もあり今までの相手なら泣き戦意が喪失するような攻撃を喰らっても一向に挫けず殴り返してきた。マジで心が強い相手だった。今日は勝ったが次は分からない。

 そんな相手と心ゆくまで喧嘩して勝った。胸中には痛みを圧倒的に上回る程の充実感と達成感が満たされていた。

 

◆◆◆

 

 教室に入るとクラスメイト達はギョッとした表情で見つめ、今まで其々が思い思いに談笑し和やかだったクラスの雰囲気がピリつく。楓子の顔は昨日の喧嘩のせいで見事に腫れあがり唇もズタズタだった。

 その様相に唯のクラスメイトはあからさまに無視し、比較的に仲のいいクラスメイトすら声をかけるのを躊躇っていた

 

「楓子また喧嘩したの?」

 

 ランドセルを机に置き座ろうとすると幼馴染である遠山藤乃が心配8割呆れ2割ぐらいの表情で声をかけてくる。

 

「あ?それが悪いのかよ」

「今回は勝てたみたいだけど、そのうちに取り返しがつかないことになるよ」

「うっせ」

 

 楓子はシッシと手を振って藤乃が離れるように促す。藤乃は喧嘩する度にいつも心配そうに声をかけ、小言のように注意してくる。正直うざったい。

 すると楓子のせいで不穏になった空気がさらにざわつくのを感じた。何が起こったかと辺りを見渡してすぐに原因が分かる。後ろの扉から難波が入ってきた。その顔は楓子以上にひどい有様だった。

 クラスメイト達は2人の顔を見て喧嘩をしたと予想し、その当事者同士が顔を合わせれば何かが起こるかもしれないという予感を抱いたのだろう。

 そして難波はこちらに向かって歩き始めると目の前に立って見下ろす。

 何負けたのにメンチ切ってんだ。楓子はそれが気に入らないとばかりに立ち上がり睨みつける。その様子にクラス内の緊張感が一気に高まる。

 

「佐山のせいでろくに飯が食えなかった」

「へっ、ざまあ。アタシはお前と違ってしっかり食ったけどな。血の味でクソ不味かったけどな」

 

 楓子は自分の攻撃の成果を聞いて満足げな笑みを浮かべながら自慢する。

 お前は口を切りまくって痛みで食べられなかったが、こっちは食べた。それだけでもこちらの勝ちだ。

 難波もクソ不味かったという言葉にざまあみろと言った具合にフッと笑う。その笑い方は普段ならムカつき喧嘩を売っているところだ。

 

「ところで帝都リベンジャーズ好きか?」

「めっちゃ好き」

「来る時ステップを拾ったけど読むか?」

「おう、読ませろ」

「バカ、オレが最初に読むんだよ」

 

 手のひらを見せて雑誌を渡せと促すが難波は軽く手を払いのける。難波の行動にクラスメイト達から緊張感の高まりを感じる。クラスメイト達の感覚通り普段であればそれは喧嘩を売ったと同じ意味で有る。だが今はそんな気はない。

 タイマンはったらダチというのは不良漫画においてよくある展開だ。それに憧れるが現実は理想通りにいかない。こちらにわだかまりは無くても相手はそうではなく、何かしらの敵意や恨みを抱き距離をおく。

 そして今回も難波に対して恨みはなく。むしろ喧嘩で見せたガッツと根性は素晴らしく一目置き好意すら抱いている。一方難波も一連の言動と態度で恨みはなく自分に勝った相手として好意を抱いている。だからこそ話しかけ漫画を見せてくれようとした。

 男子が女子に負けるというのは相当に恥ずかしいはずだ。それでも逆恨みせず負けを認めている。気持ち良い男だ。

 

「なら一緒に見るぞ。それなら文句ねえよな」

「仕方ねえな」

 

 難波は不服そうにしながらもランドセルから週刊少年誌を取り出し楓子の目の前に置きページを開き、肩を寄せ合ってページを開いていく。

 楓子の夢は今日この日に叶った。

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