♢オールドブルー
オールドブルーは廊下を走りながら外に待機していたライトニングを数名選出し護衛につかせた。
プリンセス・ライトニング、これはオールドブルーが研究してきた人造魔法少女計画で作られた現時点で最高の性能を持つ人造魔法少女である。それと同時に研究していた人間でありながら魔法少女と同等の力をつける強化人間計画は頓挫した。
密かに期待していたが殺島以上の素体は現れず、殺島ですら目の前のライトニングには及ばない。
オールドブルーは急停止し、後続のライトニングに警戒するように指示を出しながら一歩踏み出る。すると床が割れて下から一人の魔法少女が現れた。
ピティ・フレデリカ、今は現身カシキアカルクヒメである。この魔法少女は魔法少女を愛している。それはオールドブルーの魔法少女消滅という目的とは決して相いれず、排除しなければならない敵である。今がその時だ。
オールドブルーは即座に口に入れていた紙のビニールを剥がし、ライトニング達も同様にビニールを剥がす。その瞬間目の周りに血管が浮き出て体中に力が漲る。強化人間計画は頓挫したが決して無駄ではなかった。その1つがこの改良型ヘルズクーポンだ。
元々のヘルズクーポンは殺島が使用していたもので、ねずみが摂取すれば羆すら倒せるようになる品物だ。だが魔法少女の高い解毒能力ではヘルズクーポンを摂取しても効果はなかった。
何とか活かせないかと研究した結果魔法少女にも効果があるヘルズクーポンを作るのに成功した。改良と言っても元のヘルズクーポンにひと手間加える程度で済んだ。もし一から同等の効果があるドーピング剤を作ろうとすれば普通であれば不可能、仮に出来ても途方もない時間がかかり今摂取するのは不可能だった。
オールドブルーは前に出て掌底を顎に入れようとするが避けられる。フレデリカの表情は明らかに驚きが滲み出ていた。
♢ピティ・フレデリカ
オールドブルーを過小評価していた。驚いたことに攻撃が次々といなされる。
現身と魔法少女であればその身体の力や頑丈さは大きな差が有り、現身となった今であれば攻撃が掠っただけでオールドブルーの骨は砕けるがふんわり受け流される。何かしらの技術を要していなしている。それだけであれば過小評価と判断していない。問題はその体だ。
仮に技術を駆使せず普通に受けても単発であれば防ぎきれる。触った感触がそう結論づけるほどの頑丈さである。
そして身体能力も予想より遥かに高く攻撃が何発か当りそうになっていた。
その圧倒的な身体能力のオールドブルーの攻撃を受けても致命傷にはならない。現身はそこまで柔ではない。だが厄介なことに耐久力の問題ではなく、受ければ重大なダメージ、下手したら致命傷になりかねないと魔法少女の6感が囁く。
確かに脅威だが一対一であれば能力の差で押し切れるが今は一対一ではない。三方向からライトニングが電撃を放つ、その電撃の1つはオールドブルーの背後から放たれたが不自然にオールドブルーを避けてフレデリカに向かう。
フレデリカは全力で躱し校舎に飛び込む。雷撃が当った一帯は完全に炭化していた。この電撃は受けたら致命傷を負う。致命傷?現身が一般の魔法少女の攻撃を受けて死ぬ?それはあり得ない。そう頭の中で否定しながらも冷静なフレデリカが結論付ける。
フレデリカは右に左に雷撃を躱し、右から迫りくる眼球が黒いライトニングの剣撃をスカートで弾き、左からくる同じく眼球が黒いライトニングの腹部を蹴り抜き後方に吹き飛ばし、上から降りてくる眼球が黒いライトニングの剣の振り下ろしを十字受けで防ぐ。手に重い衝撃が伝わる。
何という身体能力だ、あのオールドブルーすら凌ぐ身体能力、仮に一対一でも苦戦する可能性があるレベルだ。
ライトニング2人が間合いを取り電撃を放ち必死に回避する。その逃げた先に先ほど蹴り飛ばしたライトニングが突っ込んでくる。先程の蹴りで腹部に風穴を開けたはずが傷は完全に再生している。勢いの乗った突きを辛うじていなす。
そこからは互角と言って差し支えない戦いだった。フレデリカは現身の力と今まで培った技術を駆使してライトニング達にダメージを与える。だが驚異的な再生能力で瞬く間に再生し攻撃を繰り出す。その攻撃は躱しきれず着実にダメージを与える。
現身こそ魔法少女の頂点だと思っていた。だが3対1といえど互角に戦える魔法少女がいるとは夢にも思っていなかった。最初に脅威と思っていたオールドブルーは意識から完全に消え去り、ライトニング3人だけに向けられていた。
オールドブルー達と交戦開始してから30秒ほど経過した時だった。フレデリカの背後に衝撃が走ると同時に口、鼻、耳、目、様々な部位から血が噴き出る。振り向くとオールドブルーの指が深々と突き刺さっていた。
これで愛すべき魔法少女を見守り愛でることができなくなる。フレデリカは最後の力を振り絞り背後を振り向きオールドブルーの姿を見ながら呪詛を心の中で吐き続け意識を亡くした。
♢オールドブルー
「お疲れさまでした」
オールドブルーは爆散するライトニング3人に礼を言う。結果を見れば楽に勝てたかに見えたが実情は紙一重であった。
ピティ・フレデリカと打ち合い本質を知る魔法で察する。これは出し惜しみしている場合ではない。
即座にハンドサインでライトニング達に指示を送る。その指示は口内にあるもう一枚の改良型ヘルズクーポンを摂取しろと。
かつて殺島にヘルズクーポンを2枚摂取したらどうなるかと尋ねた時に資質が無い者はその場で爆散、資質がある者でも能力が上がるが5分後に死ぬという答えが返ってきた。
それも改良型ヘルズクーポンでも出来ないかと多くの素体を犠牲にして研究した結果、実現可能になった。
さらにプリンセスシリーズが使用できるラグジュアリーモード、魔法の循環を強化し一時期的に身体能力と魔法を上昇させるが、消耗が激しく使用制限がある技を同時に使わせた。その結果2枚摂取より強くなれるが40秒で絶命するようになった。
強化されたライトニング達は現身になったフレデリカに迫るものがあり、クーポンで強化されたオールドブルーすら下手に加わったらライトニング達の邪魔になるほどだった。
オールドブルーはフレデリカに一撃を与えられるチャンスを待った。ライトニング達でフレデリカを倒せれば良し、だが見ている限りでは可能性は少なく、2枚摂取に耐えられるライトニングはこの3人だけである。これを逃せばチャンスは訪れない。
そして30秒後にチャンスは訪れた。オールドブルーは即座に飛び込み攻撃を加えた。オールドブルーの本質を知る魔法によって、弱点と呼べる特定の部位を知り、そこに攻撃にすれば一撃で倒せる必殺の一撃を持っていた。
これで邪魔者は消えた。爆散した3人に黙礼して目的地に向かった。
♢姫川小雪
小雪は教材を鞄に仕舞うと大学にある図書室を後にし、大学正門抜けて10分程歩き駅周辺に着く。改札に向かおうとしたところ足を止めて進行方向を変える。
その先には自転車が駐輪し別の場所に移動させる。点字ブロックの上に置かれていると利用者に迷惑が掛かってしまう。移動させた後にチェーン店の喫茶店に向かっていく。
「お先に失礼します」
小雪は同僚に挨拶し更衣室を出ていく。スマホを見ると時刻は22時を過ぎていた。友人から連絡がきていないかとチェーン店の喫茶店がある建物出入口付近でスマホをチェックする最中、SNSで来年のキューティーヒーラーシリーズの情報が目に入る。
もうそんな季節か、そういえば数年前であれば今の時間帯は魔法少女として町中をパトロールしていた。キューティーを切っ掛けに過去を懐かしみ感傷的な気分になる。もう魔法少女でなくなって2年になる。
2年前、この世界から魔法少女は居なくなった。噂ではオールドブルーという魔法少女によって魔法少女に変身できなくなるようになったと訊いている。
それは多くの魔法少女に混乱をもたらした。ある者は魔法少女で生活しているのに収入源が無くなると怒り狂い。ある者は魔法少女であれば何物でもなくなると泣き叫んだ。そして小雪も他の魔法少女と同じように混乱しショックを受けていた。
理想の魔法少女になるためにプライベートを犠牲にして、魔法少女狩りと呼ばれながら悪党魔法少女を捕まえ監査部で働いてきた。魔法少女スノーホワイトは小雪にとってアイデンティティの1つだった。そのアイデンティティを失う。
小雪は大いに落ち込み暫く部屋に引きこもっていた。その生活の中一つの答えを出す。
確かに皆が望む清く正しい魔法少女にはなれなくなった。だがそれは魔法少女になれないから無くなるものではない。清く正しくあろうとする意志は魔法少女でなくても抱き続けられる。
それから小雪はかつて抱いた理想を抱き続けながら生活していく。スノーホワイトとして人助けしたようにボランティアに励み将来の為に勉学に勤しんだ。
悪党から弱く正しい人を守るためにはどうすればいいかと考えると将来の進路は警察官になっていた。かつて所属していた監査部は魔法少女の警察のようなもので、この進路はある意味自然だったのかもしれない。
スマホのチェックを終え駅に向かおうとすると、エンジン音と金管楽器のような音が聞こえてくる。その音源に視線を向けると大量の光が見えてくる。そこにはバイクに乗り特攻服を着た暴走族が我が物顔に道路を走っていた。
5年前にハイエンプレスが起こした首都高暴走事件は大きな爪痕を遺した。破壊された首都高の修復もさることながら、あの事件で多くの警官が殉職し、それに恐怖したのか辞職者も増加し警察官を志す者も軒並み減少、今は慢性的な人手不足に陥っている。
そして暴走族だが殺島のメッセージの影響か暴走行為は全くしなかった。だが魔法少女が居なくなってから数カ月後、誰かが死ぬのを覚悟で暴走を決行した。
当然のように小雪はスノーホワイトになれないので止める術はなく暴走は完遂された。その報せを知り各地で次々と暴走行為が実行された。殺島のいう孤独な者達は大人の辛い現実に耐えきれず暴走した。
警察も暴走行為を止めようとするが、警官の人数が減り暴走族の人数が想定より多いのに加え凶暴さも増しているせいか、暴走を阻止できず今や日本は暴走族の天国となっている。この結果に殺島は喜んでいるのか悲しんでいるか、ふと嘗ての友人に想いを馳せる。
「殺島君には悪いけど、今度こそ暴走族を止めるから」
小雪はこの世にいない殺島に宣言するように呟く。警官になって暴走族を止める力を手に入れる。それはいつになるか分からない。だが魔法少女ではなくなっても弱く正しい人を守る努力を止めるわけにはいかない。
「早く来いボケ!」
「いや、離して!」
声がした方が方向振り向くと柄が悪そうな男と小雪と年代が近い女性が争っていた。男は女性の手首を掴むと強引に近くのワゴン車に連れ込む。女性は誰か助けてと必死に叫ぶが周りに居る人々は存在を無視するように素通りし、女性を連れ込んだワゴン車は出発する。
その瞬間小雪は近くのタクシー乗り場に走り適当なタクシーに乗り込み、黒のワゴン車を追跡するように運転手に指示を出した。
暴走族が隆盛を極めたことによる警察の弱体化のせいか、ヤクザ達も暴威を振るっていた。かつて暴力団対策法が執行され虫の息で半グレが台頭していたが、暴力団のテロ行為により政治家や警察のお偉方が次々と屈し、今や暴対法は有名無実と化しているとネットの記事で見たことがある。
普通に考えれば一笑に付すが明らかに暴力団が表に出ているのは一般人でも実感できるほどで、父親の友人も暴力団によって恐喝されていると聞いたことがある。
ワゴン車は走り続けN市の城南地区に突きある雑居ビルに止まり、柄の悪い男が女性をつれて入っていく。その建物に見覚えがあった。
かつてN市で薬物を蔓延させた宝島組の事務所だ、殺島のメモの中でN県を中心に売り捌いていると知り、スノーホワイトとして事務所に襲撃して潰したはずだった。だが数年経ち、ほとぼりを冷めたと再結成したのか。
小雪は遠巻きにビルを見つめる。スノーホワイトに変身できればかつての二の舞にするのだが、今は無力な小雪では何もできない。警察に相談しても怖気ついてなあなあにされるか、そもそも癒着している可能性もある。
小雪にできることは何もできない。だが清く正しい魔法少女を志す者として見過ごすわけにはいかない。何かできることがあるか?小雪は頭をフル回転させ沈黙思考に入る。
「おい」
小雪は後ろを見るとそこにはワゴン車に居た柄の悪い男と似たような男性が居た。
「何ジロジロ見てんだ。
突然の問いに答えを窮する。予想外の出来事に動揺し言い訳が全く思いつかない。
「とりあえず事務所に連れていくか」
男は淀みない動作で小雪の手首を掴む。思わず振りほどこうとするがびくともせず、引きずられるように事務所に向かう。
小雪は今や一般人だ、だが魔法少女狩りとして悪党魔法少女を検挙していくなか、多くの悪意に触れてきた。その中には自分の為に平然と他者を踏みにじり、悍ましい犯罪をしてきた魔法少女を見てきた。
そして人間も変わらない。暴走の為に平然と放火し人を殺すハイエンプレスのメンバーのように何の躊躇もなく悪事を働く人間もいる。この男はそれと同類だ。
小雪は攫われた女性のように助けを呼ぶ。だがここ城南地区は歓楽街、この程度の騒ぎは日常茶飯時で駅前以上に誰も見向きもしない。さらに男の胸にあるバッチが宝島組の構成員であると雄弁に語り、この地区で働く者であれば宝島組に逆らうなというのは常識だった。
小雪は男に引き連れられ宝島組の事務所に連れ込まれる。事務所の中央には拉致された女性が涙を流しながら座り込み、構成員たちが囲むようにして立ち、奥には中年の男性が椅子に座りふんぞり返っている。
「おいサブ、その
「事務所を覗いてたんで
「馬鹿だな、その
その言葉に組員たちは大笑いする。警察と極道との癒着は可能性の一部として考えていたが、本当に海外の治安の悪い国のようなことが日本で起きているのか、その事実にショックを受けると同時に身の保証に大きな危機感を抱く。
「これも何かの縁だ、とりあえず
「でもこの
「
「なるほど、
血の気が一気に引くと同時に戦慄する。息を吸うように邪悪な提案をして周りも平然と受け入れる。これが極道、もはや人間じゃない。
一方攫われた女性は身の毛もよだつ会話に身の危険を感じて泣き叫びながら許しを請う、だがそれが気にくわなかったのか組員の1人が頬を張り黙らせる。
小雪は泣け叫びたい衝動を堪え頭を働かす。何かないのか、このままでは人生が終わる。だが無情にも妙案は思い浮かばず、その間にソープに売り飛ばす算段が着実に進んでいた。
脳内で現実逃避雄するように今までの思い出が蘇る。両親の顔と友人達の顔、そして魔法少女の記憶と出会った人々、そうちゃん、アリス、リップル、殺島君、ごめんね、もう清く正しい魔法少女は目指せない。次第に意識が薄れていく、このまま起きたら全てが夢だったらどれだけ良かったか。
──てめえ、何者だ
──用事ついでにヒポマイの聖地巡礼に訪れたら、酷い光景を見せられて少々
薄れゆく意識の中でその目で確かに見て聞いた。泣き叫ぶ組員と宙に舞う生首を。
──
「あら、お目覚めですか、加減を間違えましたわ」
目を開けると黒のスーツで黒髪で目が隠れていた女性の顔と月が見える。女性はバツが悪そうな顔を見せている。
「私は……バイト帰りで……攫われている女性を見つけて……」
「いえ、貴女はお酒を飲み過ぎたようで、偶然通りかかった私がご自宅まで運んでいるところです」
「いや……違います……ヤクザの事務所に拉致されて、眠くなって、ヤクザ達が泣き叫んで首が飛んだ。貴女がやった」
小雪は朦朧とした意識で言葉を紡ぐ。言葉だけ聞けば酔っ払いの戯言だろう。だが妙な確信があった。魔法少女としての経験が超常的な事態に対する耐性を身につけ、女性が圧倒的な力でヤクザ達の首を飛ばして殺害したという結論を受け入れた。
それに女性がヤクザの首をついた際の独特の握り、人差し指と薬指、親指と小指をぴったりとくっつけて円錐を作っていた。
あれは殺島との戦いで左手と右目を奪われた突きと同じ握りである。あれは凄まじい威力だった。魔法少女ではなくても超人が繰り出せば首を飛ばせるという説得力がある。
「どうやら相当にお酒を飲み過ぎたようです。ご自宅に運びますのでゆっくり睡眠をとってください。そうすれば全て忘れますわ」
「違います。夢じゃない、貴女がヤクザの首を飛ばした。それに眠くなったのも貴女が何をしたから」
小雪は思ったことをそのまま口に出す。最初は妄想だと思ったが口にするたびに真実のように思えてきた。その言葉を聞いた女性の雰囲気が変わる。優し気な雰囲気が冷たく重くなる。
「彩一生の不覚ですわ。まさか
健田彩と名乗った女性は小雪を近くの壁に寄りかからせると殺島が見せた独特な握りを見せる。表情は見せないが命のやり取りを何度もした職業魔法少女と同じ雰囲気があった。
「私はかつて魔法少女だった。弱くて正しい人を守れる清く正しい魔法少女になりたかった。でも魔法少女は居なくなって、魔法少女でなくても清く正しい魔法少女は目指せると思って生きていました。でも力が無ければ守れない。昔同じ思いをしたのにすっかり忘れていた。可能性を追わないでそれが最善だと思い込んで納得してしまった。教えてください。どうすれば健田さんのような眠らせる特殊能力を得て強くなれますか?」
小雪は眠気を堪えながら這うようにして近づき健田の衣服を掴みながら這いあがる。どうせ死ぬのであれば思いの丈を全てぶつける。そして今の言葉は本心だった。
強くなりたい、力が欲しい。魔法少女選抜試験で何もせずに多くの魔法少女を死なせた当時の悔しさがと渇望が蘇る。
まだ理想の魔法少女を目指す手段は残っている。であればそれを求める。そうしなければ理想を託した友人達に顔向けできない。
健田は小雪の顔を数秒見た後大きくため息をつくと小雪を優しく地面に下ろし、ポケットからスマホを取り出した。
「もしもし長ですか、彩です。誠に申し訳ありませんが
「姫河小雪さんでしたか?再度確認します。私のような力が本当に欲しいですか?」
「はい」
「修業は地獄のように厳しくその際に命を落とす可能性もございます。それに力を手に入れても平穏な日常は訪れません。さらに私と同じ力を手に入れようとすれば、こうなる可能性は極めて高いです」
健田は顔の上半分にかかっていた髪をかき上げ、思わず小雪は思わず息をのむ。目元を中心に爛れ、見る者全て思わず目を逸らしてしまうような醜い顔だった。
「こうなれば女性としての幸せは得られないでしょう。初めての事態で
小雪は思わず苦笑する。生きる可能性があったのに目撃されたので始末しようとしていたのか、それで死んだらたまったものではない。この人は意外と抜けている。
「引き返しません。魔法少女になった時から平穏な日常は捨てていました。今更変わりません」
「分かりました。ではアジトに向かいましょう。貴女が試練を乗り越え力を手に入れるのを願っていますわ」
健田は手を差し伸べ小雪も応じ手を握る。死ぬ可能性があるというほどの凄まじい訓練、それは強さを求めフレデリカの指導を受けリップルと組手をした日々より辛いだろう。
でも決して挫けない。今はそうちゃんとアリスとリップルと殺島君の理想と想いを背負っているから。
──
「よっ」
「よっ」
二つの下り階段が交差する踊り場、そこで殺島と花奈はお互い同時に手上げて挨拶する。
「ここに来たってことは
「悪い、スノーホワイト、ピンク髪の魔法少女に負けた。そしてやっぱり
「何で
「ピンク髪と
「何処で
「I袋」
「
「それについても話すが、歩きながらだ。まだまだ先は長そうだ」
殺島は親指で先が見えない階段の先を差し、二人は横に並んで歩く。今までの階段と違って横幅が広かった。
「因みにどうやって負けた?」
「敗けじゃねえ、
「そうか、
殺島は花奈の頭に手を置く。数秒ほど嬉しそうに身をゆだねるが恥ずかしさを感じたのか手を払いのける。
「それなのにヤジが負けたら意味ねえだろうが!」
「だからワリいって。これでも
「それするとどうなるんだよ」
「
「だったら
花奈は笑みを浮かべながら息を漏らす。明日を捨ててまで挑んだ者を罵倒するわけにはいかない、それをすれば唯のカスだ。
「アタシが戦った忍者風の魔法少女、あれは華乃、あのつばめの墓であった
「
「アタシも
「というオレもピンク髪の魔法少女が小雪だった。ほら、つばめの墓で会った
「
「だな、まるで誰かの描いた
「でも手を抜いてねえ。華乃の魔法少女としての
「オレもだ。小雪は友達だ、殺したくねえから
「アタシもだ、リップルは、華乃は愛を持って殺そうとしてくれた。
2人はしみじみと噛みしめる。友人と殺し合うのは悲劇としか言いようがなく、結果2人とも負けて覇威燕無礼棲は夢を潰された。文句なしのバッドエンドだが、それでも愛を持って戦った友人に幕を下ろしてもらったのはせめてもの救いだった。
そこからお互いどのようにして戦い負けたか語り合う。その雰囲気は失敗談を笑い話のように話す。和やか空気だった。
「花奈、何でこっちに
和やかな空気が一変し殺島は真剣な口調で問いかける。ここに花奈が居ると言う事は過去や今の自分の時のように上を、天国に行くことを選べたはずだ。向かう先は嬉しい事も楽しい事もない地獄だ。そんな場所に行ってもらいたくない。
「何でそれを知ってる?」
「そんなもんは
「それは
花奈は即答した。本当は殺島と同じように悪い事をした責任を取らなければならないという想いも含まれていたが、それを言うのは省略した。それだけであれば天国に行っていた可能性もあった。
「
殺島は明朗に笑う。実に花奈らしい答えで納得しかない。
「そういうヤジは何でこっち来た?」
「それは大人として
「
「
「
花奈は目を見開きながら呟く。最初は冗談だと一笑しようとしたが、その目を見て事実であると長年の付き合いで培った勘で分かった。
「そして
そう言った瞬間花奈は左手で殺島の胸倉をつかむと同時に右拳を全力で降り抜いた。殺島に鋭い痛みと鈍い衝撃が駆け巡る。
「これで
「
花奈は屈託のない笑顔を向ける。人を殴っておきながら笑顔をみえる花奈は一般的におかしいが殺島にとっては完璧と呼べる対応だった。贖罪を求めているのを瞬時に察し殴ってくれた。
本当なら自分に向き合っていない事にキレても仕方がないのに他人を想ってくれた。最高の友人である。ついでに階段の外に落ちないように襟を掴んで落ちるのも阻止してくれた。
「だから視線が時々
「
「だな」
花奈はくつくつと笑う。殺島を揶揄ったつもりだが恥じることなく本音を吐かれて思わず笑ってしまった
「最初は娘の花奈と重ねたがでもいつしかそんな想いは消えた。
花奈は思わず顔を背け涙を堪える。今までつるんでいたがこれほどまでに褒められたことは無かった。不意打ちすぎる。ノーガードでフィニッシュブローを貰った気分だ。
「おい、
「うるせえ
花奈は赤面しながら叫ぶ。生前であれば恥かしくて口が裂けても言わないだろう。だが今は死んでいるので恥はかき捨てでもいいと思い始めていた。何より人生の恩人に礼を言わないのは間違っている。そんな気がした。
「うるせえよ、未成年の主張か」
「なんだそれ、アタシは若いから何十年前のネタなんてわからねえ、それとも前世のネタか?」
「前世ネタだな。しかしもう少し
「だから娘と比べるな。また殴るぞ。それでどんな
「優しい
「親バカが、そういえば前はどうだったんだ?、暴走族だったのか?」
「
「ふ~ん、まあまあだな。でも覇威燕無礼棲のほうがスゲエ」
「いや聖華天だって負けてねえぞ。アルファ、シグマ、ガンマっていう奴が居るが
それから聖華天の武勇伝を語る。エピソードを語るたびに大いに驚き笑い怒り悲しんだ。実にいいリアクションをとってくれる。
そして忍者によって総勢10万人のうち5万人、文字通り半殺しされて解散に追いやられたエピソードを語った時は殺島が引くほど忍者に対してキレていた。
そして20年を経てメンバー全員が集まり首都高を暴走した話をした時には20年も暴走できない苦痛に耐えたメンバーを「すげえ」と混じり気のない賞賛の言葉を送っていた。
メンバーの苦痛と耐えた忍耐力を認めてくれた。それは暴走族神として心のそこから嬉しかった。
気が付けば目の前に光が見えてくる。あの光の先が地獄の入り口だ。
「さてといよいよ地獄か、どんな
「
「あ?どういう意味だ?」
殺島は花奈の質問に答えず地獄に踏み入り、花奈もそれについていく。すると一面を埋め尽くすほどの暴走族が出向かえる。
「どこ行ってたんだよ
「
「
アルファ、シグマ、オメガが殺島を出向かえる。体感時間にして約3年会っていなかった。だが何十年も顔を合わせていなかったようで、3人の顔を見て安堵していた。
「それで、
「特攻服着てるってことは
「まさか
皆が花奈に好奇の視線を向ける。一方花奈はその視線に対して明らかに不機嫌さを募らせていた。
「
花奈は自慢気に自己紹介する。だがその態度と言葉全てが聖華天メンバーの神経を逆なでする。
──てめえ!
──なに
──
メンバーから怒号のような罵倒がぶつけられるが花奈は平然とした顔で受け止めるどろか、ニヤケてメンバーを煽る。
「ヤジはアタシの
花奈は同意を求めるように振り向き殺島は苦笑いを浮かべる。確かに言ったがあれは誰も居なので言えたのであって、メンバーが居る前では言えるわけではない。
「
するとオメガがバットを握り締めながら今でも殴り殺そうという形相で花奈を見つめる。
「お前が
花奈は意気揚々とオメガにメンチを切る。舐められるのが大嫌い、死んでもその気質は変わらない。
花奈はどこから調達したバイクと日本刀を持って対峙する。2人の喧嘩は壮絶を極め5万人が血沸き肉躍った名勝負となった。
「流石ヤジが作ったチームの
「お前もな、
そこから改めて花奈が覇威燕無礼棲時代の殺島との関係性とその日々を語る。花奈は相変わらず話下手だったので殺島が要所要所で補足と説明を加える。
「あれだろ、
「しかし魔法少女とか
「娘がフラッシュプリンセスとか
「それにしても花奈もよく心が折れなかったな!
「いや、聖華天のメンバーだって、20年間暴走できない生活に耐えたなんて
花奈と聖華天のメンバーはお互いを称え合う。花奈はすっかり打ち解けていた。同じ暴走族であれば苦しみや辛みは理解できる。
何よりオメガと互角という実力が認められる土壌を作っている。聖華天の誰もがリスペクトを抱かずにいられない。やはり花奈は最高の暴走族だ。
「お疲れだったなヤジ、あっちの世界でも俺達みたいな
「本当にヤジは
花奈と聖華天のメンバーのやり取りを見ていた殺島の元にアルファとシグマが近づき、肩に手を置きながら労いの言葉を送る。それは殺島にとって何より嬉しい言葉だった。
「じゃあ、改めて出発の合図よろしく
アルファが代表して殺島に音頭を促し花奈を含めた全員が視線を向ける。
「ッッしゃああオメーラァ!!改めてこれが最後だ!!閻魔が
殺島は喉が裂けるばかりに大声で叫ぶ。それに呼応するように5万1人が大声で叫ぶ。それは地獄の底まで聞こえそうな声だった。
5万1人がアクセルを回しバイクを発進させる。5万1台分のエンジン音と走行音は空に轟く雷鳴に負けないほどの爆音を鳴らし、巻き上げる砂塵は空を覆いつくす。
見なくても感じられる。全員が楽しんでいる。それは聖華天やハイエンプレスで感じた懐かしい感覚だった。
最後に見せてやる!閻魔や鬼どもが思わず参加したくなるほどの暴走を!聖華天5万人と暴走族女神がいればそれはできる!
殺島はそんな夢のような光景を想像しながら地獄の道を暴走していく。
以上で暴走族と魔法少女は完結となります。
相変わらず考えなしの見切り発車で始めた作品でした。
最初の話が2020年9月、それから約4年半を経ての完結、正直忍者と極道は完結していると思っていましたが、幸か不幸か完結していません。もし完結していたら話を大幅に作り変えなければならないので完結できなかったかもしれません。
完結できたのは読んでくださった方、お気に入りに入れてくれた方、コメントをくれた方、誤字脱字を指摘された方など多くの人のおかげです。本当に感謝してもしきれません。誠にありがとうございました。
そして活動報告に書きなぐった後書きのようなものがあります。興味があればお読みください。
あと最後に読んでくださった皆様にお願いがあります。コメントと評価を強請(おねだり)いいっすか?