アソビガの少女たち   作:鈴本恭一

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第3話:燐香

「ん……」

 

 燐香(りんか)はうっすらと目を醒ます。

 淡い照明と、草花の模様が描かれた上品な天井を目にする。

 

「………どこ?」

 

 ゆっくりと起き上がり、ぼんやり周りを見回す。

 どこかの部屋だ。ずいぶんと広い。幅も奥行きも、燐香の高校の教室より上だ。派手ではないが高級感のあるテーブルや椅子、ソファが並ぶ。

 その他にも、種類の分からない花が飾られた花瓶、抽象的な絵画、大型冷蔵庫、湯沸かし器、エスプレッソマシーン、瓶詰めの水……

 

「ホテル?」

太田楼(おおたろう)。"でいだら"のホテルだよ。最上階スイートルーム」

 

 困惑している燐香へ、女声が掛かる。

 燐香は声の方を振り向く。

 燐香の向いていた方とは反対側、カーテンの掛けられた大きな窓の前に、円柱型ソファに座るセーラー服の少女がいた。

 

 燐香のより黒に近い茶色の髪を二つに結んでいる。神社の巫女が来ていそうな、時代がかった白い上着を羽織っていた。

 年下、中学生くらいと思われるその少女の面立ちを、燐香はどこかで見た気がした。

 

「お姉さん落ちてきたのキャッチしたんだけど、起きなかったから、取り敢えずここで休んでもらったんだ。ここならなんでも頼めるしね」

 

 と微笑みながら、その少女は純白のシーツが掛かったベッドを撫でる。

 その時やっと気付いたが、燐香が横になっていたベッドは非常識に大きかった。キングサイズのベッドを縦横2個ずつ並べたかのような巨大さで、1人で眠るにはあまりにスペースが余りすぎている。

 そんなやけに大きいベッドの向こうで、セーラー服の少女が小さく手を振る。

 

「体とか大丈夫? お風呂とか入る? 大浴場全部貸し切りにできるよ?」

「……あなたが、助けてくれたの?」

「うん。お姉さんがあれに襲われてたように見えたし、あれは勝手に入ってきて好き勝手暴れてたからね」

「あれ……」

 

 燐香は息を呑む。

 顔が青ざめ、肩を震わせる。血の気が引き、強い寒気に凍える。

 そんな燐香の様子に少女は慌て、

 

「もう大丈夫。私と"でいだら"がやっつけたから」

「でいだら?」

「私の契約相手の同居人。契約して、私に棲んでるの……あ、そっか。お姉さんここは初めてなんだ」

 

 少女は合点のいった顔で頷き、おもむろに大窓のカーテンを開ける。

 

「ここはアソビガ」

 

 窓の外にあるのは、どこまでも広がる街だった。

 大都市だ。地表をあらゆる建築物が埋め尽くしている。

 ただ燐香の知る都市と異なり、それらの建物には統一性が無い。エリアごとに建物の意匠が違うのだ。

 

 江戸の町並みが広がる日本風、

 城郭都市を模した欧州風、

 長安を思わせる碁盤の目状の中華風、

 寺院や城塞を迷路のように組み合わせたインド風、

 四角形の建造物が連なる中東風、

 ビル群が乱立するアメリカ風など、実に様々だ。

 

 同じ文化圏に見えても、時代が全く違っていたりもする。燐香のホテルがある区域は明治大正期を思わせるが、その隣の区域は平安京だ。そのさらに隣の区域には21世紀の日本の建築物が並ぶ。

 中にはコロッセオの中心にピラミッドがあり、その頂きに巨大な鳥居を生やすという意味不明な区域もあった。

 明らかに、人間が生活している世界ではない。

 

 人外の場。

 少女が微笑む。

 

「ようこそ、神様達のテーマパークへ」

 

 

 

 

 

 

「お姉さん、名前は? 私は和幣川(にきてがわ)(きよ)

「燐香。日諸木(ひもろぎ) 燐香」

「燐香さん。きれいな響き。あ、こっちね、路面電車」

 

 汐は燐香を連れて、でいだら区域の大通りを歩く。

 通りに面した店は時代がかった幟を幾つも立たせ、黒塗りの自動車やバス、黒い布で頭を包んだ馬車が走る。

 石畳で舗装された通りを、人々の群れが行き交っている。

 帽子と和服の者、スリーピースの者、洋風コートの者、女物の着物を纏う者、パンプスとスカートを着こなす者。誰もが黒頭巾で顔を隠している。店員も同様だ。驚くほど音と気配がしない。

 

「路面電車でフェリー乗り場いって、船で扉駅(とびらえき)まで行くから」

 

 燐香の前を歩き、路面電車の停留所へ連れて行く汐は、振り返って燐香の様子を見る。

 背丈は160cm台半ばだろうか。ウェーブの掛かった明るい茶髪を高い位置でポニーテールにし、すっきりとした清潔感がある。小中学生とはっきり異なるスタイル、ブレザー服の上からでも分かるグラマラスな体型、目尻の下がった柔らかな顔立ち、色気のある泣きぼくろ。

 ホテルでの動揺は既に収まり、燐香は興味深げにでいだら区域の町並みを見回していた。

 

「ここはあの生き物達の世界と、人間の住む世界の間にあるんだ」

 

 停留所に着くと、電車はすぐに来た。

 車両後部にある乗車口は狭い上に階段が高いので、汐は燐香に気を遣いながら車内へ誘う。

 

「生き物…?」

「うん。私達のいる場所に来られる生き物と、来られない生き物がいるの。深海魚が水圧のせいで海面にあがれないみたいに」

 

 燐香を座席に座らせ、汐は立ったまま吊革に掴まる。

 

「で、そういう来られない生き物のために、人間の世界を真似したテーマパークがこのアソビガ」

「さっき言ってた、神様って?」

「アソビガの区域は、私達の世界で祀られてる神様がそれぞれ仕切ってるの。この場所だと、でいだら神社のでいだら(のかみ)

「あの生き物と、神様は違うの?」

「そこは私もよく分からないんだ。すごい強い生き物を、神様って呼んでるだけかも」

 

 汐は窓の外を指さす。黒頭巾を被った人々が往来を行き来している。

 

「ああいう妖者(ようじや)が、このパークに遊びに来てる、人間じゃないお客さん」

 

 電車が建物と建物間を走る。

 線路のすぐ近くまでいくつもの屋台がひしめいている雑多な通りだ。

 やはり黒頭巾の妖者たちが客を相手に料理を振る舞っている。

 

「お店の人も黒い」

「あっちも人間じゃないから。人間なら顔を出してるよ、ほら」

 

 汐は食事をする客を指さす。黒頭巾を被っていない人々。明らかな人間だ。

 その中でも、大量の器を重ねる少女が特に目立った。古めかしい三角帽子を被り、無表情のまま恐ろしい勢いで食べていく。

 

「すごい。そんなに美味しいの?」

「全然。味がしない。でも一応お腹はふくれるから。だいぶお腹がすいてるんだね」

「家で食べてないのかな」

「家じゃ食べたくないのかも」

「あぁ……」

 

 何の気なしに言った汐に、燐香は心当たりのある表情で頷く。

 汐はふと、この人も家で家族と食事をしたくないことがあったのだろうか? と思う。

 汐と同じように。

 そんなことを思っていると、フェリー乗り場の停留所に到着した。

 

「2人で」と汐が黒頭巾の車掌に遊銀貨(ゆうぎんか)を支払い、電車の外に出る。

 

「今のは? お金?」

「遊銀貨。ここでしか使えないお金」

「トークンだね」

「トー……なに?」

 

 停留所を出て、2人はフェリー乗り場へ足を向ける。

 

 

 

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