♢姫河小雪
駅前ではこの機会に乗じようとケーキ屋ではチョコレートケーキフェアを実施し、親子連れが店の前に止まり、息子が乗じるように買ってとせがんでいる。それをチラリと見ながら駅前広場の時計近くあるベンチに座り左前方にある柱を見る。
そこにはスマホをいじり誰かを待ってますという体を装ったスミレと芳子と目が合い、芳子はサムズアップをして、スミレは口パクで『がんばれ』という。
2人にサムズアップで返事をして待ち人が来ないかと周囲を見る。待っている間に学生が横を通った。男子達はチョコを何個貰ったかを報告し合い一喜一憂し、女子達はチョコを渡してフラれたと嘆き、友達が励ましている。
校内でもバレンタインの話題で溢れていたが外でも大して変わらないようだ。そしてバレンタインのイベントを済まさなければならない。心臓の高鳴りを抑えるように深呼吸を繰り返す。
すると右前方から見覚えのある姿が見える。その人はこちらに気付いたのか手を上げながらやってくる
「よう小雪」
「私服だけど着替えてきたの?」
「いや、
「そうなんだ」
「世間はバレンタインデー一色だな。小雪は誰かに
殺島はバレンタインの話題を出す。相手にとっては世間話の1つだっただろうが、こちらとしては丁度良いパスだった。
「殺島君とは魔法少女アニメトークできて楽しいよ。ありがとう」
「
「だからお礼代わりに受け取って」
少しでも早く済ませようと急いでバッグに手を突っ込みクッキーを渡す。思わず視線を殺島から逸らす
「おう、
「悪いけど、今すぐに食べて欲しいんだけど」
「
「えっと……私が作った」
「
殺島は食べる手を止めてクッキーとこちらを交互にマジマジと見つめる。その問いに首を振って回答する。
「
「これは友達と本命チョコのように真剣に作ったことがないよねって話になって、だったら1回ぐらい真剣に作ってみようって話になって作ったやつで別に本命じゃないよ。友チョコだから」
殺島の会話の流れを無視するように一方的に事情を説明し本命ではなく友チョコであるという意志を示す。恥ずかしさのせいか相当早口になっている。
殺島はそうかと特に気にすることがなく美味しいと感想を言いながら食べきる。すると殺島が煮え切らない様子で何かを言おうとしていた。そんな姿は珍しい。
「ホワイトデーで
殺島はジャケットのポケットから何かを取り出し申し訳なさそうに渡す。それは包装紙にくるまれて何かと開けてみるとチョコだった。
「今日は
殺島はおどけるように言う。確かに渡した力作に対して5円チョコレベルの友チョコを渡されればグレードに差が有りすぎて交友関係にヒビが入りそうなレベルだ。
しかし殺島はどうでもいいからこのチョコを渡したのでないというのは分かる。本人の言う感謝の気持ちも込め、ホワイトデーで帳尻を合わすはずだ。
「ありがとう。それとホワイトデー期待してるから」
「おう期待してろ。あとワリいけど用事があるから
「うん、じゃあね」
お互い手を振りながら殺島が止めていたバイクに乗って移動するのを見届ける。そして物陰から見守っていたであろう芳子とスミレが来る。
「これで文句ないよね」
「駅前に行くっていうから何かと思ったけど」
「いや~殺島君か、校外の男子とは予想してなかった」
2人はその手があったかと感心しているなか、罰ゲームが無事に終わったことに安堵の息を吐く。
誰かに渡すと決まった時にはどうしようかと悩んだ。校内に気になる男子も仲が良い男子は本当に居ない。それを伝えても2人は納得せずにテキトーに誰かにあげてこいと言うだろう。そっちのほうが恥ずかしい。
悩み続けるなか、ふと殺島の姿が思い浮かべる。殺島とは魔法少女アニメトークでメッセージのやり取りをしたり、直接顔を合わせて話している。仲が良い男子という項目に該当する。
殺島に渡そう。もし連絡が取れなかったら後日に渡すから勘弁してくれと、交渉するつもりで連絡すると連絡が取れた。そして魔法少女アニメトークする店がある駅前に来てもらうように頼んで無事渡せた。特に勘違いされてはいないようだ。
「殺島君が本命と勘違いしてくれないかな」
「そうならないように念入りに説明したから」
「あの捲し立てるように喋ったのがそれか」
「まあお疲れ、労うためにどっか行く?少しぐらい奢るよ」
「ごめん、ちょっと寄るところあるから2人で帰って」
「分かった。じゃあね小雪」
「バイバイ」
小雪は駅方向に向かう2人に手を振りながら見送り、広場にあるバス停に向かった。
◆
バスを乗り継ぎ10分程度歩き少し古い民家に辿り着く。そこのインターホンを押して家主が出てくるのを待つ。アポなしなので出ない場合があるがその時は後日改めて訪問しよう。すると少しノイズが入った女性の声が聞こえてくる。
「姫河小雪と申します。鳩田亜子さんの友人で少し用が参りました」
すると歩く音が徐々に大きくなり扉が開く。中年の女性は笑みを浮かべて家に入るように促し部屋に案内する。
そこは和室の1人部屋で勉強机や和服を着た人形が置かれ、部屋の奥には仏壇とハードゴアアリスの人間の姿、鳩田亜子の遺影が飾ってあった。りんを鳴らし手を合わせる。
「アリスちゃん、ハッピーバレンタイン。このチョコは私が作ってかなりの自信作」
小雪は作っておいたチョコを供仏壇に向けて語り掛ける。ハードゴアアリスが亡くなった後はお彼岸や命日には足を運びお参りしていた。そしてバレンタインで家に出向きお参りするのは初めてだった。
「友達と本気で本命レベルのチョコを作るって話になって作ったんだ。大変だったよ。受験生なのに何やってんだろうって思っちゃった」
バレンタインの話題から最近の出来事や魔法少女スノーホワイトとしての出来事を語る。
魔法少女選抜試験で自分を含めてこの街に誰一人魔法少女がいないと吐き捨てた時に否定した。最初は意味が分からなかったが最後になってやっと意味が分かった。「いいえ、私を助けてくれたスノーホワイトが居る限り魔法少女は居る」と答えてくれた。
何も選択しなかった弱虫の魔法少女を肯定してくれた。その言葉は今でも心に響き続けアリスに恥じない魔法少女になろうと困難にあっても奮い立たせてくれる。
数分程語り掛けてから家主の女性に一声かけ家を後にする。チョコを渡す相手はあと2人だ。バッグの中にあるチョコの存在を確かめ歩き始める。
◆
「そうちゃん、バレンタインのチョコ、去年は色々有って渡せなくてごめんね。その代わりと言ったら何だけど、頑張って作ったから」
小雪は岸部家のリビングにある岸部颯太の仏壇と遺影に向かってアリスの時のように語り掛ける。母親が在宅していたが気を遣って別の部屋に行っている。
岸部颯太、魔法少女ラ・ピュセルはN市で魔法少女活動をした時のパートナーで幼馴染の男の子だ。本当に短い間だったが共に過ごした時間が人生で最も幸せだった時間だった。あの時の思い出は今でも心に残り続け、辛い時に心を癒してくれる。
そして魔法少女選抜試験で凛々しく守ってくれた姿は今でも目に焼き付いている。今では強くなってラ・ピュセルの足を引っ張らないとは思う。
あの時に今の強さがあれば、あの時に別れず一緒に行動していれば、今だったら心の困った声を聞いて一緒に戦えた。後悔が過り手を力いっぱい握り唇を噛みしめる。
「よっちゃんとスミちゃんが本命に作るレベルで本気のチョコを作ろうといってさ、一番不味いチョコを作った人は罰ゲームで気になる男子か仲が良い男子に渡せっていうんだよ。それで最下位になっちゃって困っちゃったよ。そうちゃんにあげるつもりだったけどさ。今回はイベントみたいなもんだしね……」
思わず言葉を濁してしまう。仲が良くて気になる男子と訊かれれば颯太と答えていた。だがらこの世にはもう居ない。死んだ男子の名前を出せば間違いなく気まずくなる。友達には笑って楽しんでもらいたい。
「それで殺島君にあげた。ちゃんと事情は説明したし本命じゃないって念を押したから。でも生きてたらそうちゃんにあげてたから、その証拠に一番多くチョコを入れておいたから」
思わず言い訳を口にしてしまう。颯太のことだから許してくれるだろう。何だかんだ自分に甘かった。もし殺島と颯太が出会ったらどうなっていただろう。
全く隠れることなく魔法少女アニメを見る姿に驚きながらも仲よくしていただろう。自分を含めて3人で今週のキューティーヒーラーはどうだったと語る姿が自然と目に浮かぶ。
「じゃあね、そうちゃん。今度は春のお彼岸でお墓参りに行くから」
小雪は仏壇と遺影に向かって別れを告げ、颯太の母親にお邪魔しましたと挨拶して家を出る。バレンタインのチョコは残り1つ。
♢細波華乃
コンビニに入り目に飛び込んできたのはチョコレートだった。普段は菓子コーナーにおいてある商品を出入口から数メートル先の棚に移動している。
バレンタインに便乗する気満々だ。学校内でもバレンタインでチョコを貰ったのあげたのという話題でどこもかしこも持ち切りで騒がしかった。静寂を好む身としては嬉しくはない
これは校内だけだろうと思ったがそうではなかった。世の中はチョコの話題で満ちている。今日はシフト上バイトは休みだが、もし働いていたらチョコレートを使ったハンバーグとかを出していたかもしれない。
待ち人を待つ間に漫画雑誌を読むがそこでもバレンタインの話をしている作品があった。正直鬱陶しい。すると肩を叩かれたので振り向くと花奈がいた。
「よっ」
「何の用事?ツーリング?」
「そうじゃねえ、これを渡すのが用だ、ほれ」
花奈はポケットに手を突っ込み何かを取り出して手渡す。これはチョコレートか?
「なにこれ?」
「
「こういうのやるんだ意外」
「一応は
「感謝ね」
改めて貰った2つのチョコを見る。物凄く小さい、チロルチョコよりも小さいだろう。これで感謝しろと言われても困る。
「貰った手前言うのもあれだけど、手作りならもっとちゃんと作ってもいいんじゃない?」
「文句言うな6時から16時ぐらいまでチョコ作ってたんだぞ」
「この小さいのを?」
「な訳ねえだろ。大量にチョコ作ってたんだよ」
誰に作っていたと疑問が浮かぶすぐに答えが出る。暴走族のメンバーか、相当の数が居るそうなので全員に渡すとなれば大量に作ることになる。下手したら万単位だ、ご苦労な事だ。
「まあ華乃は
花奈は恩着せがましく語り掛ける。暴走族関係以外に友人がいないというのは将来不安になる。だが自分も似たようなものだ。トップスピード流のコミュニケーション法で知り合いは増えたが友人とかと言えば微妙だ。友達と言えばスノーホワイトぐらいだろう。
そしてリアルの友達もスノーホワイトと花奈ぐらいか、よく考えれば大して変わらない。そして花奈と同じように一緒にツーリングしたりするのは結構楽しい。
華乃は菓子コーナーに向かい商品を手に取りレジで購入し花奈に渡す。
「はい友チョコ」
「
「だからちょっと高いやつ買った。そのチロルチョコ以下の大きさでこれと交換と思えば破格でしょ」
「勘弁してやる」
花奈は仕方がないといった仕草で受け取る。大量生産といえど手作りのほうが手間暇かかるだろう。それに用意していなかったという負い目もある。
「用ってそれだけ?」
「ああ、これからメンバーにチョコを渡さねえと」
「気をつけてね」
「事故らねえから」
「言うと思った」
別れ際に声をかけると花奈は軽口で言い返す。花奈は運転技術に絶対の自信を持っているので、気をつける必要がないとこれらの言葉を嫌う。
それでも友達として言っておく。その思いに気付いているのか花奈も強く言い返さず、軽く言い返す。もはや定型のやりとりになっていた。
華乃は家に帰ろうと歩き始めるがふと考える。そういえば生まれて初めてチョコをあげたかもしれない。母と再婚した父親は全員がろくでなしなので普通の家庭のようにチョコをあげたことはない。そして気になる男子もいなければ友達もいなかった。
もしあげたとしたらトップスピードぐらいか、あの様子からして料理は得意だから手の込んだチョコを友チョコと言いながら渡し、流石に申し訳ないなと思いそこらへんの店でチョコを買う姿が目に浮かぶ。
するとマジカルフォンにスノーホワイトからパトロールに行かないかとメッセージが届く。もしかしたらスノーホワイトが友チョコを渡してくるかもしれない。その時に渡せないと気まずいので、用意しておくか。
華乃は自宅から駅前に進行方向を変えた。