◆生島花奈
「どうぞ」
目の前に炒飯が置かれ、台所からうっすらと臭っていた匂いがはっきりと強くなる。皿の上には少しだけ茶色い米に黄色と赤色の何か、卵とにんじんに他にも何か分からないが色々と入っている。
花奈はスプーンで炒飯を掬い口に運ぶ。程よい塩加減で好みの味だった。依然食べた時は明らかに塩加減を間違えていると分かる程しょっぱかった。
土曜日の昼下がり、学校が終わり帰りに飯を食べようとガンマを誘ったら用事があると断られ、他の友達も誘ったら同様に断れる。
一瞬避けられているのかと思ったが、そういう日もあるだろうと特に気にせず、何を食べようとかチェーン店やスーパーを回るがどれもピンと来なかった。
ふと華乃の家で何か作ってもらうかと連絡を取る。卒業間近で基本的に学校に行っていないので家にいる。バイトで家を空けていたら仕方が無いので別の店でも探す。
すると運よく家にいるらしく、飯をたかりに行くから何か作っておいてと一方的に告げて家に向かう。流石に手ぶらではあれかとコンビニでデザートのアイスを買っていく。
「まあまあだったな」
「それはどうも」
お互い炒飯を食べ終わり買ってきたアイスをデザートで食べながら、バイト先の出来事や日常でのラッキーだった出来事など雑談をかわしながらダラダラと過ごす。
「そういえば2週間ぐらいいねえから」
「今度はどこに遠征しに行くの?」
「九州、戦力差から考えれば
「へえ」
「その後は皆を集めてN市から出発する全国統一記念暴走するんだよ。やるとするなら3月ぐらいかな。ちゃんと予定空けて華乃も来いよ」
「それはやだ、そういえば余っているバイクある?それか安く売ってくれない?」
「何だ転売でもするつもりか?
「なんで?乗るからでしょ。それ以外欲しがる理由ある?」
雑談の流れで華乃がぽつりと呟く。あまりにも予想外の言葉に口元まで運んでいたスプーンが止まる。
「
華乃と出会ってバイクで一緒に走りたく色々と提案し誘ってきた。今はニケツで走っているが頑なにバイクに乗ろうとしなかった。そんな華乃がバイクに乗ると言った。本来なら喜ぶべきなのだが、あまりにも呆気なく予想外に願いかなった驚きが勝り、問いただしてしまう。
「どうしたもなにも、乗りたくなったから」
「でも金ないから乗らないって言ってたじゃねえか」
「だから安く売って、むしろ頂戴」
「免許はどうするんだよ。
「教習所に通うのは運転技術を身に着けるため、それなら花奈に教えてもらえばいいかなって。上級者並みになるんでしょ」
「それはそうだけど」
花奈は動揺が収まらず歯切れ悪く肯定する。
「よ、よし!じゃあどんなバイクが欲しいんだ!」
花奈は意識を切り替えるように大き目な声を出しながらスマホでバイクのカタログページを開くと華乃の隣に移動し見せる。本当にバイクに乗るつもりだ。嘘はついていなく揶揄っている様子もない。気が変わらないうちに事を運び引き返せないようにする。
「初心者にお勧めのは?」
「どんな
スマホを華乃に操作させて様子を見守る。どんなバイクを選ぶのだろう?理想は族車だが、市販の改造していないバイクでも問題ない。ハイエンプレスの暴走でも族車に乗っていないメンバーもいる。趣味を押し付けるつもりはない。暫く調べているとある単車のページでスワイプする手が止まる。
「NINJAか、良い
カワサキ製のバイクで何回か乗ったことがあるが運転しやすく、見た目も個人的に好みだ。早速メンバー達にNINJAを安く売ってくれる、もしくは譲ってくれる奴がいないかメッセージアプリで尋ねる。暫くすると何件かのメッセージが届く。
「よかったな。
「本当に?」
「ああ、流石に今日中には
「それはいいよ」
「けど二三日には手に入る。それまで楽しみに待ってろ」
「分かった。楽しみにしてる」
華乃は静かに笑う。リアクションは小さいが本当に楽しみなのが分かる。そんなにバイクに乗りたかったとは思ってもいなかった。それから暫く駄弁った後に流れで解散となる。
「さてと、強請るか」
花奈はバイクにシートに乗るとスマホを取り出しヤジにメッセージを送る。華乃にはタダで手に入ると言ったが本当は有料だ。無料ならバイクに乗るが有料だとやっぱり乗りたくないと言う可能性がある。バイクに乗らない可能性は潰しておく。
ハイエンプレスでは勧誘する際にバイクを買い与えていいことになっている。金はヤジが株か何かで稼いだもので買う。
もし勧誘の為ではなく、転売などの金儲けでお願いした場合は制裁を加える。ヤジが稼いだ金はあくまでメンバーを増やす為や不自由なく暴走するためだけに使う。それが決まりだ。
そういえば暴走以外で会ってなかったな、金を貰うついでにツーリングにでも誘うか。この後の予定を考えながらアクセルを全開付近まで回した。
◆細波華乃
華乃はコンビニに入るとダウンのポケットに入れていた手を外に出し、暖房の熱に人心地つく。この季節だと仕方がないが昼過ぎになっても外は暖かくならない。少しばかり暖房の熱風で暖をとった後に雑誌コーナーに向かう。
いつも通り漫画雑誌を手に取ろうとするが、ふと目に留まったバイク雑誌を手に取る。内容が専門的なのでさっぱりでバイクの写真だけ見る。するとある黒いバイクのページで手を止める。
NINJA250
これが花奈から貰うバイクだ、性能は気にせずデザインと名前で決めた。魔法少女のコスチュームは忍者をモチーフにしている。なのでNINJAを選んだ。実に安直な発想だが直感を優先したほうが良いと言われたのでこれにした。
華乃は写真を眺めながら己の心境の変化に戸惑っていた。今までは花奈の後ろに乗って2人乗りでドライブするだけで楽しく充分だった。
だがここ最近になってそれだけでは満足できなくなっていた。自分の手で風を感じたい。疾走感を味わいたい。コーナーを攻めるスリルを味わいたい。
そんな想いが無意識に花奈にバイクを譲ってくれと言わせたのだろう。そこからはとんとん拍子で事は進み、この後に花の後ろに乗ってバイクの場所まで移動して、そこでレクチャーを受けてからツーリングする。
少し前の華乃であればバイクを欲しがらなかった。今年の3月で高校は卒業し、進学せず就職もせず4月からはフリーターだ。理想を実現する為に活動するスノーホワイトをサポートするために魔法少女を統括する魔法の国で出世したかった。
そのためには魔法少女とのコネつくりなど時間を割かなければならず、そうなると定職に就く余裕もなく、親からの支援は頼れないので進学もできなく消去法でフリーターという進路を選んだ。
そうなるとバイクを買う金銭的余裕はない。だが花奈の誘い文句であるバイクの購入費や維持費を負担するというのを思い出し口に出した。
魔法少女であれば貸しは作ってもいい。人助けをすれば助けた側に貸しを作ることになり、同じ魔法少女なら人脈作りや出世の為に積極的に手助けし貸しを作る。
だが人間の友人、特に花奈との間に貸し借りは作りたくない。もし花奈にバイクを買ってもらえば借りを作ることになる。花奈は気にしないだろうが華乃は気にするタイプで対等でいたい。
しかしやりたい事をしたいのであれば世間体や心情など気にせず、欲求に従えばいいと思い始めていた。その心に従うように負い目より欲求に従い無料でバイクを貰うことにした。
そしてバイクに乗るにあたって免許の問題があった。今の生活状況ではバイクの免許を取る金銭的余裕はない。その金は魔法少女活動にあてるべきだ。だとすれば無免許運転すればいいと考えたが、魔法少女として法律違反するのはいかがなものだと思う。
魔法少女リップルは友人の魔法少女スノーホワイトと違って清く正しい魔法少女ではない、少なくとも自分ではそう思っている。
魔法少女選抜試験で2人を殺した。カラミティメアリは野放しにすれば多くの犠牲者が出るという理由もあったが、私怨があったかと言われたら否定できない。
スイムスイムは完全に私怨だ。当時唯一の友人だったトップスピードの仇を見過ごすという選択肢はなかった。
血で手が汚れた魔法少女であるが、社会的に正しくない行動をしていい理由にはならない。汚れた魔法少女であるからこそ一層社会的に正しい行動を取らなければならない。少なくとも最近まではそう思っていた。
免許は事故を起こさないように、他者に起こさせないように必要な技術や知識を学び取得した証である。そうであればそれらを持っていれば免許は必要ないと思い始めていた。
花奈から必要な技術と知識を学べば問題なく、そうすれば金銭を払わずバイクに乗れる。倫理観や社会的に正しい行動よりバイクに乗りたいという欲求が上回っていた。
「よう」
肩を叩かれたので振り返ると花奈がいた。全く気配を感じなかった。
「どうした?
花奈が人差し指で強引に口角を上げる。己の心境の変化に僅かに訝しんでいたが、気持ちを切り替える。折角バイクに乗れるのだ。強引に笑ったせいか高揚感が満ち始める。
「よし、バイクがある場所まで行くぞ」
コンビニから出ていく花奈の後ろについていき、花奈がバイクのシートに乗るとすぐ後ろに座り腹に手を回す。自分のバイクを手に入れればこの指定席に座るのは最後になるかもしれない。そう思うと少しだけ感傷的な気分になる。
バイクはコンビニを出発し国道に入る。必要以上にスピードを出すので冬の寒気と風によって容赦なく体を冷やしていく。
──
「よし、止まれ」
花奈の言葉に従い教えられた手順で操作してバイクを止める。まるで生まれてからやり続けた動作のように淀みなく操作し、イメージ通り止まる。
「これで
花奈は率直な感想を呟く。飾り気のない賞賛の言葉に少しだけ嬉しく照れる。コンビニを出発して5分程バイクを走らせると空き地につき、その場で授業が始まる。花奈は完全に感覚派な教え方で、擬音を多用し分かりやすく明らかに教え下手な者の教え方だった。
しかし言葉が何の違和感もなくストンと入り、バイクの操作も花奈が手本を見せれば一回で同じ事ができた。花奈が雑談で話す極道技巧と自称している技術、それはバイクどころか自転車すら乗れない素人でも花奈が教えれば熟練者レベルになれるそうだ。
華乃は正直話半分で聞いていた。バイクに乗りたいと思った理由の一部分としてその極道技巧が本当かどうか確かめたかった。そして身をもって花奈は何一つ嘘をついていないと実感する。
夏頃の旅行で花奈の極道技巧を見た。人間離れしたバイク操作技術と身体能力で相手を打ち倒していった。それも花奈の極道技巧らしい。
超人的バイク操作技術と身体能力による戦闘方法と他者がバイクを巧みに乗れるようにする。一見すると前者のほうが凄そうだが後者も同様に凄い。
他者に教えるというのは存外に難しい。学校の定期試験で差が出るのは個人の努力の差もあるが記憶力や理解力の差が大きい。
花奈がやったのは教師がクラスの授業だけで、生徒が定期試験で全員100点を取ったようなものである。
レクチャーが終わりツーリングを開始する。花奈は横をついていくから好きなところを走れと主導権を渡した。
技術はあっても車道を走るのは初めてだ。どこを走れば楽しいかなんて全く分からない。とりあえず気が向くままに走る。練習した空き地を出て気が付けば駅前につき、その間交通ルールを守りながら普通に走る。
──つまらない
そんな言葉が胸中を満たす。花奈の後ろに乗っていた時は楽しかったのだが今は全くおもしろくない。花奈には悪いがこれが最初で最後にして、貰ったバイクは返そうと考えていた。
だがやり方が悪いと考えバイクに乗って楽しかった記憶、花奈の後ろに乗っていた時を思い出す。
スピードはもっと出ていた。スピードを鈍らせる信号なんて無視していた。もっとスリリングだった。
まずはアクセルを回す。メーターの数値がどんどん上がっていき、前を走る車を次々と抜いていく。花奈は道交法なんて全く教えず標識の見方は分からないが、明らかに法定速度を超えている。
十字路に迫り目の前の信号機は赤で歩行者が横断歩道を渡っている。ブレーキを踏んでも間に合わないと直感的に察する。それと同時に何でスピードを緩めなければならないと怒りが湧いてくる。
少し楽しくなってきたのに水を差すな、さらにアクセルを回しエンジンを吹かし音をかき鳴らす。小学生ぐらいの女の子と母親と歩きスマホしている歩行者も異変に気付き、目を見開きながらこちらを見ながら固まっている。
進路上に歩きスマホの歩行者がいてあと数メートルで激突するというところで、ハンドルを操作し歩きスマホしている歩行者と女の子の間のスペースを抜けていく。
何をやっているんだ。1つ間違えれば人を轢くところだったんだぞ。正気に戻り思わずゾッとする。だがそれは高揚感で即座に塗りつぶされる。
楽しかった。そうだこれが花奈の後ろに乗っていた時の楽しさだ、そこから華乃の常識や倫理観のネジは完全に外れた。
法定速度を完全にオーバーし信号や道路標識を一切無視する。なんてことの無い右折や左折もギリギリまで攻める。膝にガードレールが当ったのか気が付けばジーンズの膝の部分はこすれていた。
暫く走っているとパトカーのサイレンが聞こえてくる。すると今まで並走していた花奈がついてこいと先導し始め。その後ろをひたすら追う。気が付くと船賀山の麓まで来て、ようやくバイクを止める。
「どうよ?初めて自分でバイク乗って走った感想は?」
バイクを路肩に止めると花奈がニヤニヤと笑みを浮かべながら問いかけてくる。花奈は答えが分かっているのだろう。華乃はその予想と同じ答えを言う。
「楽しかった」
高速で流れる風景や、肌で感じる風の強さ、事故るかもしれないとうスリル、それらは花奈の後ろでも味わえたが、自ら運転するのでは全く違う。これがバイクの魅力か、恐らく一生止められないだろう。
「最初は
花奈は自分のことのように嬉しそうに笑い華乃も思わず釣られて笑う。花奈を楽しませ自分の走りを認めてくれた。それが無性に嬉しかった。
「もっと走ろう」
「いいぜ、
「じゃあ今から連れて行って」
「少し待て、そこは夜走るのがいいんだ」
「今走りたい」
「だから待て、夜と昼では違うんだよ。絶対夜の方がいい」
「分かった」
華乃は不満を一切隠さず渋々と引き下がる。いつもなら花奈の我儘を諫める役割なのにこれでは逆だ。こんな子供な面があることに内心驚いていた。
──
21時50分、花奈が指定したN市と隣の市の境目にあるコンビニに着く。家に帰ってからこの場所に着くまでずっとソワソワしていた。
時間までバイクを乗り回していたいという欲求にかられていたが、花奈曰く警察が警戒しお前ではまだ警察の追跡から逃れられないと忠告を受けた。
欲求を警察に止められるのは癪だが、花奈が気遣ってくれたのだから少しぐらい我慢するかと耐える。本来なら夜のバイトが入っていたが当然のごとく欠席した。電話先の責任者は嫌そうだったが知ったことではない。バイクで走るのは何よりも優先される。
すると5分後に花奈が到着する。時間にルーズだが今日は絶対に遅れるなと念を押したおかげか指定した時間5分前についた。
「よし、行こう」
「まて、トイレ行かせろ。急いだから行く余裕がなかった」
華乃は仕方がないとため息をつきながらコンビニに入り花奈を待つ、数分後に花奈が出るとトイレが近くなって走るのを止めるのは避けたいとトイレに行く。
そして用を足すと花奈が走った後に2人で酒盛りしようと提案し、酒とつまみを購入し店を出る。
「見つけたぞ生島!」
「往生せえや!」
するとバイクの周りには明らかにガラが悪そうな男達が20人ぐらいたむろし、こちらを指さしながら叫んでいる。知り合いかと首を振りむけるが花奈は首を横に振る。
「何か知らねえけど邪魔」
花奈はめんどさそうな顔を浮かべながらシッシッと手を払う。その仕草にガラの悪そうな退く素振りを見せず、その態度に対し明らかに不機嫌さを募らす。
「お願いします!その女に!相応の報いを与えてください!」
ガラの悪い男達の中から中年の女性が現れる。容姿や雰囲気からして普通の中年主婦といった感じだった。その中年主婦がステリックに叫ぶ。
「誰だ
「何もしてない!?半年前!お前がバイクで娘を轢いたのよ!警察に言っても証拠が無くて犯人が特定できないからって……」
華乃は距離を詰めると同時に主婦の腹を蹴りつける。主婦は最後まで喋り切れず腹を抱えてその場で蹲る。その行動に花奈は予想していなかったのか少し目を見開いていた。
そこから周りの男達が2人に襲い襲い掛かる。しかし数分もかからず全員をぶちのめし悠々とその場を後にした。
♢スノーホワイト
スノーホワイトは思わず顔をしかめながら倒れている人々に応急処置を施し救急車を呼ぶ。パトロールの最中に被害者達の苦痛にあえぐ困った心の声が聞こえ駆けつけるとこの惨状だった。
怪我の様子からして普通の喧嘩なら一撃で勝負が決まっている状態から追い打ちを受けている。全員が重傷だ。
被害者から『娘の仇がとれなくて困る』『成功報酬がもらえなくて困る』『割に合わなくて困る』という困った声が聞こえてくる。
どんな事情があったかと推測しようとするが即座に止めて応急処置に専念する。一体だれがこんなひどい事をするのだろうと怒りを覚えながら、魔法の袋から応急処置道具を取り出し処置を続けた。
◆生島花奈
「なんで、あの
花奈は目的地の山頂で朝日を眺め酒盛りしている最中問いかける。知らない因縁を吹っ掛けられた自分が蹴り飛ばすなら分かる。だが華乃には全く関係なく被害もない。
「バイクで走りたいのに邪魔してきたから」
花奈はその言葉の意味を理解し大笑いする。華乃は不満そうに見つめるがかまわず笑い続ける。
華乃は1秒でも早くバイクで走りたかった。それなのに邪魔するババアや半グレっぽいのが許せなかったのだ。バイクで走る。暴走を邪魔する奴は叩き潰す。それはまさしく暴走族そのものだ。
「だよな!こっちは1秒でも走りたいってのに邪魔しやがって」
「そう」
「ああ思い出した!あの
「そう」
華乃は真剣に頷く。いつの間にこんな暴走族寄りの思考になったのか知らないが、これでより深く分かり合えた気がする。
酒も入ったせいか2人は数時間程饒舌に語り合い、暫くして飲酒運転しながら家路についた。