♢姫河小雪
2月14日は世間ではバレンタインデーという認識であり、高校の一般入試試験が迫っている中学3年生にとっても例外ではない。
男子は普段通り装いながらも机のなかを確認したり女子のほうをチラチラと見て、女子もグループに分かれて喋りながらも男子の様子をチラチラと見ている。普段は受験に向けて少しピリピリしている教室の空気も妙にソワソワしていた。
小雪達のグループはいつも通り1つの机に3人が集まっていたが、そんなバレンタイン特有のソワソワ感は全く無く普段の教室の空気以上にピリピリしていた。
「さてと、これで勝負を決めてあげる。最下位争いは2人で決めて」
「よっちゃん自信満々だね」
「それは勉強そっちのけで作ったから」
「勉強しろよ受験生」
「息抜きだからいいの」
芳子はスミレの小言に文句を言いながらスクールバッグからラッピングされた箱を取り出し友チョコと言いながら渡し、許可を得てから封を開ける。
中にはチョコのカップケーキにムースと小さなチョコレートが乗っかている。少し盛りつけが雑に見えるが、そこを直せばケーキ屋の商品に並んでいてもおかしくはない。
早速食べてみるとケーキの食感はフワフワで味もお土産でもらったチョコレートとそう変わりはない。そしてムースはケーキの甘さを引き立てるように甘さ控えで妙な後味があるが美味しい。
「よっちゃん美味しいよ」
「やるね芳子、想像以上ね」
「そうでしょそうでしょ。チョコレートを湯煎して別の型で作り直してテキトーにトッピングしたものが出ると思った?甘すぎるって」
「このムースは何か独特の味だったけど、何が入ってるの?」
「カカオクリームに生クリームにトレモリンにブランデー」
「ブランデー!?」
「未成年に酒が入った菓子食べさすな」
「だってレシピに書いてあるから、お菓子作りはレシピ通り作らないとダメっていうじゃん。オリジナリティー出して失敗したくないし、負けられないんだよこの勝負に。さあギブする?」
芳子は勝ち誇ったように胸を張る。小雪はスミレに視線を送りスミレも同じように視線を送っていたので目が合う。正直想像以上にレベルが高い。
「ここまでガチでくるなんてね。念のためにレベルの想定を最大にしてよかった。でなきゃ芳子には確実に負けてた」
スミレは不敵な笑みを浮かべながらスクールバッグからラッピングされた箱を友チョコと言いながら渡す。中には小さなシュークリームが入っていた。形は若干崩れていたが渡すなら充分だ。食べてみるとシュークリームとしても美味しいが外にはザラメみたいなもの、中にはクッキーのようなものが入っていてそれがアクセントになり美味しい。
「シュークリームを作れるなんて凄いよスミちゃん」
「勝ち確だと思ったけどそうはいかないみたい。ここまでガチでくるとは思わなかった」
「褒めてくれてありがとう」
スミレは安堵の息を漏らした後に得意げに笑う。勝てるとは断言できないが負けはないと確信しているのだろう。
「さあ、次は小雪の番、覚悟はできた?」
「やる時はちゃんとフォローしてあげるから頑張って」
2人は優し気に声をかけながら負ける前提で話を進める。しかしその目論見は外れるだろう。小雪もこの日の為に最大限の努力をしてきた。
「じゃあ私の番だね。スミちゃん、よっちゃんハッピーバレンタイン」
2人にラッピングした箱を渡す。封を開けると『なかなかやるじゃん』という感じの顔を見せる。そして食べてみると表情が険しくなりお互いの顔を見合わす。
「負けるかもしれない勝負に引き釣り込まれた。正直勝敗がどうなるか分からない」
「小雪は料理面での女子力高くないと思ってたから油断してた。これは力作だね」
2人の賞賛の言葉に思わず頬が緩む。今回作ったのはサブレショコラと呼ばれるクッキーのようだお菓子である。受験勉強の時間を削ってまで作ったまさに力作である。
何故3人がここまで真剣にチョコレートを作っているかというと、ある勝負をしているからである。それは今日から1週間前の出来事が切っ掛けであった。
休み時間に3人で喋っている時にそういえばバレンタインだねという話題になり、誰にチョコを渡したとか今年は誰に渡すかという普通の中学生女子の会話をしていた。
そのなかでスミレが『そういえば友チョコは渡したことがあるが手作りチョコは作ったことがない』と呟くと芳子が『だったら中学の思い出として作ってみよう』と提案する。
そこからスミレが本命のつもりで作る手作りチョコをそれぞれに渡して、作ったのを誰かに判定してもらって一番ダメなチョコを作った者は罰ゲームをするという勝負となる。
普段なら芳子が提案しそうな案だが珍しくスミレが提案した。スミレは小雪と芳子とは違う高校に受験する。もし3人とも志望校に合格したら離れ離れになる。
こちらとしては疎遠になるつもりはないが、何らかの切っ掛けで疎遠になってしまう可能性がある。なのでこういったイベントをして思い出を作っておきたいという心づもりかもしれない。それとも単純に中学での思い出の1つとしてやりたいだけかもしれない。
小雪としてもたまにはこういう遊びも悪くはないと軽い気持ちで了承する。だがその選択を即座に後悔した。
一番ダメなチョコを作った者は罰ゲームとして、気になる男子か仲の良い男子に作ったチョコをあげる。チョコを渡す際には渡すだけではなくある程度話して渡す。渡した時に開けてもらい食べてもらう。
それではまるで本命にチョコを渡すみたいではないか、チョコを男子に渡すだけでも恥ずかしいのに、ある程度話すなんて恥ずかしくてとてもできない。
それは止めようと提案するが2人とも妙なテンションになっているのか、言質取っているから無理と拒否する。賛成2反対1では提案を覆せない。
どうしようかと悩むがすぐに抜け道を思いつく。父親に渡せばいい。男子と言っても同じ中学とは明言していない、であれば父親も男性なので男子に該当し、仲が良い男性という条件にも該当する。
しかしその抜け道は『ちなみにお父さんに渡すはなしだから』という2人の言葉によって塞がれる。
こうなったら凄いチョコを作って罰ゲームを回避するしかない。それからはレシピを調べ母親に手伝ってもらいながら今日作ったチョコを何度も失敗しながら作り続け完成させた。
チョコを作る熱量に母親は『成功したら家に呼んできて』と言い、父親は明らかにソワソワするなど完全に本命にチョコを渡すつもりでいると勘違いしていた。
「しかし、2人とも本命とかいないの?勝負に負けてこれを切っ掛けに渡そうかなってショボいチョコ作ってよ」
「スミちゃんもだよ。正直こんな力作を作るとは思ってなかった。よっぽど渡したくないんだね」
「小雪もね、小雪は恥ずかしがり屋だから分かるけど、芳子とか同じ小学の男子とかいたでしょ。別に負けても問題なくない?」
「勝負は全力でやらないと楽しくないし。2人が顔を赤くしながら男子にチョコ渡すの見たいし」
「悪趣味」
スミレは吐き捨てるように呟く。するとチャイムが鳴ると皆が一斉に自分の席に座り始める。小雪も同じように席に戻りながら芳子とスミレが作ったチョコを1つずつ食べる。
やはり美味しい。渡す前に試作品を食べて自信を深めたはずだが徐々に失い始めていた。
◆
「それでどうやって判定するの?」
昼休みが始まり3人で集まるとスミレが質問する。そういえばチョコを作るのに集中していたので誰が判定するかは考えていなかった。
「それはクラスの女子の誰かに食べてもらって判定してもらう」
芳子はスクールバッグから空のティッシュ箱を出す。中には3人を除いた女子の出席番号が書かれた紙が入っており、そこからくじ引きのように引いて決めるそうだ。
公平を期すためにスミレと小雪のどちらが引いてと芳子が提案し、ジャンケンの結果小雪が引くことになった。
小雪は1つ深呼吸をしてから腕を入れる。自分のチョコが好きな女子に当りますようにと願いながら紙を掴み引き上げる。番号は1番、確か相場さんで活発で華やかな女子で所謂上位グループに入っている女子だ。
その結果を受けて芳子がスミレと小雪のチョコを受け取ると相場さん達のグループに声をかけて事情を説明し、相場さんもオモシロそうだと乗り気でチョコを手に取り口にする。
「美味!ちょっとヤバイって、これ芳子が作ったの?ガチすぎでしょ」
相場さんが予想以上の美味しさに思わず声をあげる。その声量は大きく、教室で雑談していた他のグループも一斉に相場さんに注目した。
その様子に相場さんと話していた女子のクラスメイトもアタシも食べたいと言い始める。すると芳子がちょっと待ってと制するとこちらに戻ってくる。
「判定するのは相場1人じゃなくて複数人でもいい?」
その提案に小雪とスミレが了承すると芳子は再び相場さんの席に戻り、周りの女子クラスメイトにしっかり味わって判定してくれと念を押すと再びこちらに戻ってくる。
「教室出よう。私達の反応で誰が作ったかバレるかもしれない」
「そこまで考えるか」
スミレは感心し小雪も思わず頷く、その考えはなかった。それからは教室を出て図書館で昼休み終了まで本を読んですごした。
その後は午後の授業を受ける。芳子から相場さんが結果は放課後に発表するからと言われたと伝えられる。結果がどうなるか気になり授業に身が入らなかった。
そして授業が終わり、ショートホームルームが終わり担任の先生が教室を出ると相場さんが教壇に立つ。その行動にクラスメイト達が一斉に相場を注目する。
「3人とも待たせたね。結果を発表するよ。いや~3人とも凄く美味しかった。差は僅差だったから落ち込まないでね。まずは第1位、ドルゥルゥルゥ~~」
口でドラムロールを再現しながら溜めを作る。クラスメイト達は何事かと困惑し小雪たちは選ばれますようにと祈る。
「1位はカップケーキを作った人です」
「よし!」
芳子は周りの目を気にせずガッツポーズする。カップケーキが選ばれたか、ブランデーが入っている分味に癖があるので評価が下がると思ったが逆に好まれたか。真偽は分からないがとりあえず確率は2分の1になった。
「そして2位は!ドルゥルゥルゥルゥルゥルゥ~~」
相馬のテンションが上がっているのか声が弾みドラムロールもさっきより長くなっている。バラエティで罰ゲームを決める時にある演出で見ている時は早く決めろと思っていたが、当事者になってその思いがさらに強くなった。待たされるのは本当に辛い。
「2位はシュークリームの人です」
その言葉を聞いてスミレは大きく息を吐く、最下位が決まった。
相馬さん達は芳子に近寄り誰が何を作ったのと問いかけ答えを聞くとこちらに近寄り『姫河さん美味しかったよ』『お菓子作るの上手だね』『誰に渡すの?段取りしてあげようか』と声をかけてくる。その様子にクラスメイト達は大よその事情を察し、男子達はもしかして自分じゃないかと期待の目を向けてくる。
だが小雪には相馬達の言葉や男子達の目線に気付かず、どうしようという5文字が脳の中でグルグルと回っていた。
◆殺島飛露鬼
2月14日は学校に行けば女からチョコを貰い、放課後も遊んだことがある女達から貰い。貰ったチョコは冷凍庫に保存して長時間かけて少しずつ消費する。それが学生時代のいつもの流れだった。だが今年はすこしばかり違った。
台所に立ち鍋で沸かしたお湯を冷ましている間にまな板にチョコレートを乗せて包丁で切り刻み、細かくなったチョコを鍋に入れる。
一息つきながらリビングを見ると最近買ったサンドバッグに向かって花奈が袋を振り回している。それはブラックジャックと呼ばれる袋に砂などをつめた凶器だ。だが今は砂ではなくチョコをつめている。
包丁で細かくするのがめんどくさいと花奈がやり始めた。結構細かく砕けるが疲れるので包丁で切り刻んでいる。
しばらくするとお湯が良い感じに冷めてきたので、チョコが入った鍋をお湯が入っている鍋に入れチョコを滑らかになるまでヘラでかき混ぜ、ゴムべらを持ち上げてチョコレートをたらしダマが残らないまでかき混ぜる。それが出来たら買ってきた型にチョコレートを流し込み冷凍庫に入れる。
するとビングに置いていたスピーカーから流れた音楽が変わる。暴力的なまでの鋭いエッジが鼓膜に届く。その音に花奈は明らかにテンションが上がる。生前好きだったガレージロックに似たようなバンドがこの世界にも存在した。
この世界では20年前に解散しているようだ。それも生前好きだったバンドと同じだ、駄弁りの中で花奈に紹介したらドハマりしてヘビロテで聞いている。
今の音楽も好きだがやはり聖華天時代に聞いていたこの音が一番好きだ。チョコレートをまな板に置いて切り刻む。
今日の明朝だった。花奈が押し掛けるやいなやバレンタインのチョコを作るから台所を貸せと言うと、台所を占拠してチョコを作り始めた。
いつからそんな女のイベントをやるようになった?訳を聞くと今日の集会でハイエンプレスのメンバーにチョコを渡すんだと意気揚々に答えた。最近に友チョコという文化を知り、日ごろの感謝をこめて友チョコならぬ家族チョコを送るつもりらしい。花奈にとってハイエンプレスのメンバーは家族である。
じゃあ台所は貸すから頑張ってくれと学校に行くまでテレビを見ながら時間を潰していると、癇癪を起したような声が聞こえてくる。
何事かと台所に行くとチョコがマズいと八つ当たりをしてきた。どうやら鍋にチョコに入れてお湯を入れて溶かしてから型に入れて固めようとしたらしい。
思わずため息をつく。湯煎も知らないのか?だが料理に興味がない10代なら知らなくても仕方がないかもしれず、その知識について知ったのは生前での破壊の八極道である夢澤組長との雑談でだ、噂では手作りでゴディバ並みのチョコを作るらしい。
そしてネットで改めて調べて教えると、そんなに詳しいなら手伝えと学校に行かずひたすらチョコを作っていた。
「なあ、どれぐらい作るんだ?」
休憩がてらデリバリーのピザを食べながら花奈に問いかける。ずっと作っているが終わりが見えない。
「
「なあ、
「バレンタインのチョコは日頃の感謝を伝えるために渡すんだろ。そこに男も女も関係ねえよな。なんだ?ヤジは皆に感謝してないのか?してるよな」
花奈は早口で言い放つ。花奈の孤独を癒してくれた皆には感謝しているし、こちらも大集団で暴走できて楽しいという気持ちはある。
それからはひたすらにチョコを作り続け、16時をまわるぐらいでもう充分だろと花奈がギブアップ気味に言って終了する。あとは暴走前まで休もうかとお互いダラダラしているとスマホにメッセージが届く。
「ちょっと
「それ暴走前に家に
「長々と駄弁らなければな」
「そうか、だったら
「
殺島は部屋着から外着に着替えて家を出る。吹きつける風に思わず縮こまりながらバイクに跨りエンジンを吹かす。