アソビガの少女たち   作:鈴本恭一

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第10話:軍艦ミクマリ

 

 扉駅から遊技場に入った燐香は、湖の向こうで戦っている巨人を目の当たりにする。

 そしてその巨人が、タコのような巨大な腕に吹き飛ばされるのも。

 

(きよ)!」

 

 湖の柵に身を乗り出しながら、燐香は叫ぶ。

 

「どうしよう、どうしよう……」

 

 あたりを見回す。

 駅舎の前や湖の岸で、黒衣の者達がまばらに戦いを見物している。巨人達の戦いに手を出す様子はない。

 

「助けなきゃ」

 

 どうやって? 分からない。

 何かないかとさらによく周りを見た。

 ………岸壁に、一隻の軍艦が着岸していた。全長214メートルの巡洋戦艦。甲板からタラップが降りている。

 燐香は急いでそちらへ走り、そのタラップを昇る。

 甲板にあがると、船員帽子を被った黒頭巾の係員へ燐香は叫ぶ。

 

「この船を貸して!」

 

 係員は白手袋に覆われた手を燐香に差し出す。

 その手の中に、1枚の紙。

 文字が書かれていた。

 

『料金は遊び終えた後にお支払い下さい』

 

 

********

 

 

「撃って! 撃てるものなら何でも撃って!」

 

 屋根のない露天の艦橋で、燐香は命じる。手元の紙に字が浮かぶ。

 

『了解。主砲を1番から4番まで順次発射。弾種徹甲。副砲は通常弾を装填でき次第斉射』

 

 黒衣の乗組員が燐香の大雑把な指示を実行する。

 艦は右舷を晒す形でクラゲもどきに主砲を向けている。

 4基ある14インチ連装砲が時間差をつけて発射。砲門から閃光と炎と爆風が飛び出た。耳をつんざくほどの轟音。ポニーテールにした燐香の髪が強くはためく。

 続いて右舷から伸びる8門の6インチ砲が一斉に射撃を開始。8個の黒煙が乾舷を汚す。

 それらの砲撃は驚くべき精度で4km先にいる30メートルの目標へ命中。クラゲの傘が金色に輝き、傘を千切らせながら金粉を撒き散らす。照準の調整が済んだのか、もはや至近弾ではなく直接命中させることに成功していた。

 

 ……人間の作った火砲であれば、このような精度はあり得ない。数十メートルの相手に命中させることは想定していからだ。

 しかしこの巡洋戦艦を造ったのは、人間ではない。

 

********

 

 艦砲射撃は正確にクラゲめいた侵入者へ火力を集中していたが、その傘の防御を突破し本体に損害を与えることは出来なかった。

 傘に命中した砲弾は傘に黄金の波紋を波打たせ、傘の一部を爆ぜ割る。が、その奥の本体に破壊のエネルギーは届かず、破れた傘もすぐに修復した。

 皮肉にも砲撃の命中精度が高まったため、侵入者は砲弾そのものを静止させることが出来た。

 砲弾の運動エネルギーを吸収して無力化させることで、地面で爆発させた時よりも被害が小さく済むのだ。傘の破れる範囲もずっと小さくなり、その分修復速度も速い。

 

 ヱ、ヰ、ゑ、ヰ

 

 巡洋戦艦の乱入に最初は戸惑っていたクラゲもどきも、砲撃が傘の防御を突破できるほどではないと分かり泰然と嘲る。

 改めて巨人を料理しようと汐の方を振り向いた、そのとき。

 砲弾が命中する。一発、傘に。

 傘は破裂し、砲弾は落下。傘に穴が空く。今までと同様に。

 傘はすぐに再生―――――出来なかった。

 

 真っ赤な鉄拳が、その隙間を通り抜けたからだ。

 

「当たり」

 

 汐はにやりと笑う。

 中心部にいる汐自身の右腕に、硬い肉の繊維が絡み付いていた。

 その肉は赤く輝き、巨人の右腕に深紅の輝きを湛えていく。

 鉄拳の力。

 

 ヰヰヰヰヰヰヰヰヰヰヰヰ!!!!!!!!!!!!

 

 タコ足の吸盤が絶叫する。

 鉄拳は触手群が蠢く本体部分に容赦なく直撃し、押し潰しながら爆裂。骨の無い躰をどろどろに溶かしてさらに破壊した。

 びぐびぐと仰け反るクラゲもどきへ、14インチ砲と8インチ砲の攻撃が間断なく浴びせられる。

 まだ無傷な部分が多い傘でそれらを防御するも、砲撃を受け止めた箇所が金粉と共に破裂。破れた隙間が再生する前に、またしても深紅の鉄拳が突破。深々と突き刺さる。

 

 ヰゑゑゑヱゑゑゑ!!!!!

 

 悲鳴。

 

「いける、倒せるっ」

 

 侵入者は本体のダメージがひどく、傘の再生が明らかに遅くなっていた。

 すると巡洋戦艦からの砲撃を完全に防御しきれなくなる。

 14インチ砲はかろうじて防御し切れているが、破れた傘の隙間を6インチ副砲がすり抜ける。45kgの砲弾が秒速800メートル以上の速度で金粉の中を走り、傘の奥へ着弾。衝撃で信管が作動し、砲弾内部の火薬が炸裂。2発の鉄拳でボロボロだった本体が、ついに大きく崩れ落ちる。

 

 ゑゑゑヱヰゑヱゑゑヰヱゑヱゑゑゑヱゑゑヰヱゑヱゑヰヱヱヰヱヱヱッ!!!!!!!!!

 

 異形の絶叫。

 傘の再生が出来なくなり、砲撃の榴弾の破片を強かに浴びてズタズタに抉られる。

 

「やった、あとはとどめを……―――っ!?」

 

 汐が鉄拳を構えた直後。

 

 ボロボロの侵入者が―――――跳躍した。

 

 何の前動作もなく、唐突な鋭い動きで巨体が飛び跳ねる。

 大きく金粉の弧を描いて進む先は、人工湖だ。

 湖面に浮かぶ巡洋戦艦の元へ。

 

 燐香の元へ。

 

「!?」

 

 クラゲめいた異形が大きくジャンプして艦に迫る。

 4kmの距離を金の粉を吐き出して飛翔するそれへ、主砲が照準を新たにする。直ちに発砲。轟音と爆煙。衝撃が艦橋を揺さぶる。

 直径35.6cmの砲弾が驚くべき神業で空中のクラゲに命中。しかし侵入者は残った傘で砲弾を防御する。着弾の衝撃は消え失せ、不発弾となって地上に落下。クラゲもどきはなおも接近。

 

「に、逃げて……」

『了解。両舷前進、最大戦速』

 

 右舷より襲来する脅威から距離を取るべく、巡洋戦艦が速度を上げる。2基の蒸気タービンが6万4000馬力の唸りを上げ、3本煙突から黒煙が勢いよく吐き出された。

 だが巡洋戦艦が最大速度を出す前に、クラゲもどきは急速にその距離を詰めてくる。主砲と副砲で迎撃するも、上下左右に不規則に動き回られて上手く命中しない。命中したとしても残った傘を駆使され、致命的なダメージを与えることが出来ない。

 そして巡洋戦艦が最大速度目前の27ノット(時速50km)まで加速したところで、ついにタコクラゲに追い付かれた。

 侵入者、艦橋に落下。

 

「!!」

 

 船体が大きく揺らぐ。

 クラゲもどきは燐香のいる前部艦橋の後ろに取り付いた。

 そこにあった三本脚のマストがへし折られ、さらにその後ろの第1および第2煙突も破壊される。艦載ボートや90センチ探照燈が黒衣の船員達と共に湖へ吹き飛び、破壊された煙突の裂け目から黒煙が出て甲板を覆う。

 大きく傾いた船体は優れた復原力で転覆を免れたが、クラゲもどきはほぼ船体中央に取り付いたため、主砲や副砲はおろか砲塔上部の3インチ砲も照準に収めることが出来ない。

 唯一使えるのは艦橋の根元に配備された6.5ミリ機関銃だけだ。が、船員が今まさにそれで銃撃を加えているものの、侵入者は微々たる痛痒も感じていない。

 異形が燐香の間近に迫る。

 

「あ、あ……」

 

 燐香はそれを見上げ、震えた。

 傘の大部分を失い、どろどろになった触手の塊で出来た本体、引き千切れたタコ足。

 その気配と、匂いではないにおいに、燐香の胸が痛み凍える。

 

「これが……そう、なの?」

 

 艦橋を見下ろす異形。

 燐香の幼心を辱めたもの。

 きえないきず。

 

「いや……」

 

 直すことも出来ないタコ足の吸盤から、突起だらけの触手が舌のように伸びる。燐香はびくっと震える。背筋が凍り付き、足の力が抜ける。その場にくずおれる燐香。

 理解した。

 あれが、かつて彼女を毎晩なめまわしたのだと。

 

「……いや、や、ぁ」

 

 燐香は知っている。

 あれにどこをいじくりまわされたのか。

 なぶられていない箇所などない。

 

 体の表面は言うに及ばず、耳の奥も口の中も、人には言えない場所さえ深々と、隅々まで。

 涙を流すとあれは悦ぶ。上擦る声をあげると愉しくはしゃぐ。燐香は気絶と覚醒を何度も繰り返し、そのたびに様々なものを体から垂れ流してベッドを汚し、それの臭いの惨めさが彼女をさらに苛む。

 

 そうして燐香はしゃぶりつくされた。

 夜が明けるまで。たっぷりと。

 あれに。

 

「やめ、て……」

 

 びっしりと突起の並んだ細い触手が、青ざめて歯を鳴らす燐香に迫った。彼女の心臓の位置から流れる、人には見えない血を舐めようと。

 

 

「―――――そのひとに触るんじゃない!」

 

 

 真っ赤な衝撃。

 7メートルの巨体が侵入者に突き刺さった。

 巨人。"でいだら"の巫女。

 

 汐が来た。

 

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