アソビガの少女たち   作:鈴本恭一

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第9話:窮地

 

 突如として闘技街に現れたタコ腕は高速で(きよ)を薙ぎ払う。

 

「っ!!」

 

 汐は咄嗟に通常形態の右腕を盾にする。

 だが巨人体より太い厚みを持つ触腕は、その重さと速さで汐を容易に吹き飛ばす。

 "とりあいな"により灰燼と化した市街地をさらに破壊し、盛大な塵煙の柱を吹き上げて汐はなんとか制止する。防御に使った右腕は大きくへし折れ、断面から肉の線維が何本も醜く千切れて垂れている。

 

「この間の…? まだ生きてた?」

 

 汐は上体を起こし、右腕を高速で修復。肉の線維が素早く再結合し、拳をタコめいた触腕に伸ばす。

 

「隙をうかがってた? 私に狙いを定めて?」

 

 訝しみながらも右腕の先端を発射。真っ赤に燃える拳が高速で侵入者に突進する。

 が、

 

 ゑ、ヱ、ヱ、ゑ、ヱ!!!!

 

 魔腕、嘲り、しなる。

 肉厚の触腕はその動きだけで襲い来る鉄拳をなんなく払い飛ばし、そして返す一振りの最中で急激に伸長。汐の頭上に振り落とされる。

 

「っ!」

 

 汐は慌てて跳躍して逃れようとするが間に合わない。右腕を上に掲げる。触腕が爆音と共に巨人を押し潰した。

 強烈な打撃。衝撃が汐を襲う。地盤が蜘蛛の巣のように罅割れを起こし、灰色の爆発が闘技街を激しく揺さぶった。

 巨人の右腕が完全に2つに叩き折られ、首のない上半身が大きく潰される。巨人体の中心核は圧力と衝撃を殺しきれず、汐の全身を激しく揺さぶる。体に強い痛が迸り、血と嘔吐を口に感じながら汐は叫ぶ。

 

「でいだらッ!!」

 

 砕かれた右腕が再び修復され、タコ足を鷲掴みにした。膂力をもって引き剥がそうとするが、魔腕は構わず表面の吸盤で巨人の肉を刮ぎ落としていく。細かい肉片が火花のように周囲に散る。

 汐は腕力だけでなく両脚からジェット噴流を放って抜け出そうとするが、強力な抑え付けに抵抗できない。

 

「力も動きも鈍い……形態変化も遅くて出来ない。"とりあいな"を使った後だから?」

 

 汐は理解してしまう。

 今の状態では、この侵入者に敵わないことを。

 "とりあいな"を使った直後に戦ったことは今まで無かった。繰り出せば相手が誰であろうと決着が付いたからだ。

 遊銀貨20万枚で購入した"とりあいな"は超絶の大出力を誇るが、消耗が非常に大きかった。普段はここぞというときにしか使わない。

 

 その"とりあいな"を、一方的に勝っている相手へ軽々しく使ったことを汐は悔いた。

 普段はそんな浮ついたことはしないというのに。

 いつもと違うと自覚し、汐はさらに動揺する。

 

「……負ける? こんなところで?」

 

 負ければ"でいだら"の庇護はない。以前の汐に逆戻りだ。

 

 (ミッカと出会う前のように?)

 (誰も助けてくれなかった頃のように?)

 

「……助けなんか要らない」

 

 汐の左腕が解放され、数多の細い触手が展開する。

 拘束していたタコ状の触腕をその鉤爪で突き刺し、切り刻む。

 血の出ない傷口を暴力的に広げられ、触腕の拘束が僅かに緩む。

 緩んだその隙に、右腕の鉄拳を再び放つ。発射の反動に加え、両脚と背面からもジェット噴流を最大出力で放出した。

 背中で瓦礫の地面を更に削り取りながら、巨人がタコめいた魔腕から脱出する。

 

 ゐヰヰゐゐゐゐ

 

 タコ腕の付け根が蠕動する。細かい触手が複雑に醜く絡み合った本体部分と、それを覆うクラゲの傘。

 その傘の縁から無数の刺胞つき触手が伸び、周囲の瓦礫を貪る。

 一本だけの触腕は汐の左腕につけられた傷をあっという間に治し、逆に太さと張りをさらに増した。

 

「勝手に入って勝手に食べて、場長が許さないよ」

 

 汐はなんとか距離を取り、着地。脚部と背中から出していたジェットが弱々しく途切れる。飛翔する力が底をつきかけていた。

 それでも汐は右腕をタコ足に向ける。拳が赤く輝く。

 

「私は戦える。"さんがむりや"とだって戦える」

 

 クラゲもどきがおもむろに触腕を振り下ろす。汐、横に跳ねて回避。右腕をタコ足の根元に向け、発射。真っ赤な拳がまっすぐクラゲの傘に突き刺さる。爆音と衝撃。赤拳がクラゲの傘に激突した。

 クラゲの傘が金色に妖しく光る。

 

「っ!」

 

 拳を受け止めた傘の部分が強く輝き、逆に拳の赤い輝きは急激に薄れる。

 クラゲの傘が金の光が放射しながら一部だけ千切れ飛び、周囲に黄金の強風を作り出す。

 熱と力を失った拳は地面に落下し、千切れたクラゲの傘はすぐに再生。傘の奥の本体にはなんの影響もない。侵入者が嘲る。

 

「威力を吸われた? ミッカと同じやつ……」

 

 ぎり、と唇を噛みながら、汐は左腕の触手群で攻撃を仕掛けた。荒縄のような無数の触手達が空中を駆け抜ける。

 クラゲ傘からも触手が伸びる。先端部にしか鉤爪がない汐の左腕と違い、侵入者の触手は毒針を出す刺胞を表面にびっしり生やしている。両者は激しくぶつかり合うものの、打ち合うたびに汐の左腕の触手群が麻痺し動きを鈍くしていく。力をなくした左腕触手はクラゲの触手に絡め取られ、ブチブチと千切られていった。

 パワーもスピードも、今の汐を完全に上回っている。

 

「……勝ってやる」

 

 汐は右拳を再生させ、再び発射した。侵入者の触腕は何も対抗しない。傘だけで防御。

 結果は変わらない。金の傘に防がれ、力なく拳が落下する。

 

「破るんだ。あれを」

 

 汐は拳を再生。発射。

 防がれる。

 

「あんなの、ミッカより全然弱い。あれくらい破かないと、ミッカに届かない」

 

 拳を再生。発射。

 防がれる。

 

「届け」

 

 再生。発射。

 防がれる。

 

「届け」

 

 発射。

 防がれる。

 

「届け、届け、届け、届け!」

 

 防がれる。

 防がれる。

 防がれる。効かない。

 右腕、ついに何も輝けなくなる。

 巨人が力尽きた。

 

「なんで……」

 

 肉に囲まれた場所で、汐は呆然とこぼす。"力と霊威に満ちた"でいだら"の躰が、ただの肉の塊になるのが分かった。

 燃え尽きたことを理解したのか、タコとクラゲの合成生物めいた侵入者がゆらゆらと汐へすり寄ってくる。勝ち誇った動きで。

 

「なんで、いつも、とどかないの?」

 

 牙つきの吸盤が大きく口を開き、汐の眼前に迫った。

 

 ―――衝撃波が両者を襲う。

 

「!?」

 

 瓦礫の市街地が爆発。

 猛烈な衝撃波と激震が残骸を吹き飛ばし、高速の金属破片群が周囲一体を飲み込み引き裂く。

 30メートルあるクラゲもどきの侵入者は触腕を器用に折り畳んで盾にし、その爆発と破片の炸裂に耐えた。ただし刺胞つき触手は濡れ紙のように容易く引き千切られ、全てを喪失する。

 一方の汐は衝撃に押し流されてそのまま吹き飛ばされた。全身をズタズタにされたが、結果として迫っていた触腕から逃れる。

 

「なに…?」

 

 吹き飛ばされながらも、汐は見る。

 クラゲの傘全体が金色に輝いていた。

 衝撃を吸収する金の傘に押し止められたのは、広範囲の爆風と破片、

 そして2発の砲弾だ。

 

 弾頭直径35.6cmの巨大な砲弾が、傘に命中していた。

 

 直後、金粉を撒き散らして傘の大部分が吹き散る。砲弾だけではなく、地上で炸裂した砲弾の破片、吹き飛ばされた瓦礫などを一度に受け止めたのだ。砲弾やその他の命中物体は力を無くして地面に落下。傘が高速で再生される。

 その刹那の後、またしても砲弾が超音速で突き刺さった。

 670kgの砲弾は秒速700m以上でタコクラゲに直撃し、金の波紋を大きく波打たせる。別の一発は傘を外れ、地面を大きく抉り飛ばす。盛大な着弾音と土柱、振動、爆裂する破片の波。

 同じように傘が再生した直後、またしても砲撃。爆裂の怒濤で傘と大地が破壊される。

 

「なにが……だれ?」

 

 爆風と轟音に苛まれながら、汐は砲弾の来た方向を見やる。

 湖だ。扉駅へ続く人工湖。

 その水面上に、発砲炎を黒くたなびかせる艦がいた。

 

「……戦艦?」

 

 一隻の巡洋戦艦だ。

 14インチ砲8門を右舷に全て指向している。

 そして屋根のない前部艦橋に、誰かがいた。

 巨人の眼は望遠鏡のようにその光景を拡大し、汐は瞠る。

 

「燐香さん……?」

 

 

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