アソビガの少女たち   作:鈴本恭一

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第2話:とりあいな

「なに?」

 

 時計塔の扉から、吸盤つきの触腕が雪崩れ込む。

 タコの足に似ているが、吸盤には幾つもの牙が付いており、その奥には舌も備えている。

 人間大の扉から絞り出されるように、触腕たちがアソビガへ顕現する。

 

 そのタコ足もどきが追うのは、力なく落下する少女だ。

 意識が無いのか、叫ぶことも藻掻くこともなく、ただ自由落下している。

 

「でいだら!」

 

 (きよ)、太い両足を赤く燃やす。足の裏やふくらはぎの各所から赤熱の噴流を吐き出し、飛翔。タコ足よりも早く少女を抱きかかえ、巨人の胸に押し付ける。

 赤茶の肉が開き、その少女を汐のいる中心部へ送り込む。汐は核の肉繊維をかき分け、少女を強く抱き込んだ。

 

 ────咽せんばかりの匂い。

 

「っ」

 

 思わず狼狽する汐。

 体臭ではない。汐の鼻をくすぐったのは、陽と花の爽やかな香しさだ。優しく落ち着く匂い。

 汐を動揺させたのは、五感以外の感覚。不可視の生き物たちを感じる感覚。

 その感覚器官が、汐へ何かを教える。

 途方もない懐かしさを。

 

「くっ!」

 

 謎の既視感へ意識を向ける暇は無かった。時計塔から現れたタコ足の触腕が汐に迫ったからだ。

 右腕の拳をそれらへ向ける。赤く灼熱する鉄拳を発射。

 深紅の尾を引いて厚さ1メートルの巨塊が上昇。数多のタコ足のひとつに命中した。着弾の瞬間、タコ足は筋肉を数倍に膨れ上がらせ、鉄拳を受け止める。両者が空中で停止。汐の拳は相手を殴り飛ばせない。

 汐は目を細め、告げる。

 

「────爆ぜろ」

 

 タコ足に包まれた拳が朱色に輝き、炸裂。

 

 ゐゐゐゐゐゐゐゐゐゐゐ!!! 

 

 異形の叫び。タコ足の吸盤から放たれる鳴声を、その赤い爆発が引き裂く。爆弾と化した拳はタコ足の大部分を巻き込み、中空で動きを止めさせる。

 汐は拳を発射した反動と両足のジェット噴流を使い、地上に着地。先の巨大虫との戦いで修理の真っ最中である闘技街、その大通りで、汐は闖入者を迎え撃つ。

 時計台に出来た扉を抜けて、その触腕の本体が姿を現した。

 

 それはクラゲとタコを合成したような生物だった。

 

 半透明の大きな傘を頭に持ち、頭部は無数の触手の塊で出来ている。傘の縁からは長く細い刺胞つきの触手がある。

 そして頭部の下からは例の吸盤付きタコ足が何本も生えていた。いくつかは先ほどの爆発で傷ついているが、見る見るうちに修復されていく。

 本体の全長は約30メートル。タコ足も含めれば60メートル近い。

 そのタコクラゲが闘技街のビル街に落下する。

 摩天楼を無遠慮に破壊し、吹き上がる粉塵と瓦礫をタコ足の吸盤で吸い込む。傘の縁から伸びるクラゲの触手で黒衣の者らを襲い、刺胞で動けなくさせ、タコ足の吸盤でばりばり食べる。

 

「場長、 侵入者だ! 勝手に入ってきて暴れてる!」

 

 汐は右腕の拳を再生させ、両足のジェットで跳躍。タコクラゲへ飛びかかる。

 

「かなり危ない、他の人は来させないで! 私だけで退治する!」

 

 飛びかかる汐に、クラゲもどきはタコ足で素早く対応する。汐の巨人の胴体に匹敵するほど太いタコ足を、横薙ぎに払う。

 

「遅い!」

 

 汐は膝からジェット噴流を放射。足の角度を微調整し、進行方向を変えないまま急上昇。真下をタコ足が通り過ぎる。逆方向から別のタコ足が薙ぎ払われるが、同じく両足の各部を推進させ、タコ足の下をくぐり抜けた。

 そうして侵入者の本体まで接近。ビル群を巨体で押し潰しその場に定着しているクラゲもどきへ、右腕の拳を向ける。

 

「撃──―っ!」

 

 鉄拳を発射する直前、汐の真下にある鉄道高架が破裂。

 砕片を貫いて奇襲したのは、細長い無数の触手だ。拳を発射しようと動きを止めていた汐は、これを避けられない。咄嗟に左腕の触手群を解放し、鉤爪で迎撃する。鉤爪と刺胞が互いに刺さり合い、2種類の触手が複雑に絡み合う。汐の左腕が急激に痺れた。

 

「ッ!」

 

 ぐらつく汐の巨人に、タコ足の魔手が絡みつく。太い触腕が7メートルの巨人にぐるぐると巻き付き、勢いよく建物へ叩き付ける。

 

「……ぅ、く」

 

 汐を掴んだタコ足は10階建ての幅広い雑居ビルを破砕し、その前の小さな公園を瓦礫まみれにする。叩き割られたビルの基部に、汐は完全に押さえ付けられた。両足のジェットをいくら噴射しても、タコ足の膂力からは逃れられない。

 そのタコ足の全面についた吸盤が、巨人体の表面を囓り始める。吸盤の牙で赤茶の肉を削り、口腔の奥からブラシのような無数の突起が付いた舌でさらに肉をこそぎ落とす。巨人の肉を吸盤で飲み込むたび、げっげっげっと震える合成タコ。刺胞つきの触手が巨体を撫で回し、抵抗を弱めさせる。

 

「──―力を見せなよ、でいだら」

 

 汐は言う。契約した者へ。

 汐の黒い瞳が、青く輝き出す。

 途端、巨人の右腕全体が真っ赤に染まる。灼熱の烈光は右腕を構成する肉の全てから放たれ、急激にその光度を上げていく。

 その深紅の輝きが、おもむろに爆裂。

 右腕の全てが自爆した。

 

 ヰヰヰヰヰヰヰヰヰヰヰヰ!!!!!!!!!!!! 

 

 汐を拘束していたタコ足や触手が細切れになって千切れ、飛散。異形の叫び。他のタコ足が襲来する。が。

 

「ぁぁあああぁぁあああああああああああっ!」

 

 失われた右腕の付け根から、何かが高速で生える。

 肉ではない。金属とも異なる。貝殻のそれに近い硬質の材質。それが身の丈ほどまっすぐ伸び、先端を三つ叉の槍にする。

 三叉鉾。

 

「"とりあいな"」

 

 右肩から伸びる鉾を中心に、強力な放電と衝撃波が発生。

 近付こうとしていたタコ足の全てを焼き払い、浮上しようとしていたクラゲもどき本体をその場に押し止める。

 汐は青く燃える瞳で侵入者を見据え、輝く三叉鉾の先端を向けた。

 巨人体の両足と背中に、大きな排出ノズルを形成。高鳴る轟音。力の音。

 汐の巨人が、跳ぶ。

 稲妻を湛えた三叉鉾を前に伸ばし、頭から突進。クラゲ、傘を広げて汐を迎え撃つ。

 金に光るその傘を、輝く鉾が容易く貫通。切っ先が触手の塊で出来た侵入者の本体に達する。

 

 ────―青い爆発。

 

 穂先を中心に発生した衝撃が闘技街の建造物を玩具のように吹き飛ばす。ビルというビルは砕けて散り、音より早く弾け飛んだ空気が爆心地に真空の空間を作り出す。大地に巨大なクレーターを形成し、粉微塵になった瓦礫が闘技街の外の区域にまで撒き散らされる。

 真空状態をなくすべく逆流した大気が天井へ上昇。巨大なキノコ雲を作り上げた。

 動く天井画にいる龍たちが、その白いキノコ雲を興味深そうに見つめる。

 

 ……膨大な瓦礫の野と化した闘技街に、右腕のない巨人が立っていた。

 

「場長、終わった。追加の討伐報酬を貰うよ」

 

 はぁはぁと息を切らして、汐は戦いの終わりを告げる。

 強敵だった。タコ足の膂力はこちらを上回り、触手の毒はでいだらさえ麻痺させることができる。先の討伐戦の標的だった機械虫よりずっと強い。

 その機械虫に敵わない討伐戦の参加者では、タコ足に容易く食べられていただろう。討伐戦が終わった後に現れたのが幸いだった。

 

「あ、そうだ。ねえ、大丈夫?」

 

 汐はずっと抱きかかえていたブレザー服の少女へ声をかける。

 しかし声をかけても、やはり少女は気を失ったままだ。

 汐より明らかに年上で、身長も発育も中学生のそれではない。大人びて整った顔立ちと、制服の上からでも分かる肉感的で柔らかな体。艶っぽい左目尻の泣きぼくろ。

 

「あぁもう、でいだら、解除解除。よくないよこれ」

 

 仕方がなかったとはいえ、狭い空間でこれ以上密着しているのはややこしい気分になる。汐は巨人体を解こうとする。

 

 と、意識のない少女のウェーブした茶髪から、ふわっと香りが広がった。

 それを嗅ぎ取った汐は、無意識にその名を口にしていた。

 

「…………ミッカ?」

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