◆生島花奈
花奈はコンビニ前の店先でヤンキー座りでタバコを吹かしながら、行きかう人、正確に言えば中学生や高校生らしき人物の品定めをする。
満たされたい奴、何か楽しい事をしたいと思っている奴、かつての自分のような不満を持っている奴は目を見れば分かる。そういった者をチームに誘おうと目を凝らしているが一向に現れない。そもそも中学生や高校生が全く通らない。何故だろうと考えて数秒後に己のミスに気付く。
今日は学校に来たものも過ごす気分ではなく、何となく昼過ぎに自主早退を決め込んだのだった。普通の奴はこの時間は学校に居るので見かけるはずがない。
それからしばらくは行きかう人に目を配り、奇異の目で見てくる通行人にガンを飛ばしながらタバコを限界ギリギリまで吸いつくす。
タバコを吸いつくしたしどこか別の場所に向かおうと自分のバイクに乗ろうとするが、徐に立ち止まると放置しようとした空き缶を拾い上げ歩き始める。そして20メートルぐらい離れた地点からゴミ箱に向かって投げ込んだ。空き缶は放物線を描きゴミ箱の円形スペースに直接入った。
花奈は小さくガッツポーズをする。今まで何回かやった記憶が有るが直接ゴミ箱に入ったことは一度も無い。やはり今は調子が良い。順調さはこういうところにも現れるのか1人納得していた。
暴走族覇威燕無礼棲の初暴走の後、その暴走に何かしらの刺激を受けたのかチームに入りたいと言う者が現れた。根暗そうな奴、オラついている奴、パリピっぽい奴、学校に居ても絡まなそうな奴ら、だが全員が満たされたい何か楽しい事をしたいと思っている目をしていた。それが暴走に引き攣られて集まってきた。それは花奈にとって大きな自信になった。
暴走は魅力的でこういう奴らを惹きつける。暴走は最高だ。
それから定期的に暴走を繰り返し、学校でも適性が有りそうな奴に暴走の魅力を伝えチームに入らないかと誘うと何人かがお試しと暴走に参加し、チームに入った。
今となってチームのメンバーは30人、ネットで調べると暴走族は絶滅危惧種であり、全盛期の10分の1程度に減少し、30人でもそれなりの規模らしい。結成1ヵ月と考えれば順調といえる。
だが花奈は満足していなかった。もっと暴走の魅力を伝えて仲間を増やす。遠征して他のチームを統合する。
北陸制覇、東日本制覇、全国制覇、そしてかつての暴走族の黄金時代を取り戻す。今後の展望と達成した後に訪れる未来を想像し笑みを浮かべる。
「よっ、
背後から声が聞こえ振り向き呆れと諦めの意味を含んだため息をつく。
「ヤジか、本当相変わらずだな」
殺島は制服姿でいつも通りの笑みを浮かべ手を上げながら声をかけてきた。そして右手には大学生ぐらいの女、左手にはOLの女が抱き着いている。その目は明らかに魅了されている女の顔だった。
「
「え~、もっと遊ぼうよ~」
「また今度ってことで」
殺島はそう言いながら大学生ぐらいの女にキスをした。突然の行動に周囲の通行人も思わず足を止めて凝視する。その視線を全く気にせずそれを羨ましそうに見ているOL風の女にもキスをして、一言二言交わすとこちらに近づいてきた。
「あの女達とは?」
「ああ、学校
「しかしナンパしてキスするってスゲエな」
「キスなんてただの
「舌入れてねえからスキンシップって、お前倫理観ぶっ壊れすぎだろ」
「
「ざっけんな」
殺島が顎を手に添えてクイっとしてきたので、手で払いのけた。
殺島を見かけると常に女を侍らしている。中学生、高校生、大学生、OL、主婦、年齢の幅はかなり広い。中には親子を侍らしているのを見た事があり、その時はそれはいいのかと思うと同時にこの親子の父親は可哀そうだなとすらと憐れんだ。
確かに殺島のルックスは良い。それに同年代、いやそれどころか世の中の男には感じられない色気と危うさが有るのは女として認める。だがこれほどまでにモテるのかと疑問に思う。
こんなにモテる殺島だから、かなりの女とヤッていると思ったが意外な事にしておらず、キスだけでしかも舌も入れないらしい。あくまでも自己申告で確証はないが。
ガンマ曰くこの年代の男なんてサルみたいにヤリたいらしく、以前寝た高校生にちょっと吹っ掛けたら貯金を全部下ろし、足りないときは親の金を盗み取っていたらしい。
それほどまでにヤリたい年頃なのに、キスだけですましているなんて不思議だ。
「それで今日は
「当たり前だろ。そろそろ遠征するか、他のチームみてえし、気合入った奴らならケンカしてチームに加えてえ」
「おう、確かNG市にチームが有るらしい。そこに行くってことで準備しておく」
「よろしくな」
「そろそろ気引き締めていけよ花奈、
「いや問題ねえだろ。警察なんてシャバい奴らばっかだし」
花奈は殺島のシリアスな声色で話す言葉を笑い飛ばす。暴走している時に警察が捕まえに来た時があった。だが簡単に捲けたし、ちょっと威嚇したらすぐに逃げる根性無しばっかりだった。全く怖がることもない。
「そんなことを気にするだけ無駄無駄。そんなこと考えるより今日の暴走を楽しむことを考えようぜ。じゃあな」
話は終わりとばかりに話を切り上げ、バイクに乗り出発し殺島から離れていった。
◆殺島飛露鬼
──警察
はっきり言えば雑魚である。まるで恐れることがない有象無象、極道時代は活動を押さえつけられていたがそれは忍者によって抑えつけられていただけであり、警察の力ではない。暴走族時代でも機動隊すら歯が立たず、警官やパトカーの屍の山を築き上げた。
だがそれは前の世界の話だ。
聖華天の人数は最終的には10万人だ。警察を蹴散らせたのもこの圧倒的な数の暴力によるものだ。30人など10万人に比べれば象と蟻ほどの違いがある。
それに質も劣る。覇威燕無礼棲のメンバーの戦闘力は聖華天のメンバーと比べればハッキリと落ちる。仮に30人でも極道技巧を持っているアルファ、シグマ、オメガ、そして殺島が居れば30人でも警察を蹴散らす自信はある。
だがハイエンプレスで極道技巧を持っている人間は殺島と花奈以外居ない。そして花奈の極道技巧は戦いには使えない。
現時点で警察は充分に脅威である。それ故に殺島は警察を警戒し出来る限り遭遇しないように気を付けていた。だがこれだけ暴走をしたら注目され捕まえに来るだろう。
聖華天と同等の戦闘力を得て警察に見つからないようにする方法は考えてある。だが実行に移すのは花奈次第だ。
花奈がどれだけの覚悟でどれだけの熱意で、そして人様踏みにじる迷惑な手段でしか幸福を感じられない孤独な者かによって決まってくる。
そして気になることはもう1つ有る。それはヤクザの存在だ、前の世界での暴走族、聖華天が全国の暴走族を統一する前はヤクザの下部組織化しており、ケツ持ち料などの支払いを強要され、クスリの売人などをさせられていた。
規模が大きくなればそれに目を付け勧誘や傘下に入ることを強制してくるかもしれない。
花奈がやりたいのは暴走であり悪事ではない。暴走の結果悪事をすることがあってもヤクザがするような悪事をしたいわけではない。何としてもそれは防がなければならない。
それを防ぐ為には金と力だ。力がなければヤクザに屈し、金がなければ金を稼ごうとクスリの売人に手を出す。力の方はヤクザがちょっかい出さないようにする手段は考えてある。
金の方は親の保険金や遊んだ女達のプレゼントを売り飛ばして、入ったメンバーのバイク購入費にあてているが、人数が増えれば底をつく。これも手段は考えてある。
花奈のことや今後の覇威燕無礼棲の運営について考えていると30代ぐらいの主婦がこちらを見つめている。殺島は主婦に近づき声をかける。
「こんちは
主婦は目をトロンとさせながら頷いた。
◆生島花奈
「よし!覇威燕無礼棲!
「おう!」
30人分の返事が夜空に響く。みんな良い顔をしており気合いが充実している証拠だ。新人も最初は頼りない顔をしていたが、今ではギラギラと目を輝かせ暴走の魅力に憑りつかれた目をしている。この暴走を楽しむ心が他のメンバーに伝播し増幅する。まさに理想的な状態だ。
「デルタ!今日は他のチームに乗り込むからな!喧嘩になったら任せたぞ!」
「任せとけ!」
花奈の声にデルタは力こぶを見せてアピールする。その巨体と相撲で鍛えた体を持つデルタはチームで喧嘩最強だ。
「ガンマ!お前はそれなりでいいや」
「ワタシにはこれがある」
ガンマは特攻服の裾を捲し上げると腕にはチェーンが巻かれており、それを器用に取り外し手に持つと振るった。
「おお!スゲエな。どこに手に入れた」
「自転車をバラシて作った。先端にナイフをつければさらに殺傷力が上がる」
花奈も喧嘩をするときは素手でやり、武器を使うとしても周りに有るものを即興で使うだけで、武器を携帯するという発想は無かった。
ガンマは今まで喧嘩をしてこなかった。その分武器で補おうと考え、他のメンバーが持っている鉄パイプや釘バットを持ってくると思っていたが、こんな武器を作ってくるとは。その発想とそして時折見せる躊躇の無さは目を見張るものがある。
心臓の鼓動がいつもより脈打つ、ワクワクしている。チーム同士の抗争は暴走族の華の1つだ。チーム同士の喧嘩、メンバーを決めてのタイマン決着、昔漫画で見た不良漫画のワンシーンが思い浮かぶ。願わくば気合入ったチームと喧嘩したい。
「目的地はNG市だけど、行ってどうする?」
「市内を暴走だな。そしたら突っかかってくるだろう」
ガンマの質問に答える。縄張りを荒らせばシマを荒らすなと自然に地元のチームが撃退しにくる。来なければ走るだけの燕無礼棲みたいなシャバいチームということだ。傘下に入れる価値も無い。
チームはN市の上道と呼ばれる国道を通ってNG市に向かう。ふと殺島に言われたことが頭に過り、周りを見渡す。警察が来ても怖くは無いが、会わないことに越したことはない。
「
突如後ろから大声が聞こえてくる!この声は殿を任せていた殺島の声だ。後ろを振り向くと白いバイクに白いヘルメットに青い服、白バイだ。しかも数が10台、今まで最多の人数だ。殺島は蛇行しながら白バイを食い止めるが、数が多いだけに何台かにすり抜けられてしまう。
暴走が中止になるのは癪だが仕方がない。花奈はいつも通りメンバーに逃走の指示を出す。だがいつも通りにはいかなかった。
白バイは逃走の動きを読み強引に進路をカットして停止、あるいは転倒させ動きを止める。奴らはバイクのプロだ。バイクに乗り始めたメンバーとはレベルが違う。こんな荒っぽい運転をしても怪我をさせない自信があるのだろう。それでも相当強引なやり方で一歩間違えれば大怪我を負わせて世間から批判を向けられるだろう。これが殺島の言っていた気合いを入れていくということか!
白バイ達はメンバー達を逮捕しにかかり、メンバー達も反抗し抗争用に持っていたバットを使うが組み敷かれ次々に拘束されていく。残っているのはデルタ、殺島、ガンマだ
デルタは白バイに数人に囲まれながらも抵抗している。殺島はバイクに乗りながら必死に逃げ回っている。ガンマは特製の武器を振り回し、それに警戒した白バイは躊躇している
「ギャア~!!」
「痛てえよ!クソポリ!」
メンバー達は叫び声をあげ暴れまわる。それが気に入らないのか警察は一発殴りつけた。
「何してんだテメエ!!!」
花奈は逃げていたがUターンを決め激昂し目を血走らせながら引き返す。あのクソポリはメンバーを! 仲間を傷つけた! 許さない! 殺す! 殺す!バイクを乗り捨てると近くに居た白バイに向かって行く。
花奈は強い。その躊躇の無さとケンカのセンスを持っており、ハイエンプレスでも女性ながらデルタ、殺島に続き3番目に喧嘩が強かった。だがそれはあくまでも不良のなか、一般人レベルで強いという話だった。
金的への蹴りをあっさり防がれ拘束される。相手は市民の平和と安全を悪から守る為に日々鍛錬を積んでいる。人々を暴力から守る力を持つ一種の暴力のプロだ。勝てる道理がない。
「離せ! 離せ! クソが!」
花奈もメンバーと同じように叫び声をあげ暴れまわる。視界には拘束されるデルタとガンマの姿が映る。屈辱と悔しさで目には涙が浮かんでいた。すると白バイの拘束が緩むと同時に誰かが体を抱え上げる。
「逃げるぞ花奈!」
殺島は有無を言わさず抱え上げバイクを発進させる。それをさせないと白バイ達は立ちはだかるが巧みな運転で掻い潜る。
「離せ! 離せヤジ!」
花奈は暴走している時は暴走族王と呼ぶという自分で課した決まりを忘れ殺島の名前を呼び暴れる。メンバー達がどんどん遠のいていく。デルタが、ガンマが、メンバー達が捕まる。助けないと。だが殺島の掴む力は信じられないほど強く、拘束を解くことができなかった。
◇◇◇
「ヤジ! テメエ! 何してんだよ!」
バイクを走らせてから暫くして花奈達は廃棄されたボロ小屋の中に入り身をひそめる。花奈は小屋に入るや直ぐに殺島の襟首を掴んで壁に押し付け全力で殴った。
「何逃げてんだよ! 2人で皆を助けるんだろうがよ!」
「
殺島はいつものような笑みを浮かべる。いつもなら好意を抱く笑みだが、この場においては花奈の怒りを注ぐだけにすぎず、もう一発全力で殴った
「黙れ腰抜け!」
「あの状態で俺達2人で
殺島の言葉に花奈の振り上げた手は止まり俯く。
分かっている。あの状態では警察には勝てなかった。もしあの場で殺島が1人逃走しても文句は絶対に言わなかった。1人でも多く逃げるのが最善、殺島の判断は正しい。殺島を殴ったのは完全に八つ当たりだ。
「アタシ達が何したっていうんだよ! ただ暴走しているだけなのにポリ共は捕まえに来やがる!」
花奈は涙を流しながら思いのたけを叫ぶ。
ちょっと喧嘩して暴走してそのついでで騒音でパンピーを病院送りにしたり、勝手に事故ったりしているだけだろう! それの何が悪い! 好きな事をして何が悪い! それなのに警察は邪魔してくる!
「花奈、どんなことをしても
殺島が肩に手を置き優しく語り掛ける。それはうっすらと残る父親の姿を思い浮かび上げさせた。そして自分の決意を見極めようとする厳しさもあった。
「当たり前だろ!」
「分かった。この
殺島は花奈の言葉を聞くと覚悟を決めたように頷いた。
◆殺島飛露鬼
「これを使う日が来るか」
殺島はベッドに寝転がりながら、指に摘まんでいる3枚の黒い紙切れを見つめながら独り言を呟く。
──
1切れでネズミがクマを殺す力を得る麻薬。何故か知らないが気づけば3枚だけ存在していた。
その1枚を使用して考えていた計画を実行する。それは広域指定暴力団の1つ宝島会への襲撃である。
宝島会を襲撃し金を強請り武器を調達する。これでハイエンプレスの運営資金を調達し、警察に対抗できる武器を獲得する。一石二鳥だ。
殺島はあの状態ではメンバーを救う事は無理だと言った。だがもしリボルバーが一丁でもあれば、
「こっちでは
花奈は暴走しただけで悪い事はしていないと言った。その倫理観では全く悪いと思っていないのだろう。
だが現実には騒音で人々を不眠症にして、信号無視などの違法な走行で事故を誘発させている。世間にとっては十分な悪事である。
殺島も世間的には悪い事と分かっていながらも自分の価値観では悪いとは全く思っていない。だからこそ前の世界における首都の大動脈である帝都高速道路を逆走し火の海に沈め、何万人もの死傷者を出すという大惨事を引き起こした。
一般人が目を覆いたくなるような悪事でも全く悪事と思わない孤独な者、それが暴走族や極道であり殺島である。
そして花奈も着実に思考が極道寄りになっている。今後はますます殺島と同じように染まっていくだろう。
花奈はこれからも人様を踏みにじる迷惑な手段で幸福感を得て、メンバーに幸福感を分け与えるだろう。そしてその道を選んだなら全力で支えて支援する。
「それに
殺島はヘルズクーポンを強く握りしめる。
最初は覇威燕無礼棲にそこまで深入りするつもりはなかった。だが僅か1ヵ月だがメンバーと暴走して覇威燕無礼棲というチームとメンバーに愛着が湧いていた。
あの時は花奈を優先させたが、メンバーが拘束される姿は見ていて辛く、怒りではらわたが煮えくり返りそうだった。覇威燕無礼棲は聖華天と同じもう一つの家族だ。精神年齢39歳であれば父親としての立場だろう。
子供達の身を守り夢を叶えさせる。それが父親だ。