アソビガの少女たち   作:鈴本恭一

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第12話:巫女と戦艦使い

 

 

(きよ)っ!」

 

 燐香(りんか)はぐったりと横たわった汐を見て叫ぶ。

 艦載ボートで救助された(きよ)は、船員に担がれて1番砲塔の脇の上甲板に寝かせられた。

 艦内にはきちんとした部屋がいくつもあるのだが、侵入者や汐の巨人体が船体中央を破壊したため通路がめちゃくちゃになっている。

 港のある扉駅までそれほど離れていないため、風や水飛沫は来るが損傷のない船首甲板に汐は運ばれた。

 

「汐、大丈夫……じゃない、よね」

 

 横たわる汐へ膝を折りながら、燐香は蒼白になった汐の額をさする。

 

 汐には意識がなく、その顔には血の気もなかった。

 体のあちこちに虫刺されのような痣ができ、手足は小刻みに震えている。呼吸も弱い。汐の細い体は冷え切っていた。

 

「これは……」

『血が足りておりません』

 

 燐香の手元にある紙が、彼女に症状を教える。

 

『畏き方へ霊なる血を献納しました(ゆえ)(しず)の肉が喘いでいるのでございます』

「血………」

 

 燐香はその文字に息を呑んだ。

 そして、初めて耳にしたミッカの声を思い出す。

 

   ―――あなたから、目には見えない血が流れている………

 

「……ミッカ」

 

 燐香は唇をきゅっと結ぶ。

 汐のそばへさらに寄り、横座りにして折った膝の上へ汐の頭を乗せた。

 スカートの上に置かれた汐の顔は青白い。

 それを両手で優しく包む燐香。

 

「助けるから」

 

 上体を屈ませ、汐の頭を胸に包む。

 汐が息苦しくならないよう、そっと、そっと抱き寄せた。

 ……汐の顔が、ぴくっと揺れる。

 

「血なら、私がもってるから」

 

 汐の頭がもぞもぞと動く。意識が戻った様子はない。餓えた肉体がそれを求めている。

 燐香の、非物質の血を。

 ミッカをもってしても完治できない傷口から、その見えざる血が滴る。

 普段は傷口をミッカからもたらされたものが塞いでいた。それでも僅かに漏れ出てしまう。

 燐香はその同居するものへ懇願する。

 

「お願い。少しだけ、開いて」

 

 ミッカに救われ、もたらされて一年半近くになるが、こうして願うのは初めてだった。

 それはミッカと契約している。そのため燐香の中にもたらされたそれが聞き入れてくれる保証はなかった。

 が、燐香は自分の左鎖骨の下が鈍く痛むのを感じた。

 そこから力が抜けていくのも。

 血が零れ落ちる。

 

「ありがとう」

 

 燐香は微笑み、汐の顔をあらためて見詰める。

 汐の額を慈しむ動きで撫で、

 

「私を食べて。汐」

 

 燐香はささやく。

 ミッカや汐と違い、霊なる血が見えない。

 そのため汐がその血を飲めているのか分からなかった。

 だから汐が燐香の胸元へ自ら顔を寄せ、何かを吸い込むように口を動かしているのを見て、安堵の息をついた。汐の手足の震えはどんどん弱まり、顔も血色を取り戻していく。

 

「良かった……」

 

 指通りの良い汐の髪をあやすように撫で、燐香は虚空を見やる。

 爆裂した天井はいつの間にか元通りになり、龍と白雲が優雅にたゆたっていた。

 水色の空間の亀裂はもちろんない。

 

「私を助けたときも、こんなふうだったのかな、ミッカ」

 

 燐香は呟く。

 仔猫のように身をすり寄せてくる汐の体温を太ももに感じながら。

 

 

 

 

**** **** ****

 

 

 

 甘い香りに包まれて、ぼんやりと汐は目を覚ます。

 

「あ、起きた?」

 

 靄が掛かったような視界と意識の中で、ブレザーに包まれた大きな胸とその向こうの柔和な顔を見る。

 膝枕をしていた燐香が、汐の顔を覗き込んでいた。

 柔らかく頭を撫でられ、

 

「いいにおい……」

 

 汐はぼんやりと呟く。燐香は微笑む。

 

「私の部屋だったらもっと眠っててもいいんだけど、港についちゃったから」

「港……」

「汐がやっつけてくれたから、戻って来れたよ。ありがとう」

 

 その言葉で、汐はばっと体を起こす。覚醒。

 

「あれは、どうなったの?」

「だから、汐があのすっごい火の玉みたいなのでやっつけたんだよ」

「終わった……?」

 

 汐は自分のいる場所をゆっくり確認する。

 

 巡洋戦艦の甲板だ。重厚長大な砲塔がすぐ近くにある。

 巡洋戦艦はぼろぼろになりながら、扉駅の船着き場に到着していた。

 黒衣の妖者や人間の客が物珍しそうに見上げている。

 

 そこで汐は自分の麻袋を確認した。

 そこには一枚の紙が入っており、

 

『緊急討伐報酬:遊銀貨1万4000枚』

 

 と記されていた。

 

「良かった……燐香さんは、怪我ない? 大丈夫?」

「全然。汐のおかげ。ありがとう」

 

 燐香が笑う。心からの柔らかさに、汐は力を抜いて笑み返す。

 

「お礼はこっちの台詞だよ。燐香さんがいなかったら、きっと負けてた。ありがとう、助けてくれて」

「私が汐を助けるのは当たり前でしょ? 最初に助けてくれたのは汐なんだから」

「いやあれは報酬欲しさにやったから、それこそ気にしないで欲しいんだけど」

「やだ。永遠に気にする」

 

 汐と燐香がきりのない遣り取りをしていると、帽子を被った黒衣の船員が近付いてきた。

 燐香ははっとし、その船員に頭を下げる。

 

「ありがとう。助かりました。船壊してごめんなさい」

 

 黒衣の船員は恭しく一礼し、一枚の紙を燐香へ差し出す。

 燐香はそれを受け取ると、びくっと体を強張らせた。

 

「燐香さん?」

 

 汐は燐香の横から、その紙を覗き込む。

 

利用料(火砲使用料及び航行料):遊銀貨7000枚』

 

「ど、どうしよう……7000も持ってない」

 

 燐香の言葉に、紙の文字が変化する。

 

『この場で捧げられるものはございませんか? 報いとして場長は遊銀貨を下賜なさいます』

「この場で、捧げられるのは……」

 

 燐香、唇を強く結ぶ。

 震える肩のまま、自分の心臓の位置を指さし、決意の声で言う。

 

「私の血を――――」

「討伐は燐香さんと私の共同だよ」

 

 燐香の声を遮って、汐は船員ににじり寄る。

 

「だいたいなんで燐香さんに討伐報酬入ってないの? この戦艦でやっつけたんだから何の違反もしてないじゃん」

「汐、あのね、私がよく確認しなかったから」

「共同で倒したんだから、私に入った報酬の半分は燐香さんのものでしょ? それならちょうど戦艦の料金になるし。それでいいでしょ?」

「汐、だから」

「場長! ちゃんとみんなに伝えて! あのクラゲをやっつけたのは燐香さんと私だって!」

 

 汐、虚空に向かって怒鳴る。

 

「"でいだら"の巫女の私と、"でいだら"の区域でお店出してる戦艦使いの燐香さんがやっつけた!」

 

 扉駅にいる人間や非人間が一様に艦上の少女らを見上げた。汐は燐香の手を握り、大きく上へ振り上げた。

 

「報酬は半々! つまり燐香さんは私と同じくらい強い! 燐香さんに何かしたらこの戦艦が吹き飛ばすから!」

「き、汐、あの、言い過ぎじゃ」

 

 燐香は狼狽してうまく言葉が出ない。耳まで真っ赤になった顔で汐を見る。

 汐はそんな燐香をまっすぐ見つめ、握ったその手を自分の頬に引き寄せた。

 

「燐香さんは強いよ」

 

 そっと汐が呟く。熱のある声。

 汐は目の奥が熱かった。

 誰かの手をこれほど強く握ったのは2年ぶりだった。自分を助けてくれる人間など、二度と現れないと思っていた。

 かけがえのないものを汐は握りしめる。

 

「強いんだよ、燐香さんは」

 

 目を瞑り、燐香の手を額に当てて押しつけた。

 祈るように。

 

 

「ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**** **** ****

 

 

 

「………」

 

 ミッカは虚空に開けられた水色の裂け目から手を引き抜く。

 

 セルフのガソリンスタンドの隅。店員はひとりも外にいない。

 黄昏時の空の下で、空間の裂け目はすぐにふさがった。そして足元にある空の灯油缶を無表情に見下ろし、呟く。

 

「アルバイト代が消えた」

 

 先ほど缶に満たした灯油は、中身の全てを消失していた。

 ミッカは溜息をつく。

 

「赤字がひどい」

 

 先ほど買った燃料だけでなく、人の目には見えないミッカだけの燃料タンクにあった分さえ使ったのだ。

 

「……」

 

 ミッカは上空を見る。

 不可視の生き物はひどく遠い位置にいる。完全にミッカを警戒していた。

 

 汐と別れた後、この海に近い街の不可視生物を手当たり次第に捕食したせいで、今では何も狩ることが出来なくない。

 見えない血を流す燐香は、こういった生物を誘き寄せる良い餌ではあったのだが……

 

「燐香の周りはいつもこう」

 

 ミッカはひとりため息をつく。呼び寄せるものが強すぎて効率的な狩りが出来ない。汐の方へ植え付けた分身が何者かに除去されてしまったのも手痛かった。

 

 貯蓄した力が2年前の水準――(きよ)と出会う前――にまで回復するには、まだかなりの力が必要だった。

 

「いつまで経っても、ここから出られない」

 

 ミッカは空を見上げる。夕闇迫る天蓋の向こう。

 人の目には見えない場所を。

 ミッカは視る。

 

「けれど」

 

 ミッカは視る。

 

 黒い瞳に、青い灯を宿しながら。

 

「ここから出る。必ず」

 

 

 




第1章はここまでです。お付き合い頂き誠にありがとうございます。
第2章は出来るだけ近いうちにあげようと思いますが、気長に待って頂けると幸いです。

評価やお気に入り、感想を頂けましたら嬉しさのあまりホイホイ筆が加速すると思います。
お気に召しましたら幸いです。
ありがとうございました。
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